新生児室で「どの赤ちゃんがいい?」と聞いた3歳児
ゆる言語学ラジオの定例コーナー「赤ちゃんミステイクアワード」は、子どもの言い間違いや可愛らしい発言を言語学の知識で深読みする企画です。この回は、慶應義塾大学の今井むつみさんをゲストに迎えています。
最初に水野さんが紹介したのは、コンベックスさんからの投稿です。弟が生まれたとき、当時3歳だった次男は父親に「赤ちゃんのお店に行くの?」と聞き、病院のガラス張りの新生児室に着くと「どの赤ちゃんがいい?」と尋ねたそうです。
やべえ。
この次男は新生児室をお店のショーウィンドウと同じものだと考えていて、父親が「お母さんが産んだんだよ」「連れて帰る赤ちゃんはもう決まってるんだよ」と説明しても納得せず、自分が選びたいとだだをこねたといいます。
でもだから新生児室のさ、子供がずらっと並んでるのをさ、確かにペットショップのショーケースと全然構造的には一緒だもんね。
最終的に父親は「神様とお母さんが先に選んだから、あとは連れて帰るだけ」と説明し、次男はそれで納得したそうです。水野さんは、仕組みではなく神様を持ち出すと納得するところに、子どもの本質や人類の歴史との重なりを感じたと話します。
今井さんはこれを受けて、科学が発達した今でも宗教は世の中を強く動かしていると指摘しました。アメリカの議会で聖書に手を置いて宣誓する例にも触れ、赤ちゃんの体験は人間の本質を映し出すからこそ、いくらでも深い話にできるのだと語っています。
「ダイダイ!」は禁止の言葉?名前が教えるガヴァガイ問題
次は堀元さんが紹介した、プルプルソーダさんからの投稿です。2〜3歳の大樹くんは、抱っこされたくないときなど、人の行動を止めたいときに「ダイダイ!」と叫んでいたそうです。
大樹くんは家でも保育所でも「ダイダイ」と呼ばれていて、何かいけないことをすると保育士さんに「ダイダイ、ダメだよ」と叱られていました。その結果、大樹くんは「ダイダイ」を禁止を表す言葉だと学習してしまったようです。
今井さんはこれをガヴァガイ問題 ── 哲学者クワインが示した思考実験。未知の言語で「ガヴァガイ」と言われても、それがウサギ・白さ・跳ねる動きのどれを指すのか一意に決められない、という問題ですだと指摘します。水野さんは、ウサギを見た現地の人が「ガヴァガイ」と言っても、それがウサギなのか、白いことなのか、跳ねていることなのか決められない、と説明しました。
だいだいって必ず自分が何か禁止されている時に言われてるんだったら、その状況全体に対してだいだいっていう言葉を当ててるって考えた方が合理的ですもんね。
今井さんは、目の前の場面全体に名前をつけるのが一番直感的なのに、言語はそうならないと話します。子どもは場面のほんの一部を切り取り、抽象的な基準で同じ名前を広げていかなければならず、言語は子どもにそれだけ無理なことをさせているのだといいます。
呼び名
家でも保育所でも「ダイダイ」と呼ばれる
叱られる場面
「ダイダイ、ダメだよ」と強い口調で言われる
推論
場面全体から「ダイダイ=禁止」と結びつける
使用
人の行動を止めたいときに「ダイダイ!」と叫ぶ
水野さんは、今井さんと作った本『きょう、ゴリラをうえたよ』に載っている似た例も紹介しました。普段は「ユウちゃん」と呼ばれ、叱られるときだけ「ユウイチロウ」と呼ばれていた子が、父親に怒ったとき、低くゆっくり「トウイチロウ」と言ったという話です。
これ面白いよね。怒りを表す造語成分としてイチロウがあると思われる。
堀元さんは、褒めるときにも「ダイダイ」と呼ばれていたはずなのに禁止の意味だけを覚えたのは、語気の強さが関係しているのかもしれないと推測します。水野さんも、低く大きな声のような韻律の特徴が学習を引っ張った可能性はありそうだと応じました。
投稿にはもう一つ謎が添えられていました。「ダイダイ」は半年ほどで消えたものの、その後「ダメジン」という由来不明の言葉が現れ、本人に聞いてもわからなかったそうです。今井さんは、アニメなどで耳にした言葉のかけらを遊びでくっつけたのかもしれない、子どもは言葉でよく遊ぶから、と話しています。
「猫型ロボット」が罵倒語になった理由とは
水野さんによると、番組では意味のわからない子どもの発言について「わかる人はコメント欄で教えてください」と呼びかけると、本当に謎を解く名探偵が現れるそうです。前回紹介したのは、罵倒するときに「猫型ロボット」と言い、さらに強く罵倒したいときは「猫型ロボット、ブタ」と言う子どもの例でした。
ドラえもんだとしても、なんで猫型ロボットが罵倒になるのかよくわからないじゃないですか。
コメント欄の名探偵の説明はこうです。ドラえもんはタヌキと言われると「猫型ロボットだ」と怒るため、子どもは「猫型ロボット」を怒りを表す言葉だと受け取ったのではないか。さらにドラえもんは強く怒ると「猫型ロボットだよ。バカか君は」と罵倒を付け足すため、子どもは「ブタ」を後ろに付けたのではないか、というものでした。
観察
ドラえもんがタヌキ扱いされて「猫型ロボットだ」と怒る
一般化
「猫型ロボット」=怒りを表す言葉と受け取る
観察2
強く怒ると罵倒の言葉を後ろに付け足す
応用
「猫型ロボット、ブタ」でさらに強く罵倒する
今井さんは、子どももアブダクション ── 観察した事実から、それをもっともらしく説明する仮説を立てる推論のこと。仮説形成や仮説推論とも呼ばれ、今井さんが言語習得の鍵として重視する考え方ですをしているし、それを解き明かした大人も見事なアブダクションをしている、と評しました。水野さんも、子どもは不可解な発言をしていても、実際には合理的に考えていることを本でも強調したと話します。
話は「ダメジン」に戻り、今井さんは「ダメジンって言われた方が本当にダメな感じがする」と面白がりました。水野さんは「ジン」から「人」の字が浮かび、ダメ人間と言われている気がすると語っています。
ダメジンって言われると、俺ダメだな、ダメ人間だよな。確かに昨日も10時に起きたしなとか思うんで。
お墓参りで「ハッピーバースデー」と言った子ども
続いて今井さんが紹介したのは、「また来てね」を玄関での挨拶だと思い込み、友だちが来たときも帰るときも「また来てね」と言う子どもの例です。今井さんは、言葉を場所に結びつけてしまうのはとてもありがちなことだと話します。
今井さんがリストの中で特に可愛くてハッピーになると感じたのが、お墓参りで「ハッピーバースデー」と言った子どもの例です。誕生日ケーキにはろうそくが立つため、その子は「ろうそくがあるとハッピーバースデーと言う」と、状況と言葉を結びつけたのだろうと今井さんは解説しました。
お墓参り行くとね、どうしてもしんみりするんですけどね。ハッピーバースデーっていうのは、多分みんなもう意表を突かれたというか。
水野さんは自分の姉の話を持ち出します。姉は旅行先に着いた時点で、ずっと「また来たい」と言っていたそうです。
だからなんか慣習的にまた連れてってとか、また来たいねって帰り際にしか言わないってことになってるけど、字義通りに考えたら別に最初に言ってもいいわけじゃん。
堀元さんは、「また来ようね」には評価が含まれているのだと反論します。遊園地のあとにレストランへ行く予定があっても、遊園地を出た時点で「また来ようね」と言うのは自然で、楽しかったという評価が終わった後だからこそ言えるのだ、という考えです。
終わって楽しかったっていうのがかなり含意されてるんだよ。また来ようねには。だからやっぱ冒頭で言うの変なんじゃないかな。
水野さんは、子どもには旅行全体の見取り図がないので、着いた瞬間に楽しければもうまた来たくなるのだろうとまとめました。
ピースサインは年齢?人差し指の名前は「いち」?
山鳥さんからの投稿は、ピースサインの話です。お子さんは2歳ごろにピースサインを覚えたため、写真を撮るときは自分の年齢を手で示すものだと勘違いし、3歳では3、4歳では4を出していたそうです。4歳の途中で急に腑に落ちたようで、それ以降はピースサインだけになったといいます。
危なかったね。5歳になってたらもうただの「先生」みたいな。全然情報ないやつになる。
今井さんはこれに似た例として、ぶつけた指を「いちいたい」と言った子どもの話を紹介しました。大人は「1番」「1個」と言うときに人差し指を立てるので、その子は人差し指の名前が「いち」だと思ったのだそうです。今井さんは、これも典型的なガヴァガイ問題だと話します。
堀元さんは、小指をぶつけたらどう言うのかと疑問を投げかけ、指ごとに使う場面へ結びつけているなら、小指は指切りの「約束」や、「お前のこれか?」の「愛人」になるのではないかと冗談を飛ばしました。
親指・人差し指・薬指、指の名前はバラバラ?
水野さんは、指にそれぞれ名前があること自体が当たり前ではないと補足します。具体例は覚えていないとしつつ、親指には名前があっても小指にはなく、聞いても「指だよ」と返ってくるような言語もあるそうです。
ここで堀元さんは、小学生のころ指の名付けに納得がいかなかったと打ち明けました。指の名前は、それぞれ別々の基準でつけられているというのです。
親指はさ、指を例えてるわけでしょ、親に。太いから親だなみたいな。
人差し指はさ、用途でさ、中指は位置でさ、薬指も用途で、小指はサイズじゃん。もうめちゃくちゃだよね、レイヤーが。
| 指 | 名前の基準 | 堀元さんの見方 |
|---|---|---|
| 親指 | たとえ | 太いから親にたとえている |
| 人差し指 | 用途 | 人を指す使い方から |
| 中指 | 位置 | 真ん中にあるから |
| 薬指 | 用途 | 薬を塗るとされるが納得できない |
| 小指 | サイズ | 小さい指だから |
今井さんも「なんで薬指で薬を塗るの?塗るなら人差し指の方が便利じゃない?」と疑問を示しました。水野さんは、西日本では薬指を「紅指」と呼ぶ傾向があると紹介しています。
結局、薬指はほとんど使わないという話になり、水野さんが「結婚したら指輪指じゃん」と提案すると、今井さんも「一番使うのは指輪だよね」と賛同しました。
「1」と「色」はなぜ子どもにとって難しいのか
今井さんは、「いちいたい」の話は自分にとってとても深いエピソードだと話します。「1」という数そのものは誰も見ることができず、見えるのは1個のリンゴや1本の指だけだからです。大人が指を立てて「いち」と言うので、子どもは指のことだと思ってしまうのです。
水野さんは、「1」は2以上の数がないと学べないのではないかと考えます。
リンゴが2個ってのがあって、それに対して、あ、じゃあこれがリンゴ1個なんだってなるけど、1ない状態ってただのリンゴじゃん。
今井さんも、日常では「リンゴ1個あるよ」とは言わず「リンゴあるよ」と言うので、ますます1は難しいと応じました。英語でも「one apple」より「an apple」と言うため、「one」はかえって聞く機会が少ないかもしれないといいます。
今井さんによると、英語には可算名詞 ── 数えられるものを表す名詞。英語では単数ならaやanを付け、複数なら語尾にsを付けるなど、文法の形で数を区別しますと不可算名詞の文法的な区別があり、子どもはそこから数の概念を身につけると主張する発達心理学者や哲学者もいるそうです。
aを付けるもの、sを付けるもの、何も付けないものという文法の区別がある
可算・不可算を文法で明示せず、子どもが気づく手がかりが少ない
今井さんは、日本の子どもは数えられる「物体」と数えられない「物質」の違いがわかっていないのか、実験で確かめたそうです。区別できていなければ、「肉」と教わったあとに、こんにゃくステーキまで肉だと思ってしまうかもしれません。
実験の結論は、日本の子どもも文法で区別しなくても、物体と物質の違いはわかっているというものでした。それでも「1」は子どもにとって非常に難しく、誤解しまくるのだと今井さんは話します。
水野さんは、色も数に似ていると付け加えました。赤いものと黄色いものを見せても、子どもは「赤」を大きさのことだと受け取るかもしれません。今井さんも、色は色見本でもない限り、それだけを取り出して見ることはできないと指摘しています。
3言語で育つ子の「クロコディールねんねバイリバー」はボケ?
酔いどれ下戸さんはドイツに住む日本人で、夫とは英語で会話しています。3言語が混ざる環境で育つ2歳9ヶ月の息子さんについて、次のような投稿を寄せました。
3言語が入り交じる環境で育っているため、息子はごちゃごちゃになっているようで、この前「クロコディールねんねバイリバー」とドイツ語、日本語、英語が全て混ざった文を出してきました。これ一体いつ区別できるようになるんでしょうね。
「ワニが川のそばで寝ている」と言いたかったらしいこの文について、今井さんは「ふざけて言ったんじゃないのかな」と答えました。バイリンガルやトリリンガルの子どもは、最初から言語を分けるのがとても上手で、1つの文で3言語を混ぜるという話はあまり聞かないといいます。
ただし今井さんは、3言語を覚えるのが楽だという意味ではないと念を押します。モノリンガルと同じ速さで3つを並行して覚えられるわけではなく、習得は遅くなり、苦労もするそうです。
音が似ている単語などを、別の言語から借りてきてしまう
構文そのものを混ぜて、文がぐしゃぐしゃになる
この紅茶美味しいねって言いたい時に紅茶が出てこなくて、このティー美味しいねって。
今井さんは、そうした単語の入れ替えはよくあるが、構文自体が崩れるのは聞いたことがないと話しました。堀元さんは、お子さんはボケていた可能性が高いので「ごちゃ混ぜやないかーい」とツッコむのが正しい反応だったのでは、と締めくくっています。
「出る」も「入る」も同じ言葉になるのはなぜ?
最後に今井さんが紹介したのは、お風呂の湯船に入るときも出るときも「入る」と言う子どもの例です。部屋を出たいときも「入る」と言っていたようです。
今井さんは、これは不思議ではないと話します。子どもの目から見れば、どちらも足でまたいで移動する同じ動作です。境目はどこにも書かれていないのに、言語は空間を内と外に区切り、内から外が「出る」、外から内が「入る」になるのだといいます。
外から内へ移動する。動作はまたぐだけで同じ
内から外へ移動する。区別には視点が必要になる
動作にちゃんと注目できてるっていう時点では、むしろ素晴らしいことなんですよね。
今井さんはこれに強く同意し、子どもは動作には注目できているが、言語の抽象性や視点 ── 話し手がどこに立って出来事を見ているかという位置づけ。「入る」「出る」「行く」「来る」などは、同じ動きでも視点によって使い分けが変わりますの問題が効いていると説明しました。視点はどこにも書かれていないので、動作だけを見ていても「入る」と「出る」は区別できません。
だからその親指の命名規則にキレてる場合じゃないんですよ。入る出るっていう動詞の理不尽さにキレてほしい。
堀元さんは、千原ジュニアさんが「出入り禁止」は変だと話していたのを思い出します。店で粗相した人はいま店の中にいるので、「出」を禁じたら永住してしまう、という指摘です。
水野さんは、店から見ても客から見ても「入る」になる視点の取り方もあると返しました。堀元さんはそこから、屋外を自分の領域とする「外の命」という神の視点を考案し、カフェから出ると外に「入る」ことになるので「出入り禁止」は成立する、と悪ノリしています。
書籍『きょう、ゴリラをうえたよ』は読むと戦争がなくなる?
番組には子どもの言い間違いを募るフォームがあり、投稿は1300件ほどに上っているそうです。その中から厳選した80個に解説と可愛いイラストを付けた書籍『きょう、ゴリラをうえたよ』が、収録の翌日の7月31日に発売されると告知されました。監修と解説は今井さんが担当しています。
水野さんは、今井さんがゲラに寄せたコメントに驚いたと話します。「子供の頃は少ないインプットを元に法則性を見出して言葉を覚えます」という文に、今井さんから「インプットは一般の方は分かりますか?」と赤字が入ったのです。
普通今井先生の原稿に対して僕がインプットちょっと分かりづらいですねって言われるはずなのに、逆転してて。
水野さんは、それくらい目線を落として言葉遣いに配慮したので、専門知識がなくても読めるし、頑張れば子どもでも読めると話しています。
今井さんは、この本を戦争をしている国々のリーダーに献本したいと語りました。戦争をする人は気持ちがささくれ立っているので、赤ちゃんの言葉に耳を傾け、自分にもこういう時期があったと思えば、戦争をする気がなくなるのではないか、という考えです。
水野さんは、忌野清志郎さんがエッセイに書いた「ユーモアがない奴が戦争を始めるんだ」という言葉を紹介し、この本はユーモアを取り戻せる本かもしれないと応じました。今井さんは、大人は誰でも気持ちがささくれ立つことがあり、そんなときに1エピソードでも読めば少し和らぐはずだと話しています。
本の感想や、読んで思い出したエピソードをXに投稿するときのハッシュタグは「#ゴリラうえ」に決まりました。「ゴリラうえ」が何を意味するのかは、本書を開いて確かめてほしいとのことです。
まとめ
この回に登場した言い間違いは、どれも子どもが限られた手がかりから、筋の通った推論で言葉の意味を決めていることを示していました。今井さんは、場面の一部を切り取って抽象的な基準で名前を広げるという、言語が子どもに課している難しさを、ガヴァガイ問題として何度も指摘しています。
- 「ダイダイ」や「猫型ロボット」は、言われた場面全体から言葉の意味を推測した結果と考えられる
- お墓で「ハッピーバースデー」、玄関で「また来てね」は、言葉を状況や場所に結びつけた例
- 「1」や色は単独では見られないため、子どもにとって習得が非常に難しい
- 多言語環境の子どもは単語を借りることはあっても、構文を混ぜることはあまりないと今井さんは話す
- 「入る」と「出る」の区別には、動作ではなく視点の理解が必要になる

