シューベリーネスは実在しない?ピンカーが示す「単語の穴」
黒島先生は冒頭で、電車の座席に残った前の人のお尻のぬくもりに不快感を覚えることを「シューベリーネス」と呼ぶ、という単語を紹介しました。ところが、この単語は英語に存在しません。
堀元さんは「完全な捏造を今喋った」とツッコミます。黒島先生によると、これはスティーブン・ピンカー ── アメリカの認知科学者・言語学者。言語と心の関係を一般向けに論じた著書で広く知られていますが本の中で挙げた例で、もとはコメディアンが考えたものだそうです。
ピンカーは、身の回りの現象が何でも単語になっているわけではないことを「言語には単語の穴が空いている」と表現しているといいます。黒島先生はもう1つ、同じ系統の架空の単語として、相手と話しながらもっと面白い人がいないか辺りを見回す人を指す「スポンサー」も紹介しました。
堀元さんは「スポンサー」について、立食パーティーの自分そのものだと即座に反応します。認知リソースの半分で目の前の人と話し、残りの半分で他に面白い人がいないかを常に探しているそうです。
コーナーの趣旨は、ちょっとした面白い概念を1語でスパッと表せる単語を紹介することです。日本語に限らず、古語や外国語も対象で、視聴者の投稿フォームから届いた単語も読み上げられます。
道を聞いた直後に忘れる?ハワイ語「アキヒ」
最初の投稿は、ハワイ語の「アキヒ」です。道に迷って人に道を聞き、お礼を言って歩き始めてから数歩で、聞いた道をまた忘れることを指すといいます。
堀元さんは、こんなに短い単語にそこまでの意味が込められていることに驚きつつ、自分もよくやると認めます。方向音痴の堀元さんは、Googleマップを開いて向きがわからずにぐるぐる回るのだそうです。
だからGPSに従って歩いて間違ってたらGPSのせいにできるじゃない。だから僕は自分の無能に向き合わなくて済むわけですよ。
堀元さんによると、人に道を聞く機会が減った今でも、Googleマップで道を確認してスマホをしまった直後に「どっちだっけ」ともう一度見ることがよくあるそうです。この状態は「Googleに対するアキヒ」だと笑い合います。
このあと、切なさのあまり粗相してしまうという架空の日本語「切なくそ」や、投稿で届いたスウェーデン語とされる単語「グラトゥンカ」も紹介されます。どちらも下ネタに近い内容で、出演者自ら「この話やめません?」と切り上げました。
報復性徹夜とFOMOは、誰もが覚えのある感覚?
黒島先生は、あるあるを表す単語として中国語の「バオフーシンアオイエ」を紹介しました。漢字をそのまま直すと「報復性徹夜」で、中華圏で見られたあと、日本語に直訳されてTwitterでも広まったといいます。
報復性徹夜の意味は、休日に昼過ぎまで寝て何もせずに過ごしたあと、夜になって「このままではダメだ」と取り戻すように夜更かしすることです。一方、水野さんは常に昼に起きる生活で、寝ている時間が一番幸福度が高いので罪悪感はないそうです。
続いて話題になったのが、英語の「FOMO」です。Fear Of Missing Outの頭文字で、自分がいない間に誰かが楽しい体験をしているかもしれないという不安を指します。飲み会でトイレから戻ったら皆が爆笑していた、という場面が例に挙がりました。
堀元さんは、FOMOが起業界隈で一時期流行った概念だと説明します。
人間のポジティブなところに訴求するのって弱いわけよ。このサービス楽しいですよって言っても、なかなか使い始めるめんどくささを超えられない。
(でも)周りは全員使ってますよって言うと、やばい、取り残されるって言って使い始める。
堀元さんによると、FOMOは人を取り込むための悪いハックとして使われていたそうです。出演者はこれをダークパターン ── 利用者の心理を突いて、意図しない登録や購入などに誘導するウェブサービスの設計手法の総称のようなものだと話しています。
FOMOは思春期によくあった感覚だという点で、出演者の意見は一致します。堀元さんは、中学生の頃は集まりにすべて顔を出していたものの、大人になると家で本を読むほうが面白くなり、飲み会も2時間で帰るようになったと語りました。
「遺産をくれそうな金持ちのおじさん」を1語で?ドイツ語Erbonkel
2次会にはいつも行かない堀元さんにも、例外があるといいます。それが、ドイツ語の「エルボンケル(Erbonkel)」がいる飲み会です。
でもね、僕いつも二次会帰るわけじゃないんですよ。エルボンケルがいる飲み会とかちゃんと出るんですよ。
エルボンケルの意味は「遺産をくれそうな金持ちのおじさん」です。堀元さんは、ゴールデン街で「土地を持っているが身寄りがない」と話すおじさんに出会ったら、朝まで酒に付き合うと冗談めかして話しました。
もう一人の出演者から「そもそも楽しい?」と問われ、堀元さんは考え直します。
そっか、好きな人とかと飲んだ方がいいのか、酒は。お金くれそうかどうかより大事ですね。
母胎からずっと一人?韓国語の頭文字造語
黒島先生によると、FOMOのように頭文字を取った新造語は韓国語に多いそうです。前回のおもしろ単語カーニバルで紹介された「文系ですいません」を表す単語もその一例です。
黒島先生は、堀元さんへのプレゼント単語として「ネピショル」を挙げました。「脳」と「オフィシャル」を組み合わせた言葉で、自分の脳の中でだけオフィシャルなこと、つまり妄言のようなものを指します。語末にはパッチム ── ハングルで音節の最後に付く子音。ネピショルでは語末にL(ㄹ)が付いていますのLが付くといいます。
もう1つのプレゼントは「クンジャガン」で、「根拠のない自信感」を縮めた言葉です。出演者は、自信は最初は根拠がなく、実績を積んで根拠ある自信に変わるのではないかと話しています。
これ(クンジャガン)ないと何も始められないですからね。俺なんかが何やったってどうせってなるから。
水野さんに贈られたのは「モッソル」です。「母胎にいる時からずっと一人」という意味で、からかうときにも自虐にも使われるそうです。堀元さんは、日本語の「おひとりさま」に比べて「結構激烈ですよね」と評しました。
黒島先生が気に入っている単語として紹介したのが「ネロナムル」です。「私がすればロマンス、他人がすれば不倫」という対比の句を縮めたもので、黒島先生によると批判よりは開き直りに近い使われ方だといいます。
韓国語のこれらの頭文字造語について、黒島先生は、元の句の頭文字だけを単純に取っているため、ネイティブでも日々アップデートしないとついていけないと説明しました。
| 単語 | 元の言葉 | 意味 |
|---|---|---|
| ネピショル | 脳+オフィシャル | 脳の中でだけオフィシャルなこと |
| クンジャガン | 根拠のない自信感 | 根拠のない自信 |
| モッソル | 母胎からずっと一人 | 生まれる前から恋人がいない |
| ネロナムル | 私がすればロマンス、他人がすれば不倫 | 自分の不倫を正当化する開き直り |
日本語が頭文字造語を作らない理由と、平安時代からある「文の包摂」
日本語では、頭文字だけを取った造語は「やおい(山なし、落ちなし、意味なし)」のような一部の例に限られるのではないか、と出演者は話します。黒島先生によると、韓国語のこうした造語は10年前、20年前から流行し続けているそうです。
黒島先生は仮説として、日本語は3音節や4音節の語が安定しているため、頭文字を取って縮めるのが難しいケースがあるのではないかと述べました。
一方、日本語では「バズる」「ディグる」「タピる」のように、カタカナに「る」を付けて動詞化する形がとても多いと堀元さんは指摘します。造語のしやすさや新語を作るときの発想には、言語ごとにかなりの差があるという見方です。
話は「堀元にはこのままではやらせておけない感」のように、文をまるごと語の中に取り込む表現に移ります。これは文の包摂 ── 文に相当するまとまりを、そのまま名詞などの前に取り込んで1つの語のように使う造語法と呼ばれ、研究書『現代日本語の逸脱的な造語法「文の包摂」の研究』も出ています。
現代の例には「振り込め詐欺」「幻のポケモンもらおうキャンペーン」「何でも言うこと聞きます券」などがあります。面白いのは、この用法が平安時代にすでに見られることで、泉大輔先生の著作に源氏物語の「つれなし顔」などの例が出てくるそうです。
堀元さんは、M-1グランプリに出たお笑いコンビ・ももの「大人なのにプリキュアの映画行く顔やろ」というツッコミも文の包摂だと気づきます。
素晴らしい。1000年の歴史ある漫才だったんだ。
「くれなずむ」の「なずむ」はどういう意味?
黒島先生は、国語辞典を読んで見つけた言葉をクイズ形式で出題しました。意味は「しばらく続いた状態が変化しそうでなかなか変化しない様子」で、現代日本語にもある和語の動詞です。
堀元さんは、2011年のスイスフランの相場のように、動きそうで動かない状況を思い浮かべますが、答えは出ません。正解は「なずむ」で、「暮れなずむ」は暮れそうで暮れない様子を表すのだそうです。
堀元さんは、「暮れなずむ」は武田鉄矢さんの「贈る言葉」の歌詞でしか使わない専用動詞だと思っていたと明かします。実際には、古い習慣をいつまでも守ることを「旧習になずむ」と言うなど、単体でも使われるといいます。
黒島先生によると、釣りで餌・重り・糸が沈み、浮きが正しい位置を取る状態も「浮きがなずむ」と言うそうです。汎用性が高いのに廃れてしまった動詞だということで、出演者は「なずむ」を取り戻して使っていこうと盛り上がりました。
武田鉄矢に独占されてるから民主化していこう、なずむ。
あとから気の利いた返しを思いつく後悔は、各国に1語ある
プレゼント単語を「贈る言葉」風に渡せばよかった、という後悔が話題になったところで、堀元さんはその状態を表す単語を紹介しました。イディッシュ語 ── 中東欧のユダヤ人が使ってきた言語。ドイツ語に近い文法や語彙を持ち、ヘブライ文字で書かれますの「トレプバーター」です。
トレプバーターは、会話がひと段落したあとで「あの時こう言えばよかった」といい切り返しを思いつき、後悔することを指します。フランス語にも同じ意味の「エスプリ・デスカリエ」があるといいます。
黒島先生は以前、英語の「アフタリズム」を紹介したことがあると振り返ります。前置詞のafterを使った語形成も面白いと話しています。
| 単語 | 言語 | 補足 |
|---|---|---|
| トレプバーター | イディッシュ語 | 会話が終わってからいい切り返しを思いつき後悔すること |
| エスプリ・デスカリエ | フランス語 | エスプリは機知に富んだジョークなどに使われる語 |
| アフタリズム | 英語 | afterから作られた語として以前の回で紹介 |
出演者は、この概念を表す単語が日本語にはなさそうだと話します。各国に表現があるのに日本語だけ見当たらない、という珍しいケースとして扱われました。
ドイツ語の動詞に出る人間味とは?
堀元さんは、ドイツ語から「フュッセルン」を持ってきました。こたつの中などで、足でイチャイチャすることを指します。ドイツ語は長い単語が多いのに、これは「足」という単語に動詞化する接辞を付けただけの短い語です。
同じ仕組みで「人間」を動詞化すると「メンシェルン」になり、人間の弱いところが表に出るという意味になるそうです。堀元さんは、ドイツ語にはシャーデンフロイデ ── 他人の不幸を喜ぶ気持ちを表すドイツ語。日本語の「他人の不幸は蜜の味」に近い概念ですのように、人間の嫌な面を表す単語が多いと感じています。
ただし堀元さんは考え直し、文学作品で人間の醜悪さが出る場面を見て「人間だなあ」と言う感覚が動詞になったと考えれば自然だとも述べました。
関連して、オランダ語でハムスターを動詞化した「ハムスタール」も紹介されます。食料などを買い込むことを指し、堀元さんによると、コロナ禍のヨーロッパで買い込み禁止のポスターに使われて話題になったそうです。コロナ禍に生まれた言葉としてはインフォデミック ── 情報(インフォメーション)とパンデミックを組み合わせた語。誤情報を含む大量の情報が急速に広まる現象を指しますも挙がりました。
SNSは言葉を壊す?friendの動詞用法が復活した話
黒島先生は、SNSによって言葉が変わった例として英語の「friend」を挙げました。SNSで友達承認するという動詞の意味を持つようになった単語です。
黒島先生によると、friendにはもともと「誰々の友になる」という動詞用法があったそうです。現代英語で使われなくなっていたその用法が、SNSの登場によって復活したといいます。
黒島先生は、SNSが言葉を悪くしていると言う人もいる一方で、むしろ言葉を復興させる動きにもなっていると話します。平安時代からある文の包摂が漫才のツッコミで使われていることも、同じく言葉が繰り返されている例だと出演者は捉えています。
締めくくりに堀元さんは、デュチカさんから投稿された韓国語「ヘジャロプタ」を紹介しました。女優のキム・ヘジャさんがプロデュースしたコンビニ弁当が安くて量が多かったことから、価格に対して量が多く質が良いことを表すようになり、今も使われているそうです。
堀元さんは今回の配信を「かなりヘジャロプタな回」と評しました。投稿フォームには下ネタの投稿が3分の1ほど届いているそうで、下ネタのない単語の投稿も呼びかけています。
まとめ
この回では、実在しない単語から始まり、ハワイ語、中国語、韓国語、ドイツ語、イディッシュ語などの単語を紹介しながら、造語法の言語差や言葉の復活へと話が広がりました。
- 身の回りの現象がすべて単語になっているわけではなく、ピンカーはそれを「単語の穴」と表現している
- 韓国語は頭文字を取る造語が多い一方、日本語は「〜る」を付ける動詞化などが多く、新語の作り方には言語差がある
- 文を丸ごと取り込む「文の包摂」は平安時代から見られ、現代の漫才のツッコミにも使われている
- 「なずむ」は「変化しそうでなかなか変化しない様子」を表す汎用性の高い動詞で、「暮れなずむ」以外にも使える
- friendの動詞用法のように、SNSによって古い用法が復活する例もある

