みんなが手話で話す島は、日本にもあった?
前回まで取り上げたアメリカのマーサズ・ヴィンヤード島は、住民の多くが手話で話していた島です。水野さんは今回、この島のような場所が現代にも残っていると切り出します。
水野さんによると、孤立した地域で遺伝性難聴が増える事例は世界にそれなりにあり、そうしたコミュニティでは独自の手話が生まれることが多いといいます。こうした手話は専門用語で村落手話 ── 特定の村や地域で、聾者と聴者の双方が共有して使う手話。外から持ち込まれたものではなく、その土地で自然に発達するのが特徴ですと呼ばれます。
マーサズ・ヴィンヤード島の手話も、当時アメリカで使われていた手話とは別系統の、島独自のものだったはずだと水野さんは説明します。そのうえで、驚きの事実を示しました。
ここからが驚くところなんですが、村落手話はですね、愛媛県にあるんですよ。
四国にあんの?
場所は愛媛県今治市の大島の東部にある宮窪という地区で、特に海辺の浜のエリアに手話話者が集中しているそうです。大島には、戦国時代に瀬戸内海を拠点にした村上水軍 ── 戦国時代に瀬戸内海で勢力を持った海の武装集団。小説『村上海賊の娘』のモチーフにもなりましたの本拠地の遺跡もあるといいます。
水野さんは、宮窪の手話は日本手話と系統的な関係がない手話言語だと強調します。ここから、日本手話と具体的にどう違うのかの説明に入ります。
未来のない時間軸と、太陽で示す時刻
宮窪手話と日本手話の違いの1つめは、過去・現在・未来をどこに置くかという「タイムライン」です。日本手話では、話者の前方が未来、体のあたりが現在、後ろが過去として使われます。
水野さんは、日本語の「過去を振り返る」「未来に進む」という言い方と、日本手話の空間の使い方がたまたま一致していると指摘します。そのため直感的にわかりやすいといいます。
一方、宮窪手話では、話者の利き手側が過去、体の真ん中が現在で、未来のエリアはないそうです。
前方が未来、体のあたりが現在、後ろが過去。日本語の「過去を振り返る」と一致する
利き手側が過去、体の真ん中が現在。未来のエリアはない
それやばない?(未来がないって)世界の捉え方違うじゃん。
驚く堀元さんに対し、水野さんは誤解だと釘を刺します。日本語の時制も過去と非過去しかないが、日本語話者が未来を考えられないわけではない、という理屈です。
未来の表現がないって、「え、その人たち過去と現在の世界で生きてんの?」って、みんな思っちゃうと思うんですけど、違うんですよ。言語形式で表現し分けないだけなんで。
水野さんによれば、むしろ日本手話のほうが、未来のエリアを表す特定の形式を持っている点で日本語と違うといえます。
宮窪手話にはもう1つ、「天体タイムライン」があるそうです。話者の顔の周りを太陽の通り道に見立て、たとえば正午なら頭の上で正午の手形をし、朝なら朝の手形の位置で時刻を示します。
太陽を再現するので、話者がどの方角を向いているかで表現が変わります。南を向いていれば左手側が東、東を向いていれば顔の前に太陽が昇り、後ろが西になります。
どっちが北か常に考えないとできないもんね。
水野さんは、宮窪の狭いエリアなら海の見える方向で方角を意識しやすく、都市とは難易度が違うかもしれないと留保します。それでも、方角を意識しないと使えない点で、日本手話とは大きく異なるとまとめました。
数の表し方は5つの型に分かれる
堀元さんは、スペイン語とポルトガル語のような語彙レベルの違いを想像していましたが、宮窪手話と日本手話は由来からして別物だといいます。その違いが見える例として、水野さんは数の表し方を挙げます。
手話の数の表現は、研究で5つの型に整理されているそうです。この分類は、15や200のように形態素が2つ以上ある数をどう表すかの分類です。
| 型 | 仕組み | 番組で出た例 |
|---|---|---|
| 加算型 | 足し算で組み立てる | 日本手話の15は、10の後に5を出す |
| 乗算型 | 掛け算で組み立てる | 日本手話の200は、2の後に100を出す |
| 減算型 | 大きい数から引く | インドのアリプル手話では48を50から2を引いて表す |
| 空間利用による調整 | 数が大きいほど手や口の動きを大きくする | アリプル手話の100、1000、10000 |
| デジタル型 | 桁の数字を順に並べる | 1000を「1・0・0・0」と表す。インドネシア手話など |
1つの言語が1つの型だけを使うわけではありません。フランス語では80を「4×20」の quatre-vingt、22を「20と2」の vingt-deux と言い、乗算と加算を組み合わせています。
堀元さんは、日本語の「502」も「5×100+2」で、位の中は乗算、位同士は加算になっていると気づきます。また、日本手話でも部屋番号の1000号室は「1・0・0・0」と表すそうで、堀元さんは日本語の「301号室」を「さんまるいち」と読むのと同じだと応じました。
そして宮窪手話は、日本手話が主に使う加算型・乗算型ではなく、デジタル型を使うといいます。23なら「2・3」と出す形です。
面白いのは、この表し方が漁業でよく使われる点です。宮窪の浜は漁業が盛んで、漁師が宮窪手話の主な使い手だったという記述もあり、重さや年齢、日数を表すときによく用いられるそうです。
「日本は単一言語国家」はなぜ誤解なのか?
数の表し方まで違う宮窪手話を受けて、水野さんは「日本は単一言語国家」という言い方が何重もの意味で誤解だと話します。アイヌ語や琉球諸語も言語として数えられ、日本手話も言語であり、さらに宮窪手話もあるからです。
多様性がないって言ってる場合って、単に見えてないことの方が多いんだろうなっていうのを思いました。
水野さんは、調べずに断言する人への違和感も口にします。ポイント経済圏の話なら被害はないけれど、マイノリティが関わる問題では害が大きいので、理性で踏みとどまることと調べることを勧めました。
しまなみ海道とインターネットで変わった宮窪
宮窪手話の現状について、水野さんは2016年の国勢調査のデータを紹介します。宮窪には2736人が暮らし、宮窪手話を話す聾者は20人ほど、約30年前には聾者が30人以上いたそうです。
堀元さんが比率は100人に1人ほどだと計算し、マーサズ・ヴィンヤード島の約150人に1人より高いと驚きます。遺伝が関係するかは明らかになっていないようで、島民にとって聾は取り立てて重要なことではなく、原因を突き止めようとしなかったといいます。
宮窪でもマーサズ・ヴィンヤード島と同じく、聴者も手話を覚えて生活や仕事で使い、音声と手話の両方が使われていました。しかし転機が訪れます。
聴者もほぼ皆手話を使え、音声と手話が併用されていた
しまなみ海道で人の往来が増え、インターネットで聾者が自分で情報を調べるようになり、若い聴者が手話を覚えなくなった
水野さんが調べた限り、マーサズ・ヴィンヤード島ほどの差別は見当たらなかったそうです。ただ、外から人が入ると地域の言語は使われにくくなります。
インターネットの影響も大きいと論じられているといいます。聾者が聴者に質問する代わりに自分で調べるようになり、その結果、宮窪の若い聴者が手話を覚えなくなったそうです。
宮窪手話を研究する矢野羽衣子先生は、宮窪出身の聾の当事者です。矢野先生は島を出て松山市の聾学校に入るまで、世界中の人がみんな手話を使っていると思っていたといいます。
聾学校の寄宿舎から帰省する際、迎えに来た祖母が、周囲の人や聴者の保護者から「手話がおかしい」と批判されたそうです。祖母はしばらく言葉が出ないほど傷つき、家族全員が憤りを覚えたこともあったといいます。
聾の人って割と差別されがちっていう問題があるのに、その差別されがちなコミュニティの中でも差別されたんだ。
口話を重視する教育と、手話話者の間の分断
水野さんは、聾学校は乱暴に言えば手話をあまり重視せず、口話 ── 口の動きを読み取って話を理解し、自分でも発声して音声で意思を伝える方法。番組の監修者によると、読むことだけでなく発声も含まれますを重視してきたと説明します。社会に出れば音声言語が必要だという方針です。
手話の中にも、日本手話のほかに、日本語の語彙と文法のまま手で表す日本語対応手話 ── 日本語の語順や文法に合わせて手話単語を並べる表現。監修者の補足では、日本語に完全対応させるのは不可能で「混成手話」と呼ぶ研究者もいるとのことです、あるいは手指日本語があります。
水野さんによると、日本手話より手指日本語、手指日本語より音声言語ができるほうが社会的に成功しやすいといいます。そのため、日本手話を大事にする聾者と、なぜ役に立たないものにこだわるのかと考える手指日本語の聾者の間に、派閥のような分かれ目が生まれているそうです。
日本語で喋れた方がうまくいくからですよ、社会が。だから音声言語話者のせいでもあるんですよ。
堀元さんは、これがかつてのブロガー界隈と同じだと話します。金融や保険の情報を発信するブロガーは、証券口座の開設リンクで1口座2万円ほどのアフィリエイト報酬を得られるため、エンタメ系ブロガーを見下していたといいます。
米粒を数えるような記事を書いていた堀元さんは蔑まれ、「金に魂を売り渡して何がしたいんだ」と言い返し、分断が加速したそうです。
外からの価値観
「こちらのほうが有利」という基準が持ち込まれる
序列の発生
儲かる・成功しやすいほうが上に見られる
分断
本来一枚岩だったかもしれない集団に派閥が生まれる
少数派への圧力
別系統で話者の少ない宮窪手話が「おかしい」と言われる
水野さんは、外から持ち込まれた「有利さ」の価値観が一枚岩だったかもしれない集団を割り、そこへ別系統の宮窪手話が入ってきたことで「手話がおかしい」と言われたのだと整理しました。
「宮窪の聾者は孤独を深めつつある」という当事者の声
水野さんは、自分の言葉より伝わるとして、矢野先生の寄稿記事の一部を読み上げます。記事では、教育現場で手話言語による交流の機会が奪われ、「自分たちの言語を取り戻すための努力をいつまでしなければならないのかと思うと、暗澹たる気持ちにとらわれる」と書かれています。
矢野先生の記事は、10年前までは週末に島へ帰れば聴者と宮窪手話で話せたが、「宮窪の聾者は孤独を深めつつある」と続きます。73歳のおばの「今はみんな手話がわからない。新しい手話が増え、同じ聾でも何を言っているのか全くわからない」という言葉も紹介されています。
矢野先生の記事は、宮窪手話が歴史から消えないよう記録・保存することの重要性を強く感じている、という言葉で結ばれていました。
それ文学作品じゃなくて実際進んでんのやばいね。
水野さんは、自分の母語を使う人が年を取るにつれていなくなっていく状況を、日本語話者に置き換えて想像してみてほしいと語ります。しかもそれは、東京から半日あれば行ける愛媛・今治で起きていることです。
水野さんによると、ユネスコの消滅危機言語リストには日本のアイヌ語や琉球諸語などが載っているのに、宮窪手話は入っていないそうです。文献を調べても矢野先生の研究しかほぼ出てこないといいます。
奄美の手話と「経済性の罠」
村落手話は宮窪以外にも、奄美大島の古仁屋地域にあるそうです。ただし古仁屋の手話の話者は宮窪手話よりはるかに少なく、調査自体が難しい状態だといいます。
水野さんは、この問題が遠いアメリカの島や過去の話ではなく、身近で現在進行形で起きていると強調します。矢野先生の記事は2017年のもので、状況はさらに深刻になっていると考えられるそうです。
堀元さんはここで、ブロガー界隈と手話話者の間に共通するものを「経済性の罠」と名づけます。儲からないことに意味はないのかという発想に、資本主義社会の誰もが取り込まれうるという問題意識です。
堀元さん自身、高校生のころはブログや小説を書くのが好きでしたが、キャリアにならないと考えてやめ、受験勉強を選んだそうです。今振り返ると「グロい」と話します。
大学時代に塾講師をしていた堀元さんは、週3本映画を見て鋭い評論をする高校1年生に評論ブログを勧めました。しかしその生徒は「それで食ってけるとは思えないんでやらないです」と答えたそうです。
これ経済性の罠に陥ってるなってめちゃくちゃ思います。
家事も性も、経済合理性で測ると?
水野さんは、『あなたのセックスが楽しくないのは資本主義のせいかもしれない』という本も同じ議論だと指摘します。堀元さんによると、性が取引の道具として扱われる観念が植え付けられ、社会主義国ではアンケートで満足度が高かったと書かれた本だそうです。
水野さんはさらに家事を例に挙げます。家族の中で誰が家事をするかという場面で、賃金の低い側がやるのが経済合理的だという議論になり、経済合理性を持ち込んだせいで家庭がギスギスする、という構図です。
水野さんは、経済性とは別に「威信」も関わると補います。聴者のほうが優れている、手話は劣った言語だという価値判断が、多数派に安心感を与えて構造を支えているという見方です。
堀元さんは家事が好きで、皿を洗いながらYouTubeを見るのが楽しいといいます。外注して働くほうが儲かると思うたびに、楽しいほうを選び直しているそうです。
それって人生の主導権を資本主義に取られるってことですからね。
話はそこから脱線し、堀元さんが除湿機にたまる水がうれしくて使い道を検索しかけた話になります。ただし除湿機の水は体に悪く、煮沸しても金属などは除けないので絶対に飲まないでほしい、と堀元さんは注意を促しました。
閉じた世界ではなぜ差別が起きにくいのか?
水野さんはシリーズを振り返り、1・2回目ではマーサズ・ヴィンヤード島で手話が聴者と共存し、そのバランスが崩れていった経緯を、3回目では宮窪を中心に日本の身近な事例を話したとまとめます。
堀元さんは、自分たちは差別してはいけないと教育されても差別してしまうのに、マーサズ・ヴィンヤード島や宮窪の人々は何も言われず自然に受け入れていたのが不思議だと問いかけます。
水野さんは明確な答えはないとしつつ、閉じた世界であることが重要かもしれないと答えます。外に開けると「聾は劣っている」と言い出す人が現れ、それが一定の大きさになると差別が生じる、という見立てです。
堀元さんは、男子校ではいじめや嘲笑が少ないとよく聞く話を持ち出し、異性の目がないといじり役でかっこつける発想が生まれにくいのかもしれないと話します。水野さんも、他者の視点を内面化する点で似ていると応じました。
堀元さんは研究者に税金を投入すべきだと言いつつ、自分たちが儲ければいいと冗談で家事の全外注を宣言します。すかさず水野さんに「逆戻り」と指摘され、主導権を持ちつつ適度に儲ける両輪が大事だと落ち着きました。
これ生涯かけてやってくしかねえな。いかにして資本主義と付き合うか。
『会話の0.2秒を言語学する』の裏テーマ
最後に水野さんは、単著『会話の0.2秒を言語学する』の発売を告知します。会話で話し手が交代するターンテーキング ── 会話で話し手が順番に入れ替わること。言語学や会話分析で使われる用語ですの間は平均で約0.2秒で、その間に使われる知識を、言語学の知見からライトに書いた本だそうです。
ゲラを先に読んだ堀元さんは、例が欲しいと思った瞬間に次の行で例が出てくると絶賛します。難しい内容なのにつまずかずに読めるといいます。
水野さんによると、この本の裏テーマは「コミュニケーションの普通や正常を相対化すること」です。村落手話のシリーズで話してきたコミュニケーションの正解の多様性を、手話とは違う切り口で扱っているため、このシリーズを面白いと感じた人には合うはずだと話しました。
まとめ
愛媛・宮窪の村落手話は、未来のない時間軸や太陽で示す時刻、デジタル型の数など、日本手話とはまったく違う特徴を持つ言語です。しかし人の往来やインターネット、そして儲かるほうが上という価値観の中で、話者は孤独を深めています。
- 愛媛県今治市の大島・宮窪地区には、日本手話と系統的な関係がない村落手話がある
- 宮窪手話は利き手側を過去とするタイムラインや天体タイムライン、デジタル型の数の表現を持つ
- しまなみ海道とインターネットの普及で聴者が手話を覚えなくなり、宮窪の聾者は孤独を深めている
- 外から持ち込まれた「有利さ」の価値観が、手話話者の間やブロガー界隈、家庭に分断を生む「経済性の罠」
- 閉じた世界で差別が起きにくかった理由は、答えの出ていない考え続けるべき問いとして残された

