ミニカーに乗り込む1歳児は何を考えている?
水野さんが最初に紹介したのは、1歳から2歳ぐらいの子どもに報告されている不可解な行動です。ミニカーに乗り込もうとしたり、おもちゃの服を着ようとしたりする現象で、これは「スケールエラー」と呼ばれています。
いや、無理だろ。スケール分かってないだろお前。
スケールエラーの原因を推理するよう求められた堀元さんは、まず自分の体の大きさが変わったように感じる錯覚を持ち出して笑いを取ります。そのうえで、子どもは自分の体のサイズがわかっていないのではないかと、素直な仮説を出しました。
水野さんはここで、スケールエラーの説明に「言葉」が関わっているとしたらどう思うかと問いかけます。堀元さんは、ミニカーに乗るのは身体感覚の話なので言葉は関係ないはずだと返し、ここから謎解きが始まります。
そんなわけないじゃないですか。ミニカーに乗り込もうとするやつ(と言葉は)関係ないでしょ。身体感覚の話なんだから。
本題の前には、子どもの変わった行動の例として、土を口に入れたり砂場で寝転んだりする話も出ます。堀元さんはランニング中の公園で、砂場に何度もダイブする子どもに、ついに父親が「あーくそ」と叫ぶ場面を見たと語り、休憩にならなかったと振り返っています。
ただ水野さんによれば、砂遊びや虫取りは記憶をたどっても楽しいものとして理解できる一方、おもちゃの服を着ようとした記憶はないといいます。トミカ好きだった水野さんでも、おもちゃの車に乗り込もうとはしなかったそうです。
言葉の上では「靴」と「履く」が同じもの?
水野さんが紹介するのは、大阪大学の萩原博通先生の研究です。大量のデータからスケールエラーがどの時期にどれくらい起きるかを明らかにし、大阪大学のサイトでは、単なるおかしな行動ではなく、抽象的な能力の発達過程で生じる意味のある行動だと紹介されています。
堀元さんは「ミニカーに乗り込むことが成長に必要とは思えない」と首をかしげます。そこで水野さんが示した萩原先生の仮説の出発点は、子どもにとってモノと行為は未分化なのではないかという考え方です。
水野さんの例えはこうです。靴を「クック」と呼ぶ家庭では、靴を履くときにも「クック」と言ってしまいそうです。子どもは名詞を習うときに、動詞的な意味もまとめて覚えている可能性があるといいます。
「まんま」が「食べる」と「ご飯」の両方を指しているかもしれないと。
実験の例もいくつか紹介されます。生後10ヶ月ほどの、まだ話さない赤ちゃんにバナナと積み木を並べて「食べる」と聞かせると、バナナの方をよく見るそうです。堀元さんはこの統計的な結びつけ方を「AIみたい」と表現し、水野さんは「人工知能じゃなくて知能です」と返しています。
2歳の子どもは「パパをゴシゴシして」は理解できても、「帽子をゴシゴシして」は理解できないといいます。解釈の一つは、帽子を「かぶる」という行為として理解しているので、何を言われているのかわからなくなるというものです。
さらに、ボールと人形を置いて「お人形さんポーンしてごらん」と言う実験では、19〜20ヶ月ごろまでの子どもはボールを投げてしまいます。2歳半ごろになると人形を投げる理解もできる一方、ボールを人形に向かって投げる解釈も出てくるそうです。
これはやっぱりポーンするっていうのが、ボールっていうのと分かち難く結びついていることを示してるように見えるわけです。
堀元さんはこの現象を、プログラムの引数に例えます。「ポーン」の第一引数が強制的にボールで埋まっているため、人形は別の枠に入れるしかない、という理解です。
行為の切れ目はわかるのに、なぜ混乱する?
水野さんによると、子どもが行為という概念そのものを理解していないわけではありません。床のタオルを拾う途中で止まる映像と、拾い終えて止まる映像を見せると、子どもは途中で止まる方を注視するそうです。
この実験から、子どもは行為に始まりと終わりがあるまとまりだと理解していると考えられます。水野さんは、拾う・歩く・走るといった基本的な行為は、どの言語も動詞として持つユニバーサルなものだと言っていいのではないかと話しています。
混乱が起きるのは、靴を使って履く以外のことをしたときです。靴を投げたり転がしたりして「クックをポイする」と言うと、子どもは「ポイはボールで、クックは靴を履くことでしょ」となり、クックの意味がわからなくなる時期が訪れるといいます。
2歳に近づくと、子どもは「クック」が行為と関係なくモノに使われているらしいと気づきます。堀元さんはこれを言語の運用における「ブレイクスルー」と呼び、2歳の子どもは皆イノベーションを起こしているのかと感心しました。
もっと言うと、靴とかも履くしか用途がないのが悪いっす、あいつら。
一方で子どもは、スプーンが食事のための道具だということも理解しているそうです。道具に目的があることは、2歳かそれより前からなんとなくわかっているといいます。
堀元さんは中学生のときの茶道体験を思い出します。抹茶をすくう茶杓を見た友人が「耳かきを転用してるのかな」と小声で言い続けていたそうで、用途を混乱している点で「あいつは2歳児か」と笑いに変えています。
「ブーブーだよ」はクライアントの無茶ぶり?
水野さんは、スケールエラーを解く材料はすでに出そろっていると告げます。堀元さんは、車には「乗る」が必ず伴うので、ミニカーを見て乗らなきゃと思ったのではと推理し、水野さんは「概ね合っている」と答えました。
最後の補助線は、声のかけ方の違いです。子どもにミニカーを見せるとき、「あれを見て」と言うより「ブーブーだよ」と言ったときの方が、スケールエラーは起きやすいそうです。
つまり大人から例えばブーブーっていう単語を聞くと、俺乗り込めって言われてる?ってなってる可能性があるってことですよ。
同じように「お洋服だよ」と言われれば、着なければいけないと受け取るわけです。堀元さんはこれを、デザインの無茶な修正を求められたクライアントワークに重ねます。
いや無理だと思うけどなみたいな。あなたが言うなら一応やってみますけどねみたいな。
この仮説からは、スケールエラーが1歳半から2歳ごろに集中する理由も説明できます。2歳ごろから子どもは「ブーブー」や「クック」が行為ではなくモノを指していると気づき始めるので、その区別がごちゃごちゃな時期にこそエラーが出やすい、という筋道です。
モノと行為が未分化
「ブーブー」に「車」と「乗る」の両方の意味が入っている
大人が「ブーブーだよ」と言う
子どもは「乗り込め」と言われたように受け取る
ミニカーに乗ろうとする
体の大きさに合わないのでスケールエラーになる
2歳ごろに区別が進む
「ブーブー」はモノを指すと理解し、エラーが減る
堀元さんは、フリーランスになりたての20代半ばに先輩から教わったテクニックを思い出します。無茶な修正依頼には従うポーズだけ取り、前より3ランク下のものを出すと元の案が通る、というものでした。
え、俺2歳の時やってたじゃん、一応。
もっとも水野さんは、大人がクライアントの修正指示でミニカーに乗り込んだら怖い、と類推の間違いにツッコミを入れています。
英語の「paint」や「book」は子どもに不利?
水野さんは話を他の言語に広げます。英語では「paint」が「塗る」と「絵」の両方を意味するように、同じ綴り・同じ発音で名詞と動詞を兼ねる単語が多くあります。
クックなんすよこいつ。
| 単語 | 名詞の意味 | 動詞の意味 |
|---|---|---|
| paint | 絵、絵の具 | 塗る |
| book | 本 | 予約する |
| picture | 写真 | 写真を撮る |
| water | 水 | 水をかける、水を飲ませる、灌漑する、水で薄める |
堀元さんは、英語話者の子どもの方が不利なのかと尋ね、水野さんは「不利だと思う」と答えつつも「知らないけれども」と留保しています。日本語でも「氷」と「凍る」のように近い形はありますが、動詞はう段で終わる制約があるため、同じ形にはなりにくいといいます。
水野さんはさらに、カナダのバンクーバー付近の少数民族の言葉であるヌートカ語 ── 北米太平洋岸、カナダのバンクーバー島周辺の先住民の言語。話者が少なく消滅の危機にあり、言語学者サピアの研究でも知られますも同様だと紹介します。世界の言語には、名詞と動詞を見た目で区別しないものが普通にあるという話です。
堀元さんは「例が英語とヌートカ語ってすごくない?」とツッコミ、水野さんは中国語もそうではないかと言いながら、中国語は詳しくないので自信がないと認めています。ヌートカ語は本に載っていた例だったため確信があったそうです。
ミニカーに乗れない失敗は、最初の仮説修正?
水野さんが強調するのは、スケールエラーが2歳以降にぐっと減るという点です。減るためには、子どもが自分の体で「乗り込めない」と体験し、「ブーブー」の理解がおかしかったと仮説を修正しているはずだといいます。
堀元さんはクライアントワークの比喩を続け、無茶ぶりをしない相手だと思うからこそ、別の意図があるのではと考え直した結果、「ブーブー」は「乗る」ではないと気づけるのだとまとめました。
水野さんは、以前の今井先生の回でも話した「仮説修正」とのつながりを挙げます。堀元さんは、人間はアブダクション ── 観察した事実を説明できそうな仮説を大胆に立てる推論の方法。当たることもあれば外れることも多く、検証と修正が欠かせませんで大胆に仮説を立てられるが、訂正する力とセットで必要だという話を思い出しています。
だからスケールエラーっておバカな行動なんじゃなくて、身体を使って仮説検証をして、体とその世界を取り巻く言葉の調整をしてるってことですよ。
水野さんは、スケールエラーはすべての子どもがする行為ではなく、しないまま言葉を習得する子もいると補足しています。それでも一部に確かに見られる行動だといいます。堀元さんは、子育て中のリスナーが「あ、スケールエラーだ」と感動できる話だと評価しました。
大阪大学のサイトには、ミニカーに足を突っ込む子どもの映像も載っているそうです。二人は、この場面にも「ブーブー」と無茶ぶりするクライアントがいるのだろうと笑っています。
話はさらに脱線し、堀元さんは足が25センチなのに、ボウリング場でかっこつけて26.5センチと申告してしまうと告白します。水野さんは、大きいものに入るのはスケールエラーではなく、やるなら小さい靴に足を入れようとしないと、と科学的に却下しました。
子どもの不思議な「行動」も集めたい理由
水野さんは、番組が子どもの言い間違いを集めている投稿フォーム「JAPAN AKACHAN'S MISTAKE AWARDS」で、言葉だけでなく行動も募集したいと話します。スケールエラーのように、子どもの不思議な行動が言葉の発達に示唆を与えることがあるからです。
堀元さんが例として挙げたのは、男の子が写真を撮られるときに股間を触っている率が高いという話です。自分の記念写真でも友人のアルバムでも見られ、どちらも5歳ごろだったため、その年齢に一番興味が向く時期があるのではという仮説を立てています。
水野さんは、以前フォームに届いた例として、ピースサインを年齢を示すものだと思い、3、4、5と1年ずつ指を増やしていた子どもの話を紹介します。堀元さんは「いい行動系のエラーだね」と応じ、行動の投稿も呼びかけました。
発達心理学者はなぜ一般書を書いたのか
今回の参考文献は、萩原先生の『子どもとめぐることばの世界』です。語彙や文法など言語らしい章立ての本ですが、著者は言語学者ではなく発達心理学の先生で、水野さんは読んですぐ発達系の先生だとわかったといいます。
水野さんはスケールエラーの章だけ特に面白く、ページを強く折っていたそうです。献本を受けて感想を送ったところ、ちょうどその部分が萩原先生自身の研究だったとわかりました。
元になった論文は、日本や海外の過去の複数の研究で集められた528名分のスケールエラーデータを統合し、統計モデルを当てはめたものです。論文そのものには、モノと行為の区別についての仮説は書かれておらず、本の中で提示されているそうです。
あとがきに書かれていたのは、研究に時間がかかるという悩みでした。協力してくれるのは1〜2歳の子どもですが、論文が出るころには小学校入学直前になり、保護者の悩みも変わっているため、研究の知見を現場にお返しできないジレンマがあったといいます。
オタクのお子さん、ミニカーに乗り込もうとしてたのはこういう理由ですよとか、今言っても、うちの子も6歳ですけど、もう今妖怪ウォッチに夢中ですけど、みたいなことが起こるわけですね。
だからこそ、一般の人も読める形で研究を還元する本を書いたのだと水野さんは紹介します。スケールエラーの謎解きは、萩原先生が育児の現場に返したいことの一つでもあると考えられます。
子どもの言い間違いはウミガメのスープになる?
水野さんはもう一冊、子どもの不思議な言動を言語学的に謎解きする『きょう、ゴリラをうえたよ』も紹介します。最近、この本はクイズに使えると気づいたそうです。
今回の回も、スケールエラーという謎の状況だけを示し、ヒントを出しながら堀元さんに結論へたどり着いてもらう構成でした。堀元さんは、状況だけ示して理由を当てる形式を「ウミガメのスープじゃん」と表現しています。
本の28番目の事例をもとにしたクイズは、中学生の兄が英語を勉強するのを見て、弟が兄を宇宙人ではないかと疑った、というものです。正解は、初めて見た映画が『スター・ウォーズ』で、日本語以外の言語はないと思い込み、英語を宇宙語だと思っていた、というものでした。
間違いってクイズであり、パズル的な要素があるんだなっていうのをこの回で初めて思いましたね。
子供にとっては合理的に行動しているので。
最後に二人は、子どものスケールエラーの体験談とともに、「うちの子はなかった」という声も募ります。どれくらいの比率で起きるのかがわからないからで、大きいものに入ろうとするパターンはあるのかという疑問も出ていました。
まとめ
ミニカーに乗り込もうとするスケールエラーは、体の大きさがわからない奇行ではなく、「ブーブー」のような言葉にモノと行為の意味が混ざっている時期に起きる可能性があります。乗れない体験を通じて仮説を修正し、名詞と動詞を切り分けていく過程だと考えると、子どもの不思議な行動も合理的に見えてきます。
- スケールエラーは1歳半〜2歳ごろに見られ、ミニカーに乗ろうとする、おもちゃの服を着ようとするなどの行動を指す
- 萩原先生の仮説では、子どもにとって「クック」や「ブーブー」はモノと行為が未分化で、「ブーブーだよ」と言われると乗り込めと受け取りうる
- 2歳ごろにモノと行為の区別がつき始めると、スケールエラーは減っていく
- スケールエラーは、体で試して失敗し、言葉の理解を修正するごく初期の仮説検証と捉えられる
- 英語のpaintやbookのように、名詞と動詞を見た目で区別しない言語も世界には普通にある

