言語学者1人と素人2人、勝つのはどっち?
今回のゆる言語学ラジオは、水野さんが持ち込んだ言語学オリンピックの模擬問題を使い、番組の監修者でもある言語学者の黒島規史さん1人と、水野さん・堀元さんの2人チームが早解きを競う企画です。
言語学オリンピックの問題は、実在する言語について「この言語ではこう言う」という例をいくつか示し、そこから法則を見つけて文を作ったり穴埋めをしたりするパズル型です。その言語を知らなくても解ける設定になっているといいます。
言語学オリンピックっていうのは、言語を題材にしたちょっとしたパズルみたいな問題って認識でいいですか?
黒島さんは語学を30言語ほどやってきたと意気込みます。対する2人は、日本語、中高で学んだ英語、名古屋弁、北海道方言を足し合わせて「6言語」と張り合い、早々に笑いが起きました。
まあ五十歩百歩ですよね。
アラビア文字を前に、2人はどこで手詰まりになったのか
対決のルールは、解けた時点で手を挙げて採点を受け、全問正解ならそのチームが1ポイントというものです。3言語の問題を用意したので、実質2問先取で勝負が決まります。
第1問はアラビア語で、アラビア文字で書かれた単語と「砂糖」「コーヒー」などの意味を対応させる問題でした。2人は「アラビア文字は右から左に書く」という知識を頼りに、頭文字の共通点を探し始めます。
堀元さんは、単語の長さから「コーヒー」にあたる語を推測するなど手応えをつかみます。一方で水野さんは、Sで始まるはずの語を探すうちに、Sに見える文字が3種類あって頼りにならないことに気づきました。
俺さっきのAでうまくいかなくなってる理由、A関係ないんじゃね?っていう。A、文字に表れてないとかくっついちゃってるとか、そういう類いのやつじゃない?
堀元さんが「母音が書かれていないのでは」という仮説にたどり着いたところで、黒島さんの採点が全問正解で終わり、第1問は黒島さんが先取しました。
え、僕らは今十分の三か四ぐらい仮説が生まれた。
母音を書かない文字、形が変わる文字
答え合わせでは、堀元さんが引いた「コーヒー」などの対応は合っていた一方、水野さんが引いた対応は全部間違っていたことが判明します。水野さんは自ら「センスが絶望的にない」と嘆きました。
黒島さんの解説によると、アラビア文字は基本的に子音だけで綴り、母音をほとんど書かないのがポイントです。母音を書く場合もありますが、頭から母音を拾っていくと引っかかるため、単語の終わりから見ていくと解ける問題だったといいます。
音と文字が1対1で対応すると考え、頭文字から母音も含めて照合した
母音はほぼ書かれないという前提で、子音と単語の終わりに注目した
文字の上下にある点については、文字どうしを区別するためのもので、点の数を別に考える必要はないそうです。さらに、アラビア文字は続けて書くため、語頭・語中・語末・単独で同じ文字でも形が少しずつ違うという説明もありました。
堀元さんは、この仕組みを「つなげる前提で書く」ものとして受け止め、学習の難しさに驚きます。2人は「知識があるからスムーズに解けた」と黒島さんを責めますが、黒島さんは「言語学オリンピックってそういうものでは?」と返しています。
インドネシア語の「ドリアン」は何を意味する?
第2問はインドネシア語で、問題には初級レベルと書かれていました。2人は小問を1問ずつ分担して解き、ほぼ同時に解答を提出します。
お、ジャスト同時?ジャスト同時か。若干水野さんのほうが早かった。若干。
結果は2人チームの全問正解で、対戦成績は1対1になりました。問題は、6つの単語から接辞の働きを見抜くシンプルなものだったと振り返られています。
たとえば「道」を意味するジャランに接頭辞ブルが付くと、ブルジャランで「歩く」になります。同じく「汗」のクリンガットはブルクリンガットで「汗をかく」、接尾辞アンが付いたクリンガタンで「汗びっしょり」になります。
最後の小問の答えは、棘を意味するドゥリにアンを付けたドゥリアン、つまり果物のドリアン ── 東南アジア原産の果物。硬い棘に覆われた外皮と強い匂いで知られ、「果物の王様」とも呼ばれますでした。水野さんは、ドリアンが「棘まみれ」という意味だったことに驚きます。
このインドネシア語のサンプル問題、そういうジャランが道みたいなさ、ちょっとこう、俺らの知的好奇心くすぐりにきたな。
スタジオでは、オランウータン ── 東南アジアの熱帯雨林にすむ大型類人猿。名前はマレー系の言葉で「森の人」を意味するとされますも「オラン(人)」を含む言葉で「森の人」を意味するという話題にも広がりました。
インドネシア語はローマ字表記で記号も少なく、日本語話者にもなじみやすいと紹介されます。接辞の意味は多岐にわたり習得は大変なものの、パーツを覚えれば組み合わせでさまざまな単語を作れる言語だとまとめられました。
ワルピリ語の決勝戦、分業はどう効いた?
1対1で迎えた第3問は、オーストラリアのワルピリ語 ── オーストラリア北部で話される先住民の言語の1つ。パマ・ニュンガン語族に属し、言語学の文献で例文がよく取り上げられますでした。「子供」「カンガルー」「走る」「放っておかない」などを含む文の例から、新しい文をワルピリ語に訳す問題です。
2人は今回も小問を分担します。語順がSVOかSOVかの特定に時間を使いながら、名詞の語尾が文によって変わることに気づき、格か人称の変化ではないかと推測しました。
途中で2人は、1人が採点を受けている間にもう1人が解き続けられるルールを活用します。誤答が出るたびに修正して再提出し、否定の形が現在と過去で違うことや、動詞の時制をそろえる必要があることを詰めていきました。
自動詞と他動詞で主語の形変えてんじゃないかなって気が今してきた。
何度かの再提出を経て、2人チームがついに全問正解を出します。黒島さんより先にゴールし、2対1で勝利が決まりました。
二人で手を組めば言語学者に勝てることが分かりました。
黒島先生がつまずいた「能格」と時制の罠
黒島さんは最後の小問で否定の形を誤っていました。スタジオでの答え合わせによると、ワルピリ語では「〜しなかった」の否定はクラ、「〜しない」の否定はクラカとなり、現在の否定のほうが長い形になっています。
| 項目 | 現在(非過去) | 過去 |
|---|---|---|
| 否定の形 | クラカ | クラ |
| 動詞の語尾 | ミなどで終わる | ヤやジャで終わる |
水野さんは、過去の否定が短く現在の否定が長いことを「不思議」だと面白がります。本動詞と否定の助動詞の両方で時制をそろえることが、この問題の気づくべきポイントだったとされています。
もう1つの鍵は、ワルピリ語が能格言語 ── 自動詞の主語と他動詞の目的語が同じ形をとり、他動詞の主語だけが特別な印を受ける格の仕組みをもつ言語だという点でした。「子供が話す」では子供に、「カンガルーを〜」ではカンガルーに同じ語尾が付いており、他動詞の主語にはNGKUのような印が付いていました。
黒島さんは能格の仕組みにはすぐ気づいたものの、そこに注目したせいで否定や時制に目が行かなかったと振り返ります。能格という用語にはたどり着かなかった水野さんも、自動詞と他動詞で主語の形が違うことには気づいていたと、堀元さんから褒められました。
俺だからもう原形しか書いてないというか。パーツ拾ってきて、多分これがここに対応してるぞまでしかなかったけど。
堀元さんは、カンガルーにあたる語を「マール」のような形だと特定したあとで、子供の頃に学習漫画で似た話を読んだ記憶とつながったと話します。ただし本人も、記憶違いの可能性があると念を押していました。
ワルピリ語については、パマ・ニュンガン語族ンガルキック諸語に属し、話者は2300人ほどだという話も出ました。黒島さんも学んだことはなく、文献の例文で見かける程度だといいます。
勝因は分業、敗因は知識?
結果は2対1でパーソナリティーチームの勝利です。堀元さんは「チームワークがあれば巨大な敵にも勝てる」と勝ち誇りました。
感想を聞かれた黒島さんは「知識に助けられたところもあれば、知識に邪魔されたところもありました」と語ります。アラビア語とインドネシア語では知識が武器になった一方、ワルピリ語では知識があるがゆえに能格ばかりに目が向いたことが時間のロスにつながりました。
アラビア語で母音をほぼ書かないことを知っていて、素早く全問正解した
ワルピリ語で能格だけが問われると思い込み、否定や時制を見落とした
問題の出どころは、冒頭で水野さんが「裏ルート」と冗談めかしていたものです。種明かしは、言語学オリンピックに準じた問題を集めた本『パズルで解く世界の言語』でした。
この本には、シエラポポルカ語、アゼルバイジャン語、シャン語、日本点字、ヒエログリフ、沖縄語など多様な言語の問題が収録されているといいます。刊行時に関係者から連絡があり、番組で使いたいと相談したところ、自由に使ってよいサンプル問題を作ってもらえたそうです。
ちょっとこれ出たのがね、2023年6月なんで、1年間ぐらいちょっと寝かしちゃったんですけれども、黒島先生いらっしゃるということで、その問題使わせていただきました。
言語学オリンピックとはどんな大会か
番組には以前から言語学オリンピックの問題を解いてほしいというリクエストが届いていました。水野さんは、せっかくなら番組らしい形でやりたいと考え、黒島さんが来てくれるのを待っていたといいます。
言語学オリンピックには国際大会と日本大会の2種類があるそうです。国際言語学オリンピックは世界中の中高生が競う大会で、日本言語学オリンピックはその予選も兼ねていると紹介されました。
世界中の中高生が競う。6時間で5問を解く個人戦と、4人チームで3〜4時間かけて1問を解く団体戦がある
国際大会に出るための予選を兼ねる。ホームページで模擬問題が公開されている
『パズルで解く世界の言語』の著者5人は、いずれも国際言語学オリンピックの元日本代表です。水野さんは、興味を持った人に公式サイトの模擬問題やこの本で挑戦してみることを勧めました。
最後は、水野さんが模擬問題を「落ちている」と表現したことに、堀元さんが「不正ダウンロードする人の言い方だ」とツッコむ一幕で締めくくられます。
公式サイトで公開されている。ダウンロードできますとか。
まとめ
言語学者1人と素人2人の早解き対決は、分業と採点中の解き進めを生かした素人チームが2対1で勝利しました。一方で各問題の解説からは、母音をほぼ書かないアラビア文字、接辞で語を組み立てるインドネシア語、能格と時制が絡むワルピリ語と、言語ごとの仕組みの面白さが見えてきます。
- アラビア文字は基本的に子音だけで綴り、文字の位置によって形も変わる
- インドネシア語のドリアンは「棘(ドゥリ)」に接辞アンを付けた「棘まみれ」という意味
- ワルピリ語は能格言語で、否定と動詞の時制をそろえることが問題の鍵だった
- 黒島さんの知識は、アラビア語では武器になり、ワルピリ語では思い込みの原因になった
- 問題は『パズルで解く世界の言語』のサンプル問題で、日本言語学オリンピックの公式サイトでも模擬問題が公開されている

