言語学が導く最強の雑談トピックは「天気」?
見ず知らずの人と会話しなければならないとき、話題選びは意外と難しいものです。水野さんはこの回で、言語学が「最強の雑談トピック」を導き出していると切り出し、その結論は天気の話だと明かします。
凡庸。凡庸。めっちゃ凡庸。
堀元さんは、行きつけの定食屋のおばちゃんが会計のたびに「今日はいいお天気ですね」と言ってくれると話し、天気の話は一番ベタだと受け止めます。そこで水野さんは「なぜ天気の話がベタなのか」と問い返します。
堀元さんの最初の答えは、天気は人によって個人差がなく、ずれようがないというものでした。政治の話なら、思想が違う相手に「は?」と思われるリスクがあると対比します。
やりましたね、自民党勝ちましたねって言ったら、思想を異にする人だったら「は?」ってなるリスクがある。
ただ水野さんは、みんなが共有している話題なら天気以外にもいくらでもあると指摘します。「本日は2024年5月4日ですね」「2って偶数ですね」でも共感は生まれるはずだ、という問いかけです。
堀元さんは、昨日と今日で違う可能性がある「変動」が必要なのではと仮説を出します。しかし水野さんは、変動して共有もされている話題として「地下鉄のダイヤが乱れてますね」「東名高速が渋滞してます」を挙げ、それでも知らない人には言わないと返します。
堀元さんは、タクシーの運転手が「ゴールデンウィークだから東名が渋滞して大変ですわ」と言うなら変ではないとして、シチュエーションによる違いにも気づきます。
「見ればわかる」天気の話は本当に無駄なのか
水野さんは、天気の話は実は無駄がなくシャープなのだと主張します。一方で堀元さんは、天気の話には無駄しかない感じがすると答えます。
正直見りゃわかるな。なんでこんな情報量ゼロのことを言うのかなって思ってましたね。
水野さんは、堀元さんほど極端でなくても、天気の話を無駄だと感じる人は一定数いると見ています。そのうえで、一見無駄に見える天気の話がなぜ現代でも愛されているのかを考え、裏テーマとして語用論 ── 言葉が実際の場面や文脈の中でどう使われ、どう意味が伝わるかを研究する言語学の分野。文の字面ではなく、話し手の意図や状況を扱いますの重要な概念を学ぶと宣言します。
人はなぜ「近づきたい」と「離れたい」を同時に抱えるのか
水野さんが紹介する語用論の重要概念は、ポジティブポライトネスとネガティブポライトネスです。ポライトネスは一般には礼儀正しさを意味しますが、言語学では専門用語として使われています。
水野さんによれば、人はコミュニケーションをするとき、相反する2つの矛盾した願望を持っています。相手と仲良くなりたい一方で、ズケズケと近づかれすぎるのは嫌だということです。
親しくなりたいけれども、接近されすぎると嫌じゃないですか。
堀元さんは実体験として、初対面の相手に「そんなつまんないノートなんて書いてないで、もっとホニャララしてくださいよ」と言われた話をします。仲良くなってからならありえても、初対面ではきついと感じ、距離を置いたそうです。
この矛盾を言語学では2つに分けて捉えます。言葉の上で相手に親密さを示し距離を詰めたい欲求がポジティブポライトネスで、相手の領域を侵害しない、自分の領域を侵害されたくないという欲求を言葉で表すのがネガティブポライトネスです。
言葉の上で相手に親密さを示し、距離を詰めようとする。タメ口などが典型
相手の領域を侵害せず、適切な距離を保とうとする。敬語などが典型
水野さんは、ネガティブポライトネスは名前から失礼な印象を持たれがちだが、相手とのコミュニケーションを適切な距離にすることであり、失礼な行為という意味ではないと注意を促します。
堀元さんは、2つを「引力ポライトネス」と「斥力 ── 物体同士が互いに遠ざけ合う力。引き合う力である引力の反対にあたりますポライトネス」と言い換えます。そこから、理科が苦手だと水野さんをいじり、水野さんが「物理学は非科学的」と返す脱線も起きます。
「今日はいい天気ですね」は何を満たしているのか
水野さんは2つの概念で天気の話を分析します。天気は見ればわかるので、「今日はいい天気ですね」という言葉の情報価値はほぼゼロです。それでも人が口にするのは、話しかけること自体に意味があると考えているからだといいます。
言葉を交わすっていうこと自体に意味があって、さほど内容は重要じゃないと感じているっていうのは、ポジティブポライトネスを満たそうとしていると言えるわけです。
わかりやすい例として、水野さんは敬語をネガティブポライトネス、タメ口をポジティブポライトネスの表れとして挙げます。「先ほどそうおっしゃっていましたけど」と言われると、距離が遠く感じられるということです。
目上の人とさ、距離詰めたい時にさ、尊敬語使ってるとマジで距離縮まらんなっていつも思う。
堀元さんは、だから目上の人にもあまり尊敬語を使わないと話し、それは仲良くなりたいポジティブポライトネスだったのかもしれないと振り返ります。仲良くなった年上の人にすぐタメ口を使う水野さんも、同じタイプだといいます。
内容は何でもいいわけではない?避けるべき話題とは
天気の話は内容に意味がないとはいえ、雑談の内容は何でもいいわけではありません。水野さんは、「今日の朝ごはん何ですか?」「この後のご予定は?」のような個人的な質問は、ネガティブポライトネスへの侵害になると説明します。
プライベートに立ち入らない話でも、相手にとって好ましくない話題は良くありません。水野さんの例は「髪の毛薄いですね」「太り散らかしてますね」で、相手との連帯感を壊すからだといいます。「昨日巨人が勝ちましたね」も、人によって受け止めが違うので危ないとされます。
こうした例から水野さんは、同意を得やすい内容を選ぶことが会話をうまく運ぶ重要な点だとまとめます。その点、天気の話は反論されにくいのです。
ところが堀元さんには、天気の話に反論された経験がありました。付き合いたての頃、奥さんに「めっちゃいい天気じゃない?どっか行こうぜ」と言ったところ、意外な答えが返ってきたそうです。
昔、まだ付き合いたてぐらいの時に言ったら、「あーでも私、太陽嫌いだから悪い天気だわ」って言われたことあります。
水野さんが「鬼滅の刃の鬼?」と返すと、堀元さんは「いい天気」の解釈が人によって違うことに気づいたと話し、「いい天気」は多様性に配慮して言ってはいけないと冗談を広げます。水野さんは「仲良くなんねえわ、こんな会話してたら」とつっこみます。
雨を責めても誰も傷つかない理由
水野さんは、天気の話にはもう1つ優れた点があるといいます。「よく降ってますね」は雨を非難していますが、政治家への批判と形式は似ていても、雨を責めても誰も責めたことにはならないということです。
水野さんはさらに、家庭の雰囲気が悪かったところで家族がモンスターハンター ── カプコンが発売しているアクションゲーム。複数のプレイヤーが協力して巨大なモンスターを狩るのが特徴ですを遊ぶと、共通の敵を狩る協力行動によって仲が良くなったという話を紹介します。共通の敵を想定すると連帯が生まれる、という構図です。
雨うぜえっていう話で共感を呼べば、またこれも仲良くなりやすいんですよね。
堀元さんは、重たい映画をみんなで見ると仲良くなることや、大学生が夜中にB級映画を見る会を挙げて共感します。水野さんは年越しに友達と、予算の少ないつまらないホラー映画を見るのだと明かします。
三角形の内角の和はなぜ世間話にならないのか
ただし、同意を得やすければよいわけでもありません。水野さんが「三角形の内角の和は180度ですね」と振り、堀元さんが五角形なら540度だと乗っても、世間話としてはまったく成立しないと二人は認めます。
堀元さんは「自明すぎて話題にする価値がない」という自身の仮説を推しますが、水野さんはグライス ── イギリス出身の哲学者ポール・グライス。会話が成り立つための前提として「協調の原理」と、量・質・関係・様態の4つの公理を提唱しましたの公理で考えるべきだと答えます。
グライスが挙げた関連性の公理とは、会話ではその状況で関係のあることを言わなければならないという原則です。出し抜けに三角形の内角の和を話すと変に感じるのは、この原則から外れるからだといいます。
その点、天気は誰でもその場で言及できる話題です。屋内でも窓があり、雨が降れば天井から音が聞こえます。水野さんは、天気は地球上のどこにでもだいたい関係ある現象だと説明します。
空気の組成ではなく天気である理由
堀元さんは反論として、空気の約78パーセントは窒素であり、空気は常に身の回りにあるのだから、関連性の点では天気と同じではないかと持ち出します。
水野さんの答えは、天気は生活や気分にも影響する現象だというものです。「今日天気がいいですね」で気分の良さが伝わり、「午後から降るそうですよ」と言えば洗濯物を出したままだと気づくなど、その後の会話にも展開があります。
その後の展開が生まれる可能性もあるから、全く論ずるに値しないトピックではないんですよ。
堀元さんは、空気中のCO2濃度が増えていて化石燃料を減らす行動に関係するのだから、空気の組成も関連性があるとさらに屁理屈を重ねます。その途中で息が続かなくなり、二人で笑い合う一幕もありました。
天気の話はどんな条件をクリアしているのか
水野さんは天気のさらなる長所として、同じ地域に住んでいれば天気は同じだという点を挙げます。共通点があるので連帯感を高めやすく、堀元さんは先ほどのモンスターハンターの話に似ていると応じます。
ここで水野さんはこれまでの話をまとめます。人は会話で程よく近づきたく、程よく距離も取りたい。話しかけること自体に意味はあるが、内容が踏み込みすぎても、場に関係なさすぎても困るということです。
関係あること言いたいけど、関係ありすぎても困るっていう。複雑だわ、確かに。
水野さんは、こうした条件をすべて満たすのが天気の話だと結論づけます。
立ち入りすぎない
プライベートに踏み込まず、ネガティブポライトネスを侵さない
反論されにくい
誰もが同意しやすく、連帯感を壊さない
場に関連がある
その場にいれば誰でも言及でき、関連性の公理を満たす
展開がある
生活や気分に影響するため、会話が続く余地がある
連帯感が生まれる
同じ地域の人は同じ天気を共有し、雨を一緒に嫌がれる
水野さんは、世界中で見ても天気の話は挨拶の定番の1つだと話し、英語のGood morningもその例だとします。人は過ごしていくうちに、天気の話が一番無難だというところにたどり着くのだと見ています。
海外でも天気の話はするのか?雑談上手の実例
堀元さんは、英語圏の人も雑談で「天気がいいですね」と言うのかと疑問を投げかけます。水野さんは短い留学経験を振り返り、天気の世間話をした覚えはあまりなく、背景の違う人が多いため「Where are you from?」のような会話で間が持っていたと話します。
ただし水野さんは、出身を聞くことも場合によってはネガティブポライトネスの侵害になりうると付け加えます。これを受けた堀元さんが、バス停で何を聞かれても「人によると思わないか?」と返す配慮しすぎの人を演じ、会話が成り立たない様子を見せる場面もありました。
続いて堀元さんは、話しやすいと感じたほぼ他人の例を紹介します。集合住宅の真上に住むバンドマンらしき人と、ゴミ捨て場で一緒になったときのことです。
(上の階の人の)第一声が、「どうですか、最近うるさくないっすか?」って聞いてきたから、「あ、そういえばたまに楽器の音しますね」って返したら、「あーごめんなさい、気をつけますね」って言われた。
その人がすっごい爽やかな笑顔で、「あ、じゃあ怒られるギリギリを攻めますって」言って帰っていって。なんかいいやつだな。
堀元さんはこのやりとりを、関連性がとても高く、否定もされず、こちらへの配慮もある「ちょうどいいポライトネス感」の会話だったと分析します。水野さんも、近くに住む人には共通の話題が多いと同意します。
水野さんは、学校では同じ授業やキャンパスという共通の話題があったが、社会人になって知らない場に放り込まれると困る人は多いと話し、そのときは天気の話をすればいいと勧めます。堀元さんは「あっさいコミュニケーションしか取れなそう」と返します。
フムフムヌクヌクアプアアは雑談上手か
堀元さんはもう1つ、雑談がうまいと感じた例を挙げます。収録場所のゆる学徒カフェに来た、ハワイ語を勉強している大学生のエピソードです。
(その大学生に)言われたのが、「ハワイにいるおすすめの魚の名前、フムフムヌクヌクアーパーです。」第一声でこれ言われて。この人雑談うまいな。
水野さんは「お前に寄せただけだよ」と即座に指摘します。近所のおばさんに同じことを言っても仲良くはなれないため、堀元さん向けに関連性のある話題を選んだのだと二人は納得します。
一方で水野さんは、天気の話がどこでも万能とは限らないとも補足します。番組の過去回で扱ったように、「どこに行くの?」「ご飯食べた?」が挨拶になる地域や言語もあり、「ちょっとそこまで」と返せば本当のことを言わなくてよいなら、プライバシーの侵害とは感じられないといいます。
最後に堀元さんは、自分はこのラジオでずっと関連性のないことを喋り続けていると気づき、水野さんから「関連性の原則に反した男」と認定されます。
凡庸な結論の裏にある「地球という初期条件」
締めくくりで水野さんは、結論は凡庸でも、天気の話は針の穴に糸を通すような条件をいくつもクリアしたコミュニケーション行動なのだと振り返ります。
水野さんによれば、誰とも喋らず一生を過ごしたい人も、どれだけ立ち入られても平気な人もほとんどいません。全員がわがままだからこそ、そのルールを共有してコミュニケーションが成り立っていると考えられます。
そのうえで水野さんは、同じ地球に生まれ同じ空を見ているからこそ天気の話ができるのだとし、地球という初期条件に感謝しながら「今日はいい天気ですね」と言ってほしいと話します。堀元さんも、雲の形など他の話題を考えても結局は天気に集約されると認めます。
まとめ
天気の話は情報量ゼロに見えますが、親しくなりたい欲求と踏み込まれたくない欲求のちょうど中間を突き、関連性の公理も満たす、雑談としてよくできた話題だと二人は結論づけます。
- ポジティブポライトネスは距離を詰めたい欲求、ネガティブポライトネスは適切な距離を保ちたい欲求を指す
- 天気の話は、話しかけること自体で親しさを示しつつ、相手の領域に踏み込まない
- 反論されにくく、雨を責めても誰も傷つかないため連帯感を生みやすい
- グライスの関連性の公理から見ても、天気はその場の誰にでも関係があり、生活への展開もある
- ただし挨拶の定番は地域や言語によって異なり、天気の話が唯一の正解とは限らない





