標準語を、方言から変えていけるか
この回で復活したのが「俺たちのベスト方言グランプリ」という企画です。標準語にはない便利な方言をリスナーから募り、二人が紹介していきます。
水野さんは、標準語にこれない表現を輸入したいと話します。標準語にしたいよと、そういう方言を皆さんから募るのがこの企画の趣旨です。
こういうのを繰り返していくごとに、徐々に日本語が進化していくような気がするんですよね。より便利に暮らせるようになったら素晴らしいと思います。
ただし水野さんは、言葉はトップダウンでは変わりにくいと補足します。インフルエンサーがこの言葉を使ってと言っても広がらず、民衆の側から変わっていくものだといいます。
マジで我々発で標準語の体系が変わったりしたら、めちゃめちゃ熱いですからね。
「豪儀」に込められた、嫉妬と自虐
最初に堀元さんが挙げたのは、埼玉県秩父地方で使われる豪儀 ── すごい、立派だという意味の言葉。「豪気(ごうぎ)」に由来するとみられ、辞書では山形などで「立派な様」の意味も記録されていますという言葉です。意味は「すごい」ですが、独特の悲劇性を帯びているといいます。
投稿者によると、豪儀には東京や東京人への負い目、成功者への嫉妬、そんな自分の弱さへの救済まで含まれるそうです。単なる褒め言葉ではないのがポイントです。
「年収1億だなんて、あの人も豪儀だね」のように使うらしい。憧れとか嫉妬が、一言にぎゅっと詰まっているらしい。
堀元さんは、盆地で平均であることが美徳とされる秩父の地域性が関係すると投稿者が書いていたと紹介します。あの人は稼げるが、我々は秩父の民として正しく生活している、というニュアンスが混ざるといいます。
一方で水野さんが辞書を引くと、伸ばす表記の「豪儀」は載っていませんでした。ただし気力の気を使う「豪気」なら、程度の甚だしい様として群馬などに分布が確認できたといいます。
堀元さんは前澤友作さんのチャンネルを例に、面白いけれど少しバカにする気持ちも入る言葉として使いたいと話します。しかし水野さんは、発信してリスクを取る人は立派だと切り返し、二人の反応が分かれました。
前澤さんは豪儀ではなくて、素直に立派です。すごいと思う。
靴に水が入る不快感を、一語で言える「きゃっぽした」
水野さんが挙げたのは、宮城出身の投稿者による「きゃっぽした」です。東北広域で使われ、靴の中に水が入ってしまった状況を指す言葉だといいます。
この不快感は、標準語では一語で言いにくいと二人は同意します。堀元さんは「足ビッチャビチャ」、水野さんは「グジュグジュになった」と表現していましたが、それだけを的確に言う言葉はなかったといいます。
俺、その状況になった時、雨入ってきて足ビッチャビチャなんだよねって言ってたわ。
堀元さんは、江國香織さんがエッセイで、靴が濡れた体験を「幸福とは足が濡れていないことなのである」と書いていた話を紹介します。その大げさな筆力に騙されたと振り返りました。
投稿者は東京在住20年以上ですが、今でも水たまりに足を取られると心の中で「きゃっぽした」とつぶやくそうです。それほど根付いた表現だといいます。
関連して水野さんは、岩手の「きゃっぱりする」も紹介します。こちらは足を滑らせて川に落ちるという、さらに狭い状況を一語で表す言葉です。
きゃっぱりして靴、にゃぐしてしまったおんや。(=)川に落ちて靴をなくしてしまったよ、っていう表現みたいですね。
日国が方言を大胆に載せる可能性と「いげがましい」
水野さんは、日本最大の辞書である日本国語大辞典 ── 小学館が刊行する日本最大級の国語辞典。通称「日国」。現在、第3版に向けた改訂作業が進められていますの改訂の話に触れます。関係者から、方言を強化したいという編集方針を聞いたといいます。
水野さんによると、日国はデジタルで先に公開する方針で、紙の冊数制約がなくなる分、方言を大胆に載せる可能性があるといいます。堀元さんはこれをロングテール戦略と表現しました。
すでに日国に載っている面白い方言として、水野さんは「いげがましい」を挙げます。長崎の対馬や山口県あたりで使われ、魚の小骨やトゲが特に多いという意味です。
えー、ニシンじゃん。ニシンってめっちゃ骨多くてストレスだよね。
北海道出身の堀元さんは、子供の頃ニシンがよく食卓に出て、小骨が面倒で嫌いだったと振り返ります。「いげがましいんだよね、ニシンって」と一言で言えればよかったと話しました。
すごいという意味。嫉妬や自虐の悲劇性を帯びる
靴の中に水が入ってしまった状況
足を滑らせて川に落ちること
魚の小骨やトゲが特に多いこと
捨てる、放り投げる、そのままにしておく
茶碗などを水に浸しておくこと
「家でできないことは外でもできない」という沖縄の一言
堀元さんが挙げたのは、沖縄方言の「やーなれーる、ふかなれー」です。家でできないことはよそでもできないという意味で、親が子供の行儀を叱るときに使うといいます。
堀元さんは、この汎用性の高さを、古代ギリシャの「ここがロドスだ、そこで飛べ ── ロドス島での跳躍を自慢するほら吹きに、では今ここで跳んでみせろと迫った寓話。口先だけでなく実際にやってみせろ、という意味で使われます」という逸話に近いと指摘します。場所を言い訳にするな、今やれ、という一言だといいます。
話は二人の家庭の教育方針に広がります。水野さんの家は「家の中では迷惑をかけていいが、外にはかけるな」という方針だったといいます。
堀元さんの家庭は「日本の上位1パーセントのおおらかさ」
堀元さんは、実家でご飯粒を残さず食べる教育をされず、給食でも残していたと明かします。中学時代に好きな女の子から汚いと指摘され、そこですぐ直したといいます。
堀元さんは、米粒の食べ方を叱られるより、指摘されたらすぐ直せる柔軟さを身につけられたことのほうが大事だったかもしれないと振り返ります。
水野さんは、勉強ができてプライドが低い人は珍しいと指摘します。理屈を立てられる人ほど、指摘されても反論できてしまい、直そうと思えないことが多いといいます。
口は回る、弁は立つんだけど、それはそれとして人に指摘をされたら直そうって思えることってすごい珍しいから。
堀元さんは、両親が「こいつにはこいつの人生があるから介入しない」というスタンスだったと話します。水野さんはこれを「北海道のリバタリアン母ちゃん」と名付け、この回の定番フレーズになりました。
一方で水野さんの父は士業で、姉にあげたカードを返せと言った幼い水野さんを、所有権が移ったのだからと殴ったといいます。愛知の法律父ちゃんというエピソードで、二人は盛り上がりました。
「うるかす」を言えずキッチンで立ち尽くした話
次に紹介されたのは「うるかす」です。茶碗についた米粒が取りやすいように水に浸しておくことを指し、北海道でも使われます。
堀元さんは20代前半、初めて付き合った女性の家で「うるかしとこうか」と言おうとして、方言だと思われるのを恐れ、代わりの言葉が出ずキッチンで立ち尽くしたと明かします。
これを言うと田舎者だと思われると思って、キッチンの前で立ち尽くしたことがあります。しゃべれず。
水野さんは、これは言語学を学ぶと笑い話に聞こえるが、根には方言の地位が低いという問題があると指摘します。堀元さんも、昔は方言なんて言ったら負けだと思っていたと認めました。
その理由として堀元さんは、インドの古典カーマ・スートラ ── 古代インドの性愛に関する古典。恋愛や結婚などの作法を体系的に説いた書物として知られますに「恋は都会人とすべきで、田舎の人としてはいけない」と書かれていた話を持ち出します。その価値観を内面化した結果、都会人ぶらねばと思ったと振り返りました。
水野さんが、今のように方言に優劣はないと知った状態で上京し直すなら方言を消すかと尋ねると、堀元さんは消さないと答えます。番組を通じて成長し、むしろ堂々と使いたいと話しました。
ゆる言語学ラジオを始めて、大人になったんですよ、僕。堂々と、めっちゃ使っていきたいですね、むしろ。
堀元さんは、鶏のから揚げを北海道では「ザンギ」と呼ぶと紹介し、上京時に消したことを後悔します。むしろ自分から使ってキャラを立てればよかったと話しました。
愛知・奥三河の「ビチャる」と、気づかない方言
堀元さんが紹介したのは、愛知の奥三河でしか通じない「ビチャる」です。濡れた響きに反して、意味は捨てる、放り投げる、そのままにしておく、だといいます。
濡れてる感すごいのに、濡れてないの意外ですよね。
関連して水野さんは、専門用語としての「気づかない方言」を紹介します。標準語にもある言葉が別の意味で使われるため、話者本人が方言だと気づきにくいものです。
例として水野さんは、西日本で片付けるを意味する「直す」や、東海で疲れたを意味する「えらい」を挙げます。辞書に載っている普通の言葉なので、この用法だけ方言だと気づきにくいといいます。
標準語にない言葉。ビチャる、きゃっぽしたなど。聞けば方言だとわかる
標準語にもある言葉が別の意味で使われる。直す(片付ける)、えらい(疲れた)など。本人も方言と気づきにくい
堀元さんは、作家として編集者の纐纈さんから「逸話」の誤用を指摘された話を披露します。単なるエピソードの意味で使っていたが、本来はあまり知られていない話を指す言葉だと知り、原稿を直したといいます。
水野さんも、暖炉の飾り棚を指す「マントルピース」や、本来は品物全般を指す法律用語である「物件」を例に、辞書を読むと誤解に気づく言葉が多いと語ります。
捨てると投げるが同じ方言は、標準語より普遍的?
話は「ビチャる」に戻り、水野さんは捨てると投げるが同じ動詞で表されることに注目します。野球の投球とゴミ捨ては、標準語ではだいぶ違う行為だといいます。
ところが北海道でも「ゴミを投げる」と言い、放るという動詞を使う地方もあります。捨てることと投げることを、多くの方言が同じ動詞で結びつけているのです。
さらに水野さんは、英語でも捨てるを「throw away」と言うと指摘します。海を跨いでも、投げると捨てるが同じ動詞で表されているのです。
むしろ見方を変えると、標準語はなぜか投げると捨てるを別の動詞に当てているって見ることもできるわけです。
ここから水野さんは、標準語が一般的な体系だとは限らないという核心を語ります。むしろ方言のほうが、より普遍性のある体系である可能性があるといいます。
水野さんは、こうした事実を知れば、方言が田舎っぽいと言われても言い返せると話します。堀元さんが江戸っ子を煽ろうとするたびに、優劣ではなく両方使えばいいと水野さんが諭す掛け合いが続きました。
なんで毎回優位に立とうとするのかわからないんですけど。「へー、すごいね」でいいんですよ、堀元さん。
アクセントで文の構造が変わる? 島村先生への宿題
水野さんが紹介したのは、企画の趣旨を大きく取り違えた投稿です。差出人は「生成文法バカ」で、連絡先のメールアドレスから、番組監修でおなじみの嶋村先生 ── ゆる言語学ラジオの監修を務める言語学者。生成文法などを専門とし、番組でたびたび解説役として登場しますだと判明しました。
嶋村先生が「方言」として送ってきたのは対格属格交替 ── 「規則でゴミを捨てる場所」の「を」(対格)を「の」(属格)に置き換えられる文法現象。関西で容認されやすいとされますという文法現象でした。堀元さんは、方言名ではないと苦笑します。
相談の要旨: どの地域の方言かという問いに対し、対格属格交替という文法現象を回答。関西地方では話者間の容認性が高い、と参考文献を添えて紹介した。方言グランプリの趣旨とは違うと自ら謝りつつ投稿している。
具体的には「規則でゴミを捨てる場所」の「を」を「の」に変えて「規則でゴミの捨てる場所」と言えるかどうか、という話です。水野さんはこの言い方が言えると感じ、堀元さんは気持ち悪いと感じました。
さらに水野さんは、主語を入れたり過去形にしたりすると、この置き換えができなくなると説明します。「規則でゴミの捨てた場所」や「規則で太郎がゴミの捨てる場所」は言いにくくなるのです。
嶋村先生によると、この容認性は関西で高いといいます。文法や、それに伴う文の解釈の違いも方言の一つだと投稿は結んでいました。
嶋村先生の投稿の要旨は、これを知ったとき自分は関西弁の母語話者で良かったと思わされたということ。方言は語彙やアクセントの違いだけでなく、こうした文法的な違いもあり、それに付随して文の解釈が変わることもあって面白い、と述べている。
さらに収録中、大阪出身とみられる編集スタッフから、アクセントによって容認性が変わるという指摘が入ります。同じ文でも、関西式アクセントで発音したときだけ容認できるというのです。
水野さんは、関西式アクセントは「ゴミの捨てる場所」をひとまとまりとして処理し、東京式では「ゴミの」と「捨てる場所」が独立するのではと分析します。アクセントごとに基構造が違う可能性を示しました。
アクセントで文の構造が違うんですか、嶋村先生。教えてください。我々で取り終えない課題になりました。
堀元さんは、関西人でないのに容認できる理由を、芸人の喋りを聞いてリズムが体に入っているからではと自己分析します。二人は答えを出せず、嶋村先生への宿題として残しました。
二年温めた新企画「方言ジオゲッサー」
最後に水野さんが、2年間温めてきた新企画を発表します。題して「方言ジオゲッサー」です。
ジオゲッサー ── Googleマップのストリートビューを見て、自分がどこにいるかを地図上のピンで当てるゲーム。近いほど高得点になりますの方言版で、方言研究者3〜4人に方言の談話音声を1分ほど聞かせ、話されている地域を市区町村レベルで当ててもらう企画だといいます。
水野さんは、研究者が地域を当てる過程こそ面白いといいます。挨拶の形、母音、特徴的な語彙などのヒントを、どう手がかりにするかが見どころです。
難所として水野さんが挙げるのが、遠く離れた地域で同じ特徴を持つ「収斂進化」のような方言です。東北のイメージが強いズーズー弁が、実は島根の出雲方言にもあるといいます。
だから、ちょっとどっちか特定つかないから一旦長野県で、みたいなことを先生が出るかもしれないですよ。
堀元さんは、姉妹的なチャンネルが植物学の専門家でジオゲッサーをやった例を紹介します。専門からずれると「なんかの木ですね」としか言えず、大外しすることもあったといいます。
この企画には、方言の談話音声を提供できる話者の協力が不可欠です。二人は、県だけでなく市レベルまで出せる話者に、概要欄のフォームからの立候補を呼びかけました。
協力してくださるインフォーマントの方がいらっしゃったら、ぜひお力を貸していただければ嬉しいです。
水野さんは、離島や八丈語、琉球諸語のような貴重な方言の話者にも参加してほしいと話します。視聴者は研究者のすごさに触れつつ、各地の方言の談話も聞ける企画になるといいます。
まとめ
リスナーから寄せられた便利な方言を紹介しながら、二人は標準語と方言のどちらが上でもないという視点にたどり着きました。捨てると投げるを同じ動詞で言う方言のように、方言のほうが普遍的でありうるという話は、この回の核心です。
- 便利な方言には、豪儀(嫉妬と自虐)、きゃっぽした(靴に水が入る)、いげがましい(小骨が多い)などがある
- 標準語にもある言葉が別の意味で使われる「気づかない方言」は、話者本人も気づきにくい
- 捨てると投げるを同じ動詞で表す方言は英語とも共通し、標準語が普遍的な体系とは限らない
- 嶋村先生が投稿した対格属格交替は、関西で容認されやすく、アクセントで容認性が変わるという宿題を残した
- 方言の談話音声から地域を当てる新企画「方言ジオゲッサー」の話者を、概要欄のフォームで募集している



