麻雀漫画ではなく「哲学書」?
水野さんは冒頭、最近「哲学書」を仕事中に読み始めて止まらなくなったと切り出します。その本とは、『カイジ』の作者として知られる福本伸行さんの漫画『天 天和通りの快男児』でした。
赤木などのスピンオフ作品を生み出したことでおなじみのやつです。哲学書じゃないです。漫画です、あれは。麻雀漫画です。
いや、あれね、哲学書なんですよっていう話を今日したいと思います。
水野さんが漫画で泣いたのは『BLUE GIANT』や『SLAM DUNK』など5冊ほどしかなく、『天』はその数少ない1冊だといいます。『天』は『カイジ』や『アカギ』より前の初期作で、福本さんの出世作にあたります。
水野さんが特に訴えたいのは、麻雀を知らない人でも、ルールを覚えてでも読む価値があるという点です。堀元さんは、コンテンツには「そのジャンルが好きな人向け」と「興味がなくても見てほしいもの」があり、『天』を後者として届けたいということだと整理しました。
水野さんが最初に挙げる売りは、実質的には濃縮された3日間ほどしか描いていないという点です。序盤の話は日付が変わりますが、本筋である東西戦は予選と決勝の2日ほどで、最終章を含めても読者の体感はごく短い時間だと水野さんは説明します。
麻雀の基本として水野さんが説明したのは、4人で行うゲームで、毎回1枚引いて手札から1枚捨てるのを繰り返し、完成形を目指すということです。引く牌はランダムで運の要素が強く、生まれた環境と、その後の取捨選択の判断が、人生に重ねやすいといいます。
人生と似てるよね。15歳の時にあの高校に進学しようかなと思ったんだけど、その選択は捨てて、違うものに行ったっていう。捨てたものはもう取り戻せないっていうのがね、ちょっと似てる気がするね。
水野さんは、この構造を人生訓や人生哲学に極限まで引き付けたのが『天』だと語ります。ただし『天』はざっくり3部構成で、1〜2巻は福本さんが当時得意とした人情ものなので、そこで退屈に感じても2〜3巻までは読んでほしいと付け加えました。
赤木しげるは哲学者か、宗教指導者か
『天』の主人公は、義理人情に厚くイカサマもする天と、若く理屈っぽい麻雀を打つ井川ひろゆきのダブル主人公です。そこに敵の代打ちとして登場した赤木しげるが、やがて2人を育てる教師役になり、仲間になっていきます。
堀元さんは赤木の魅力を認めつつ、夜中にふぐ屋を叩き起こしてふぐ刺しを1枚しか食べない場面を「モンスタークレーマー」と茶化します。そのうえで、アルツハイマーに侵された赤木が自ら死を選び、かつての仲間が1人ずつ説得に来る最終章は、哲学書の対話篇のようだと振り返りました。
仏教とかの説話と一緒なんですよね。麻雀を通した説話なんですよ、あれ。
水野さんが例に挙げたのは、ポカをして自棄になったひろゆきに、赤木が「責任を取る道は身投げのような行為の中にはない。責任を取る道はずっと地味で真っ当な道」と諭す場面です。『天』では、赤木の深い一言で話が終わる回がとても多いといいます。
水野さんによれば、こうした人生哲学が奇跡的に説教臭くないのが『天』のすごさです。作者の顔が浮かぶと冷めてしまいますが、最強のカリスマである赤木が言うなら、と読者が受け入れる舞台装置になっているからだと分析しました。
ベラベラ喋らないんですね、赤木は。だから端的に深いことを言って読者の解釈に委ねるんですよ。
哲学書だ。っていうか、確かに仏教説話感めっちゃあるわ。
原田を刺した「成功の棺」という言葉
堀元さんが『天』で最も強く覚えているのは、西のトップでヤクザの長でもある原田が、死を選んだ赤木を説得しに行く場面です。赤木は逆に原田のほうがかわいそうだと言い、「お前は成功を積みすぎた」と告げます。
赤木は、成功は体を重くする贅肉のようなものだと表現し、成功を積んだ人間は役割をこなすためだけに生き、自由に動けなくなると指摘します。堀元さんは10代で読んだときはその概念に驚き、大人になって読み返すと自分のことかもしれないと感じたそうです。
昔何もなかったインターネット芸人の頃はさ、何の躊躇もなく信号無視してたんだけど。
堀元さんは最近、池袋駅前で車が来ていなくても、話しかけられたことが3回ほどあるから誰かに見られているかもしれないと思い、赤信号を待つようになったといいます。品行方正になってしまったのは、成功を積み始めているせいかもしれないと語りました。
水野さんも同じ場面にハイライトを引きまくっていたといい、赤木の台詞を読み上げます。成功は人を自由にせず「裸を許さない。装うことを要求してくる」、そして原田は「成功という名の棺の中にいる」という言葉です。
堀元さんが別のページから要約したのは、成功は最初は生の輝きとつながっているのに、積み上げるうちに性質が変わり、成功し続ける人生を要求して人間を乗っ取りに来る、という赤木の考えです。
成功は生の輝きとつながっている
積み上げると枷になり、成功し続ける人生を要求して人間を支配する
言葉を受けた原田は、軒下でタバコを吸いながら、スケジュールは半年先まで義理や付き合いで埋まり、自分は成功を維持管理する番人にすぎないと独白します。「少なくとも10年は生きていない」と内省する場面に、2人は「ヤバすぎる」と声を上げました。
それ俺思うことあるもん、最近。成功を維持管理するための番人なのか俺はって思いながら生きてるもん。
水野さんの読みでは、福本さんは自身の人生哲学を魅力的に表現する手段として、麻雀と赤木しげるを手に入れました。『天』を麻雀漫画としてだけ紹介すると、その魅力を取りこぼしてしまうというのが水野さんの問題意識です。
説得に来る人々は、なぜ全員立場が違うのか
水野さんは、赤木を説得に来る人々に共通するのは赤木と戦ったことだけで、社会での立場はそれぞれ違うと指摘します。
堀元さんは、ひろゆきは会社員として不満を抱えており成功者とは言いにくいと反論しました。水野さんはそれを受け、ひろゆきは「成功」というより社会組織に順応した人だと言い直しています。
曽我は赤木より長く裏社会に君臨していたのに、派手な赤木ばかりが語られ、ライバル意識を抱いてきた老人です。赤木の勝ち逃げを許せず、死ぬ前に勝負を挑む曽我には、負けて悔しい思いをした読者が感情移入できると水野さんは説明します。
| 人物 | 立場 | 重ねやすい読者 |
|---|---|---|
| 原田 | ヤクザの長として成功を積んだ | 社会的に成功した人 |
| ひろゆき | 麻雀をやめて企業に就職した | 社会組織に順応した人 |
| 曽我 | 赤木にライバル意識を持つ老雀士 | 負けて悔しい思いをした人 |
読者は誰かには感情移入でき、最後に赤木との対話でその自己を壊される体験が待っている、というのが水野さんの見立てです。堀元さんはこの構造を、朝井リョウさんの『何者』と同じだと指摘しました。
タイプ違うから、みんな誰かには感情移入できるよなっていうのが朝井リョウ『何者』だと思うんですけど、天と一緒だ、構造。
水野さんは、5人の就活生を描く『何者』との違いとして、『天』では最後にカリスマが1人ひとりにありがたい言葉をくれる点を挙げました。
読者を何度も裏切るミステリ的な麻雀漫画
堀元さんが「説教臭い漫画と思われそう」と心配すると、水野さんはそこからが話したいことだと続けます。水野さんは『天』に感動して、副読本として『麻雀漫画50年史』も読んだそうです。
『麻雀漫画50年史』の著者によれば、『天』の最大の特徴は、ミステリ的な謎解きの要素を入れ、相手だけでなく読者も裏切る心理戦を描いたことです。福本さんは初期の担当編集に「読者を2度裏切る」という心構えを説いたというエピソードもあるそうです。
言われてみると、確かに一人称視点になるのって騙される側ですよね、基本。福本漫画において。
水野さんが強調したのは、福本漫画は後出しの情報をあまり使わないという点です。一人称視点のキャラクターと読者がほぼ同じ情報を持つので、読者も推理しながら読めるうえ、18巻の中でそれが何度も起きるので、ミステリ小説より展開が速いといいます。
堀元さんも、面白くないギャンブル漫画には「実はあの時こうしていた」という後出しがあると同意しました。
水野さんが白眉とするのは、東西戦のラストで原田が申し出た天との一騎打ちです。テンパイを宣言して相手の待ちを2つ予測し、外れたら5回ツモれるという特殊ルールで、戦い自体はわずか1時間なのに、読者を6回ぐらい裏切るといいます。
さらに水野さんは、読者が漫画家・福本伸行の成長を同時に味わえる点も魅力だと語ります。1巻を今読み返すと、この作者に18巻が描けるとは思えないほどだといいます。
だから1巻2巻読んで退屈だなと思った人は、18巻読んだ後にもう一度読んでほしいんですよね。
変則ルールはなぜ生まれたのか
水野さんが次に挙げた肝は、『天』が通常の麻雀を逸脱した変則ルールをたびたび持ち込む点です。例として、三暗刻、三色、ホンイツ、イッツー、チートイの5つの役を先に上がったほうが勝つクリア麻雀が挙がりました。
『麻雀漫画50年史』の著者によれば、これは麻雀というゲームの問題に対する答えです。短期戦では運の要素が強すぎて、福本さんと読者が求める心理戦を描くには限界があったといいます。
麻雀の制約
短期戦では運の要素が強すぎる
課題
求める心理戦を描くのに限界がある
工夫
心理戦が成立する変則ルールを導入する
延長線
オリジナルゲームで戦う『カイジ』へ地続きにつながる
堀元さんは、クリア麻雀で最も難しい三暗刻が序盤から成立しそうになり、東1局なのに最終局のような緊張が生まれた場面を覚えていました。通常の麻雀ではありえない感覚だったといいます。
普通の麻雀より濃密な心理戦描けるなこのゲームって思ったから十七歩っていう謎のゲームを(導入したってことだね)。
水野さんは、ゲーム設計を試行錯誤したうえで作られているからこそ、読者は安心して福本さんの変則ルールに乗れるのだとまとめました。
『アカギ』だけ読んだ人は、にわか?
水野さんが『天』を熱心に勧める理由のもう1つは、みんなスピンオフの『アカギ 闇に降り立った天才』の話ばかりすることへの不満です。元の作品である『天』のほうが面白いのに注目されていない、というのです。
オタク的なコミュニティにおいて、通っぽい意見を言った方が偉いっていう価値観がやっぱありまして。そこで絶対だったのは、あ、アカギ読んでて天読んでないんだっていう。
北海道の進学校出身の堀元さんは、このマウントを取られて慌てて『天』を読んだそうです。水野さんは福本作品の頂点を『銀と金』か『天』、最終的には『天』だと語りました。
水野さんは、『アカギ』の後半にはギャグっぽいタッチもある一方で、『天』は徹頭徹尾シリアスだと比べます。また『アカギ』では鷲巣以外に赤木を引き立てるほど狂気のある人物が少ないと述べ、堀元さんは盲目の雀士・市川が大好きだと反論しました。
『天』では、凡人に近い秀才ひろゆきの視点を通すことで赤木が際立ちます。そのうえで天、原田、曽我、第1話の尾上、銀二、金光など、個性の立った強者が大勢いることも赤木を引き立てていると水野さんは語ります。
堀元さんが好きなのは、銀二が牌の傷を覚えるために梵字などの文字を暗記し、傷を文字に見立てて記憶する場面です。『麻雀漫画50年史』の著者も、福本漫画のイカサマの種明かしで一番すごいとこれを絶賛していたそうです。
当時は全自動卓 ── 牌を自動でかき混ぜて山を積む麻雀卓。手積みで牌を仕込む「積み込み」がしにくくなりましたの導入でイカサマ描写が廃れかけていたといいます。堀元さんは、銀二のトリックは牌をすり替えるのではなく人間の認知を変える点が優れていると評価しました。
バードはですね、イカサマのために手術をします。
全自動卓でのイカサマの話題から、堀元さんは『バード 最凶雀士VS天才魔術師』を挙げましたが、未読の水野さんに止められ、手術から始まるという事実だけを明かしました。
赤木しげるの最期と「俺のために生きてくれ」
水野さんによれば、『天』の哲学的なテーマは「死とは何か」です。赤木は「お前の生き方は命を喜ばしていない」のように、宗教的とも言える言葉を口にします。
途中で2人は『最強伝説 黒沢』の小ネタに脱線し、「中根が走ったときのキャプションは?」という問題に堀元さんが「正しい走り方」と即答するなど、福本漫画カルトクイズが始まりかけました。
本題に戻ると、赤木は「赤木しげるが赤木しげるであるうちに死にたい」と言い、天は薬剤が流れるチューブを握って止めようとします。赤木は、1人で生きてきたのだから1人で死ぬのは自分の責任だと語ります。
それに対し天は、家族に迎える用意があると伝え、最後は「俺のために生きてくれって言ってるんだ、なんでわかってくれねえんだ」と怒ります。水野さんはこの場面でボロ泣きしたそうです。
本人が死にたいとそう言ってるのに対して、他人が俺のために生きてくれっていうことは、その人を殺さないことの是として認められるのかっていう問答じゃないですか、これ。
水野さんは、説得の最後に登場する天が原田や曽我ほど気の利いたことを言わない点に注目します。いまいちな話から始まり、赤木がウイスキーを飲み干して自殺スイッチを押した瞬間、天が感情をあらわにする構成になっているといいます。
赤木は最期に、人間は死んで完成するという考えを語り、「飛散しろ、赤木しげる」と言って息を引き取ります。堀元さんが覚えていた物語のラストは、全国のギャンブラーがお守りに削っていき、ボロボロになった赤木の墓でした。
だから赤木の墓は実際ギャンブラーたちが一部ずつ持っていって、赤木の魂は全国に飛び散ってるんですよね。
水野さんはさらに、就職して9年間赤木のことを考えていなかったひろゆきが、赤木の死後に会社を辞めて雀ゴロになり、むしろ赤木を思い出すようになる場面を挙げました。人間は死んでから完成するということの一つの形だと水野さんは語ります。
2日間しか見ていない赤木に、なぜ泣けるのか
水野さんが不思議がるのは、読者が生きている赤木を見たのはわずか2日間なのに、最後には涙を禁じえない点です。堀元さんは、『ドラゴンボール』のトランクスのように長い時間をかけて成長を見届けたキャラクターとは対照的だと指摘しました。
そうだね。だからそんだけセリフが濃いんだよね。キャラクターがもう描き切られてるから2日間で。
天は「この世をなめんな」「味わってねえ感情、世界があるはずだ」と説得し、「無念じゃねえのかよ、赤木」と迫ります。堀元さんは、別の場面で赤木が「生きたい気持ちは3パーセントほど常にある」と話していたことを思い出しました。
水野さんによれば、赤木はここで初めて涙をこぼし、無念であることがそのまま生の証だと語ります。「無念が願いを光らせる」「愛していた、無念を」という言葉です。
堀元さんは、この考えがスピンオフ『アカギ』にも通じると語ります。若き赤木は偽赤木に、低い確率に腕を賭ける勝負を持ちかけ、「無為な死」を拒む偽赤木に、全く意味のないものに命をかけて人が死んでいくのがギャンブルだと返していました。
無為な死ってむしろ歓迎すべきものなんじゃないかみたいな哲学、多分彼(赤木)の中にあって、無念を愛していたってめっちゃそれよね。
水野さんは、「麻雀が上手くない」と言うひろゆきにかけた「いいじゃないか、三流で。熱い三流なら上等よ」という言葉も紹介し、堀元さんは屈指の名台詞だと応じました。
水野さんの結論は、赤木は福本さんの考えるかっこいい勝負師の体現であり、勝負師でいられなくなったときに自ら命を閉じたということです。この漫画は死をもとに生を描いていると水野さんは語ります。
ソクラテスの最期と同じ構造?
堀元さんは水野さんの話を聞いて、『天』の最終章はソクラテスの最期を描いた対話篇と同じ構造だと気づきます。死刑になったソクラテスに弟子たちが脱走を勧めても、ソクラテスは「ただ生きるのではなく、よく生きる」ために毒人参を飲む、という流れです。
仲間が次々に説得に来るが、赤木しげるとして死ぬことを選ぶ
弟子が脱走を勧めるが、よく生きるために毒人参を飲む
元ネタちゃう?天の。
水野さんも、死ほどの極端な事例があると言葉の説得力がすごいと応じます。そのあと「『飛散しろ、ソクラテス』とも言っていたか」「原田の口癖『踊れら』は出てきたか」と水野さんが振り、堀元さんが訳注付きで「言ってました」と大真面目に答える冗談のやり取りで盛り上がりました。
『二階堂地獄ゴルフ』は仕事とは何かを描く
堀元さんが語りたくなったのは、福本さんの最新作『二階堂地獄ゴルフ』です。『アカギ』終盤の鷲巣麻雀などで「福本漫画はつまらなくなった」と離れた人が多い中、堀元さんは最新作が今一番好きだといいます。
主人公はかつてプロ入り確実と言われながら、25歳から10年たった35歳でもプロになれず、所属クラブのお荷物になったゴルファーです。ゴルフ場が若手を支援するパトロン文化の中で、支援を受け続ける気まずさが描かれます。
堀元さんによれば、主人公は深層心理ではゴルフをやめたいのに、やめたら自分が自分でなくなるのでやめられません。最新の3巻では、ゴルフ以外のもので幸福を得るのに、結局その幸せを投げ捨ててゴルフに戻ります。
期待
プロ入り間違いなしと言われ、周囲に支援される
停滞
10年たってもプロになれず、クラブのお荷物になる
転機
3巻でゴルフ以外のもので幸福になる
回帰
幸せを捨てて自らゴルフに戻り、地獄の日々が続く
仕事に喜びを見出すことってなんて残酷なんだろうっていうメッセージに見えて仕方ないんですね、僕は。
好きなことを仕事にしている堀元さんは、自分はうまくいったから救われた例で、主人公のようになる可能性も十分あったとぞっとするそうです。
堀元さんがさらに注目するのは時間のスケールです。『SLAM DUNK』が1年を何十冊もかけて描くのに対し、『二階堂地獄ゴルフ』ではプロテスト不合格の1年が1ページで処理され、30代だった主人公がいつの間にか40代半ばになります。
水野さんは、コンテンツクリエイターなら「いつか面白いものを作る」でもいいが、プロゴルファーは毎年テストで試されるのがグロいと指摘しました。堀元さんも、成績が年々下がり、最後はプレ予選で落ち続けるリアルさを挙げています。
若き福本伸行はなぜ赤木を描けたのか
水野さんが不思議がるのは、福本さんのキャリアの順番です。普通は好きなことを仕事にして苦しむ話が若い時期に来て、死生観は晩年に来るはずなのに、福本さんは若い時期に赤木の死生観を描いていたといいます。
だってあのキャラクター造形生み出そうと思ったら60年ぐらいの人生経験必要な感じするよな。
水野さんは、『ワニの初恋』や『熱いぜ天馬』などを描いていた作家が突然このような原稿を書き始めたときの、担当編集の驚きを想像します。連載誌の近代麻雀ゴールドでは、終盤はもはや麻雀漫画ではなかったとも話しました。
水野さんによれば、完結時には現実に赤木の墓が作られ、手を合わせに来る読者が大勢いたうえ、10周年の催しも行われたそうです。哲学的なことを言うキャラクターは、その後は『銀と金』の銀さんや『カイジ』の大槻班長など、少なくなったといいます。
堀元さんが印象に残っているのは、最終巻のあとがきです。福本さんは、赤木の死がアルツハイマーになった人は自死すべきだと読まれないよう、墓参りの場面で天に「俺は生きるよ」と言わせる予定でしたが、説教臭いうえ読者は誤解しないはずだと考え、台詞を削ったと書いていたそうです。
水野さん自身も、子どもの言い間違いを味わう本『今日、ゴリラをうえたよ』書名表記の解説文で、今井先生から「説明しすぎでは?」と指摘を受けたといいます。「こうして子どもは言葉を習得していくのです」のような締めを削ったそうです。
堀元さんは、赤木は「成功を積みすぎた」のようなキーワードでしか語らず、説教臭くならない限界の量しか喋らせていないと分析しました。人生訓と説教臭さは表裏一体であり、『天』はそれを両立させた数少ない成功例だというのが堀元さんの評価です。
各話の最後に置かれた人生訓
水野さんは、『天』では各話の最後に、人生訓めいた一言で締めくくる型があると指摘します。例として挙がったのは、原田が銀二の技を破る回を締める「天才は初太刀で殺す。これが鉄則か」という言葉でした。
堀元さんはこれを村上春樹さんの小説と重ねます。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は各章の終わりが意味深でおしゃれな情景描写で、次の章への期待を高めるのだといいます。
意味深な情景描写で終わり、次の章への期待を高める
情景描写ではなく、その話で何を言っていたかを人生訓で総括する
水野さんが特に挙げたのは、極限状態でイカサマを思いついた赤木に、ひろゆきが「どんな頭をしているのか」と尋ねる場面です。赤木は「勝負の最中は頭など使わず、ただ感じて順ずればいいのさ」と語ります。
自己啓発書みたいなやつ。これですよね、やっぱ。天のリズム。そう、これは他の福本漫画にもあんまりない。
堀元さんは、それはやや説教臭いかもしれないとしつつ、「ひろゆき開眼、捨て身のドラ落とし」のような引きの一文が好きだと語りました。
福本作品は全部語りたい
話はここから福本作品全般に広がります。堀元さんは全作品の年表を見ながら水野さんと酒を飲みたいと言い、『賭博覇王伝 零』の小太郎や『無頼伝 涯』の場面を次々に挙げていきました。
水野さんが読んだと挙げた作品は、『ワニの初恋』などの短編、『銀と金』『天』『無頼伝 涯』『カイジ』『アカギ』『二階堂地獄ゴルフ』『最強伝説 黒沢』『闇麻のマミヤ』などです。堀元さんは『無頼伝 涯』が一番好きかもしれないと語り、収容された少年たちが調子に乗った途端に署長が豹変する場面を熱演しました。
スピンオフについて、水野さんはひろゆきを主人公にした前田治郎作者名表記さんの『HERO―逆境の闘牌―』を推します。福本イズムや謎解き要素を残しつつ、中国と日本が麻雀で戦う作品だといいます。
堀元さんは、水野さんに勧められた『老境博徒伝SOGA』も楽しんだそうです。老人ホームに入った曽我が、なかなか牌を切らない老人たちにいら立ち、イカサマで爆勝ちする話です。
こんなに趣味合う友達俺おるかな。
堀元さんは、今の『カイジ』の「24億脱出編」も欠かさず追っているといいます。途中で離脱した人が多い中、話が急に地味になり、キャンピングカーで逃げる工夫などが描かれる点がたまらないそうです。
灰になるまで語り続ける
水野さんは最後に『天』の見どころを2つにまとめます。1つはミステリの要素を取り入れた麻雀漫画であること、もう1つは、どんな人にも刺さる対話篇が最後に残された哲学書であることです。
強烈なネタバレをしたことについては、2人とも赤木が死ぬと知ったうえで読んだのに、それでも迫力に上回られたと話しています。4巻ぐらいからはやめる場所がなくなるので、全巻買って週末に一気読みし、ボロ泣きしてから誰かと感想を語るのがベストだと水野さんは勧めました。
ゆる言語学ラジオの感想とかどうでもいいです。天の感想。
堀元さんは、サポーターコミュニティに福本伸行さんの作品を語るチャンネルを作ろうと提案します。2人は「熱い三流なら上等」や、『カイジ』の遠藤の台詞を言い合い、福本作品を語る会を今後も続けたいと締めくくりました。
まとめ
水野さんと堀元さんは、『天 天和通りの快男児』を麻雀漫画の枠を超えた作品として語りました。赤木しげるの短く深い言葉、ミステリ的な裏切り、変則ルールの工夫が組み合わさることで、死を通して生を描く物語が説教臭くならずに成立していると2人は考えています。
- 『天』の終盤は、赤木しげると説得に来る仲間の対話篇で、2人は哲学書や仏教説話に近いと評価している
- 赤木が原田に語る「成功を積みすぎた」「成功という名の棺」は、大人になってから読むほど刺さると堀元さんは語る
- 読者と同じ情報で推理でき、何度も裏切られるミステリ的な手法が『天』の革新だと『麻雀漫画50年史』は分析している
- 人生訓を語らせすぎない塩梅が、説教臭さを避ける鍵だと2人は見ている
- 最新作『二階堂地獄ゴルフ』を、堀元さんは仕事とやりがいの残酷さを描いた漫画として読んでいる





