エアコンのない温泉宿で、なぜ古典的名著を読むのか
水野さんと堀元さんは、久しぶりの「インプット奴隷合宿」として、青森県の酸ヶ湯温泉 ── 青森県の八甲田山中にある温泉。強い酸性の湯で知られ、大きな混浴の千人風呂が有名ですに来ています。
酸ヶ湯温泉の宿にはエアコンがありません。水野さんによると、温泉の成分が多すぎて家電が2年ほどで壊れてしまうため、エアコンを設置すると経費がかかりすぎるのだそうです。
二人は青森の日本酒で乾杯してから本題に入ります。前回の合宿では意味論の本を持ち寄りましたが、今回のテーマは「お互いがエアプしている古典的名著をちゃんと読もう」というものです。
堀元さんが持ってきたのは、マーシャル・マクルーハンの『メディア論』です。「メディアはメッセージである」という一節だけが広く使われているので、その使い方が本当に合っているのかを確かめたいといいます。
これ(メディア論)はね、もうみんなして「メディアはメッセージである」って一節しか知らないくせに使い倒してるから、本当にそうかなと思って。
水野さんが持ってきたのは、リチャード・ドーキンスの『利己的な遺伝子』です。シジュウカラの研究で知られる鈴木敏孝先生や、水野さんが編集した本のライターさんから「さすがに読んでおいた方がいい」と勧められたのがきっかけでした。
水野さんの手元にある『利己的な遺伝子』は600ページ弱あります。堀元さんは、メンデルの遺伝学の論文が数ページしかないことから、進化の名著は短いものだと思い込んでいたと驚きます。
「メディアはメッセージである」は広告の話ではなかった
堀元さんは『メディア論』を40ページほど読んだ時点で、すでに発見が次々に出てきたと話します。本の冒頭に、あの有名な「メディアはメッセージである」が登場するのです。
広告業界では、この言葉がよく使われるといいます。電車広告なのかテレビ広告なのか、つまりどの媒体に出すかによって広告の効果が変わる、という意味で使われているのです。
聞いたことあるフレーズだと思って中読んだらですね、全然違うこと書いてありまして。
堀元さんによると、マクルーハンの言う「メッセージ」は、とても広い意味の言葉です。本では「それが人間の世界に導入するスケール、ペース、パターンの変化」と書かれていて、堀元さんはこれを「人の行動様式をガラッと変容させること」と言い換えます。
そして、人の行動を劇的に変えるものこそがメディアだ、というのがマクルーハンの主張です。わかりやすい例が、電気による照明です。夜でも明かりがつけられるようになったことで、夜型の人が増えました。
ん?え、じゃあ照明ってメディアなの?
堀元さんは、本の中のメディアの定義として「人間の結合と行動の尺度と形態を形成し、統制するのがメディアに他ならない」を紹介します。この定義に従えば、スマホも列車もメディアになります。
電車に出すかテレビに出すかなど、どの媒体を選ぶかが広告の効果を左右する
照明や列車のように、メディアそのものが人間の行動様式を大きく変える
水野さんはここで、堀元さんが昔YouTubeに上げた叫んで宣伝「PrograMOVIE」を持ち出します。代々木公園で叫び続けた宣伝で、登録した人は0人だったため、堀元さんは「あれはメディアじゃない」と自虐します。
ところが水野さんは、堀元さんがゆる言語学ラジオで注目されたあとに、昔の叫んで宣伝が掘り起こされたと指摘します。二人はこれを「遅効性のメディア」と呼んで笑い合いました。
蛍光灯に広告を出すとはどういうことか
堀元さんは、マクルーハンの主張はかなり過激だと話します。メディアと内容は分けて考えなければならず、たとえば新聞というもの自体の力と、そこに書かれている内容は別の話だ、というのです。
水野さんは、この考え方を少し前に流行ったビッグヒストリー ── 宇宙の誕生から現代までを一続きの歴史として捉える学問的な試み。人類史をテクノロジーや環境との関係から大きく描きますに重ねます。火の発明によって消化を体の外に任せられた、というような「テクノロジーが人を変えた」という話です。
そう。だからまさにそうだよ。メディア論ってサブタイトルが人間の拡張の諸相なんですよ。
『メディア論』のテーマは、メディアがいかに人間を拡張していくかです。だから、スマホ広告を出すかテレビ広告を出すかといった狭い話はほとんど出てこず、スマホの普及で人が何を考えるようになったか、という話が中心だと堀元さんは説明します。
水野さんは冗談で「今度はYouTubeではなく蛍光灯に出稿してみては」と言います。すると堀元さんは、マクルーハンが9ページで「電気の光はそれに内容がないが故にコミュニケーションのメディアとして注意されることがない」と書いていると紹介しました。
二人はこの一節を「蛍光灯に注意を払え」という意味だと面白がり、マクルーハン推薦の蛍光灯広告という話で盛り上がります。けれど、壁に文字を投影するような照明は、光ではなく内容になってしまいます。
だから僕らの会社、株式会社ペダンティックに百万円払わないと、今後あなたは蛍光灯が使えなくなります。
堀元さんのボケの中身は、光によって生活が変わったことこそが光というメディアの本質だ、という説明になっています。本にはエジソンが現代人の最大のメディアを作ったとも言える、という趣旨のことが書かれていたそうです。
最後に堀元さんは、「蛍光灯に出稿することを推奨している」と読める一節があると言ったのは嘘で、そんなことは書いていなかったと白状しました。
時計も薬も椅子もメディア? そして謎の「尻の絶対奪格」
水野さんは、『世界を変えた12の時計』のような「テーマ×世界史」の本を例に挙げます。マクルーハンの考え方に従えば、こうした本は「時計はメディアだ」「薬はメディアだ」と言っていることになるのでは、と問いかけます。
堀元さんはこれに同意し、さらに椅子もメディアらしいと紹介します。チェアなのかカウチなのかソファなのかによって、座る人の態度が変わるからです。
典型的には編集者が使わせる椅子。漫画の持ち込みに来た人を座らせるようなイメージ
精神科医が使わせる椅子。ゆったり座らせることで、出来事に合理的な解釈を加えなくてよいと伝える
水野さんは、この話はアフォーダンス ── 環境や物が、人や動物に特定の行動をうながす性質のこと。ドアの取っ手の形が「引く」動作を誘う、といった例で説明されますにも近いと感じます。
ところが、チェアとカウチの違いを説明する一節が難解でした。本には「チェアは専門家風に臀部を奪い取ったもの、言うならば尻の絶対奪格」と書かれているのです。
言うならばなどって分かりやすくしてもらわないと困るんですよ、僕は。
訳注には、絶対奪格がラテン語文法の独立奪格構文であることが説明されています。水野さんは奪格が日本語の「から」、英語の「from」にあたると補足しますが、それでもなぜ椅子が「尻の絶対奪格」なのかは二人ともわかりませんでした。
堀元さんは、マクルーハンは冗談も言うので、ふざけている可能性もあるし、本当に難しいことを言っているだけの可能性もあると話します。テレビを見たネズミが飼い猫に勝負を挑んだ、という小話のように、明らかにボケているとわかる箇所もあるそうです。
本に「若者たちの大好きなジョーク」として紹介されている「紫色をしてブーンと唸るものなあに? 答えは電気ブドウ。なぜブーンと唸るかといえば、言葉を知らないから」も、二人にはまったく意味がわかりませんでした。
マクルーハンの癖として、一個意味不明なこと言った後に被せてもう一個意味不明なこと言うっていう手癖がある。
1960年代にインターネットを予見していた?
堀元さんは、わからない箇所を恣意的に選んだだけで、『メディア論』は全体としてはレトリックが上手く面白い本だと言い直します。特に、インターネット時代の今読むと響く文章が多いそうです。
堀元さんは『メディア論』が1962年ごろの本だと話し、テレビが普及してきた時代に書かれたものだと説明します。そのうえで、「地球は電気のために縮小して、もはや村以外の何物でもなくなってしまった」という一節を読み上げました。
要はむちゃくちゃ情報がさ、早く大量にやってくるようになったわけじゃん。
堀元さんの解釈では、情報が速く大量に届くことで自分の感覚が広がり、地球全体の出来事が目に入るようになった、という話です。水野さんは、遠い場所の出来事に心を痛めたり怒ったりする今の状況を思い浮かべます。
こうした感覚はインターネット以後に生まれたと思いがちですが、マクルーハンによればテレビの段階ですでに起きていた、と堀元さんは言います。水野さんも、翌朝まで待つ新聞とは違い、テレビには速報があると考えます。
翌朝まで待つ必要があり、絵も浮かばないので、読み手が想像の余地を膨らませるしかない
速報や朝晩のニュースで早く届き、想像の余地を挟まず情報が脳に流し込まれる
水野さんがTikTokやTwitterの動画を挙げると、堀元さんは今こそマクルーハンの指摘が効いてくる時代かもしれないと話しました。
『利己的な遺伝子』は前書きだけで38ページ
続いて水野さんが『利己的な遺伝子』の話を始めます。手元にあるのは40周年記念版で、本文の前後に何層もの前書きやあとがきが付いています。
本文の前
30周年記念版に寄せて、第二版の前書き、初版に寄せられた序文、初版の前書き
本文
38ページ目でようやく第1章が始まる
本文の後
40周年記念版のあとがき、補注、書評抜粋
訳者あとがき
初版・第二版・30周年・40周年それぞれの訳者あとがきと訳者補注
堀元さんは早く本題に入ってほしいと笑いつつも、訳者あとがきを読むのが好きなので全部収録されていて嬉しいと話します。
30周年記念版の前書きで、ドーキンスは「利己的な遺伝子」という概念が一人歩きしていることにうんざりしている、と水野さんは紹介します。堀元さんは、マクルーハンも同じことを嫌がっていたと指摘し、名著あるあるかもしれないと話しました。
水野さんによると、ドーキンスは編集者から別のタイトル、たしか「不滅の遺伝子」を提案されて断ったものの、こんなに誤解されるならそちらの方がよかったかもしれないと書いているそうです。「利己的」という言葉は、遺伝子に性格があるかのように受け取られてしまうからです。
水野さんは初版の前書きの文章が上手いと言い、「この本はほぼサイエンスフィクションのように読んでもらいたい」「しかし、この本はサイエンスフィクションではない。サイエンスだ」という一節を読み上げます。
やるなぁドーキンス。筆上手すぎない?
さらにドーキンスは、執筆中に一般の読者、専門家、門外漢から専門家へ移行中の学生という3人の想像上の読者が肩越しに覗き込んでいたと書いています。3種類の読者すべてに訴えるのは危険だと承知したうえで、利益が危険を上回ると考えている、というのです。
ヨットレースの例えは、何をどこまで説明できるのか
水野さんは、ドーキンスの例えの使い方に感心しています。ある例えで説明したあとに「ただしこの例えでは捉えきれない部分がある」と断り、次の例えでその部分を補う、というスタイルで本が進むのです。
水野さんが特に上手いと感じたのが、ヨットレースの例えです。コーチが選抜チームを作るために、大量の選手をランダムにヨットへ乗せて競争させ、早くゴールしたヨットの乗組員を優秀だと評価する、という設定です。
| 例えの中 | 生物では | ポイント |
|---|---|---|
| ヨット | 生物の体 | 速く着いたかどうかだけが評価される |
| 大量の選手 | 遺伝子(遺伝子プール) | 選手はただ速く漕ごうとしているだけ |
| コーチ | 自然淘汰 | 一人一人ではなくヨットの速さだけを見ている |
| 何百回ものレース | 何世代にもわたる生存 | 意思を持たずにバランスのよい組み合わせが残る |
堀元さんは、別の本で読んだ話を重ねます。ペットをべたべた可愛がると感染症のリスクが増えるのに、その性質が淘汰されないのは、赤ちゃんを可愛がる遺伝子と密接にリンクしているからだ、という説明です。
船のレースに常に一緒に出てる漕ぎ手みたいな感じでしょ、赤ちゃん育てるのとペット可愛がるのって。
水野さんによると、ドーキンスは進化を「種が優れたものになること」とは捉えていません。海のコンディションやルールが変わったときに、それまで成績の出なかった選手がたまたま輝き出す。これが自然淘汰だという説明です。
そこから水野さんは、わかりやすさと正確さの二項対立について考えを述べます。「ダーウィンは11世紀に生まれた」のような事実の誤りは論外ですが、例えであることとそのリスクを明示したうえでの説明なら、悪いものとは思えないといいます。
堀元さんが「例えは勇気を持ってどんどんやって」と応じると、話は「尻の絶対奪格」に戻ります。コップは唇の絶対奪格なのでは、というボケから、著者がコップの『コップが教える本当に気持ちのいいキス』という架空の本まで生まれました。
ポピュラーサイエンスを書くなら「クリックの0.2秒」
水野さんは、自著『会話の0.2秒を言語学する』を書くときに、こうした翻訳物のポピュラーサイエンスを手本にしたと明かします。難しい理論を、直感的にわかる例えで説明するスタイルです。
水野さんに「ポピュラーサイエンスを書いてみたい欲はないのか」と聞かれ、堀元さんは「ある」と即答します。水野さんの本を読んで、同じ趣旨の本を自分も書けると思ったそうです。
Amazonでショッピングカートに物を入れて、購入確定クリックをした後の0.2秒で購入確定するわけですけど、あの間に何が起きているのかっていうやつ書けるなとは思いました。
購入確定のクリックは、マウスの信号からOS、ネットワーク、Amazonのサーバー、決済処理を経て、再び手元のパソコンに戻ってきます。堀元さんは、この劇的なドラマが0.2秒ほどで起きていると話します。
堀元さんによると、コンピューターサイエンスはざっくりソフトウェア、ハードウェア、通信の3つに分けられ、クリックの処理にはその全部が詰まっています。水野さんは、ゆるコンピューター科学ラジオの視聴者にとって、断片的な知識の見取り図になる本だと期待します。
書名は「Amazon購入の0.2秒をコンピューター科学する」では語呂が悪いということで、水野さんが「クリックの0.2秒を科学する」を提案しました。堀元さんは「さすが敏腕編集者」と持ち上げつつ、水野さんの本の予約数をいじります。
マウスからパケットまで、クリックの中で何が起きているか
水野さんが「時系列順に書くならどういう構成か」と聞くと、堀元さんはまずマウスの仕組みから始まると答えます。左クリックの「カチ」で回路が一瞬オンになり、その電気信号がパソコンに入っていく、というイメージです。
パソコンに入った電気信号を解釈するのが、ドライバ ── 周辺機器とOSの間を取り持つソフトウェア。機器から届く信号を、OSが扱える形に変換しますです。水野さんが「知らないキャラ出てきた」と言うと、堀元さんは、昔はドライバのインストール表示が画面右下に出ていたと説明します。
多分俺そのドライバってやつ、タスクマネージャーで見たら終了させますよ。「何だこいつ」って。
マウス
クリックで回路がオンになり、電気信号がパソコンに届く
ドライバとOS
ドライバが信号を解釈し、Windowsに「クリック」と伝える
ネットワーク
購入の信号がパケットになり、ルーターが経路を選んで送り出す
Amazonのサーバーと決済
サーバーが処理し、外部の決済プラットフォームとも通信する
手元のパソコン
結果のパケットが戻り、購入完了が表示される
水野さんは、自分の本は250ページほどで済ませたが、OSだけで本1冊書けてしまうこの題材はもっと長くなりそうだと感じます。そこで水野さんは、自著では体系的な理解を目指すことを捨て、面白い話だけを書いたと話します。
水野さんの本の一番素晴らしいところは、七つの海の浅瀬だけを連れて行ってくれるところだ。
堀元さんは書評でそう書いたと明かし、水野さんは意図が伝わっていたと喜びます。また、ゆるコンピューター科学ラジオでは堀元さんがソフトウェア好きで、水野さんがハードウェア好きだという違いも話題になりました。
アルゴリズムについて、堀元さんは好きなクイックソートを入れるのは自分のエゴだと退けます。代わりに挙げたのが、ネットワークの最短経路を探すときに使われるダイクストラ法 ── グラフ上の2点間の最短経路を求める代表的なアルゴリズム。1959年にエドガー・ダイクストラが発表しましたです。
経路を考えているのはパケットではなくルーターだと聞いた水野さんは、「パケットはルーターの乗り物」とドーキンス風に言い換えます。すると堀元さんは、パケットはむしろ利他的だと返しました。
パケットってね、自殺すんの。
堀元さんが説明したのは、一定時間たっても目的地に着かなければ消えるタイムトゥーリブ ── TTL(Time To Live)。パケットが無限にネットワークを巡り続けないよう、中継のたびに値が減り、0になると破棄される仕組みですです。水野さんは、人が出てこないコンピューターサイエンスでも、この話なら読者を引きつけられると感じます。
コンピューターの本にも「人」は出てくる
堀元さんは、コンピューターサイエンスの本にも人は出てくると気づきます。水野さんの本がすれ違いの失敗談で面白いように、機械はあまり失敗しなくても、人間はケーブルのつなぎ方を失敗するからです。
昔よくあった話として、堀元さんは、つながっていない状態が正しいLANケーブルを、掃除の人が「抜けちゃってるわね」と挿してしまい、ルーターが壊れたという事例を挙げます。会社のネットワークが1日止まるような大損害になることもあるそうです。
水野さんは、本の最後にちょっとした意外な結論を用意したいと話します。水野さんの本では、調べた末に、自分や人というものの理解が深まったという結論になりました。
堀元さんは、まだリサーチはしていないとしつつ、クリックの0.2秒の結論は「ゲリラ戦である」になりそうだと答えます。バラバラのことを考えている者たちが、まとまっていないのに総体として戦えている、という意味です。
なんかクリックとか一つ取ってもさ、相手がWindowsだったりMacだったりするわけよ。それ統合しといてくれた方がさ、兵士としては戦いやすいわけよ。マウスとしては。
WindowsとMacが分かれていても、OSごとのドライバが翻訳してくれるので同じマウスが使えます。堀元さんは、地球上のすべてがつながるインターネットも、不揃いなまま翻訳し合ってひとつとして効率よく動いていると話します。
水野さんは、人間の無茶な注文の割を食って、コンピューターがブルシットジョブ ── 人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した概念。本人すら意味がないと感じながら従事している仕事を指しますをしているのではと考えます。複雑なルール運用を強いられる役所の工夫を調べると、コンピューターの例えに使えそうだというのです。
堀元さんは、千葉県松戸市が「すぐやる課」を設けたことを思い出し、「Windowsは松戸市」と言い出します。水野さんは、コンピューターの挙動を地名に割り当てて地理と結びつける案まで出しました。
2年かけて書く本と、勉強しすぎると書けなくなる問題
執筆の締め切りを振られた堀元さんは、向こう1年は仕事が埋まっていると断ります。さらに、書くのも動画の台本も面倒くさく、やりたいのは構想を広げる打ち合わせだけだと本音を語りました。
ねー、これ難しいよね。やっぱ汗かいた方がいいものになるんだけど、汗かきたくないっていう。
水野さんは、収録時点の8月頭はまだ発売前ながら予約が入った自著の経験から、人は時間をかけたものを評価してくれると話します。堀元さんも、水野さんが丸2年かけて書いたと言ったからこそ、みんなが読みたくなったのだろうと応じます。
水野さんは、自分の本をけしかけた小倉拓さんから言われた言葉を紹介します。
勉強すればするほど自由に書けなくなるよって。
35歳や40歳になると「例外があるけどな」というしがらみができるかもしれないので、水野さんは急いで書いたといいます。完全にわかったと思ってから書くのでは遅い、というのが水野さんの助言でした。
水野さんが、各章を町に見立てて読書しながら旅行する感覚にする案を出すと、堀元さんは「街でわかるコンピューターサイエンス」のように建て付けを変えてもいいと乗ってきます。
「0.2秒」は何にでも使えるフォーマットか
堀元さんは、「0.2秒」という数字のフォーマットが強力だと気づきます。握手されてから握り返すまでの0.2秒を脳科学する、のように、何にでも応用できるからです。
二人は「シリーズ0.2秒」のアイデアを次々に出していきます。条件として、普段は内部構造を気にしていないのに、よく考えると「え、それ0.2秒なの?」と驚けるものが向いている、という話になりました。
| テーマ | 学問 | 出した人 |
|---|---|---|
| クリック | コンピューター科学 | 堀元さん・水野さん |
| 握手を握り返すまで | 脳科学 | 堀元さん |
| 彗星が輝き始めるまで | 宇宙物理学 | 堀元さん |
| 宇宙の始まり | 宇宙物理学 | 堀元さん |
| 花火が開くまで | 化学 | 水野さん |
| 一目惚れ | 心理学 | 水野さん |
宇宙物理学については、時間のスケールが長い学問なので、0.2秒に何かが詰まっていると言われると意外性がある、と水野さんは話します。一方、花火の炎色反応は水野さんがよくわからず、堀元さんに突っ込まれました。
堀元さんは「50年後にはブルーバックスのようなシリーズ名になっている」と持ち上げ、水野さんは「0.2秒本」の商標を取ろうとふざけます。新潮社のシリーズになったら他社に取られてしまう、とも嘆いていました。
水野さんは、シリーズ0.2秒っぽい本として『次の一手はどう決まるか』を紹介します。棋士の直感を脳科学と認知科学から研究した本で、Amazonの説明文を読み上げながら、0.2秒シリーズに近い発想だと話しました。
冒頭に置くべき謎は「なぜ通信はこんなに速いのか」
水野さんは、シリーズ0.2秒の構成は論理的な順番にしないほうがよいと話します。水野さんの本は語用論、統語論、意味論の順で、人が実際に言葉を処理する順番とは合っていないのです。
堀元さんは、一番問題っぽいところをまず掘り、説明しきれなければその手前を掘っていく「ミステリーハンター方式」だと言い換えます。水野さんも、読者が調べ物を追体験する感覚で書いたと応じました。
やっぱり通信が早すぎるじゃないかな。
水野さんは、海底ケーブルがあると知っていても、それで0.2秒になるとは思えないといいます。会話の0.2秒は相手が口を開くまでですが、クリックは行きと帰りの往復でその速さが出ている点にも驚きます。
通信の速さがわかれば、5Gの次の6Gのニュースも楽しくなりそうだと水野さんは話します。堀元さんは、多くの人が雰囲気で使い分けているWi-Fiの種類も題材になると言い、水野さんが「Gは広域な代わりに遅い」と答えると、上位1割ぐらいのリテラシーだと褒めました。
水野さんが中継機を世界中に置けばいいのでは、と疑問を出すと、堀元さんはLAN ── Local Area Network。家庭や社内など限られた範囲をつなぐネットワークですとWANの違いだと答えます。そして中古車屋の例えで説明しました。
その店に車を売りに来た客の車を、その店の客にしか売れない。中継機は店内の敏腕営業マン程度の話
中古車オークションに出して、日本中どこにでも落札してもらえるようにする
あ、そうなんだ。へー、説明が魅力的。
褒められた堀元さんはすっかり乗せられ、「じゃあやるか」と言い出します。ただ、執筆中にマクルーハンを挟んで「パケットの絶対奪格」と言い出すかもしれない、と釘を刺すことも忘れませんでした。
「リサーチは終わった後に始まる」という本づくりの実感
水野さんは『クリックの0.2秒を科学する』を2026年5月発売にしようと外堀を埋め、堀元さんは「前向きに善処いたします」と答えます。水野さんは、来年では原稿が上がらないので、2年ほどリサーチと執筆の期間を取ってほしいといいます。
もうあれじゃん。自分のノウハウを人にやらせようとしてるじゃん。
水野さんが2年必要だと考える理由は、本の全体像が見えたあとに、例えのためのリサーチをしたくなるからです。関係ないところから面白い事例を集めるパッチワークをしないと、専門家が書いた面白い本には勝てないといいます。
堀元さんは、コンピュータガラージュに出演した江崎孝之先生が、事例集めはClaude Code ── Anthropicが提供するAIのコーディング支援ツール。指示に沿って調査や作業を自動で進められますで自動化できると話していたと紹介します。ただしその中身は、堀元さんが敵意を込めて「翻訳」したものだと水野さんに見抜かれました。
締めくくりに水野さんは、最近の雑談回が真面目な話や人生相談になりがちだったので、今回はテーマを固めずに肩肘張らず話したと振り返ります。読みたい人が「絶対に予約する」とコメントしてくれれば、堀元さんは書くかもしれない、と呼びかけました。
堀元さんは、直近の本が『読むだけでグングン頭が良くなる下ネタ大全』になったせいで作家としての格が下がっていると嘆きます。最後に二人は、「尻の絶対奪格」と「電気ブドウ」の意味がわかる人はぜひ教えてほしいと呼びかけました。
まとめ
この回は、古典的名著の一節だけが一人歩きする問題から始まり、ドーキンスの例えの誠実さを経て、「クリックの0.2秒」という新しいポピュラーサイエンス本の構想へ広がりました。わかりやすさは不正確さと同じではなく、リスクを自覚して例えを使う書き手の姿勢こそが大切だ、という視点が通底しています。
- マクルーハンの「メディアはメッセージである」は、媒体選びの話ではなく、照明や列車のようにメディアそのものが人の行動を変えるという主張
- ドーキンスは例えの限界や専門家が同意しない部分を明示しながら、ヨットレースのような例えで遺伝子と自然淘汰を説明している
- 水野さんは、例えであることとそのリスクを示しているなら、わかりやすいが誤解を招く説明も悪いとは言えないと考えている
- 堀元さんの構想『クリックの0.2秒を科学する』は、ハードウェア・ソフトウェア・通信のすべてが詰まったクリックの裏側を描く本になりうる
- 面白いポピュラーサイエンスには、構成が固まった後の「例えのためのリサーチ」が欠かせないと水野さんは話している



