鬼に角が生えているのはおかしい?古生物学者のマジレス
この回は、水野さんの「新刊出すぎじゃね?」という問題提起から始まります。1日に200点ほどの新刊が出るため、話題になるきっかけがないまま埋もれていく本がたくさんある、という問題意識です。
新刊出過ぎてるせいで埋もれてる本を発掘したいなと。
水野さんは雑誌編集者として、自分が作った本が埋もれていく事例も見聞きしてきました。二人とも本をたくさん読み、その選書を信じてくれる視聴者がいることから、埋もれているけれど面白い本を紹介し合うことになります。
堀元さんの1冊目は、荻野伸海先生の『古生物学者、妖怪を掘る』(NHK出版新書)です。古生物学者が、鬼や鵺といった日本古来の妖怪を真面目に考察する本です。
堀元さんがまず惹かれたのは前書きでした。怪異を現実的に解釈する「弁惑物 ── 怪談や怪異の正体を合理的に解き明かし、人々の惑いを解こうとする江戸時代の読み物のジャンル」という怪談のジャンルが、17世紀後半にはすでに始まっていたといいます。
オカルト分析とかさ、陰謀論分析みたいなジャンルって今もありますけど、それ江戸時代からあったんだっていう驚きがまず僕あって。
堀元さんが一番喜んだのは、鬼への「マジレス」でした。生物学者から見ると、鬼に角が生えている造形は納得がいかないそうです。
言われてみるとさ、角生えてる生き物って草食動物ばっかりじゃん。
本では、角が生える動物として鹿、牛、羊、サイ、カブトムシ、クワガタ、トリケラトプスが挙げられ、例外はせいぜいカメレオンかカルノタウルスだといいます。水野さんが挙げたイッカクをその場で調べると肉食で、堀元さんは「完璧理論」を崩されて悔しがっていました。
本の理屈では、角は威嚇や同種のオス同士の闘争のためのもので、捕食には役立ちません。実利を考える肉食動物は、カルシウムを使う角ではなく、捕まえるための爪や牙に投資するというわけです。
威嚇やオス同士の闘争のために角を発達させる。実利より迫力を取っている
捕食に必要な爪や牙に投資する。機能のない角は生やさない
実利を取ってるんじゃなくて迫力を取ってる。ので、肉食動物はこんなところ(角)に投資しない。
その直後に著者がべた褒めしているのが、奈良のゆるキャラ「せんとくん」だといいます。お坊さんなので肉を食べず、草食動物らしく鹿の角が立派に生えているから完璧、という理屈です。
せんとくんべた褒めしてる古生物学者いいな。
本は歴史の考証にも踏み込んでいます。古事記に出てくる鬼には角の記述がなく、般若の鬼女面のような中国大陸から持ち込まれたイメージによって、途中から角が生え始めたのではないかという話です。
水野さんは近いアプローチの本として、医大生が書いた『呪いを、科学する』に触れました。そのうえで、よりアカデミックな『古生物学者、妖怪を掘る』のほうをむしろ読んでほしいと話しています。
水野さんが続けて挙げたのが、小学5年生の倉持よつばさんが書いた『桃太郎は盗人なのか?』です。司書に資料の場所を尋ね、親の協力で大学の先生にも会い、全国の桃太郎を読み比べて文部科学大臣賞を受賞した研究を書籍化したものです。
人生二周目だろ、それ書いてます。無理だろ一周目。
水野さんが埋もれた本をすぐ挙げられるのは、ほぼすべての新書レーベルの新刊タイトルに毎月目を通し、新聞3紙の広告や書評欄、Xでも本を調べているからです。これを5年ほど続けた結果、テーマを聞けば関連する本が浮かぶようになったといいます。
ただ堀元さんからは、その能力は編集者の仕事ではあまり生きず、司書や学芸員になったほうがいいのではとツッコまれていました。
被災地の心霊体験は、なぜ人を救うのか
水野さんの1冊目は、奥野修司さんの『魂でもいいから、そばにいて』です。副題は「3・11後の霊体験を聞く」で、東日本大震災のあと、東北で心霊体験の報告が非常に増えたことを扱っています。
水野さんは関連書として、大学の先生が学生の調査論文をまとめた『呼び覚まされる 霊性の震災学』も紹介しました。最初の論考では、タクシードライバーの心霊体験が数多く報告されていたといいます。
たとえば、女性客を乗せて海辺の町まで向かうと、到着したころに「私は死んだのですか?」と聞かれ、振り向くといなかった、という話です。堀元さんはベタな怖い話に「そういうチャンネルだっけ、ここ?」と戸惑っていました。
『魂でもいいから、そばにいて』には、兄の死亡届を出しに行ったタイミングで兄からメールが届き、問い合わせても説明がつかなかった体験などが収められています。電話が来た、遠く離れた親戚と同じ日に同じ夢を見た、という体験も報告されていたそうです。
この本は、家族にも言えなかった霊体験を著者が聞き取り、淡々と記述するスタイルです。怪談師のような味付けはなく、科学を重んじる著者自身も、知人に言われて懐疑的なまま取材に出かけたといいます。
だからキャッチコピーをつけるなら怖くない怪談の本ですね。
水野さんがこの本から受け取ったのは、被災地には霊体験が必要なのではないか、という考えでした。理不尽に家族を失い、後追いを考えた人が、亡くなった家族が現れたことで思い直す姿がいくつも描かれているからです。
霊がいるかいないかって、この本においてはどうでもいいんですよ。
だから霊ってケアなんですよ。
弱っている時期に幻覚を見たのだろう、という科学的な説明は的外れではないかもしれません。けれど水野さんは、その説明が人を救えるのか、と問いかけます。
堀元さんは、災害などで生き残った人が抱く罪悪感を指すサバイバーズギルト ── 災害や事故などで自分だけが生き残ったことに対して、生存者が抱く罪悪感。「生存者の罪悪感」とも訳されますを挙げ、霊体験はその特効薬だとまとめられるかもしれないと応じました。
水野さんはさらに、足音やひとりでに動くプラレールといった小さな霊体験も、プロジェクションサイエンス ── 人が自分の内にある認識や意味を外の対象に投射し、世界を捉える仕組みを研究する認知科学の分野で説明できると話します。亡くなった人を対象に投射することで、その人の生きている世界が変わるという見方です。
語り手の被災者たちは、霊がいるなら早く出てきてほしいと言うそうです。実体には会えなくても魂は近くにいると思えれば生きていける、という思いがタイトルに込められていると水野さんは説明しました。
水野さんは、堀元さんの妖怪本と対照的な一冊だと振り返ります。どちらも科学で説明のつかない現象を扱いながら、片方は科学、もう片方はナラティブで説明しているからです。
鬼や鵺を生物学や歴史考証で合理的に解き明かす科学的アプローチ
霊体験が被災者にとって持つ意味を描く、ナラティブで人文学的なアプローチ
この本は文庫化され「7万人が涙した」とうたわれているため、人によっては今さらかもしれないと断ったうえでの紹介でした。
迷いと盲信の物語『史上最大のボロ儲け』
しんみりした空気を変えようと、堀元さんが2冊目に出したのは『史上最大のボロ儲け』です。リーマンショックの際、破綻に賭けるCDS ── 債券の発行体が破綻したときに損失を補償してもらえる金融商品。破綻に賭ける手段としても使われましたを大量に買って大儲けした投資家、ジョン・ポールソンの話です。
400ページほどの長い本ですが、書いてあることは「サブプライムローンが破綻すると思って賭けたら儲かった」という1点だけ。それを何年何月の出来事まで、非常に細かく描いているといいます。
ポールソンは、返済できないローンを証券化して売れば破綻すると素朴に気づき、調査を重ねて確信します。けれど周囲の投資家には、世界一頭のいいリーマン・ブラザーズやゴールドマン・サックスが売っているのだからそんなわけがない、と否定され続けました。
ポールソン何度も揺らぎながら、でもそうだよなって思いながら、なんとかみんなを説得して、でもみんなも受け入れてくれなくて。
しかも、危ないと言われ始めてからもなかなか破綻しません。その間、ポールソンは損失を出しながら何百億も買い足し続けていたといいます。
水野さんは、単純化すれば「やっぱり破綻しました」で終わる話の逡巡を書いている点を評価します。堀元さんも、一言で言えば面白くない話を細部で読ませるのは本ならではの贅沢で、映画にはならないだろうと話しました。
同じくサブプライムローンの逆張りで儲けたマイケル・バーリの話は、マイケル・ルイスの『世紀の空売り』や映画『マネー・ショート』で有名です。水野さんは、そちらのイメージが強いことが、この本が埋もれた理由ではないかと推測しています。
堀元さんは、ドラマ『ブラッシュアップライフ』を見ながら、人生をやり直す主人公がバブル崩壊やリーマンショックで儲けないことばかり気になったと笑います。水野さんは、前日の値動きがわかる状態で投資できた、かつてのdポイント投資の話で応じました。
メガビックで2億円、期待値に賭けた医学生
水野さんはここで、医学生のゾウセンタロウさんがスポーツくじ「メガビック」に全財産を賭けた話を持ち出します。7350万円をすべて突っ込み、2億円のリターンを得たといいます。
堀元さんは、一部の試合結果がわかった後に買えたのではと推理しましたが、外れでした。水野さんが挙げた理由は2つあります。
今回のメガビックのように、これだけ期待値があって張れなかったら、僕は投資家として失格だと考えた。
水野さんはこのインタビューでの発言を紹介しましたが、堀元さんからは「ボロ儲け話広める回じゃないですよ」とツッコミが入ります。1冊目はうまく本の話がつながったのに、2冊目は失敗したと笑い合っていました。
若き日の伊沢拓司が見せたプロデューサー視点
水野さんの2冊目は、『QUIZ JAPAN全書03 東大生クイズ王・伊沢拓司の軌跡 Ⅰ』です。QuizKnock以前、高校生クイズで優勝し、テレビのクイズ番組にたまに出ていた頃の伊沢さんが出した本です。
水野さんはQuizKnockが始まる前から、高校生クイズ2連覇の伊沢さんに衝撃を受け、大学生だった2017年にこの本を読んでいました。Ⅰには高校1年生までの、クイズにハマって強くなるまでの話が書かれています。
水野さんが驚いたのは、頭の良さだけではない点です。伊沢さんは、事情を知らない人が見れば答えるだけで超人に見える、カタカナの長い名前などテレビ映えする問題を集中的に対策したそうです。
さらに、1つ上の先輩の田村さんが男前なので、テレビに映ると考えて担ぎ上げて目立とうとしていたことも赤裸々に書かれていたといいます。2回目の出場時にも、田村さんのいない開成がどう見られるかを考えて立ち回ったそうです。
もうだから完全にプロデューサーしてんだね。
堀元さんは、自分は高校時代に「俺をチヤホヤしてくれ」という感覚しかなかったと話します。水野さんを担ぎ出す視点を持てたのは中盤になってからだと語り、「美談みたいになってないですか」と水野さんに突っ込まれていました。
水野さんによれば、伊沢さんは『クイズ思考の解体』でも、テレビクイズのスーパープレイに潜むロジックのネタばらしを意識的に続けています。その片鱗が最初に表れているのがこの本だといいます。
Ⅱには、「高校生最強のクイズ王」という肩書きの重さにもがく青臭い時期も収録されているそうです。東大王やQさまに出る前に刊行され、版元も有名ではないため、あまり知られていないと水野さんは見ています。
僕やっぱ好きなんですよ。その成功した人が悶々としてた時期のこと書いてるやつ。
新刊に限らない「ゆる言語学ラジオ本大賞」とは?
4冊を紹介し終えたところで、水野さんは埋もれた本への思いを形にする2つの取り組みを発表します。1つ目が「ゆる言語学ラジオ本大賞」です。
本屋大賞、新書大賞、サントリー学芸賞、紀伊國屋じんぶん大賞など、本の賞はすでにたくさんあります。水野さんの不満は、そのどれもが新刊本に限っていることでした。
本って俺それ(今熱いもの)から最も遠いものだと思ってたんですよ。
ニュースなら最近の話がいいけれど、本はたまたまそのタイミングで出来上がったものも多いのに、時事と結びつけて語るのは窮屈だ、というのが水野さんの考えです。堀元さんも、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を半年後に読んだ人が「今更」とつぶやく虚しさを例に同意しました。
そこで本大賞では、今年刊行された本を除いて、2人が今年読んで一番面白かった2024年以前の本を1冊ずつ選び、本気でプレゼンします。書店でのイベントを兼ねて発表し、ライブ配信も予定しています。
書店で開くのは、紹介した本がその場でたくさん売れてほしいからです。発表翌日には他の書店にも本が並ぶよう働きかけていて、フェアを希望する書店員には書籍リストやポップの素材を提供できるといいます。
水野さんが毎年続けたい理由は、出版の現場にあります。初刷りを消化しても重版されない良書は、テレビで言及されたといった「きっかけ」があると一気に重版されることがあるからです。
だから成否を測るのは再生回数ではなく、本が実際にどれだけ売れるかだと水野さんは話し、発表を聞いて興味を持ったら2冊とも買ってほしいと呼びかけました。
30店舗以上に広がる言語学ブックフェア
2つ目のお知らせは、言語学系の本を出す出版社の集まり「言語学出版社フォーラム」と組んだブックフェアです。昨年の紀伊國屋書店とのフェアが好評で、今年も開催されることになりました。
堀元さんはここで、昨年水野さんが紀伊國屋のフェアなのにジュンク堂と言い間違えた「事件」を蒸し返します。水野さんは「言うなよそれ」と本気で嫌がり、YouTubeで最も繰り返し再生されたのがその場面だと堀元さんに明かされていました。
フェアには、くろしお出版、ひつじ書房、開拓社、小学館、三省堂、大修館書店の6社が参加します。水野さんが各社から1冊ずつ選んだ激推しの計6冊に加え、各社の編集者や営業担当がリスナー向けに選んだ本も並びます。
昨年は途中で売れ行きが良くて期間が延長されたため、今年は紀伊國屋以外の書店も含めて30店舗以上に拡大します。早い店舗では11月1日から始まり、対象書籍を買うと限定動画が見られるQRコードがもらえます。
眺めるだけで楽しい言語学図書総目録
フェアのコラボブースでは、「言語学図書総目録」も数量限定で無料配布されます。国内26社が出版した言語学の主な書籍、約1200点が収録された目録です。
堀元さんは、オフィスに毎年届く工具通販モノタロウのカタログをつい眺めてしまう話をして、この目録も同じように楽しいはずだと話します。二人は手元のPDFをめくりながら、『統語論キーターム事典』『意味論キーターム事典』や、開拓社の『シェイクスピアはどのような方法でことばをふやしたのか』を見つけていきました。
堀元さんが気になったのは、スマホ決済などネット時代の表現を盛り込んだ教科書『新 ネット時代の中国語』です。水野さんはここで、ネットで見た中国語の下ネタ単語を持ち出し、「案件の途中でゴリゴリの下ネタ放り込んでくるのやめてもらっていいですか」と止められていました。
水野さんはさらに、ちくま新書の『闇の中国語入門』を紹介します。帯の例文は「私の精神はもう限界です」で、中国文化も合わせて学べる作りになっているそうです。
その国のことがわからないと、言語だけ勉強してもっていうのはよく言われますよね。
最後に水野さんは、本大賞は12月ごろ、フェアは11月ごろにスタートすると振り返りました。二人ともコメント欄やサポーターコミュニティで勧められた本をこっそり買っていると明かし、リスナーにも埋もれている良い本を教えてほしいと呼びかけて締めくくりました。
| 取り組み | 時期 | 内容 |
|---|---|---|
| ゆる言語学ラジオ本大賞 | 12月ごろ | 2024年以前に刊行された本から2人がベストを1冊ずつ選び、書店イベントとライブ配信で発表 |
| 言語学出版社フォーラムとのフェア | 11月ごろから | 6社の本を中心に30店舗以上で展開。限定動画や言語学図書総目録を配布 |
まとめ
新刊が多すぎて埋もれた良書を、二人がそれぞれの読書体験から掘り起こした回です。科学とナラティブという対照的な妖怪・霊の本から、長い逡巡を描く金融ノンフィクション、若き伊沢拓司さんの自伝までを紹介し、その思いを本大賞とブックフェアという具体的な取り組みにつなげました。
- 『古生物学者、妖怪を掘る』は、角は草食動物のものだという視点から鬼の造形にマジレスする
- 『魂でもいいから、そばにいて』は、被災地の霊体験を人を支える「世界の語り直し」として描く
- 『史上最大のボロ儲け』は、結果ではなく迷いと盲信の過程を400ページかけて描く
- 伊沢拓司さんの初期の自伝には、高校生にして番組の見え方から逆算する視点が書かれている
- 新刊に限らない本大賞とブックフェアで、重版の「きっかけ」をつくることを目指している



