人は「構造族」と「個別族」に分けられる?
久しぶりの雑談回で、水野太貴さんは、名前がついていない人間の違いがあると切り出します。例として挙がったのは、以前番組で扱った『ビジュアル・シンカーの脳』の視覚思考と言語思考の違いです。
本題の前に、水野さんは2つの注意をしています。1つは、この分け方は0か1かの類型ではなく、グラデーションのある物差しだということです。もう1つは、どちらの極が優れている、劣っているという話ではないということです。
そのうえで水野さんが提案したのは、個別具体的な事象に興味がある人と、事象から引き出される法則や構造に興味がある人に分かれる、という見方です。堀元見さんは、飲み会で目の前の人のことを知りたいと思うか、「人間とはそういう生き物なのか」と思うかの違いだと言い換えました。
語弊を恐れず言うと、目の前の人ってのは一つの標本だと見て、その人から何かもっと普遍的なことを引き出したいんですよ。
これね、みんなそうだと思ってました、僕。
水野さんは、この構造への関心は少数派だと最近気づいたそうです。一方の堀元さんは、友達が4時間も悩み相談に乗って相手を理解した気になっている様子を見て、何が面白いのか不思議に思っていたといいます。
堀元さんによれば、2人が好む本の構成もこの傾向と重なります。まず失敗のパターンという一般論を語り、そのあとに有名な事例を出す構成で、例は一般論を補強するためにあるという考え方です。
俺だから人と飲んでる時もその感覚だよね。一般論を補強するためにそいつ(相手)の話聞いてるって感じですよね。
目の前の人や出来事そのものに興味がある。悩み相談に長く付き合い、その人を知ろうとする
個別の話から引き出される法則や傾向に興味がある。目の前の人の話は一般論を補強する材料として聞く
水野さんは、この2つの族がすれ違っていると感じています。構造族は個別族から「人でなし」「目の前の人に向き合っていない」と言われ、逆に構造族は個別族に「何がそんなに面白いんだろう」と思いがちです。
水野さんが望むのは、非難し合う関係ではなく、「あなたはこれが向いているね」と得意分野として認め合う関係です。堀元さんは途中で「寄り添うのが嫌い」と言い切りかけ、ラジオを盛り上げるためにアクセルを踏みすぎたと自分で撤回していました。
ウユニ塩湖に行くか、データを読むか
水野さんと堀元さんは、2人とも「体験は無意味」派だと話します。カッパドキアの気球を見るために何時間もかけて行くより、YouTubeで見たほうが早い、というのが堀元さんの感覚です。
ウユニ塩湖についても、水野さんは「どうせ予測どおり」と言います。途中で死海と混同していると堀元さんに指摘されますが、水野さんは、行く前に予測が終わってしまうという点ではどちらも同じだと返しました。
(ウユニ塩湖に)行くか、ウユニ塩湖が特徴的であることについて論証するデータ(の)どっち(が)欲しいか?って言われたら、普通の人は多分ウユニ塩湖行きたいと思うんですよ。
この問いに、堀元さんは迷わずデータを選びます。水野さんも、暖房の効いた家でデータを読み、「へー」と思ったら次の湖を調べたいと応じました。
ウユニ塩湖行ったやつにどうだった?って聞いても、めっちゃ綺麗だった、最高だったよしか出てこないから。
水野さんは、2人が単に情報量を求めているのではなく、個別の出来事より射程の広いデータを好んでいるのだと整理しています。
街頭インタビューはなぜ必要とされるのか
水野さんは最近、会う人ごとに「構造族か個別族か」を聞いているそうです。構造好きの人と話して共感したのが、物価上昇の報道で新橋のサラリーマンにインタビューする映像の意味がわからない、という感覚でした。
堀元さんはさらに、増税について街の人に意見を聞く取材に腹が立つと話します。税金を払わないほうが得なのは当たり前で、税金がなければ道も舗装されないというマクロの視点がない人に聞いても意味がない、という主張です。
例えば増税をした時に得られる税収がどれぐらい増えるかっていうシミュレーションを、リスクシナリオ、ハイリターンシナリオ、真ん中シナリオの3パターンに見せた時に、財政がどれぐらい改善するかとか(を知りたい)。
ただ、水野さんは結論を急ぎません。テレビや雑誌がコメントを取り続けているのは、それを知りたい人のほうが多いからかもしれない、と考えます。報道の劣化と言う前に、個別の話のほうが理解しやすい人が多数派だという前提に立つべきだという見方です。
ここで堀元さんは、自分のダブルスタンダードに気づきます。一般書でデータだけが並ぶと硬く感じ、主張、実体験、データの順で書かれた本が理想だというのです。
主張
幸福な生活とは自分で選択する権利があることだ、と先に書く
実体験
朝食を気分次第で自分で作る老人の話を紹介する
データ
老人ホームで朝食を自分で選ぶ人のほうが幸福度が高かったという結果を示す
水野さんは、データとそこから読み取れることの繰り返しで十分だと言います。ただしデータだけはつらく、厚労省の統計を自分で眺める習慣はないそうです。
それでも水野さんは、雑誌編集の仕事では体験とデータのバランスに気をつけています。自分の好みでなくても、そのほうが良いと学んだからだそうです。堀元さんは、ダン・アリエリーの『予想どおりに不合理』が、全身火傷の包帯を一気に剥がすか徐々に剥がすかという体験から始まる例を挙げ、体験の効能を語りました。
『ザ・パターン・シーカー』と共感・システム
水野さんは、構造族と個別族に似た分類をしている本として『ザ・パターン・シーカー』を紹介します。副題は「自閉症がいかに人類の発明を促したか」で、水野さん自身は未読のため、Amazonレビューなどを元にした話だと断ったうえでの紹介でした。
水野さんの説明では、この本は人間を共感型とシステム型に分けています。バランスのいい人が定型発達、システムに特化した人が自閉スペクトラム症 ── 対人関係やコミュニケーションの特性、こだわりの強さなどを特徴とする発達特性。ASDとも呼ばれ、特性の現れ方には個人差が大きいとされますとされ、後者は学校で浮きやすい一方、その特性が人類の発明を支えたという主張です。
水野さんは、この議論が正しく、自分の提案する分類と重なるなら、2人の傾向とも関係があるかもしれないと話します。実際、自分は共感が弱く、感情移入も得意ではないと感じているそうです。
文学で出てくる人って僕じゃないんですね。
文学の登場人物のように世界に居場所がないと悩むことはあるか、と堀元さんに聞かれた水野さんは、「俺がいることで世界が輝いてます」「お待たせ世界って感じ」と答え、笑いを誘っていました。
「おもんない」は死刑宣告か
水野さんの2つ目の提案は、人間の行動の動機は「おもしろいか」「モテたいか」に大別できるという仮説です。本人も、雑すぎると言われるかもしれないと前置きしています。
ここでのモテは、異性にちやほやされたいという意味に限りません。周囲の人に「すごい」「センスがいい」と思われたいという、他者の評価軸を内面化した状態全般を指します。言い換えれば、動機が自分発信か他者発信かという違いです。
典型的にはですね、特に関西で見られる言動として、その人にとっての死刑宣告に等しい言葉が「お前おもんないねん」なんですね。
水野さんによれば、モテ族はこの言葉がまったく刺さりません。面白くなくてもモテればいいからです。一方でおもしろ族にとっては、死に等しい一言になります。
水野さんはサポーターコミュニティ限定の「インプット奴隷合宿」に40人ほどで参加した際、同じ卓の人に「恋愛対象からかっこよくない・かわいくないと言われるのと、面白くないと言われるのと、どちらが嫌か」と聞きました。ほぼ全員が「面白くないと言われたら終わり」と答えた一方、大学時代の友達はそうでもなかったそうです。
水野さんは、堀元さんがnoteで面白くない発信者に「面白くない」と言うのも、おもしろ族ゆえだと指摘します。モテ族に置き換えるなら、ミスターコンテストに髭も剃らずに出てきた人に怒るような感覚だというたとえです。
モテなきゃいけない場なのに、モテじゃない評価軸に振って物作ってんのは許せないっていう感覚と多分近いと思うんですね。
堀元さんは、これで番組のコメント欄に時々「こいつらモテなそう」と書かれる理由に説明がつくと納得します。水野さんは断定はできないとしつつ、一部にはモテの評価軸で見ている人もいるだろうと話しました。
水野さん自身は、大学時代に「足が臭い」といじられると「4日前に風呂入ったよ」と上回って返すタイプでした。男友達から「女性からモテなくなるほどまでやる必要ない」と真剣に言われ、20歳を過ぎて初めてその感覚に気づいたそうです。
これ大事なのは4日間風呂入ってないっていう事実じゃなくて、4日間風呂入ってないって言うやつっていうところがポイントですよね。
違う評価軸で見下し合う人たち
水野さんが気になっているのは、モテ族はおもしろ族を「モテない」と評価し、おもしろ族はモテ族を「おもんない」と評価して、噛み合っていないことです。評価軸が違うという前提がないため、互いに「なぜこんなことをするのか」と見下し合っていると水野さんは話します。
堀元さんは、インターネットで活動する人の世界も同じだと応じます。ジャンル同士がうっすら見下し合っているという観察です。
| 見る側 | 見られる側 | 見下し方 |
|---|---|---|
| YouTuber | TikToker | 短尺で踊るだけで、長いコンテンツを作る能力がない |
| TikToker | YouTuber | ダラダラしたものを作る、創造性のない人 |
| 作家 | YouTuber | はしゃいでいるだけの頭の悪そうな若者 |
| YouTuber | 作家 | 前時代の遺物 |
水野さんは、こうした見下しが行動のモチベーションとして使われているのではないかと考えます。自分はプライドもコンプレックスもないので誰かを見下したいと思わないと堂々と語り、堀元さんに「初めて見た、堂々と言う人」と突っ込まれていました。
水野さんは時代批評として、オタクが憧れられる社会になっていることにも触れます。2022年ごろに売れた『映画を早送りで観る人たち』では、誰も言わない感想を言うために名作を手早く吸収したい人が描かれていたと紹介し、それがおもしろなのかモテなのか迷っていました。
「俺はモテたかっただけだった」映画ブロガーの告白
堀元さんは『映画を早送りで観る人たち』の話から、7年ほど前に読んで衝撃を受けたブログ記事を思い出します。特撮に強く、圧倒的な参照量で評論を書いていた映画ブロガーが、ある日突然「俺はモテたかっただけだった」という記事を書いたのです。現在その記事は残っていないそうです。
堀元さんが紹介した記事の流れは、次のようなものでした。
専門学校
映像系の専門学校でまったくモテなかった
一目置かれる
偶然見ていた特撮映画の深めの評論をしたときだけ一目置かれた
怪物化
何の取り柄もない自分が輝けるのはこれしかないと学習し、モテたいがゆえに映画を見続けた
結果
知識で好きな相手にマウントを取るようになり、今もモテないでいる
おもしろ族だと自分を思っていたのに、実はモテたいだけで。で、しかもその中途半端におもしろ族だと思ってしまった自認のせいでモテなくなっていたっていう。
水野さんは、モテようとするのは恥ずかしいという意識があるからだと受け止めます。堀元さんは「俺もこうなりかねない」と、この失敗パターンに震えたそうです。直後に水野さんは「足ド臭いすけど、モテたいです」とボケて、話を笑いに戻しました。
「侮られたくない」「儲かりたい」という別の軸
水野さんは、この分類にはブレンドがあると補足します。堀元さんはおもしろ族が優先していても、モテたい願望は別にあります。0か100かではなく、どちらにも当てはまらない動機もあると繰り返しました。
実際に水野さんが話を聞いた人の中には、「侮られたくない」が最優先だという人もいたそうです。浅い人間や能力が低い人だと思われたくないから、努力できるというタイプです。
堀元さんは、自分には侮られたくない気持ちはないと思っていました。ところが最近の商談で、先方から「アライアンスを拡大していきたい」と言われ、意味がよくわからないまま「そうですよね」と勢いよく同意したことを思い出します。
侮られたくないじゃないわ。これで仕事を失いたくないな。
僕儲かりたいんですよ。どうでもいいですよ。面白くある必要ないです。儲かれば何でもいいです。
堀元さんは、会社の社是も「儲かる」だと言い切ります。ただ水野さんは、こういう発言をラジオで口にしてしまうこと自体が、結局おもしろを優先している証拠だと指摘しました。
ファインマンの話で進路相談に失敗した日
面白を優先して失敗した経験を聞かれ、堀元さんは大学生から進路相談を受けた話をします。今思えば、相手は「やりたいことにチャレンジしてみろ」と背中を押してほしかっただけだったかもしれない、と堀元さんは振り返ります。
しかし堀元さんは普通のことを言いたくなくて、物理学者リチャード・ファインマン ── アメリカの理論物理学者。量子電磁力学の研究で1965年にノーベル物理学賞を受賞し、ユーモアあふれるエッセイでも知られますの話を始めました。ファインマンは収入が10倍になるシカゴ大学の研究所所長のポストを条件も見ずに断り、雑事が少なく自由にさせてくれるカリフォルニア工科大学を選んだ、という話です。
前日にファインマンのWikipedia読んでたから、ちょうど仕入れたやつあるから、それ言いたくてしょうがないの。
堀元さんは着地点を考えずに話し始めたため、「雑事が少ないポストを彼は選んだんだよ」と尻すぼみに終わったそうです。水野さんは「モテでもないし面白くもない」「喋りたい話をした」と評しました。
ここで水野さんは、面白には2種類あると整理します。水野さんが毎日辞書を読むのは自分にとっての面白で、堀元さんのエピソードトークのように気の利いたことを言うのは相手にとっての面白です。
堀元さんは、失敗は認めつつもフォローの余地があると反論します。誰でも言えることを言ったら終わりだという面白の軸があり、ファインマンの話はあまり誰もしていなさそうだから選んだ、という説明です。
お前の信じた道を行けとか言うよりは、ファインマンって知ってる?の語り出しの方が可能性高いから、そっち(ファインマンの話)を選んだの。
水野さんは、相談してきたということは通り一遍の答えを求めていないのでは、という読みも理解できると話します。一方で、本当に背中を押してほしいだけの可能性もあり、この行き違いは難しいと認めました。2人は、名刺に「共感しません」「気の利いたことを言おうとします。たまに失敗します」と書いておくべきかと笑い合います。
予備校の先生の「今12万円」が人生観をつくった
堀元さんは、普通のことを言われると響かず、変なことを言う人から人生の影響を受けてきたと話します。水野さんは、そこが堀元さんのおもしろ族としての原体験だと指摘しました。
堀元さんがはっきり覚えているのは、浪人時代の予備校の英文法の先生の余談です。例文に「ゴールド」が出てきたことから、先生は金に投資しようとしていたところ、同僚の先生に止められ、代わりに有望なハイテク株を勧められたという話を始めました。
今12万円になってる。
先生は100万円分買った株が12万円になったと明かし、「大人は怖いよ」と締めたそうです。堀元さんは、職員室で仲良く話している2人の間に88万円の損をめぐる思いがあるのだと想像し、人間社会の複雑さを初めて実感しました。
堀元さんは、「一見仲が良くても実は色々ある」と一般論で聞いてもつまらなかったはずだと振り返ります。具体例が良かったからこそ人生観が形成され、自分もそういう話をしようと「お前の信じた道を行け」より「ファインマンって知ってる?」を選ぶようになったといいます。
水野さんに、校長先生としてスピーチするなら何を言うかと聞かれた堀元さんは、「夏休みは徹夜でゲームし続けなさい」「シヴィライゼーション6を徹夜でやり続けて後悔してください」と答えました。
おもしろ族のバイブル、三田紀房マンガ
堀元さんの校長スピーチを聞いた水野さんは、「三田紀房っぽい」と反応します。2人は、三田紀房 ── 『ドラゴン桜』『インベスターZ』などで知られる漫画家。常識の逆を突くセリフや、受験・投資・ビジネスの攻略法を物語で描く作風が特徴ですの漫画を全部読んでしまうほど、あのリズムにハマっているそうです。
パンチラインいきなり言うんだみたいな。しかも意外なこと言って、で、生徒がえーって言った後、次回に続くっていうあの構造(がたまらない)。
堀元さんは、先にパンチラインを言い、「えー」と驚いてジングルに入る流れは、ゆる言語学ラジオにも似ているかもしれないと話します。水野さんは、『エンゼルバンク』の、良い人材ほど早く取り合って生焼けの焼肉のようになるというたとえを挙げました。
堀元さんが覚えているのは『マネーの拳』の場面です。1ヶ月以内に経営を改善しろと言われた主人公がその日のうちにシェフを交代させると、翌日に見に来たカリスマ経営者が「1ヶ月後と言って翌日に変わっていないやつはダメだ」と合格を出した、というものです。
1ヶ月先の様子見るって言ったんだから、なんで翌日で結果出そうとすんの?ずるすぎない、そいつ。
水野さんは、三田作品はだまし討ちが多いと応じ、『インベスターZ』で新入生につまらない映画を見せ、30分で出てきたら合格、最後まで見たら投資のセンスがないとする場面を挙げました。2人は「三田紀房のたとえイントロドン」をいつかやりたいと盛り上がり、作中の個性的な講師の話で笑い転げていました。
面白の価値観はいつ形成されたのか
水野さんは話を戻し、モチベーションの初期条件はいつ決まるのかと問いかけます。今井先生との会話から、子どもはまず自分にとって面白いことをし、社会に入るにつれて他人の目を内面化していくのではないか、と水野さんは考えています。
堀元さんは、中学3年のときには担任の話を「ベタだな、もっといい切り口で話せばいいのに」と思っていたので、そのころには出来上がっていたと振り返ります。水野さんは小学5年で生徒会長になり、原稿を見ずに机を叩く演説や、自分と推薦人の分のタスキを作って校内を歩く工夫をしていたそうです。
堀元さんは、自分の原点はインターネットかもしれないと気づきます。中学1年ごろからインターネット漬けで、面白い記事を書くテキストサイトの管理人に憧れ、真似事を始めたといいます。
2005年あたりはやっぱ面白いやつが偉いっていう(価値観があった)。
水野さんは、それを「面白マッチョイズム」と名づけます。面白くない人は発言権を奪われても仕方ないという価値観が、そこで堀元さんに植え付けられたのではないかという見方です。
水野さんは、堀元さんがデマや誹謗中傷があってもインターネットを見捨てないのは、それが人格形成に大きく寄与したからかもしれないと話します。堀元さんは、そのバイアスもあるだろうとしつつ、当時のインターネットが純粋に楽しかったと答えました。
授業オタク・参考書オタクと受験掲示板の闇
水野さんが面白に目覚めたのは塾でした。中学のころから話の面白い塾の先生が好きで、学校で習うことにどれだけ面白い補足を加えられるかを楽しんでいたそうです。
高校では人気講師の授業を片っ端から受け、技術を盗もうとしていたと水野さんは話します。受験生のころは参考書をすべて立ち読みし、分かりやすさで評価した「参考書神セブン」まであるそうです。
水野さんは、和田秀樹の『数学は暗記だ』が好きな人と飲み会をしたいと語ります。堀元さんはこの主張を「かなり三田紀房先生のリズム」と評しました。受験というゲームを面白く捉え直す主張に、水野さんは強く惹かれていたのです。
堀元さんは、受験生時代に同じ国立医学部志望の人のブログを読み、模試の点数を比べて楽しんでいました。ところがある日、その人が「受験板を見すぎて、これくらい取らないと人権がないと思い、点数を盛っていた」と告白したそうです。
何点取らないと俺は権利がないんだとか思っちゃって、嘘つき始めてしまうっていうこととかあるんだなっていうのをめっちゃ思いましたね。
水野さんは、就活版の似た場所としてみん就 ── 就職活動中の学生が企業ごとの選考情報を書き込み合う掲示板サイト「みんなの就職活動日記」の略称を挙げます。見続けると、就活偏差値の高い大手でなければいけないと思い込む「大手病」にかかると言われていたそうです。嫌だけど見てしまうのが怖い、と水野さんは振り返りました。
マッチングアプリで「普通の趣味」を言う理由
水野さんは、この回で提案した2つの概念をまとめます。1つ目が構造が好きな人と個別具体が好きな人、2つ目が行動のモチベーションがモテかおもしろかという物差しです。堀元さんは、すれ違いの理由がわかってすっきりする人が多いのでは、と評しました。
水野さんが挙げたのは、知り合いの女性がマッチングアプリで、変な人だと思われないよう極力普通の趣味を言うようにしていたという話です。2人の立場からすると、会ってずっと普通のことを言う人は不可解に見えます。
後からあの人不可解だったわみたいなこと言ってたのが、実はそういう動機(普通の人と付き合いたい)だったっていう理解につながるじゃないですか。
堀元さんは、自分たちはおもしろをインストールしているが、その人はモテをインストールしているのだと整理しました。水野さんは、おもしろだと思われて良くない体験をした可能性もあると付け加え、この概念が他者理解につながると話します。
投資信託かブランドバッグか、完全敗北した夜
堀元さんは、ゆる言語学ラジオを始めてから出会う人におもしろの人が多く、意思疎通がしやすいと話します。その例が、サポーターとの合宿の夕食で起きた出来事です。
堀元さんが「信じられないぐらい投資信託を積み立てていて、積み立てるために積み立てている」と話すと、水野さんも運用益を見るのが気持ちいいと共感しました。そこへ参加者の女性が「私はブランドバッグを買うほうが賢い」と言い出します。
堀元さんは一瞬「面白くないことを言い出したか」と思ったそうです。しかし女性は、目利きを外さなければ希少なバッグは値上がりすると続けました。
身につけられず、運用益を見るだけで喜んでいる
身につけてテンションが上がり、さらに運用益でもテンションが上がる
そこからの逆転あると思わなかった。
堀元さんは完全敗北を認め、笑い転げたそうです。こうした人と出会えるのは、自分が面白に振っていると表明してきたからだと感じています。
水野さんも、この活動を始める前はその場のノリを重視した会話ばかりしていたと振り返ります。始めてから、情報量を追求した会話をしていいのだと知ったそうです。堀元さんは、番組が普段隠している面白をむき出しにしていいという免罪符になっていると話しました。
ただし水野さんが例の女性に「堀元さんに会いたいか」と聞くと、「怖いから結構です。私何にも面白いことできないし」と断られたそうです。水野さんは、面白を隠しているのではなく、そもそもその観点で生きていない人もいると付け加えました。
水野さんは、この概念を持ち出した狙いを最後にこう語ります。
堀元さんも、人間は自分と違うものを排斥しがちだからこそ、「この人はこういうストラテジーで動いているのか」と思えるといいと応じました。水野さんは、無駄にカタカナ語を使う人にもそうせざるを得ない理由があるという話を、いつか番組か書籍でするつもりだと予告しています。
締めくくりに水野さんは、類型と言うと0か1かの性格診断のように受け取られるので、「特性」と呼んでおきたいと言葉を選び直しました。この特性論への批判的な検討や、身近な出来事への当てはめを歓迎すると呼びかけています。
魚の骨の丸飲みとニンニク60グラム
番組の終わり際、堀元さんは大学のコミュニティの飲み会の出来事を急に思い出します。ある男性がウケると思ってホッケの骨を丸飲みしたところ、1人の女性が本気で引き、その後3年間「あいつ魚の骨丸飲みしてたよ」と陰口を叩き続けたそうです。
あれモテ族と面白族の対立だったかもしれないな。
水野さんにも似た体験がありました。面白いかと思い、昼食の油そばにニンニクを60グラムほど入れてから、先輩と隣り合う電話応対のバイトに入ったところ、勤務後に真剣に怒られたそうです。
勤怠表切った後に、「ねえねえ水野さ、口臭くない?やめて」(と先輩に言われた)。
堀元さんは「臭いというボケをしたのに臭くて怒られた」とまとめ、すれ違いの典型だと笑います。水野さんは職場でも、上司にニンニクを指摘されて「シンプルに臭いかもしれないですね」とかわしたそうで、2人はリスナーにも同じような体験談を寄せてほしいと呼びかけて回を締めました。
まとめ
この回は、水野さんが提案した「構造か個別か」「モテかおもしろか」という2つの物差しから、旅行、報道、相談、漫画、受験掲示板、飲み会の失敗談まで、人と人のすれ違いを読み解いていきました。2人が繰り返し強調したのは、これは優劣をつける類型ではなくグラデーションのある特性であり、評価軸の違いを知ることが他者理解につながるという点です。
- 人は、個別の出来事そのものに興味がある人と、そこから引き出される構造や法則に興味がある人に分かれると水野さんは提案しています
- 行動の動機は、他者の評価軸を内面化した「モテ」と、自分発信の「おもしろ」に大別できるという仮説が語られました
- 評価軸の違いに気づかないまま、互いを「モテない」「おもんない」と見下し合うことがすれ違いの原因になっていると2人は見ています
- 「侮られたくない」「儲かりたい」など、2つに当てはまらない動機もあり、実際には人それぞれのブレンドがあるとされています
- 不可解に見える行動の裏にある構造を知れば、他人を理解でき差別も減るというのが、この概念を持ち出した水野さんの狙いです




