名古屋方言の本質は「エビフリャー」ではない
水野さんはまず、名古屋方言が方言の入門書でよく引き合いに出される点を挙げます。堀元さんは真っ先に「エビフリャー」を思い浮かべますが、水野さんはそれをきっぱり否定します。
名古屋方言といえばエビフリャーじゃないですか。
バカたれ。違いますね。
水野さんによれば、名古屋方言は日本の方言の中で最多の「あるもの」を持つといいます。堀元さんは料理のメニュー数かと茶化しますが、答えは音の要素でした。
実はですね、名古屋方言は日本の方言の中で最多のまるまるを持つと。
堀元さんは音素かと推測し、最終的に「母音」だと突き止めます。名古屋弁の一番の特徴は、あいうえお以外の母音を持つことだと水野さんは説明します。
水野さんは、名古屋弁で語られてきたエビフリャーやデラといった語彙レベルの話は表層的だと指摘します。せっかく言語学の番組なので、より本質的な音の話をしたいと切り出します。
方言によって母音の数が全然違う
この回では、堀元さんにも名古屋弁を話せるようになってほしいという意図から、普段より方言度を強めて進行します。堀元さんはさっそく物真似に挑戦しますが、うまくいきません。
こいつはどえりゃあこったで。難しいね、ものまね。方言の真似むずいわ。
名古屋方言最大の特徴として、水野さんは母音の数を挙げます。堀元さんは、日本語の中で方言レベルで母音の数が変わることに驚きます。
母音多いってすごいよね。日本語の中でその方言レベルで母音の数変わることあるんだって驚きがある。
水野さんは、名古屋弁だけが特別なのではなく、どの方言もそれぞれの母音体系を持っているのだと説明します。あいうえおの五母音体系が絶対とは限らない、という前提の転換を促します。
東京方言で育つと、母音は5つだと感じてしまいます。しかしこれは小学校教育による刷り込みでもある、と水野さんは指摘します。
やっぱ小学校教育の刷り込みのせいで、母音は五つやろうって思ってるもんね、みんな。
水野さんは沖縄の例を出します。与那国島の方言は母音が3つしかなく、琉球諸語 ── 沖縄や奄美などで話されてきた言語群。日本語と系統を同じくするとされますが、母音体系などが本土の日本語と大きく異なりますでは四母音体系や三母音体系が多いといいます。
だいぶ喋りづらいよ、母音三つだったら。
水野さんは、母音の数以外に長母音を持つケースもあると補足します。「おばあさん」と「おばさん」が区別されるように、長い母音と短い母音の違いが単語を分けます。
一方で英語では、長母音と短母音の区別によって単語が変わることはないと水野さんは話します。堀元さんは、日本語話者が当たり前に持つ長短の区別が英語にはないことを意外に感じます。
それ意外だね、むしろ。英語ってそんな区別ないんだっていう。
水野さんは、この感覚を英語話者にとってのVとB、RとLの違いに例えます。自分が生まれた土地で聞いた音で音韻的な知識ができあがってしまうため、そこから外れた音は聞き分けにくくなるといいます。
長母音と短母音を区別する。「おばあさん」と「おばさん」のように長短で単語が変わる
長短の区別で単語が変わることはない。代わりにVとB、RとLなどを区別する
水野さんは『方言学入門』を参照し、各地の方言の母音体系の図を示します。与那国が3つで最も少なく、盛岡市方言は6つ、新潟の一部は7つ、そして名古屋市方言は8つあると読み上げられます。
名古屋方言に習熟した人は、英語の「apple」の最初のアとエの間の母音を発音するのに苦労しないと水野さんは言います。日本語にないこの母音を、名古屋の人は日常的に使っているためです。
ただし水野さん自身は名古屋の南の東海市で育ったため、学校では「おみゃあさんのア」ではなく、「だらしないア」「アとエの中間」として習ったといいます。
「あい」を「ゃあ」に変換するだけ
水野さんは、名古屋方言では「あい」という母音の連続が「ゃあ」の音に変わると説明します。堀元さんが例を探すと、「うまい」が「うみゃー」になるという法則が見えてきます。
母音の「あい」が連続すると、これを「ゃあ」に変えると。こういうルールなんですね。
赤い、辛いなど、あいで終わる形容詞がこの変換の対象になります。標準語では「あい」が「えー」になりますが(赤い→あけー)、名古屋では「あきゃー」になる、と整理されます。
「あい」が「えー」になる(赤い → あけー)
「あい」が「ゃあ」になる(赤い → あきゃー)
ただし例外もあります。水野さんは、なぜか「お前」は「おみゃあ」に、「男前」は「男みゃー」になると説明します。同じ「あえ」でも、「神宮前」は「神宮みゃー」にはなりません。
難しいね。
堀元さんは「ごまあえ」も変化するか尋ねますが、水野さんは変化しないと答えます。「相合傘」が「あいあい傘」から「あーあー傘」になる可能性はある、といった脱線も交えつつ話が進みます。
水野さんは、「小さいゃ」を含む音と「あい」を含む音が同じ発音になるかを確かめる例文として、「猫がニャーと鳴いた」を挙げます。「鳴いた」の「ない」が「ニャー」と同じになるかがポイントです。
水野さん自身が発音すると「猫がニャーとニャーた」と同じになりました。しかし、コテコテの名古屋人である朝日新聞の神田大介さんに発音してもらうと、はっきり区別していたといいます。
彼に発音してもらったら、やっぱね、区別してましたね。
同じ名古屋方言の話者でも、水野さんと神田さんで発音が異なることに、堀元さんは驚きます。この違いが地域差なのか、話者ごとの差なのかは、文献が見つからず結論は出ていません。
堀元さんは、水野さんが音より文字表記に引っ張られている可能性を指摘します。「おみゃあさん」と文字で書くことが多いため、その通りに発音してしまっているのかもしれない、という見立てです。
名古屋独特の母音「さむぃー」「くろぇー」
名古屋方言には8つの母音があります。標準語の5つに「ゃあ」を加えて6つ、さらに水野さんは残り2つを紹介します。「あい」が変化したのと同じように、「うい」と「おい」の連続も融合するのです。
「寒い」は「さむぃー」のように、「黒い」は「くろぇー」のように発音される、と水野さんは説明します。あい・うい・おいの3つの連続が、それぞれ母音として融合します。
ただし水野さんは、この2つに自信がないと打ち明けます。というのも、「うい」「おい」が融合した母音を、実際には聞いたことがないというのです。
名古屋弁話者じゃないんですか、水野さん。
水野さんによれば、この2つの融合母音は現代では消えつつあります。特に「おい」の連続は年配の人しか使わず、20年ほど前に書かれた本ですでに指摘されていたといいます。
今この方言学入門で、名古屋方言が八母音体系ですってことが書いてあるんですけど、かなりこれも減りつつある、消えつつある。
方言は生ものだと二人は語ります。8つの母音のうち一部は消えつつあり、水野さん自身、母音の記号を見て推測で発音しているにすぎないと認めます。
消えつつある母音と、新しく生まれる方言
母音が減りつつある一方で、名古屋方言には新しい方言が生まれる面もあると水野さんは話します。ただしこれは母音ではなく単語レベルの話です。
伝統的な名古屋方言では「こっちに来なさい」を「いりゃあ」と言います。しかし若い人には「いりゃあ」が通じなくなり、「来なさい」から類推した「こやあ」が使われるようになっているといいます。
若い人ではもういりゃあって言っても何のことかわからないので、こやあになります。
水野さんが父親や祖母に「こやあ」と言うか尋ねると、どちらも「いりゃあでしょう」と答えたそうです。消えつつある面がある一方で、若い人が自分たちの手で新しく作る面もあるのが名古屋方言だといいます。
方言って昔の人だけが使ってて、だんだんなくなっていくかと思いきや、新しいパターンが復活することもあるんだね。
話者が少ない方言は勢いを失って消えてしまうこともありますが、名古屋方言はまだ元気で、生命力があるという評価で一致します。
名古屋方言を小手先で習得するコツ
水野さんは、堀元さんに向けて名古屋弁習得の第一のコツを示します。それは、日常生活で「あい」の連続がないかを常に気を張り、あいの連続になったら必ず「ゃあ」にする、というものです。
めちゃくちゃめんどくさいです。
堀元さんは、居合道の試合を「いやー道の試合」と言い換えるなど、変換を実践してみせます。「あい」が連続する確率は単純計算でおよそ25分の1で、そこそこの頻度で出現します。
この変換は外来語にも適用されます。堀元さんが試すと「タイムアウト」は「タームアウト」に、水野さんによれば神田さんは「ハイブリッド」を「ヒャブリッド」と言っていたそうです。
ハイブリッドのことをヒャブリッド言ってました。
名古屋の空港へ向かう電車「ミュースカイ」も「ミュースキャア」に、沖縄の挨拶「ハイサイ」は「ヒャーサイ」になる、と二人は変換遊びを続けます。
ただし清水芳美先生の『でら名古屋語辞典』によれば、原則として外来語にはこの「おみゃあ」の変換は使われないと書いてあります。ハイライトを別の言い方にはしない、という指摘です。
原則として外来語にはこのおみゃあ使われないと書いてあって、つまり名古屋人もハイライトのことを何々とは言わないのだと。
つまり変換するかは人によります。とりあえず「あい」を「ゃあ」にするだけで、名古屋の人からは理解があると受け止められる、というのが実用的な結論です。
省エネする名古屋弁
習得の第二のコツは「省エネする」です。名古屋弁は昨日事、つまり無駄な音を削る傾向があると水野さんは説明します。「白くなる」「寒くなる」の「く」を抜き、「白なる」「寒なる」と言います。
さらに「と」を削るのも特徴です。「言っていたんだよね」は「言っとったけども」のように、引用の「と」が省かれます。「なので」も「だで」に置き換わり、「なの」が不要になります。
白くなる/言っていたと/なので
白なる/言っとった(とを削る)/だで
水野さんは、この省エネを二酸化炭素の排出削減やSDGsになぞらえて冗談を展開します。堀元さんは牛のゲップのメタンガスを減らす研究を引き合いに、あながち冗談ではないと乗ります。
名古屋弁でなるべくあんま余計なこと言わないようにして、その二酸化炭素をうんちとして排出すれば、だいぶ地球温暖化進まなくなりますよ。
堀元さんは、この省エネの一部が標準語でも起きていると気づきます。「暑いんで」のように、標準語でも「なので」を毎回は使いません。名古屋弁ではこれが「だで」になる、と整理されます。
名古屋弁は東西のヒャアブリッド
習得の第三のコツは「いいとこ取りする」です。名古屋弁は東と西の特徴を取り入れたハイブリッドだと水野さんは説明します。その象徴として「オソガイ(怖い)」という方言を挙げます。
水野さんによれば「オソガイ」は「恐ろしい」と「怖い」の混交語です。関東の「恐ろしい」と関西の「怖い」の両方が流れ込み、「オソ怖い」を経て「オソガイ」になったといいます。
この「オソガイ」は名古屋だけでなく、岐阜、高山、新潟、佐渡島まで縦に分布していたと水野さんは説明します。東西の言葉がぶつかる前線で、同じ融合が起きていたのです。
なんか前線だよね、完全に。オソガイ前線が。
ただし堀元さんが「オソガイ」も「オソギャー」になるはずだと指摘すると、水野さんは変化しないことに気づきます。「オソガイはオソガイだ」と発音上の例外に驚く一幕もありました。
オソギャーって言わんぞ。あれ?何これ?
東西のいいとこ取りの例は他にもあります。「行けない」を東京は「行けない」、大阪は「あかん」と言い、名古屋は両者が混ざった「いかん」になる、と水野さんは説明します。
東京は「行けない」、大阪は「あかん」
両者が混ざった「いかん」。さらに縮んで「かん」とも
名古屋では「いかん」がさらに縮んで「かん」になります。「鍵買っとかんとかん」「キットカット買っとかんとかんかった」のように、「かん」が繰り返される言い回しが生まれます。
名古屋に行ったら「いかん」ばっかですよ、もう。「いかん」とも言わん。もう「かん」っていう。
水野さんは、東京と大阪という大都市に挟まれながら飲み込まれず、独自の文化を残してきた点を評価します。名古屋方言は関東と関西の両方の特徴を持つ、典型的な日本的方言だとまとめます。
名古屋方言小手先テク3選のまとめ
水野さんは3つのコツを改めて整理します。「あい」を「ゃあ」にする、余計な音を省エネする、東西のいいとこ取り表現を使う、の3点です。堀元さんは「そんなテクを必要とする人は一人もいない」と突っ込みます。
小手先で上級者だと思われようとしてる人一人もいないんですよ。
実際に堀元さんは会話の中で「だいぶ」を「だーぶ」と言ってしまうようになり、標準語と名古屋弁を行き来します。水野さんは、名古屋モードに切り替えると言葉がスラスラ出ると語ります。
僕その名古屋モードに切り替えた時って、本当にスラスラ出る。
なぜ名古屋弁を話せるのか、そして方言を残す意味
水野さんは、自分が名古屋弁を話せる理由を考えます。1歳違いの姉は名古屋弁ができず、三重出身の母の影響で三重弁を話すといいます。同じ家で育っても方言の身につき方が違うのです。
水野さんは、言語地理学の回で扱った「心理的な距離を詰めたい相手の言葉をトレースする」という話を思い出します。父親の物真似をする感覚で、自然と名古屋弁が身についたのではないかと推測します。
ビジネス目的だとあんまり方言って移らないんだけど、心の交流があると移るみたいな話あったよね。
話題は方言を残す意味へ移ります。水野さんは、ムラブリ語を研究する伊藤雄馬先生を引き合いに、自分は江戸で名古屋人として生きる意識を持っているのではないかと語ります。
水野さんが名古屋弁を頑なに直さないのは、話すのをやめれば失われる文化があるからだといいます。母音の一部が消えつつあるのと同じで、意志を持って受け継ぐ人がいないと方言は失われるという危機感です。
意志を持って受け継ぐ人いないと。
水野さんは、ポッドキャストで方言を話すこと自体に意義があると考えています。ネットに残るため、後世の人が当時の名古屋弁の話し方を知る貴重なデータになるからです。
水野さんは、古典ラジオの樋口さんが別のポッドキャストでは滋賀の多賀弁で話している例を挙げます。樋口さんは、標準語が覇権的な場ではあえて方言を抑えていると説明していたそうです。
その構造を踏まえ、水野さんは名古屋弁で番組を続ける意志を示します。一方で堀元さんは「でやーでやーノイズ」になるとして、言語学の本編ではなく雑談回でたまにやるのがよいと落とします。
たまにやったらいいんじゃないですか。こういう方言全開回はね。雑談回とかでたまにやる分にはいいと思いますよ。
最後に水野さんは、名古屋弁でリスナーへの挨拶を披露します。3回にわたる名古屋方言の話が面白かった人へ、高評価やチャンネル登録、友人への紹介を呼びかけて締めくくります。
まとめ
名古屋方言はエビフライやデラといった語彙ではなく、日本最多の8つの母音を持つ音の体系にこそ特徴があります。方言ごとに母音の数が違うという前提から、名古屋弁を上級者らしく話す3つのコツ、そして消えゆく方言を残す意味まで、雑談を交えながら語られた回でした。
- 名古屋方言は8つの母音を持ち、日本の方言の中で最多とされる
- 母音の数は方言ごとに違い、与那国は3つ、名古屋は8つと幅がある
- 「あい」を「ゃあ」に、省エネで音を削る、東西のいいとこ取りが名古屋弁らしさのコツ
- 一部の母音は消えつつある一方、「こやあ」のように若い世代が新しく作る方言もある
- 水野さんはポッドキャストで方言を話すこと自体を、後世に残す言語データだと捉えている



