「考え事をしない」水野さんが思索を止められなくなった本とは?
水野太貴さんは、ゆる言語学ラジオを始めてから、自分が多数派ではない部分に気づくことが増えたと話します。水野さんはもともと、多数派の属性を大量に掛け合わせた人間だと自分を見ていました。
水野さんが最初にマイノリティかもしれないと感じたのは、考え事をあまりしないという特性です。知人にそう伝えたところ、「人である意味がないですか?」と聞かれたというエピソードは、番組内で流行語のようになりました。
ちょっとある別の側面で、自分はもしかしたらマイノリティなのかもしれない、マジョリティじゃないのかもしれないと思った経験があるので、これについてちょっと調べたんですよ。
水野さんはその「別の側面」について本を読み、考え事をしないはずの自分の思索が止まらなくなったといいます。今回は番組で定期的に訪れる「どうしても喋らせろ雑談回」として、その本の話をする回になりました。
絵で考える人と言葉で考える人は、脳の使い方が違う?
水野さんが紹介したのは、2023年7月に出た『ビジュアル・シンカーの脳 絵で考える人々の世界』です。堀元見さんは初めて聞いた本でしたが、水野さんは非常に興味のあるジャンルだったため、発売後すぐに買ったそうです。
水野さんによると、この本はまず思考者を視覚思考者 ── 言葉よりも視覚的なイメージを使って考える人。本書では英語のビジュアル・シンカーにあたる概念として扱われていますと言語思考者に大きく分け、視覚思考者をさらに2つに分けています。
絵のようなもので考える
パターンや抽象的な概念、図で考える。AからBへの遷移やBにCが含まれる関係など
堀元さんは空間視覚思考者のイメージを「ベン図みたいなもの」と受け取りました。水野さん自身は、この分類の理解が正確かどうかはわからないと断っています。
水野さんがこの本を手に取った背景には、この1年ほど続けていた「考え事の聞き取り」があります。水野さんが考え事をしないと話すと、周りの人が自分の考え方を教えてくれるので、その中身をたくさん聞いていたのです。
ところが、聞き取りの中で急に話が噛み合わない人が一定層いました。水野さんはこの本を読んで、その人たちが視覚的に考える人たちだったと整理できたといいます。
本の中には、ビジュアルシンカーとは脳が視覚の回路を使って情報を処理する思考プロセスだという説明があります。水野さんは日本の研究として、有名な寺、12星座、個人的な会話を交互に思い出してもらい、神経系の活動を測る実験を紹介しました。
その実験では、視覚的な像の主観的な鮮明度と視覚領域の活動に相関が見られました。視覚思考者はイメージを強く思い浮かべ、言語思考者は独り言のようなものを頼りに思い出していたそうです。
つまり俺だから(左脳型・右脳型が)実在してるかどうか自信なかったんですよ。
ただし水野さんは、実験で質的な違いがわかっても、その人たちがどんな世界を体験しているかというクオリア ── 赤い色の赤さのように、本人が主観的に感じる感覚の質のこと。外から測定しにくい体験の中身を指す哲学の用語ですまではわからないと指摘します。
頭の中の絵を言葉で伝えるのは、本当にサボりなのか?
水野さんは、聞き取りをした知人の言葉を例に出します。その知人によると、自分の思考内容は頭の中で絵を見ているようなもので、その絵を相手に見せたいのに見せられないため、伝えるのがとても難しいそうです。
知人は、絵を伝えようとすると結果的に何かの信念を伝える行為になってしまうが、本当に見せたいのは絵なのだと話していました。
うん、マジで俺そう思ってたし、なんならそれサボりだろって思ってた。言語化する努力しろよっていう。
堀元さんは、よく考える人はよく言葉にできるという趣旨の格言が古代ギリシャか古代ローマにあった気がすると話します。言葉にできないのはちゃんと考えていないからだ、という考えを今も少し持っているかもしれないと認めました。
僕ね、自分のね、悪い癖だなと思いつつ、ずっと変えられてないのが、喋りが上手い人が賢い人だと僕ずっと思ってるんですよ。
水野さんも同じ悪癖を直したいと思っていたと共感し、この本を読んで改心したと話します。そのうえで、堀元さんの考え方を変えることを今回の目標に掲げました。
堀元さんは、ビールを飲んだせいだと冗談めかしながら「喋るの下手な人アホなんちゃうか」と思っていることを繰り返し、水野さんが水を飲ませようとする掛け合いになります。
言語化できないのは努力不足ではなく、教育の偏りなのでは?
水野さんは、言語化が得意な人ほど、言語化できない人を努力不足だと考えたくなると話します。一方で『ビジュアル・シンカーの脳』は、言語化が得意なのは「たまたまお前が持ったタイプなんだ」という立場だと説明しました。
堀元さんは、頭ではなんとなくわかるが、心では腹落ちしていないと答えます。そこで水野さんは、この本をもとにした「アジテーション水野」としての自説を、本の主張とは区別して語り始めます。
水野さんの問いかけは、子どもの頃に絵を描かなかったか、というものです。堀元さんも水野さんも子どもの頃は絵を描いていましたが、小学校高学年あたりから描かなくなっていました。
子どもの頃
よく絵を描き、ビジュアルシンカー寄りだったかもしれない
教育を受ける
言語化が得意な方向へ育っていく
大人になって
ゴリゴリの言語思考者になる
水野さんは、自分たちが言語思考者になったのは教育のせいだと考えていると話し、これは本の主張ではなく自分の考えだと念を押しています。
本に書かれている具体例として、視覚思考者は代数が苦手らしいという話が出てきます。未知数Xが出てくる方程式は、絵や視覚的なイメージにしづらいからです。
僕はですね、代数が大得意でして、空間図形が大の苦手でした。空間を思い込めないから。
言語思考者か視覚思考者かを判定する18問テストの結果は?
本には、言語思考者か視覚空間型思考者かを判定する18問のテストが載っています。水野さんは、質問の書き方がふわっとしている不満があると断ったうえで、堀元さんに挑戦してもらいました。
堀元さんは1問目の「考えるときには言葉ではなく主に絵を使う」に即座に「いいえ」と答えます。
文を書くんだから。1万文字書きましょうよ。考える前に。それが全ての始まりでしょ。
2問目の「物事がわかるが、その方法や理由は説明できない」にも、堀元さんは説明することこそ知性の営みだとして「いいえ」と答えました。
とくに堀元さんが苦手なのは、7問目の「物体をいろいろな視点から思い浮かべることができる」です。高校入試の数学はほぼ満点なのに、空間図形の問題だけは落とし続けたといいます。
堀元さんによると、空間ベクトルは積が0なら直交するといった計算で処理できるのでまだマシで、大学入試の数学の方が得意でした。逆に高校入試の空間図形はイメージできないと解けないため、その8点は落とす前提で理科の満点でカバーする受験戦略を立てたそうです。
地図や道順に関する設問でも、堀元さんは「ドいいえ」です。道は8回行っても覚えられず、3回曲がると方向感覚がゼロになると話します。
三回曲がったらもうゼロになるから。
結果は「はい」が5個でした。10個以上なら視覚思考者で、水野さんも4前後、原著の担当編集者も4だったといいます。水野さんは、4や5なら疑いなく言語思考者と言ってよいとまとめました。
テストで有利な言語思考者は「ついている」だけ?
水野さんが本題として挙げたのは、著者が「視覚思考者はテストが得意ではない」と述べている点です。今の学校教育は、テストの点数が良く筋道立てて考えられる生徒に有利だから、視覚思考者が振るい落とされるという主張です。
堀元さんは、小学校の国語の朗読で、長いカタカナ語につっかえて変な目で見られていた同級生を思い出します。その子がビジュアルシンカーかは確定できないものの、水野さんは朗読や数学の文章題でつまずく例は考えられると応じました。
水野さんは、文章題が図で出題されていたら結果は違ったかもしれないと話します。今の教育では、テキストを自分で図に起こすところから始めなければなりません。
さらに水野さんは、自分の考えを絵にできる人が偉い社会に生まれていたら、自分たちは社会的にうまくいっただろうかと問いかけます。中学でオール5に近かった堀元さんも、美術だけはかたくなに3でした。
我々は言語志向者だと。そしてその言語志向者が設計した社会の中に我々が生まれ落ちたことで、言語志向者ゴリゴリの我々は社会的にそこそこうまくいっているんだという前提を確認しましょう。
言語化ブームや自己分析、MBTIがピンとこない理由
水野さんは、本で「言語化」がブームになっていても、その感覚や価値がまったくわからないと話します。堀元さんも、体得しているから学ぶ必要がないという感覚に同意しました。
水野さんがピンとこないものは、ほかに2つあります。1つは就職活動での自己分析です。モチベーションの源を知るために自分史を書くよう言われましたが、自分ではすでにわかっていると感じていました。
い、知ってるよって。俺が言語化した後にそれを書いてるから、お前がそこを読み取っただけでしょって。
もう1つはMBTI ── 人の性格を4つの二項対立の組み合わせで16タイプに分ける性格診断。「討論者」などのタイプ名でも親しまれています診断です。サポーターコミュニティで頼まれて水野さんも堀元さんも受けましたが、水野さんは自分がわかっている結論が出るだけだと感じていました。
診断結果は、堀元さんが「討論者」、水野さんが「幹部」でした。堀元さんは「幹部」の水野さんに使いっ走り感があるとからかい、焼肉で肉を焼き、サラダやクッパを取り分けてくれる姿を挙げます。
水野さんは、自分で答えた質問から結果が出るのだから当たって当然だと考えます。それでもMBTIやストレングスファインダーに熱狂する人が多いのは、みんなが自分のことをそれほど言葉にしていない、できていないからではないかと推測しました。
水野さんは、そこで大事なのは、言語化が上手いか下手かを優劣で考えてはいけないという本の主張だと話を戻します。
視覚思考者がいるチームはエラーを減らせる?
水野さんは、堀元さんを説得する材料として、視覚思考者を含むチームの方が重大なエラーを減らせるのではないかという本の議論を紹介します。部品の組み合わせからどこでエラーが起きるかに、視覚で考える人は気づきやすいという話です。
例として挙がったのが、Appleを創業したジョブズとウォズニアックです。2人は考え方が真逆だったとされ、水野さんはジョブズがおそらく視覚思考者側だと考えています。
本には、音楽家や、スピルバーグのような映画監督も含め、視覚思考者と言語思考者のコンビがうまくいった事例が多く出てくるそうです。
だから優劣じゃないんだと。ただ、なぜそれを優劣だと感じるかっていったら、言語化が得意な人間が社会階層の上にいて、それで設計をしている社会だからだっていう。
口下手なアーティストの作品から、堀元さんは何を感じた?
堀元さんは、4年ほど前なら言語化が下手な人は頭が悪いだけだと言っていたが、最近はそうではないと感じ始めていると話します。きっかけは、渋谷ヒカリエの上で開かれていた現代アーティストの企画展でした。
初日の空いた時間帯に行った堀元さんは、在廊していたアーティストたちにたくさん話しかけられました。作品はとても良いのに、本人たちは割と口下手で、メッセージが届きにくいのが惜しいと感じたそうです。
でもその人がいなくなった後に改めて作品だけじっくり見てたら、やっぱいいなってなって、買おうかなってなったりしたんですよね。
その経験から堀元さんは、言語化の能力とその人の能力は全然関係ないと改めて思ったといいます。今は説得を受け入れるフェーズだと話しました。
美術展のキャプションと作品、本質はどちらにある?
水野さんの知り合いで視覚思考者と思われる人は、美術展に行くのは、その画家がどう世界を見て考えているのかに「ログインする」ためだと話していたそうです。
言語思考者の2人は、ピカソ展に行けば経歴や背景を調べ、キャプションも全部読みます。水野さんは、視覚思考者にとってピカソの絵は、言語思考者でいえば思考を文字のエッセイにしてくれたようなものだと説明しました。
文字にしたら不完全になってるわけですよ。絵を見てなんか喋ってるわけだから。
キャプションや背景の解説を読んで理解した気になる
作品そのものから作者の世界の見え方を受け取り、言葉にする必要はない
水野さんは、視覚思考者が優位の世界なら、美術展にはエッセイが展示され、その意味として絵が添えられているはずだと逆転させてみせます。言語思考者はそのエッセイだけ読んで感動し、わかってくれる人がいないと感じているだろう、という見立てです。
水野さんは、絵で考える人は文字にできない人ではなく、絵のまま考えている人だとまとめます。その違いが優劣に見えるのは、言語化が得意な人が有利な社会で、教育の段階から劣等生とみなされ、適職に就けていない可能性があるからだと本は示唆しているそうです。
マジョリティとマイノリティが逆転したら「絵画化」の本が売れる?
堀元さんは、自分の好きな話として、色弱、今でいう色覚多様性の話を持ち出します。色弱とされる人は多数派とは識別できる帯域が違うだけで、割合が逆なら多数派の方が色弱とされていただろうという話です。
水野さんは、マジョリティとマイノリティをひっくり返すこの言説は、本の主張とも重なると応じます。そして、視覚思考者が優位の社会なら、堀元さんは「絵画化」というビジネス書を買っているはずだと冗談めかしました。
俺絵描けねえつってめっちゃ悩んで「絵画家」ってビジネスを大量に買い揃えてる。
絵画化できない人を馬鹿にする人に腹を立てる自分たちの姿は、視覚思考者が言語化の本を読んで感じる気持ちと変わらないだろう、と水野さんは話します。
水野さんは、社会的に成功している人こそ、調子に乗る前にこの本を読んで反省した方がいいと言います。人文書は、自分が偉いのではなく、相対的な評価は時代が作っていると感じさせてくれるところに魅力があるそうです。
言語化ハラスメントになっていないか?
水野さんは自分たちを「言語化ヤクザ」「言語化マッチョイズム」と呼び、自分の経験を語ります。『レ・ミゼラブル』を見て脚本家を目指した知人に、何がそんなに面白かったのか、他の作品との違いは何かを詳しく聞いたところ、とても怖がられたといいます。
言葉にすることが是だと思ってるので、その人に対して詳しく掘り下げて、なんなら一緒に言語化を手伝うことってのは是だと思ってたんですけど、これ違うんです。これね、ハラスメントなんです。
堀元さんも、サポーターコミュニティの交流会でボードゲーム好きの人に「他のゲームとの根本的な違いは何か」と聞き、「怖い」と言われた経験を明かしました。
水野さんは、就職活動で「なぜ他社ではなくこの会社なのか」を語らされるように、言語化は内面化させられていると指摘します。そのうえで、堀元さんが絵での感想を求められる世界を想像させました。
その世界では、朗らかな気持ちになった2つの作品にどちらも太陽を描いたら、「この太陽とこの太陽はどう違うのか」と問い詰められます。堀元さんは「怖いってなる」と即答し、自分たちのやり方も同じ「ゲンハラ」だと受け止めました。
好きな作品の他との違いを、言葉で説明するよう掘り下げる
2つの作品の感想の太陽がどう違うのか、絵で説明するよう求める
水野さんは、聞いてもいいがリスペクトを持って聞くべきで、できないからダメだという雰囲気を出してはいけないと話します。
すらすら喋れるのは、絵を通っていないから?
水野さんは、すらすら言語化できてすごいと褒められても、何がすごいのかわからなかったといいます。視覚思考者からは絵をすぐ言葉に変えているように見えても、実際には絵を介していないだけだという考えです。
安心して下さい。変換する手間がかかってないので、ゆる言語ラジオの内容を絵にしろって言われたら何もできないんで。
堀元さんも、考えてから口にするまでが早い自覚があると話します。普通は考えがまとまってから喋るのに、自分は喋り出してから考えがまとまり、喋った後に「すごいこと言ったな」と思うこともあるそうです。
水野さんは「その話をすると3時間コース」と盛り上がりますが、収録が長くなっていたため、堀元さんはMBTIの討論者の説明にあった「気遣いと譲歩」を持ち出し、続きを次回に回すことにしました。
この本は誰にとって面白く、リスナーはどちらの思考者なのか?
水野さんは、この本が万人にとって面白いとは限らないと補足します。言語以外で考える人がいる前提を疑ったことがなかった水野さんには新鮮でしたが、周囲には「そりゃそうでしょ」と受け止める人もいました。
そうした人には当たり前の内容で、脳科学的な話も直感を確かめるだけになるかもしれません。ただ、視覚思考者が読めば、自分のような人がたくさんいると実感できる可能性もあると水野さんは話しました。
最後に2人は、リスナーに自分がどのタイプかをコメント欄に書くよう呼びかけます。分類は、言語で思考する人、フローチャートのような図で思考する人、絵で思考する人の3つです。
水野さんによると、著者のテンプル・グランディン自身が視覚思考者で、数学的な思考と絵画的な思考が別物だという実感に学問的な裏付けがあったという話も本に出てきます。また、これは0か1かではなくグラデーションで、中間の人もいるといいます。
知らんけど、俺は、え、世界ってそんなに俺と違うの?っていう衝撃結構あると思うよ。
まとめ
この回では、言語思考者を自認する水野さんと堀元さんが、『ビジュアル・シンカーの脳』をきっかけに、言語化の得意不得意を優劣で見てきた自分たちの感覚を見直しました。テスト、美術展、言語化ハラスメントといった具体例を通じて、思考のタイプの違いが社会の設計によって優劣に見えている可能性が語られています。
- 本では思考者を言語思考者と視覚思考者に分け、視覚思考者をさらに絵で考える人と図やパターンで考える人に分けている
- 18問のテストで堀元さんは「はい」が5個で、2人ともゴリゴリの言語思考者だった
- 学校教育や社会が言語化の得意な人に有利に設計されているため、違いが優劣に見えるという視点が示された
- 言語化を強く求める掘り下げは、相手によっては「言語化ハラスメント」になりうる
- すらすら喋れるのは能力の高さではなく、絵から言葉へ変換する手間がないだけかもしれない




