なぜ震災の年に、方言オノマトペの資料が急遽作られたのか
水野さんはまず、2011年に国立国語研究所がある地方の方言オノマトペをまとめた資料を急遽制作し、公開したことを取り上げます。それはなぜかという問いです。
堀元さんは、2011年という年から東日本大震災を連想します。被災地に外から入った人が、方言が伝わらず困ったのではないかと推測します。
水野さんによれば、大筋は合っているものの、面白さはもう一歩先にあります。困ったのは被災地に入った看護師や医師で、場面は医療現場でした。
胃がキリキリしますみたいな。運ばれてきた患者さんが言う言葉で、何言ってるの?ってお医者さんがなると、急いだ処置ができなくて困りますよね。
外から被災地に入った医療従事者が、東北方言のオノマトペに初めて出会い、診療上のコミュニケーションに支障が出た、というのが答えです。例として「喉がゼラゼラする」が挙げられます。
「喉がゼラゼラ」は青森や岩手で使われる方言で、痰が喉に絡んで鳴る様子を指します。ただ、いきなり言われてもすぐには意味がわかりません。
震災発生
外から医療従事者が被災地に入る
方言との遭遇
患者が使う東北方言のオノマトペに初めて出会う
診療の支障
痛みや症状の訴えが理解できず、迅速な処置が難しくなる
資料の制作
国立国語研究所が方言オノマトペ用例集を急遽まとめて公開する
痛みのオノマトペは、なぜ説明しにくいのか
水野さんは、日本語では痛みをオノマトペで表現することが多いと指摘します。ズキズキ、キリキリ、ジンジン、シクシクなどです。
ところが、こうしたオノマトペは説明が難しいと二人は話します。「シクシクはシクシク」としか言えなくなってしまうからです。
堀元さんは、クレヨンしんちゃんの初期のエピソードを思い出します。お腹を痛がるしんちゃんに母のみさえが「キリキリ痛いの?ズキズキ痛いの?」と聞くと、しんちゃんが独自のオノマトペで答える場面です。
これは社会問題になりうるぞという警鐘を鳴らしていた臼井儀人先生の予言眼だったと。
水野さんは、擬音語が子どもにも覚えやすい一方で、身体感覚を表す擬態語は覚えにくいと説明します。「ワクワク」という音と心情のつながりが、きれいには結びついていないためです。
実際、水野さんも堀元さんも「シクシク」と「ジンジン」の違いがよくわからず、シクシクを使ったことがないと打ち明けます。
てか俺、いまだにシクシクってジンジンとどう違うのかあんまりわかんない。
水野さんは、医師の世界で有名な事例も紹介します。頭がガーンと痛いと訴える患者に「ハンマーで殴られたような痛みですか?」と聞くと、くも膜下出血かどうかの判断につながるというものです。
堀元さんは、自分の両親がともに医師だったときの思い出を語ります。便秘でお腹が痛かった子どもの頃、腸の名前を順に言いながら便が移動するイメージを与えられたといいます。
水野さんは、医師が患者の痛みを正確に聞き出すために工夫していることに触れ、だからこそオノマトペの研究が役に立つ場面がある、とまとめます。
オノマトペを数値化すると、医療や製造業で何ができるのか
水野さんは、オノマトペを数値化するシステムがあったらどうかと問いかけます。堀元さんは最初、必要な場面が浮かばないと反応します。
水野さんは例として、「ズキズキ」と「ガンガン」が英語だと同じ訳になってしまう点を挙げます。数値化すれば、ガンガンのほうがストロングやヘビーの値が大きいと示せるといいます。
外国人の医療従事者の方にこのシステムがあれば、ズキズキとガンガンの違いはこういった形って出せるわけだから、使えますよね。
堀元さんは「痛みを数字で言えばいい」と提案しますが、水野さんは痛みには種類や持続性、突発性など複数のパラメータがあると指摘します。堀元さんは、痛みは一つの数字ではなくベクトルなのだと理解します。
水野さんは、この数値化システムが製造業でも応用できると続けます。本の中では、金属調加飾デザインの開発者が、オノマトペの数値化システムを作る研究者を訪れた事例が紹介されていました。
開発者は「もっとツルッとした質感にしたい」というオノマトペが使われるものの、感覚的すぎてわからないため、数値化してもらえないかと相談したそうです。
オノマトペのこういう研究っていうのが産業応用にも使われうるってことです。医療の現場以外にも。
堀元さんは、生活の中で気になったことを研究者に聞きに来る人から新しい学問が生まれる例として、賭けの相談からパスカルの確率論が始まったという逸話を挙げます。
英語では throbbing などに訳される。数値化するとストロングやヘビーの値は相対的に小さい
同じく英訳が重なりやすいが、数値化するとストロングやヘビーの値がより大きくなる
発注の「シャキッと」問題と、方言オノマトペへの入り口
堀元さんは、デザインや音楽の発注でオノマトペに頼ってしまう問題に触れます。ゆる学徒ハウスの音楽を発注したときは、感覚的な言葉になってしまったと振り返ります。
音楽の発注はね、もっとピカーッと明るい感じで。シャキッとさせてください。カスの発注ですよね。
堀元さんは、それが嫌でデザインは自分で勉強し、Photoshopを使えるようにして明確な指示を出せるようにしたといいます。一方で作曲は無知すぎて「シャキッとさせてください」になってしまうと認めます。
水野さんは、ここで話の本筋に戻します。冒頭の震災の話は、オノマトペには地域差があるというトピックとして受け取ってほしかったのだと説明します。
その象徴が、国語研の作った「東北方言オノマトペ用例集」でした。今回とあと一回ほどで、方言オノマトペの世界や、それを研究する意義を扱っていくと予告します。
参考文献として『感性の方言学』という本が挙げられます。タイトルにオノマトペの語はありませんが、方言オノマトペについてまとまった内容が載っているといいます。
痛みのオノマトペは、地域でこんなに違う
水野さんは、痛みのオノマトペの地域差を具体的に紹介します。頭が「ハチハチ」する、歯や皮膚が「サクサク」する(徳島)などです。
高知では歯が「ズイズイ」する、山口では頭が「ワクワク」するといった表現もあり、いずれも痛みや体の違和感に使われます。堀元さんは「頭がワクワクする」に驚きます。
さらに東北では、胸や腹が「トヤカヤ」する、胸が「ハカハカ」するといった表現もあります。水野さんは喘息のときの息苦しさが「ハカハカ」ではないかと推測しますが、確証はないと断ります。
水野さんは、こうした表現を医師が聞いてもすぐには理解できないため、医療の現場では死活問題になりうると指摘します。だからこそ国語研が急遽冊子を作り、今もPDFで入手できるといいます。
頭が痛む様子を表す
歯や皮膚に使われる
歯が痛む様子を表す
頭の痛みや違和感を表す
胸や腹の不調を表す
胸が苦しい様子を表す
「ジャブジャブ」「もさもさ」は方言なのか、堀元さんの謎オノマトペ
水野さんは、堀元さんが使う独特のオノマトペが方言なのかを検証していきます。まず「ジャブジャブ投稿ください」です。
堀元さんによれば、これは方言ではなく自分しか言っていない表現でした。ゆる言語学ラジオを始めた頃に一度言い、一貫性のためにずっと言い続けているといいます。
「ジャブジャブコメントください」は最初に言っちゃったので、途中で変えたら間違えたやつに思われるんだけど、ずっと言い続けてたらそういう人になるから、一貫性を持っていこうっていう。
堀元さんはこの「ジャブジャブ」を、コメントが一点に向かって大量に流れ込んでくるイメージだと説明します。水を張った状態で投稿するという様態ではないと否定します。
次に「もさもさ登校する」です。これは堀元さんいわく、雪と親しむ地域の感覚だといいます。水野さんが雪は「シャクシャク」と踏みしめるものだと言うと、堀元さんは前提の違いを指摘します。
気温が高いから、あんたが想定してる雪は。零度付近の気温の話をしてるでしょ。-8度の登校時を想定してるので、僕は。
堀元さんによれば、氷点下でパウダースノーが多く積もると、足が沈みながら歩くため足音は「もさっ」になります。当時のコメントでも北海道民から共感の声があったといいます。
零度付近を想定。雪を踏みしめる音は「シャクシャク」
氷点下で新雪が多い状況を想定。足が沈み込み、足音は「もさっ」
「ペローンとした白鳥」は方言ではなく、ただの珍しい遊具だった
水野さんは、堀元さんが以前使った「ペローンとした白鳥の置物」というオノマトペにも触れます。水野さんは、小ささを表す北海道のオノマトペかと考えていたそうです。
しかし堀元さんによれば、「ペローン」は薄い様子を指す一般的な表現で、地元の玉水公園にあった扁平な白鳥の遊具のことでした。方言ではなかったのです。
二人は絵を描いて確認します。水野さんが描いたイメージに堀元さんが合っていると答え、実物は人一人分ほどの小さなサイズだとわかります。
アナコンダと白鳥の絵だよね、これ。
水野さんは、堀元さんの描いた白鳥が単なるヘビに見えると指摘します。堀元さんも扁平さの表現ができていないと認めつつ、実物はそういう遊具だったと繰り返します。
水野さんは、堀元さんの変わったオノマトペは方言だと思っていたが、いずれも特殊な事例にすぎなかった、とまとめます。
桃太郎の「どんぶらこ」に、こんなに地域差があった
水野さんは、『感性の方言学』で最も驚いたこととして、桃が流れる「どんぶらこ」の地域差を挙げます。全国のどんぶらこ表が載っていたといいます。
堀元さんは日本全国どこでも「どんぶらこ」だと思っていたと驚きます。表には「どんぶりこ」「どんぶりっこ」などのバリエーションがありました。
日本全国どんぶらこやろ、あれ。
沖縄では「ゆったいくわったい」、鳥取では「どんぶりかんぶり」、山梨では「ぶかぶか」など、地域によって大きく異なります。青森ではオノマトペを使わず「しじんだりうぎたりして」と表現していました。
この調査は、佐藤亮一監修『ポプラディア情報館 方言』に載る47都道府県の桃太郎導入部の方言訳をもとにしています。堀元さんは、愛知は「どんぶりこ」系だと見つけます。
名古屋育ちの水野さんは「どんぶらこ」で聞いていたと話し、家庭で方言訳の本に親しんでいなかっただけかもしれないと考えます。
| 地域 | 表現 | 特徴 |
|---|---|---|
| 一般的 | どんぶらこ | 桃太郎で広く知られる |
| 沖縄 | ゆったいくわったい | 原形をとどめないほど独特 |
| 鳥取 | どんぶりかんぶり | 反復のリズムが強い |
| 山梨 | ぶかぶか | どんぶら系から離れている |
| 青森 | しじんだりうぎたりして | 沈む・浮くを動詞で表しオノマトペを使わない |
地方議会の議事録は、方言オノマトペの宝庫だった
水野さんは、SNSでも拡散されたという「地方議会におけるオノマトペの使用分布」の研究を紹介します。議事録からオノマトペの使われ方を調べたものです。
議会では基本的にオノマトペは使われないため、そこに出てくるものは相当馴染んだ表現だといえます。さらに議事録はどの県にもあり、話し言葉なので、全国でフェアに比較できる点が優れているといいます。
例として、近畿などで見られる「ばく」が挙げられます。「ばくっとした考え方」のように、漠然とした大まかさを指します。愛知の尾張旭市や滋賀の大津市などでも例が見られました。
堀元さんは「非常にばくとした発想」という日本語があるため、そこから「ばくっと」になってもおかしくないと考えます。二人がよく使う同様の表現は「ざっくり」です。
研究の結論として、オノマトペの使用率は中国・近畿・九州といった西日本で平均を上回りました。会話の中でオノマトペをどれだけ出すか、という地域差を示す結果です。
全国に存在
議事録はどの都道府県にもあり、47都道府県を公平に比較できる
話し言葉である
会話なのでオノマトペが出やすい
使用に意味がある
普段使わない議会で出るオノマトペは、それだけ地域に馴染んでいる
結論
西日本でオノマトペの使用率が平均を上回った
方言を出すか隠すか、そして次回への壮大な予告
水野さんは、東国原英夫元宮崎県知事の「宮崎をどげんかせんといかん」を例に、話者が外に対してどれだけ方言で語るかにも地域差があると話します。「どげん」自体はオノマトペではないと確認します。
関西の人は上京しても関西弁で話すほど方言が強い一方、九州の人は方言を隠す傾向がある、と水野さんは指摘します。堀元さんも身の回りの九州出身者の印象と重なると同意します。
水野さんは方言好きが高じて、全く伝わらない方言トークを聞くのが好きだといいます。芸人たちが熊本弁でノンストップに話すYouTube動画が好意的に伸びていた例を挙げ、九州の人にもどんどん方言を出してほしいと話します。
方言でお互い喋ると距離がすごい縮まりやすいので、ガンガンみんな出していってほしいなと僕は思うんですけど。
最後に水野さんは次回を予告します。地方ごとにオノマトペを見ていくと文法にもバリエーションがあり、そこから日本語の歴史的な形が見えてこないか、という構造的な話をしたいといいます。
締めに堀元さんは、沖縄のメニュー「フーチバージューシー」の話を持ち出します。店の説明が「フーチバーが入ったジューシーです」で、情報が一つも増えていなかったと笑います。
正解はよもぎの混ぜご飯でした。堀元さんは、フーチバーとよもぎ、ジューシーと混ぜご飯がいずれも推測不可能で、初心者殺しのメニューだと締めます。
まとめ
方言オノマトペは、地域による違いが大きいだけでなく、震災時の医療現場や製造業の商品開発など、意外な場面で役に立ちます。桃太郎の「どんぶらこ」や地方議会の議事録を通して、その多様さと研究の面白さが語られた回でした。
- 2011年に国立国語研究所が東北方言オノマトペの用例集を急遽作ったのは、外から入った医療従事者が患者の訴えを理解するためだった
- 痛みのオノマトペは音と感覚が結びつきにくく説明が難しいが、医師は「ハンマーで殴られたような痛み」といった問いで診断に活かしている
- オノマトペを数値化すれば、外国人医療従事者の助けや、素材の質感を伝える製造業の発注にも応用できる
- 桃太郎の「どんぶらこ」には全国で大きな地域差があり、地方議会の議事録は方言オノマトペを公平に比較できる材料になる
- 次回は、地方ごとの文法のバリエーションから日本語の歴史的な形を探る、より構造的な話が予告された



