「東北の人ってさ、失礼ですよね」?
この回は、水野さんの「東北の人ってさ、失礼ですよね」という刺激的な一言から始まります。堀元さんはすぐに、そういう話をしないために人文学の知見があるのではと止めに入ります。
東北の人ってさ、失礼ですよね。
おいおいおい、めちゃくちゃ言い出したぞ、こいつ。やりおったな。
水野さんがきっかけとして紹介したのは、東日本大震災のときの気仙沼の避難所の話です。新潟から派遣された保健師が住民の血圧を測っていたところ、年配の男性が「血圧」と大きな声で言いながら部屋に入ってきたといいます。
堀元さんは、店員に「おい、皿」と言う態度の悪い客のようだと反応します。水野さんはさらに、読んだ本に出てきた話として、東北の人の話は短く感じられ、タクシーでも会話が続かず、かつては行き先を伝えても返事をしない運転手もいたという例を挙げました。
ただし水野さんは、差別を煽りたいわけではないと最初に断っています。「東北の人は無愛想だ」というステレオタイプを説明する意外なロジックが日本語学の分野にあり、それを紹介するのが今回の狙いだと話しています。
くれぐれも冒頭だけ聞いて、「東北のやつって失礼なしぜ」ってやらないでほしいですね。
「こういう時どうする?」を全国1000地点に聞く調査
水野さんが土台にするのは、日本全国で行われた言語行動の比較調査です。言語行動とは、言葉を使った行動、つまり「どんな場面で何を言うか」のことです。
この調査では「こういう時あなたはどうしますか」という質問票を全国1000地点に送り、回答の地域差を調べています。たとえば、重い荷物を近所の人に手伝ってもらうときの頼み方や、お釣りが多かったときの指摘の仕方といった場面です。
堀元さんは、お釣りの例なら「お釣り間違ってますよ。100円多いですよ」と言うのが当たり前で、方言の差はあっても根本的に違うことを言う地域はなさそうだと予想します。しかし水野さんの答えは「あるんですよ」でした。
今回の主な参考文献は、この全国調査を主導している著者による本『ものの言いかた西東』です。水野さんによると、同書は東北と近畿を比べるとはっきりした二項対立が現れると主張しており、番組でも東北と近畿の比較を軸に話が進みます。
朝の「おはよう」を家族に言う人はどれくらい?
最初に取り上げられるのは挨拶です。水野さんによると、東北は比較的「挨拶をしない」と言ってもいい文化だといいます。
本の著者は、大阪の食堂では新年に女性から「あけましておめでとう」と声をかけられたのに対し、東北の食堂では挨拶をされた経験がないと書いているそうです。
家庭内の挨拶についても調査があります。朝起きたときに家族に「おはよう」と言うかという質問に、堀元さんは「するんじゃない、普通」と答えますが、数字を見ると地域差ははっきりしています。
| 地域 | 割合 |
|---|---|
| 三重 | 93.1% |
| 鹿児島 | 86.7% |
| 東京 | 76.9% |
| 青森 | 61.8% |
東京でも4分の1はしていないことに堀元さんは驚き、青森については「如実に低い」と反応します。寝るときの「おやすみ」も、三重が97.2%なのに対し青森は69.7%でした。
ここで堀元さんは、どの地域でも「おはよう」より「おやすみ」のほうが言われていることに注目します。起きてきたことは見ればわかるが、寝ることは意思表示しないと伝わらないので、機能面で必要性が高いのではないかという見立てです。
(おやすみは)もう寝ますよっていう意思表示になるから、機能面でお休みの方が必要性が高いから、多分どこでもお休みの方が言われるんだろうなって思った。
実際、青森でも家族が外出するときの「いってらっしゃい」や帰宅したときの「おかえり」は85〜86%、「ただいま」も80%ほどあり、堀元さんは「やっぱ機能だよ」と話します。思春期男子にとっての「ただいま」の重要性をめぐる脱線も挟まれました。
「おはよう」に「はい」と返す地域がある?
水野さんによると、東北で挨拶が少なく見えるのは、会話をしたくないからではないそうです。道で会った人に「こんにちは」とは言わず、「今日は早いね、今来たの?」とすぐ本題に入る会話をしていて、それが調査では挨拶として数えられていない面もあるといいます。
また東北では、訪問者の「おはよう」に対して「はい」と返事をする地域もあるそうです。堀元さんは、千葉で村づくり事業をしていたころ、怒りに来た近所の農家の方の「おはよう、おはよう」に「はい」と答えた経験を持ち出し、水野さんに「途中まで合ってんのに結論がひどい」とツッコまれます。
水野さんは、震災の際も「おはようございます」と言っても地元の人が「おはよう」と返してくれない事例があったと紹介します。堀元さんが「ちょっと寂しいね」と言うと、水野さんはその感覚自体が文化的なものだと返しました。
相手はそれ(挨拶を返さないこと)を失礼だと思っていない。自分たちの流儀でやってるだけなので。
さらに水野さんは、「おはよう」は日本人共通の朝の挨拶ではないと話します。「おはよう」は日本の中央部に広く分布していて、周縁部では「早いね」「いい天気だ」「どこへ行く」「出かけるか」、さらには「起きたか」といった挨拶が使われるそうです。
堀元さんは「起きたか」に対し、起きていなければ話しかけようがないと猛反論し、トイレの注意書きの論理にまで話を広げて、水野さんに「うるさい」と一蹴されます。
水野さんは、以前ゲストの伊藤祐馬さんが紹介したムラブリ ── タイやラオスの山岳地帯に暮らす少数民族とその言語。番組では以前、研究者をゲストに迎えて取り上げています語で「ご飯食べた?」が挨拶になる例を引き、それは遠い異国だけの話ではないと話します。京都の「今日はどちらへ?」「ちょっとそこまで」や、堀元さんが挙げた『天才バカボン』のレレレのおじさんの「お出かけですか?」も、答えを求めない定型的な挨拶という点で同じだといいます。
義理の親に醤油を取ってもらっても「ありがとう」と言わない?
次の話題はお礼です。調査では、食卓で手の届かない醤油差しを誰かに取ってもらったとき、その人にお礼を言うかを相手別に尋ねています。
関東では、配偶者に取ってもらった場合で88〜89%、娘の場合で90%がお礼を言うと答えたそうです。堀元さんは娘に醤油を取ってもらう場面を想像して、急に家庭への憧れを語り始めます。
水野さんが驚いたと話すのは、義理の親の場合です。堀元さんは「一番言うだろ」と予想しますが、東北では義理の母に対しても義理の父に対しても、11.1%が「言わない」と答えていました。
| 地域 | お礼を言う人の割合 | 補足 |
|---|---|---|
| 関西 | ほぼ100% | 義理の父では100% |
| 関東 | 95% | 大体言う |
| 東北 | 約89% | 言わないが11.1% |
知人からお金を借りるときも同じ傾向があります。水野さんによると、東北と九州では「助かった」「よかった」とは言うものの、「ありがとう」の一言が出てこないケースが結構あるそうです。
(10万円借りたら)ありがとうってなるじゃん。絶対。言わない選択肢ないでしょ、こんなもん。
最後の例は文句です。前を歩く知人が急に立ち止まり、後ろから来た人とぶつかったとき、その知人に文句を言うかを調べると、秋田県は非常に低い一方、大阪では友人に対して高い割合で文句を言い、指導教員に対しても4割ほどが言うといいます。
水野さんは、「関西のノリ」のように暗黙知として語られてきたものが、この全国調査によって関西人らしい言語行動として浮き彫りになっていると話しています。
「失礼な性格」ではなく「言語行動のストラテジー」
ここで水野さんは、冒頭の「なぜ東北の人は失礼なのか」に半分答えが出たと話します。挨拶をしない、ありがとうを言わないのは、東北の人が失礼だからではなく、地域全体の傾向だというのです。
東北には失礼な性格の人が多い
地域の言語行動の流儀に従った結果、多数派から見て失礼に見えている
堀元さんは、普段通りに行動しているだけなのに人間性まで疑われてしまう「悲しい現実」だとまとめます。水野さんは、「日本人が日本語を話す」と一括りにする見方は、地域レベルの行動を見ると虚構に近いと指摘します。
水野さんによると、方言のような言語形式の違いは目に見えてわかりやすい一方、言語行動のレベルで違うという点がこの話の肝だといいます。
堀元さんは、大学の研究室にいたフランスからの留学生の話をします。ミーティング中に私語をしているように見えて態度が悪いと一瞬思ったものの、フランスの大学ではディスカッションを重んじると知って納得したそうです。
仮にあれが東北からやってきた日本人だったとしたら、あいつ失礼なやつだなで終わってしまっていた気がするね。
水野さんは前編の結論として、東北の言語行動には「あまり口に出さない」傾向があると整理します。家庭内の挨拶、醤油を取ってもらったときのお礼、秋田県の文句の少なさは、どれもこの傾向として見られるということです。
堀元さんは「津軽海峡・冬景色」の「北へ帰る人の群れはいつも無口で」という歌詞を挙げます。寒い地域では口を開きたがらないという説について、水野さんは、言語学者が支持しているのはあまり見ない俗説だとしつつ、寒さと関係なく、口に出さない言語行動の傾向は調査で確かめられていると話しました。
ただし、冒頭の「血圧」と言って入ってきた男性の謎はまだ解けていません。口に出すかどうかではなく言葉遣いの問題であり、その謎は次回に持ち越されます。番組の最後で堀元さんは、那覇空港でモンスターハンターをしていたら知らない人に話しかけられた経験を挙げ、話しかける心理的ハードルにも地域差がありそうだと話していました。
まとめ
「東北の人は失礼」という印象は、全国の言語行動調査から見ると、性格ではなく「あまり口に出さない」という地域の言語行動の流儀として説明できます。自分の常識で相手を失礼と決めつける前に、流儀の違いを疑う視点が得られる回です。
- 家族への「おはよう」は三重93.1%に対し青森61.8%など、挨拶には大きな地域差がある
- 「おはよう」は日本の中央部に分布する挨拶で、周縁部では「早いね」「起きたか」なども使われる
- 東北では義理の親に醤油を取ってもらっても11.1%がお礼を言わず、関西はほぼ100%が言う
- 失礼に見えるのは、地域の言語行動のストラテジーが多数派と違うためと捉え直せる
- 「血圧」と言って入ってきた男性の言葉遣いの謎は次回に持ち越し

