「賢っ!」は大学の先生に失礼なのか?
話は、堀元さんの口癖から始まります。ゆる言語学ラジオに大学の先生をゲストに招いたとき、堀元さんは研究の話に「賢っ!」と反応することがあります。
たとえば鈴木寿孝先生が巧みな実験設計を紹介した回では、堀元さんは「うわぁ、賢っ!思いつくのすご!」と言っていました。水野さんは、この反応を聞くたびにヒヤヒヤしていたといいます。
水野さんが根拠として持ち出したのが『無礼語辞典』です。この辞典は悪口を集めたものではなく、相手が無礼と受け取るかもしれない言葉を集めた辞典だと水野さんは説明します。堀元さんはそれを「要注意単語リスト」と言い表しました。
『無礼語辞典』の「賢い」の項目には、評価は上から下に対して行うものなので、目上の人に「賢い」と言うのは失礼だと書かれています。この記述に従えば、堀元さんは監修の先生や言語学者を評価していることになります。
まあ、僕、天上人だから、評価しても問題ないという説はありますけど。
堀元さんの「天上人」発言に、水野さんは「被引用数いくつぐらいですか?」「H指数は?」と研究者の物差しで切り返します。堀元さんの答えは、どちらもゼロでした。
水野さんの説明によると、H指数 ── 研究者の業績を測る指標の一つ。h回以上引用された論文がh本あるとき、その研究者のH指数はhになりますは、10回引用された論文を10本書けば10になる指標です。100回引用された論文が1本あっても、ほかが1回ずつしか引用されていなければ1にとどまるため、高めるのがとても難しいといいます。
冗談のあと、堀元さんは「賢っ!」が偉そうだという自覚はあったと認めます。コメント欄でもよく指摘され、「こいつ偉そうだなぁ」というタイムスタンプが押されているそうです。
やっぱさ、聞きやすいじゃん。頭いいことを言った時に「賢っ!」とか「頭よ」とか言ってると聞きやすいじゃん。
辞典が挙げる言い換えは「指導していただきたい」「学ぶところが多い」です。二人は実際に先生とのやり取りを演じてみますが、堀元さんは「なんかNHKにならん?全然ゆる言語学ラジオじゃないよ、これ」と、真面目すぎる響きに難色を示しました。
ほかに載っていた言い換えが、学問や知識が広いことを表す該博 ── 知識が広く、さまざまな物事に通じていること。「該博な知識」のように、主に学識について使う言葉ですです。先生の話のあとに「該博ー」と言う案には、堀元さんも「ちょっといいじゃん」と乗り気でした。
広告案件でさっそく無礼、「暇なんですか?」はセーフか
ここで水野さんが、今回の回が大修館書店による『無礼語辞典』の広告案件であることを明かします。大修館書店は、普段からジーニアス英和辞典などで番組に広告を出している会社です。
堀元さんは早速「我々にこれの広告案件依頼してくるって、大修館さん賢いですね」と言ってしまい、水野さんに止められます。言い直した「大修館さん該博ー」も、該博は学問知識を指す言葉なので外れ。最後は「引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」に落ち着きました。
今回の進め方は、二人が「無礼になっちゃったかも」というエピソードを話しながら、ときどき辞典を引いていくというものです。堀元さんは、番組で無礼を働いた記憶はほとんどないと言い張ります。
堀元さんが例に出したのは、英語史を研究する堀田先生がゲストに来た回です。ある単語の綴りを515通りほど数え上げたリストを作ったと先生が話したとき、堀元さんは「え、先生暇なんですか?」と聞いたそうです。
いやいやいやいや、もっとアウトだな。「賢い」よりもアウトです。
堀元さんは、普通の語彙である「暇」なら辞典に載っていないだろうと考えて引いてみます。ところが「暇」は175ページに載っていました。
辞典によると、「お暇な時にご覧ください」は、相手に特にすることがない時間があると想定した言い方で、失礼だと感じる人もいるとのことです。また「暇」はくだけた話し言葉なので、「お」を付けても軽い印象が残り、相手への配慮にならないと書かれています。
言い換えとしては「お手すき」「時間がある」などが示され、「お手すきの折にはぜひおいでください」といった例が載っています。堀元さんは「載ってないからセーフ」と言い張る芸を狙っていたものの、載っていたので破綻したと笑いました。
電話研修で「何様でしょうか?」と聞いてしまった新人時代
水野さんの無礼エピソードは、社会人1年目の電話研修の話です。ちなみに堀元さんの社会人1年目の失敗は、決算してみたら利益がマイナス70万円だったことだそうです。
水野さんの会社の電話研修は、応対の仕方を教わったあと、講師がかけてくる電話をみんなの前で取るという形式でした。水野さんは学生時代に塾のバイトで電話に慣れていたので、「見とけよ、俺の勇姿をよ」と自信満々だったといいます。
講師は学んだ内容を定着させるため、ひと癖ある相手を演じてきます。水野さんに当たったのは、名前を名乗りたがらない相手でした。聞き返してももごもごとごまかされるので、水野さんは正確に名前を聞こうと考えます。
「すいません、失礼ですが、何様でしょうか?」って聞いちゃって。評価が地に落ちました。
正解は「どちら様でしょうか」です。ただ水野さんは、「お名前は何ですか?」とは言うのに「お名前はどちらですか?」とは言わないのだから、迷っても仕方ないと主張します。堀元さんも「自然言語難しいね」と応じました。
堀元さんは、社外からの電話で社内の人に「さん」を付けないと教わった新人が、社内で「山田、お電話です」と言ってしまう、というよくある笑い話にも触れます。
あれ聞くたびに、いやそれ笑い話にされてるけど、日本語の運用が難しすぎない?っていう気が今してきた。
「何様」は辞典に載っていませんでした。水野さんは、日本語学習者にとっては「どちら様」が正しいといったルールはかなり難しいのではないかと話しています。
「なるほど」の言い換えは何がベスト?
「何様」を探して「な」の項目を見ていた堀元さんが見つけたのが、「なるほど」です。目上の人には使わないほうがいいと言われる言葉で、水野さんも会社の中で指摘されたことがあるといいます。
よく使われる代わりの表現が「なるほどですね」ですが、これも気になる人がいます。水野さんは、敬語を足したはずなのに、かえって無礼に聞こえるという不思議を、料理にたとえて説明しました。
だって味足してるわけじゃん。敬語の味を足してるわけじゃん。なのに食べた人が「味薄い」って言ってる感覚だから、これ不思議ですよね。
水野さんが出した言い換え案「我が意を得たり」は、上司が部下に助言する場面を演じると、かなり上からの返事になってしまいました。辞典が挙げるのは「はい」「ええ」「おっしゃる通りです」などです。
ただ水野さんによると、「おっしゃる通り」も何回も言うとくどくなります。会社員として鍛えたという水野さんの答えは、気の抜けた声で「はぁ」と言うことでした。堀元さんはこれを「なるほどの言い換えはエクトプラズム」とまとめています。
このやり取りで、堀元さんは塾講師時代の記憶を思い出します。保護者に気に入られるよう上司から教わった「マジックワード」は、「おっしゃる通りです」と、さらに効果が高い「勉強になります」でした。
僕それに対してノータイムで「勉強になります」って返したら、「おちょくってんのか」って言われて怒られました。
水野さんも学生時代にこうした言葉を押さえようとしたことがあり、「後学のために」はだいぶ使うようになったといいます。
謝り方の話にも広がります。年中怒られていたという水野さんは、「すいません」が効かなくなったとき、靴のあたりを見ながら「すー」と息を吸い、指示を受けたら「はー」と吐くのが生き延び方だと語ります。ポイントは足元まで目線を落とす首の角度だそうです。
謝罪は決め方が難しい、「すみませんね」と「猛省します」
謝罪の話で堀元さんが思い出したのは、大学の先輩の話です。2年生の先輩が4年生の先輩を激怒させたとき、首の角度も下げて上手に謝っていたのに、最後に「はい、すいませんね」と言ってしまいました。
相手の怒りは10倍ほどになり、「なんだその口の聞き方は」と叱られたそうです。堀元さんは、最後を「申し訳ございません」で決めればよかったのに、軽いカードを切り間違えたのだろうと振り返ります。
水野さんは反対に、日本語の知識が行き過ぎて「決めすぎて」怒られた経験を話します。コロナ禍の在宅勤務中、テキストで怒られるたびに「以後気をつけます」「反省します」を送っていて、芸がないと感じていたそうです。
そしたら俺、そのちょいミスに「猛省します」って言ったせいで、「お前その言葉を全然重みを考えずにとりあえずなんとなく送ったんだろ」って。
堀元さんは、「猛省」は相当大きなミスに使う言葉で、2分の遅刻のようなことに使うのはまずいと応じ、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」かもしれないと話しました。
水野さんによると、テキストでは相手がどれくらい怒っているかがわかりません。上司は句点だけ送ってくることも多く、謝罪の言葉を強くしすぎると危ないものの、中くらいの強さの語彙はそれほど多くないというジレンマがありました。
在宅勤務中はテキストで怒られ、相手の怒りの度合いがわからない。強い言葉を選ぶと「猛省します」のように過剰になる
出社して対面で怒られると、相手の怒りゲージが見え、ちょうどよい強さの言葉を選べる
そのため、リモートワークが明けて対面で怒られるようになったとき、水野さんはとても嬉しかったといいます。堀元さんは、番組の編集をしているタイキくんが、ファミレスのバイトで怒られてもニコニコしていて、さらに怒らせた話も紹介しました。
大家さんへの挨拶で、靴を脱いで上がりかけた話
堀元さんの無礼エピソードは、大学1年生で上京したときの話です。堀元さんが住んだのは、大家さんの方針で慶應の学生にしか貸さないアパートでした。
不動産屋からは、隣に住む大家さんの家へ引っ越しの挨拶に行くよう言われます。堀元さんは菓子折りを持っていけば安心だと考えて、インターホンを押しました。「開けていいよ」と言われて玄関に入ると、虎皮の絨毯が敷かれた、いかにもお金持ちの家だったそうです。
俺、玄関で靴脱いでちょっと入ろうとしてたの。そしたら「あ、入るんだ」って言われて。
友達の家なら、「開けていいよ」と言われたら靴を脱いで上がります。堀元さんはその感覚のまま動いてしまいました。上品な大家さんに「上がります?」と聞かれて事情を察し、慌てて菓子折りだけ渡して帰ったそうです。
水野さんは、「これって上がらないものなんですか?」と素直に聞けば可愛げがあったと指摘します。堀元さんも今思えばそのほうがよかったと認めつつ、当時はそこまで図太くなれなかったと振り返りました。
この失敗は言葉ではなく振る舞いの問題なので、無礼語辞典では解決しません。堀元さんは、正しい振る舞いやマナーの難しさを実感したと話しています。
ここで堀元さんが大家さんを「かくしゃくとした身のこなし」と言い表したところ、辞典を見ると「かくしゃく」も載っていました。年をとってもなお元気という意味なので、相手の年齢を前提にしてしまうというのが理由です。
堀元さんは、身内について第三者に話すならよくても、70代の名誉教授に本人の前で言う言葉ではないと説明します。言い換えは「はつらつ」「頑健」「パワフル」で、水野さんは年齢と関係ない言葉になると納得していました。
| 言葉 | 無礼になりうる理由 | 辞典の言い換え |
|---|---|---|
| 賢い | 評価は上から下に行うもので、目上を評価することになる | 指導していただきたい、学ぶところが多い、該博 |
| お暇な時に | 相手にすることがない時間を想定し、くだけた語で軽い | お手すき、時間がある |
| なるほど | 目上の人に使うと失礼と受け取られることがある | はい、ええ、おっしゃる通りです |
| かくしゃく | 相手が年をとっている前提が入る | はつらつ、頑健、パワフル |
品格語辞典と「おもたせ」「いただき立ち」
使える語彙が減っていくと嘆く堀元さんに、水野さんは同じ大修館書店から出ている『品格語辞典』を紹介します。普段の言葉を、品格のある大人っぽい言い方に言い換える辞典です。
「元気」の項目には「達者」「壮健」「つつがない」などが並んでいます。堀元さんが「壮健がパッと出るとこの人いい語彙あるなって思わせる」と言うと、水野さんは、一目置かれたくて言いたい語彙を集めていた話を始めます。
水野さんが挙げたのが「おもたせ」です。お客さんが持ってきた手土産を、その場で一緒にいただくときに、「おもたせで恐縮ですが」と言って出します。
俺今までそういう時さ、「わーカステラだ、ありがとうございます。いただいちゃいますね。カステラ出しちゃっていいですか?」って言ってたんだけど。
水野さんが続けて出題したのは、招かれた家で食事をごちそうになってすぐ帰るときの一言です。正解は「いただき立ち」で、「いただき立ちで恐縮ですが」と言って帰るそうです。
ただし水野さんの例文は「こちらでご無礼いたします」で締めくくられ、堀元さんに「後半、無礼出てきたから」と突っ込まれていました。
「お返事が遅れて申し訳ございません」の「お」は変?
水野さんが今でも引っかかっているのが、「お返事が遅れて申し訳ございません」の「お」です。番組で以前に話題にしたところ、コメント欄でも気になるという声がありました。
堀元さんは、自分が出す返事に「お」を付けるのは気持ち悪いと感じています。これに対して水野さんは、「お」には種類があると反論します。
「お言葉」のように、目上の相手のものに付ける。自分の言ったことには付けない
「おビール」「お掃除」のように、聞き手に丁寧な言葉遣いをしていると示す。水野さんの「お返事」はこちら
俺社会人4年間ぐらいずっとそれで相手をちょっと気にさせていたのかもと思って。
堀元さんは「ご返信」と「返信」の間で揺れ続け、最近は「返信遅くなりまして申し訳ございません」に落ち着いたそうです。「お返事」には子どもっぽい、黒柳徹子さんのような響きがあるとも言います。
そこから、「お返事」は童謡に出てくるような言葉だから本能的に避けているのでは、と堀元さんが言い出します。水野さんに「童謡に出てくる言葉は結構あるぞ」と言われ、桃太郎のきびだんごやどんぶらこをめぐるやり取りの末、堀元さんは後付けの理屈だったかもしれないと認めました。
「陳腐」「ガタガタ」「愚直」「こだわり」、辞典が立項する言葉たち
堀元さんは、辞典で意外な言葉を見つけたとして、水野さんにクイズを出します。水野さんがゆる学徒カフェで、自分が辞書を読むのをお客さんに見てもらうイベントを提案すると、堀元さんの返しは「陳腐なアイデアだ」でした。
「陳腐」は辞典にちゃんと立項され、「陳腐なアイデアだ」という例文そのままで、言ってはいけない言葉として載っています。水野さんが49ページから出したのは「クライアントがガタガタ言っています」で、まずいのは「ガタガタ」です。
堀元さんは、普通に使ってしまいそうな言葉だけでなく、明らかにダメな言葉も載っていることに驚きます。水野さんは、立項されているということは、実際に言ってしまう人がいるのかもしれないと話しました。
水野さんが一番驚いたのは「愚直」です。辞典には、ひたむきさを表して使われることもあるが、本来の意味からすると褒め言葉としては適切でなく、融通が利かないことを批判したり、自分を謙遜したりするときに使う言葉だと書かれています。
堀元さんは「こだわる」も載っていたことに驚きます。水野さんによると、本来は一つのことにとらわれるという意味で、少し前までは皮肉などで使われていた言葉です。
一つのことにとらわれる意味で、皮肉や批判の文脈で使われていた
「シェフのこだわりパスタ」のような言い方が広まり、自称のこだわりがポジティブな意味を帯びた
水野さんは、「愚直」も「こだわり」も、今では使えば即無礼というほどではないと考えています。そのうえで、この辞典の価値を次のように話しました。
水野さんによれば、『無礼語辞典』は言葉の正誤を決めるものではなく、地雷になりかねない場所を事前に探っておくためのものです。気にする人がいると知っておくだけでも、知らないよりはまし、という考え方です。
堀元さんは、言葉への感度を高めたい人に向いている辞典かもしれないとまとめ、類書の『品格語辞典』と読み比べるのもすすめました。
白雪姫と桃太郎、『無礼語辞典』のユーモアある例文
最後に二人が盛り上がったのは、『無礼語辞典』の例文の面白さです。水野さんが一番面白いと挙げたのは「たくましい」の例文でした。
例文、「7人分の扶養控除を申請するとは、白雪姫もたくましいものだ」。
堀元さんは、白雪姫が源泉徴収票を見て社会保険料の高さに気づき、小人を扶養していると思い出して申請したのだろう、と勝手に状況を想像して笑いを誘います。
堀元さんが見つけたのは、「〜だって」という表現の例文「きびだんご1つで頑張れよだってさ」です。猿か犬が桃太郎の薄給を非難しているような文で、堀元さんは「童話の主人公を非難する例文が載ってるんですか、この本」と突っ込みました。
二人は、こうした遊びのある例文が急に出てくるので、パラパラめくるだけでも楽しめる辞典だと話して、回を締めくくっています。
まとめ
この回では、「賢い」「お暇な時に」「なるほど」「かくしゃく」「愚直」「こだわり」など、悪気なく使いがちな言葉が、評価・年齢・本来の意味といった理由で失礼に響きうることが、二人の失敗談とともに語られました。『無礼語辞典』は正解を押しつける本ではなく、地雷の可能性を知っておくための本として紹介されています。
- 目上の人への「賢い」は、上から評価する言葉なので失礼と受け取られることがある
- 「なるほどですね」のように敬語を足しても、かえって無礼に聞こえる場合がある
- 謝罪は言葉の強さの調整が難しく、「猛省します」のように強すぎても逆効果になりうる
- 「愚直」「こだわり」は、もともと批判や謙遜に使われていた言葉だった
- 『無礼語辞典』は正誤ではなく、気にする人がいる言葉を事前に知るための辞典で、例文の遊び心も楽しめる


