30歳までに単著を出す、という宣言は守られたのか?
水野太貴さんの初めての単著が、2025年8月25日に発売されることになりました。この回は、その本の予約開始を知らせる回です。
水野さんが単著の構想を初めて公に話したのは、約1年半前のイベント「ゆる学徒フェス」でした。当時28歳だった水野さんは、30歳になるまでに単著を書き上げると宣言しています。
僕(が)30になるのが今年の8月31日なんですが、発売8月25日。
有言実行の男だよ、あんたは。
水野さんによると、リサーチは宣言より前の2023年6月ごろから始めていて、制作期間はおよそ丸2年です。執筆のために、去年は1年まるまる社交を捨てたとも話しています。
水野さんは番組の今後についても触れています。単著の執筆のために番組は週1回の更新になり、言語ネタも減っていました。本のために取っておいたネタを放出できるので、言語の話はこれから増えるはずだと話しています。ただし水野さん自身は「括弧要出典」と付け加え、断言は避けています。
ウサイン・ボルトの0.13秒から始まる前書き
本のテーマを伝えるために、水野さんは前書きの冒頭を読み上げました。まだ初校の段階で、細部は変わる可能性があるそうです。
前書きは「2009年8月、ドイツ・ベルリン」という書き出しで始まります。世界陸上の男子100m決勝で、タイソン・ゲイは9.71秒で銀メダルでした。優勝したウサイン・ボルトの9.58秒との差は、わずか130ミリ秒です。
前書きは続けて、読者も毎日のように1秒以下の時間で競争を繰り広げていて、それが会話だと述べます。会話で話者が入れ替わることをターンテーキング ── 会話の中で、話し手と聞き手が役割を交代していく仕組み。会話分析や言語学で重要な研究テーマの1つですと呼び、前書きではスティーブン・C・レビンソンの研究として、ターンテーキングには平均200ミリ秒しかかからないことを紹介しています。
前書きによれば、10の言語で「はい」「いいえ」で答えられる質問への応答時間を調べた研究でも、中央値は0〜300ミリ秒でした。人は会話の中で、100ミリ秒単位の駆け引きをしているというのが前書きの導入です。
え、うまっ、いいぞそれ。
え、その本はね、おもろい、星5つ。
堀元さんは、ゆる言語学ラジオの収録でもその駆け引きを感じると話します。水野さんに一瞬だけ喋り出しで負けて、話すのをやめることがしょっちゅうあるそうです。
本のタイトルは『会話の0.2秒を言語学する』です。水野さんが専門家ではない自分が書く意味として挙げたのは、類書があまりない空いた領域だったことと、自分が会話のコンテンツを作る当事者であることの2点でした。
言語学の「面白い」を詰め込んだ本はどう作られたのか?
水野さんは本のセールスポイントを3つ挙げています。1つ目は、水野さんが言語について面白いと思うポイントを詰め込みまくったことです。
水野さんによれば、この本には語用論 ── 発話が文脈の中でどんな意味を持つかを研究する言語学の分野。言葉通りの意味と、話し手が伝えたいことのずれなどを扱いますや意味論、会話分析などに初めて触れたときの驚きが、生々しく残されています。そのため学術書というよりエッセイに近く、網羅性はなく、大胆に翻訳した部分もあるそうです。
多分僕これもう二度と書けないです、こういう本は。
素材の見せ方にもこだわっています。水野さんは、語用論の重要な概念を説明するために赤城(赤城)の例を使ったり、関連性理論 ── 人は、最小の労力で最大の効果が得られる解釈を選ぶという考え方。発話理解を説明する語用論の代表的な理論ですの説明にクイズ番組『Qさま!!』のクイズを使ったりしたと話しています。
水野さんが気をつけたのは、番組を熱心に聴いている人をがっかりさせないことでした。本の内容の約7割は、番組で話していない新ネタです。番組で扱った意味論などの話題も、自分なりに咀嚼して再構成したといいます。
バラバラの分野は、どう1つのストーリーになったのか?
セールスポイントの2つ目は、本全体が1つのストーリーになっていることです。この構成には、ゆる学徒フェスで堀元さんに言われた言葉が関わっています。
水野さんが単著を書きたいと話したとき、堀元さんは「お前が今一番できることは喋りだろう」と反対したそうです。水野さんが「各章の内容を断片的に話すのは番組でできるが、大きいストーリーを見せたい」と答えると、堀元さんは納得しました。堀元さん本人はそのやりとりを覚えていませんでした。
本の問いは、会話の話者交代が0.2秒で終わるとしたら、人はどんな知識をすでに持っていればいいのか、というものです。水野さんは「時計持ってない?」を例に、文の意味だけでは答えが出ず、文脈が必要になると説明します。
でも言語学者とか哲学者って(文脈って)言葉で満足しないんですよね。
水野さんによれば、本では文脈がどう研究されてきたかを見たあと、文の意味をどう考えるかへ進みます。そして最後に、それまで考慮していなかった問題にぶつかる構成です。
問い
話者交代を0.2秒で終えるには、どんな知識が必要か
文脈
文脈は研究でどう扱われているか
文の意味
文の意味をどう考えればいいか
想定外の壁
それまで考えていなかった問題にぶつかる
結論
水野さんなりの視点を提示する
0.2秒の仕組みについては研究者の間でも結論が出ていません。そのため本の最後には、水野さんがリサーチを経て考えたことが置かれています。水野さんはその中身を「自分殺し」「自己否定」と表現し、番組の「ビジュアルシンカー」や「ゾミア」(ゾミヤ)の回が近いと話しました。
書いてるうちに俺もそうなったんで。ちょっとわかんない。
記憶を消して読みたい本と、「言語学」を背負う覚悟
セールスポイントの3つ目は、今の水野さんが記憶を消して読んだら全力でおすすめする本を書いたことです。堀元さんは、それは自分がいつもインタビューで語っているクリエイティブ論だと抗議しました。
水野さんによれば、これまでの共著『言語沼』と『今日ゴリラを植えたよ』は、多くの人が読める間口の広い本を目指したものでした。自分が面白いと思う内容ではあっても、自分自身は想定読者ではなかったそうです。
今の僕が読みたい本は、著者が異常な執着心でコスパ度外視で調べ上げて1つのストーリーを紡ぎ、筆者なりの視点を提示する本(です)。
テスト原稿を読んだ堀元さんは、文章に「水野のリズム」があると感じたそうです。一方で水野さんは、自分には文体がないと思い、編集者に何度も相談していました。
水野さんは、これまで著書のタイトルに「言語学」を入れないようにしてきました。専門家ではない自分には背負えないと考えていたからです。今回は監修者の先生のバックアップもあり、その「十字架」を背負う覚悟をしたといいます。ただし、あとがきではたくさん言い訳をしているそうです。
言語学は背負えないと考え、『言語沼』などでは「言語学」を入れなかった
監修の支えもあり、『会話の0.2秒を言語学する』で言語学を掲げた
水野さんは、監修者に原稿を見てもらったときに根本的な思い違いが見つかってヒヤッとしたとも話しています。それでも、調べるうちに世に伝えたいことが出てきたので、これまでの本にないぐらいの勇気を振り絞ったといいます。
バリューブックスの予約特典は付箋とスペシャル動画
本の予約はバリューブックスで始まりました。特典は予約した人だけが対象で、発売後に購入した人は受け取れません。
特典の1つは非売品の「水野ふせん」です。辞書を読む水野さんの写真が入った「辞書引く」付箋や、番組で水野さんがよく言う相槌「視点やな」の付箋があります。
付箋にはもう1種類、「ハズレ」があります。バリューブックスの担当者の飯田光平さんが、ゆる学徒カフェに飾られている水野さんの亡霊のような写真を使いたいと強く推したもので、文言はなく、ニンマリした顔の水野さんが見つめてくるだけだそうです。
もう1つの特典は、堀元さんと話した動画と、飯田さんと話した動画です。水野さんはバリューブックスのYouTubeチャンネル「ツン読チャンネル」にも出演し、本の具体的な内容を話す予定だと紹介しました。
水野さんは、バリューブックスが前回の堀元さんの単著『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』で予約3000部を受けたとき、発送が書店に並ぶより遅れたことを深刻に捉えていたと話します。今回はスタッフを増やし、1日でまとめて発送しようとしているそうです。ただし、発売日前に届くと約束できるわけではなく、地域によるムラもあります。
予約上限3500部、目標は3万部
予約の上限は3500部です。堀元さんの本の3000部より多い数字を、飯田さんが設定しました。
水野さんが挙げた理由は、下ネタ本には品がないので、その分500人ぐらいは買いにくかったのではないか、というものです。堀元さんも、ゆる学徒カフェで「下ネタが苦手なので買えない」と言って別のものにサインを求めた客がいたと明かしています。
水野さんは年始の目標として、累計3万部、紀伊國屋じんぶん大賞、新潮文庫入りを掲げていました。ところが当時のメモを見返すと、目標は2万部と書かれていたそうです。
お前当日にノリで1万部盛ってんじゃん。
水野さんは、3万部に届かなければ本を書くのをやめると言っていました。ただ、廃業するとは言っておらず、今頼まれている本は書くと予防線を張り、堀元さんに「ずっとダサい」と突っ込まれます。そのうえで水野さんは、ファングッズのつもりで買う必要はなく、面白そうだと思った人が買えばいいと話しました。
副業禁止でも受け取れる印税を、なぜ親に渡そうとしたのか?
後半は印税の使い道の話です。水野さんは会社員で副業が禁止されているため、番組の収益は受け取っていません。ただし文筆業だけは例外で、本の印税は受け取れます。
水野さんは『言語沼』の印税を親に渡そうとしました。自分の能力は自分で勝ち取ったものではなく、一番大きい要因は環境だと考えていたからです。
一方の堀元さんは、親にお金をあげても相続税がかかるだけなので、むしろ生前贈与でもらう側だと話し、2人の違いが際立ちました。
水野さんの親は、家がボロボロでリフォームしたいと言っていたにもかかわらず、印税を受け取りませんでした。水野さんは「あんたのために使いなさい」と言われても納得できず、そのお金を手堅い金融商品で運用しながらプールしています。
初版印税のうち100万円を、言語学の大学院生1人へ
水野さんは、自分が社会のフリーライダーではないかと感じていて、何かを社会に還元したいと考えていました。そこで初版印税のうち100万円を、言語学などの言葉の研究に関わる大学院生1人に、返済不要の奨学金として渡すことにしました。
以前、水野さんは印税を1万円ずつ100人に配る案を話していましたが、堀元さんに「つまらない」と止められていました。結果として、1人に渡す形になっています。使途の報告も不要です。
理由の1つは、言語学への負い目です。水野さんは過去に内容の誤りが問題になったとき、自分の行為を「人の庭でバーベキューして火事を起こしている」ようなものだと表現していました。
もう1つの理由は、大学生の貧困問題です。水野さんは本業の取材で、サークルや飲み会が贅沢になっている学生、円安で卒業旅行に海外へ行けない学生の話を聞いて驚いたといいます。
しかもそれ、俺がただ10年早く生まれただけだから。
1万円が死ぬほど欲しく、使ったときの体験価値も大きい
100万円を年1%で運用すれば1年で得られる額になっている
水野さんは、資産運用は元手がないと始まらないことも不平等だと指摘します。だから100万円は、飲み会でも旅行でもパチンコでも自由に使ってほしいと話しました。
水野さんが周りの言語学者に相談したところ、今の院生は国際学会の渡航費が高くて参加できず気の毒だと言われたそうです。堀元さんは学生時代、Adobeのソフトが高くて15年前の無料版Photoshopを使い続けた経験を思い出し、ツールに課金できることの大きさに共感しました。
対象は、言語学や言葉に関わる研究をしている修士・博士課程の院生です。応募は概要欄のフォームから行い、所属と学年、研究したいことを書きます。選考は面接なしで、フォームの中身だけで水野さんの主観で決めます。当選者にだけ連絡が届きます。
水野さんは、番組を見ているかどうかは関係なく、番組が嫌いな院生でも構わないと強調しました。忖度する必要はない、とも話しています。
私腹を肥やさず寄付するのは、打算だから
堀元さんに、なぜ私腹を肥やさないのかと聞かれた水野さんは、打算的な部分もあると答えました。売名なら広告に100万円使うほうがいいとしたうえで、この行動をまねる人が現れてほしいと考えているそうです。
水野さんの考えは、学問の二次創作的なコンテンツで儲けた人が、一次創作の現場にお金を落とすべきだというものです。もっと大きく儲けるなら日本言語学会に寄付するほうがいいとしつつ、今の自分にできるサイズがこれだと話しています。
一次創作
研究者が言語学の知見を生み出す
二次創作
ゆる言語学ラジオなどがコンテンツにして収益を得る
還流
得たお金を研究の現場に戻す
本が想像以上に売れたら、もう1人分の奨学金を出すことも考えているそうです。企業に協力を呼びかけることも、うっすら構想しています。自身の会社ペダンティックに一枠乗らないかと堀元さんに打診したこともありましたが、中小企業なのでまずはスタッフの賃上げを優先したほうがいいと考え直しました。
水野さんは、こうした判断ができるのは本業の収入に不満がないことや、取材を通して社会問題を知れたおかげでもあると話しました。受け取らなかった両親を「敵」と冗談めかしながらも、この100万円は実質的に水野家からの献金だと述べています。
最後に水野さんは、スパチャのつもりで本を買っても印税は院生に流れるので、推し活として買わなくていいと念押ししました。
まとめ
水野太貴さんの初単著『会話の0.2秒を言語学する』は、会話の話者交代にかかる0.2秒を入り口に、言語学のさまざまな分野を1つのストーリーにまとめた本です。水野さんは、その印税の一部を研究の現場に戻すことで、学問とコンテンツの関係を持続可能にしたいと考えています。
- 前書きはボルトとタイソン・ゲイの130ミリ秒の差から、会話の200ミリ秒へとつながる
- 内容の約7割は番組未公開の新ネタで、最後に水野さん自身の「自分殺し」の結論が置かれている
- バリューブックスでの予約は3500部が上限で、付箋と動画の特典が付く
- 初版印税のうち100万円は、言葉の研究をする大学院生1人に返済不要・報告不要で渡される
- 寄付の狙いは、二次創作で得たお金を研究の現場に還流させる流れをつくること

