論理に地域差なんてあるのか?
この回のきっかけは、水野さんが見つけた1冊の本です。渡辺正子先生の『「論理的思考」の文化的基盤』は、論理性や合理性は人類に普遍的ではなく、地域によって差があると主張しています。
水野さんはまず、非論理的なメールに腹が立ったり、合理的でない行動をする人に理解が追いつかなかったりした経験はないかと堀元さんに尋ねます。堀元さんは「しょっちゅうあります」と即答しました。
その論理性とか合理性ってのが人類に普遍的ではなく、地域によって差があるって言ってる本を見つけたんですけど。
そんなわけないでしょ。論理はさ、もう世界共通語なわけよ。
堀元さんの反論の根拠は、論理学が自然言語から離れ、数学の記法で紛れなく書けるようにする営みだという点です。この疑いを出発点に、水野さんが本の内容を紹介していきます。
論理性を形作るのは「作文」と「歴史」の授業?
この回は雑談回として、本の内容をまず紹介し、次回以降でディスカッションする構成です。本は4500円プラス税で、水野さんが以前「本紹介バズらせバトル」で題材にした1冊でもあります。
本の中心にあるのは思考表現スタイル ── 考えていることを、言う・書くといった形で表現するときの型のこと。渡辺先生の本の中心概念で、2軸4象限に整理されていますという用語です。水野さんは、これが2軸4象限に分かれ、具体的な地名と結びつくと説明します。
水野さんは、専門用語をある程度外し、思考表現スタイルを「論理性」「合理性」と言い換えて紹介すると断っています。本はもっと専門的な議論をしているので、この回の紹介はかなりかみ砕いたものだという前提です。
本がさらに踏み込むのは、4象限それぞれが何によって作られるかという点です。水野さんによれば、答えは文化よりもっと狭く、作文教育と歴史教育の2つだといいます。
作文教育なんて俺ろくに受けた記憶ないよ。
堀元さんは、小学校で習ったのは段落の頭を1字下げるといった形式的なことばかりだったと振り返ります。そのうえで、歴史教育も国ごとの視点の違いはあっても、教え方はどこも似たようなものではないかと疑問を投げかけました。
作文の型と歴史の枠組みは、なぜ認識を変えるのか
堀元さんの疑問に対する渡辺先生の答えを、水野さんは2つに分けて紹介します。1つ目は作文です。文は一列に並ぶという線状性を持つため、書き方・区切り・順番という型が認知上の区切りになり、その型が認識を形作るという主張です。
2つ目は歴史教育で、水野さんは歴史教育には暦と同じ機能があると説明します。暦がどこで切ってもいい時間を「365日が1年」と区切って文化を共有させるように、国の歴史の時代区分は、会ったこともない人々と同じ国民だという意識を持たせるといいます。
本の結論はその先にあり、歴史教育の枠組みは「物事がどう起こり、それを踏まえて次に何が起こるか」という推論形式に影響を与えるとしています。
貴族調子乗ってたら武士に討ち滅ぼされて、武家社会来たなみたいなことをいっぱい習ってるから、なんか調子乗ってるやつって失脚するんだなって、日本の歴史から我々が推論するようになるみたいな話ですか?
水野さんは、それこそ日本的な歴史教育の影響を受けた推論形式だと渡辺先生は言うだろうと応じます。ただ堀元さんは、フランス革命でも同じで世界共通ではないかと食い下がり、水野さんは具体例を見ていくことにしました。
具体例の前に水野さんが確認したのは、本でいう「論理的」は論理学の形式的な推論ではなく、日常的な意味だという点です。三段論法を間違えて「非論理的だ」と言われる人はほとんどいない、というのがその理由です。
それお前全然論理的じゃないよって言ってる人が言ってる論理的って、ある程度妥当だと思われる説明をくっつけられてないよっていう意味で使ってるなあって思ってました。
アメリカの作文はなぜ「結論から」なのか
最初の例はアメリカの作文です。堀元さんが大学受験で習ったパラグラフライティング ── 1つの段落に1つの主張をまとめ、段落を積み重ねて結論に至る英語の文章作法を挙げると、水野さんはまさにそれだと応じます。
典型的な型は5パラグラフエッセイ ── 序論で主張を述べ、3つの段落で根拠を示し、最後に結論をまとめるアメリカの作文の定型と呼ばれ、主張、3つの根拠、結論の順で書きます。ポイントは結論を先に言うことだといいます。
主張
最初に結論を述べる
根拠
主張を支える根拠を3つ書く
結論
最後に結論を書く
水野さんは、実際に結論から思いつく人はほとんどいないと指摘します。思考はAだからB、だからCと順に進むのに、アメリカ式は最後に思いついたものを最初に言う逆順処理をしているというわけです。
アメリカでは小学1年生の時点で結論から話せと教わり、「I think〜because」という形式を教え込まれるため、子どもはだらだら話さなくなるといいます。水野さん自身は、アメリカで育っていないので実態はわからないと断っています。
さらにアメリカでは、素朴な印象や粗削りな感情をそのまま差し出すのは怠慢だと考えられているそうです。堀元さんは、性質ではなく努力を怠っていると判断されるのかと驚きました。
そして堀元さん、多分その価値観は内面化してると思います。
水野さんが結論のない話を始めると、堀元さんは「結論から喋ってほしいな」と自らツッコみ、誘導尋問で好感度を下げないでほしいと笑いを誘っていました。
アメリカの歴史授業は、なぜシミュレーションゲームなのか
アメリカの歴史教育も日本とはまったく違い、授業で西部開拓時代の幌馬車の旅を扱ったシミュレーションゲームをさせるそうです。グループでオレゴンという目的地に誰よりも早く着くことを目指し、途中で多くの決断を迫られます。
水野さんは自作の例として、馬が怪我をしたときに使い続けるか、雨雲を迂回するかといった選択を挙げます。生徒が話し合って決め、結末は教師の振るサイコロで決まり、その結果を受けて次の判断をする流れです。
あれじゃん、TRPGじゃん。
授業全体も、シミュレーションをしないときでさえ教師の「なぜそうしたの?」という質問で枠づけられているといいます。水野さんは、こうした授業の結論は時間認識への影響だと説明します。
間断なく流れてる時間を原因と結果に殊更に分ける。これがこの歴史教育のスタイルなんだっていうことなんですね。
これを内面化した人は、不確定な要素を避けながら手近で実現可能な目標を設定し、それに向かって行動することを合理的だと考えるようになります。歴史を動かす主体は、目的を持つ人間だと習うのです。
授業
短い時間軸で選択と結果を繰り返し、理由を問われる
時間認識
時間を原因と結果に細かく区切る
合理性
手近な目標の達成に結びつく行為が合理的とされる
馬怪我したどうしようって言ってる時に、一旦スイーツ作って落ち着こうって言ってたら怒られそうなもんな。
アメリカの正反対はフランス?4つの原理
比較の相手として本が挙げるのはフランスです。欧米でひとくくりにしがちなアメリカとフランスが、本の4象限では正反対の位置にあると聞き、堀元さんは驚きます。残る2つは日本とイランです。
堀元さんは、この意外なラインナップを世界三大料理の「トルコ」に例えて脱線し、ケバブとトルコアイスしか挙がらない掛け合いで笑いを誘いました。
水野さんによれば、渡辺先生はこれが連続的な概念だと注意しています。4タイプにきれいに分かれるのではなく中間があり、その中で特に典型的なのがこの4地域だという主張です。
| 原理の名前 | 代表する地域 |
|---|---|
| 法技術原理 | イラン |
| 経済原理 | アメリカ |
| 政治原理 | フランス |
| 社会原理 | 日本 |
番組では、原理の名前ではピンとこないため、便宜的に地域名をそれぞれの型の代表として使って話を進めています。
フランスの小論文はなぜ弁証法なのか
フランスにはディセルタシオン ── フランスの試験で課される小論文の形式。問いに対して賛成と反対の両面から論じ、それらを統合して結論を導くという小論文の試験があり、基本構造は弁証法です。問いも「民主主義は是か」のような難しいものが出るといいます。
まずテーゼを書き、同じくらいの分量でアンチテーゼを書き、賛成意見と反対意見を統合して結論を書きます。これができなければ学位が取れないそうです。
主張を最初に言い、根拠を並べる。予想される反論は、先に潰して自分の主張を補強するために書く
賛成と反対を同じ分量で並べてから統合する。目新しい主張より、型を守ることが大事
堀元さんは、フランス映画が難解に感じられがちなのと関係があるかもしれないと思いつき、この話題は次回のディスカッションに回されました。
水野さんによれば、本ではむしろヨーロッパの伝統はフランス側で、アメリカがある事情によって5パラグラフエッセイを生んだとされているそうです。
やっぱ欧米っていうくくり方が良くないですね。
手間のかかる採点を、フランスが続ける理由
フランスの作文試験は基準があまりなく、採点がとても大変だといいます。それでも国家がこのコストを払うのは、共和主義の理想を実現するために、自律的に判断できる市民を育てる覚悟があるからだと水野さんは説明します。
フランスでは、フランス革命の理想はまだ実現されていないと考えられているといいます。歴史教育も、フランス革命を必然ではなく、様々な要因が偶然重なって起きたものとして教えるそうです。
堀元さんは、相手の立場に立って論じる弁証法が、政治を考えるうえで必要な思考プロセスだという前提なのかと確認し、水野さんはうなずきます。
つまりアメリカ式は結果を重要視してるんだけど、フランス式は手段を重視してるんだという。
ここで水野さんは4象限の軸を整理します。1つは結果を重視するか手段を重視するかで、本ではウェーバー ── ドイツの社会学者マックス・ウェーバー。合理性を形式合理性と実質合理性に分けるなど、近代社会の合理化を論じたの形式合理性と実質合理性の分類が使われているといいます。もう1つは主観的か客観的かです。
イランの作文は、なぜ神への感謝で終わるのか
イランにはエンシャー ── イランの伝統的な作文法。学校教育で型として教えられ、比喩や詩・聖典の引用が組み込まれているという伝統的な作文法があります。日本の読書感想文や修学旅行の振り返りとは違い、国家・宗教・社会・道徳が定番のテーマです。
中学1年の段階で構造が示され、序論では主題を表す比喩を入れ、結論では詩や聖典を引用したり神への感謝を述べたりします。「心とは宝箱のようなものだ」から入り、最後にことわざで締めるような型です。
堀元さんは、物書き4年目ごろに「必ずおしゃれな引用を入れたい」と引用ありきで文章を組み立てた時期があり、イラン式だったかもしれないと振り返ります。
イランはね、ただ堀元さんと一番違うのはですね、個性とか独創性はですね、全く期待されていないっていうところ。
イランの作文は、子どもが経験したことを通じて、共同体が守ってきた価値や規範、宗教を再確認する作業として機能しているといいます。期待通りの結論に持っていくことが大事なのです。
歴史教育も同じで、神の目的や計画の一部として歴史が進むという目的論的な歴史観で教えられます。細部の真偽より、過去から引き出した教訓が共同体の中で真理かどうかが重視されるそうです。
山川の教科書を全部言えると誇る水野さんに、堀元さんは教訓を何も引き出していないとツッコみ、水野さんが日本式教育の敗北だと責任転嫁する掛け合いもありました。
イランの合理性は、なぜアメリカと逆なのか
イランでの合理的な行動は、宗教が示した規範に従って生きることだと水野さんは説明します。歴史は変えようがなく、神の目的に向かって進み続けているからです。
彼らにとっては長い歴史から導き出された知恵とか、宗教が示す絶対的な真理に比べて、個人が生きる時間なんて短すぎるんだと。
堀元さんがカルヴァン ── 16世紀の宗教改革者。救われるかどうかは神によってあらかじめ決められているとする予定説で知られるの予定説に例えると、水野さんは宗教を安易に似ていると例えると大怪我をすると距離を取り、「仲間を売るな」と言い合う一幕もありました。
短いタイムスパンで小さく区切り、個人の目的に基づく合理性を重視する(主観的・結果重視)
長い歴史と宗教の真理から学ぶことを合理的とみなす(客観的・結果重視)
それが「論理的」とどうつながるのか?
堀元さんは、価値観の違いの話は聞いたが、「論理的思考という言葉が指すものが地域で違う」という冒頭の問いの答えになっていないのではないかと指摘します。
水野さんの答えは、論理的な表現で一番大きいのは作文だという点です。メールで何をなぜやるのかが書かれていないと非論理的に感じるのは、作文の型で「これが論理的な構成だ」と習い、疑わずに使っているからだといいます。
そういうもので魅力的に感じたり、正しい、良いと思われるものが違うんだっていう風に言い換えてもらったら分かりやすいかな。
堀元さんは仕事依頼メールで例えます。アメリカ式なら、目的とアクションが細かく分かれて意思決定しやすいメールが良いものです。フランス式なら、いい本の条件を示し、別の視点からの対立意見をぶつけたうえで依頼するメールが良いとされる、という想像です。
日本の典型的な作文は、序論で背景、本論で体験、最後に体験を経てどう変わったかを書く形で、堀元さんは過程を重視していると受け止めます。
わかりやすい例が、日本の大学のリアクションペーパーです。留学生は何を書けばいいのか戸惑い、東アジア出身の学生は授業内容を展開順に詳しく書き、アメリカなどの学生はテーマを決めて主張し、授業外の資料を付けてエッセイのように書く傾向があるそうです。
結論ファーストはアメリカナイズ?
堀元さんは、日本の作文教育と、大人になって急に言われる「結論ファーストで話せ」は相性が良くないのかもしれないと気づきます。水野さんも、本を読んでアメリカナイズされていると感じたといいます。
誰かから話聞く時に、まず私はこういうものですっていうスライドが1枚目にあると、その話どうでもいいから何主張するか喋ってくれねえかなって思ったりもすることもなくないですよね。
堀元さんは特定の人物やイベントを指しているわけではないと念押ししつつ、自分がかなりアメリカナイズされていると認めました。水野さんは、日本にいながらアメリカ式をスタンダードとして主張しているのではないかという点を、次回の論点の1つに挙げます。
水野さんが考え始めたのは「上手に話すとは何か」という問いです。ポッドキャストでもアメリカ式の構成ばかりが受けていて、自分もどちらかといえば結論から話しているため、どこで改造されたのかを次回話したいといいます。
4つのスタイルとどう付き合うか
水野さんは、各国の歴史教育と作文教育からその地域の論理性・合理性を示す本の発想を画期的だと評します。渡辺先生は社会学や比較教育を専門とし、過去の著書『「論理的思考」の社会的構築』と『納得の構造』を踏まえて整理し直したのがこの本だと水野さんは理解しています。
どのスタイルが良いのかについて、渡辺先生の結論は場面ごとに違うというものです。
| 場面 | 有効なスタイル | 理由・例 |
|---|---|---|
| 経済領域 | アメリカ式 | ビジネスなど |
| 政治判断 | フランス式 | アメリカ式で行うとまずい |
| 日常の共同体 | 日本式 | 日常の人間関係 |
大事なのは、4つの思考表現スタイルがあると知り、背後の原理を理解したうえで、どこで有効かを考えることだと水野さんはまとめます。
結論ファーストで喋れよっていうのをめちゃくちゃビジネスの現場ではいいと思うんだけど、それ友達関係にやたら持ち込むとね、ギスギスしますもんね。
水野さんは、日本式の作文教育や歴史教育の話はこの回ではしていないため、結論だけでなく論理を追って本を読んでほしいと呼びかけます。堀元さんも「過程に重きを置くフランス式でいきましょう」と応じました。
次回は室越さんを迎えて議論へ
次回は本の感想をもとに自由に話す回で、ライター・リサーチャーの室越雄之介さんがゲストとして参加します。この本を水野さんに教えたのが室越さんで、2か月ほど水野さんの家に居候していたときに紹介してくれたそうです。
室越さんを呼んだもう1つの理由は、水野さんと堀元さんとは違う合理性と論理性を持っていそうだからです。2人だけでは同質性が高すぎるので、違う視点を持ち込んで本を多層的に理解したいといいます。
堀元さんは、室越さんとの初対面で「だらだら話す人だ」と感じてつまらなそうな顔をし、室越さんを落ち込ませたエピソードを明かします。水野さんは、次回は堀元さんの「結論から話せハラスメント」を禁じると宣言しました。
まとめ
この回は、「論理的」「合理的」という感覚が普遍ではなく、作文教育と歴史教育によって国ごとに形作られるという本の主張を、アメリカ・フランス・イラン・日本の例で紹介しました。結論ファーストへの違和感も、その視点から見直せるかもしれません。
- 本でいう「論理的」は論理学の推論ではなく、日常で「妥当な説明がついている」と感じるかどうかを指す
- アメリカは結論先行の作文と短い因果を学ぶ歴史授業で、手近な目標に結びつく行為を合理的とみなす
- フランスは弁証法の小論文で手段と型を重視し、イランは宗教と長い歴史から教訓を引き出すことを重視する
- 4つのスタイルは連続的なもので、経済・政治・日常の共同体など場面ごとに有効なものが違う
- 大切なのはスタイルの存在と背後の原理を知り、どこで有効かを考えること




