推しがいない2人と「ファンとの違い」
冒頭で水野さんは堀元さんに、推しはいるかと尋ねます。2人とも、人生をかけて夢中になれるアイドルのような存在はいたことがないそうです。
(リスナーに)「推してます」って言われると、感覚的によくわかんないというか。でもその「おかげさまで頑張れてます」みたいに言われると、へ、そんな大層なものなんだと思って。
そこで登場するのが、推しを研究している久保(川合)南海子先生です。久保先生は推しを「すごく好きな対象があり、ただ好きなだけでなく、それに対して自分から働きかけるもの」と定義します。
久保先生の定義では、テレビで流れてきたものを面白いと思って見るような受け身の消費や鑑賞は「ファン」です。投げ銭をする、わざわざライブに行く、ネット上のコンテンツを見に行くといった働きかけがあると「推し」になります。
好きな対象を受け身で消費・鑑賞する。テレビで流れてきたものを面白いと思って見る
好きな対象に自分から働きかける。投げ銭をする、ライブに行く、コンテンツを見に行く
この定義を聞いた堀元さんは、芸人のこたけ正義感 ── 弁護士資格を持つお笑い芸人。法律や裁判を題材にしたネタで知られますさんのイベントに通っていることに気づきます。水野さんも同じイベントに一緒に行こうとしましたが、チケットは取り損ねたといいます。
久保先生によれば、今の推しという言葉はライトな層も含んで使われています。「その人がいないとやっていけない」ほどの存在でなくてもよいそうです。
言語学もコンテンツ作りも推し?
久保先生はさらに踏み込み、水野さんにとっての推しは言語学、堀元さんにとってはコンテンツ作りだと指摘します。本を書いたり作品を作ったりするのは、誰に頼まれたわけでもない働きかけだからです。
(コンテンツ作りに対して)推してるぞ、今コンテンツ作りをみたいな気持ち一切なくて、ただ作ってるだけなんですよ、僕。
堀元さんは最初そう反論しますが、久保先生に「作るなと言われたら嫌でしょう」と問われ、考えが変わります。久保先生は、推しを失うのと同じことだと続けます。
あれ、本当だ。俺何も作るなって言われたら暇で暇でしょうがないわ、人生。生きていけないかも。
あれ、俺推しいたわ。
久保先生自身の推しは研究テーマのプロジェクション ── 久保先生が研究する認知の働き。頭の中の表象を外の世界の対象に重ねて見る心の作用を指し、推し活の説明にも使われますです。研究発表をしたり、こうした場で話題にしたりするのは、やらずにはいられないからだといいます。
一方の水野さんは「言語学が俺に働きかけてきてるだけ」と抵抗し、睡眠も推しになってしまうと反論します。これに対して久保先生は、自分にとって睡眠は「趣味」だと明かします。十分に寝ていても「今ちょっと寝たら気持ちいいだろうな」と思って寝るのが、お酒好きの人の感覚に近いそうです。
会社に出社して机を整えるのも働きかけではないかという水野さんの問いには、雇用関係があるので違うという答えでした。推しになるのは、誰にも言われていないのに自分からやりたくて働きかける場合だけです。
完全メシは推しだった
水野さんは、日清食品の完全栄養食「完全メシ」にはまっていると打ち明けます。オンラインストアのセールがあれば堀元さんに知らせ、冷凍庫を満杯にしているそうです。
急いで完全栄養食食うのを楽しみにしてるんですけど、これ俺完全栄養食推してるってこと?
人にまで勧めている点を久保先生に指摘され、水野さんは完全メシが推しだと認めます。堀元さんも「日清の完全メシは僕の推しです」と胸を張ります。
そこから2人は、カップ麺型より冷凍の完全メシを激推ししていること、ラインナップの多くは公式の日清食品オンラインストアでしか買えないことを熱弁します。堀元さんは10食セットを2週間に1度届くようにしていて、ほぼ1日1食のペースで食べているそうです。
僕それこそだから日清食品ホールディングスの株買いました。もう。
久保先生は、オタクの人がハマったコンテンツの制作会社に課金するのと同じだと笑います。水野さんは本業の雑誌編集の仕事で、開発陣へのインタビューにも行ったといいます。
堀元さんが完全メシにはまったのは、水野さんに勧められたのがきっかけでした。久保先生によれば、推しにハマるきっかけは友人知人からの勧めが多く、勧める側も「この人とより仲良くなりたい」と思う相手に勧めるそうです。
推しとの距離は保ちたい
堀元さんは、推しは年間で大金を使うような高いハードルのものだと思っていました。久保先生の見方は逆で、ライトなファンが増えてマジョリティになったことで「推しです」と言いやすくなり、さらに層が広がる循環があるといいます。
久保先生は、推し活のイメージが画一的すぎるとも指摘します。恋人のような感覚の人、応援したい人、育てたい人など、推す気持ちも多様化しているそうです。
堀元さんは、自分を好きだというフォロワーに共通の友人が飲み会を提案したところ、断られたエピソードを話します。久保先生は、嫌われたのではなく「現実の世界とつなげたくない」という感覚だと説明します。
堀元さん自身にも思い当たる経験がありました。顔出しをしていないYouTuberのモノノケモノノケさんのコンテンツを4年ほど見続けていて、翌週に初めて飲みに行くことになり、すでに緊張しているそうです。
(モノノケさんは)アイコンがピンク髪で目隠しした少女なんですよ。だから僕の中でのモノノケさんのイメージはそれなんですけど、明らかに中身おじさんなんですよ。
久保先生は、推しのリアリティは人によって大きく違うと話します。声優に会いに行く人もいれば、キャラクターと声優の間に線を引く人もいます。だからこそ推しと結婚するのは珍しく、話題になるのだといいます。
マイクの前で死にたい。ワークライフバランスの本質
水野さんは、コンテンツ制作が推しだという堀元さんは、ワークライフバランスなど言っていられず過労死のリスクが高いのではないかと問いかけます。堀元さんの答えは明快でした。
収録毎日あってさ、疲れきってそのまま寿命を迎えて死んだら最高ですよね。
久保先生は実は、11年前に『女性研究者とワークライフバランス』という本を出しています。堀元さんのnote「マイクの前で死にたい」も定期購読で読んでいて、そのうえで「堀元さんはそれでいいと思います」と答えます。
久保先生によれば、ワークライフバランスはワークとライフという別々のもののバランスだと思われてきました。しかし仕事も、ライフに含まれる子育てや介護も、実は「求められてすること」です。
そこで久保先生は、求められることと求めることのバランスこそがワークライフバランスだと考えるようになったといいます。家庭生活に時間を使っていても、それだけでライフが充実しているとは限らないという見方です。
ワーク(仕事)とライフ(子育て・介護・生活)という別々のもののバランスを取る
他人から求められること(仕事・子育て・介護)と、自分が求めること(趣味・推し)のバランスを取る
水野さんは、この考え方がプロジェクション研究と根っこでつながっていると感じます。漢字の字形について考えるような、誰にも頼まれていない営みは、誰にも侵されない「プリミティブなやりたいこと」だからです。
堀元さんは、趣味で始めたアクアリウムにも水槽メーカーのスポンサーをつけたいと話すと、周りから引かれてきたといいます。純粋に楽しんでいて、ついでにお金をもらいたいだけなのに、仕事だから不幸だと思われてしまうそうです。
久保先生は、堀元さんの場合は求められることと自分が求めることがたまたま一致しているので、バランスが取れていると評価します。ただし、それが1つだけだとダメになったときに何もなくなるので注意したいと付け加えます。堀元さんは多くのコンテンツを持っているので大丈夫だという見立てです。
いろんな人にそう言われて、いや違う違う、俺別にやりたいことやってるだけだからってことを言ったんだけど、あんまり通じないでいたのを、今久保先生が初めて理解してくれた。
深みがない悩みと「挫折から学べるのか」
堀元さんは、水野さんが最近ずっと「人間としての深みやコアがない」と悩んでいることを久保先生に相談します。水野さんは、行動を予測するモデルを短時間で作れてしまう人を「浅い」と定義しているそうです。
久保先生は「自分への解像度が高いだけでは」と返します。堀元さんは、水野さんは人生が順風満帆で修羅場をくぐっていないから深みがないのではないか、と補足します。
これに対する久保先生の答えは「修羅場がなかったら幸せでいいじゃない」でした。さらに、挫折から学べるときもあれば学べないときもあり、挫折がなくても学べることはあるので、挫折に重きを置く理由がわからないといいます。
堀元さんは、漫画喧嘩稼業 ── 木多康昭さんによる格闘漫画。多数の格闘家がトーナメントで戦う物語ですに似た場面があると紹介します。敗北から学んだと語るキャラクターに、作中最強と思われるキャラクターが「敗北から学べるものなど何もない」と言い返すのだそうです。
堀元さんは、自分の起業失敗の経験を例に挙げます。投資家や共同創業者と激しく言い争って別れるような深い感情のぶつかり合いを、水野さんは経験していないのではないかという話です。久保先生はそれを「辛い体験をした人がマウントを取ってるだけ」と一蹴します。
恋人と友人は領域が違う
水野さんは、挫折した人の機微がわからないせいで、深みのある人と友達になれないのではと心配します。堀元さんは、ややこしい自意識を持つ人は水野さんのようなタイプと友達になるので、凸凹で仲良くすればいいと答えます。
向こうからは内部を露出してもらってるのに、僕露出する内部丸出しだから、ギブだけされてテイクしてないみたいな。
久保先生は、それも友達の関係として十分ありだといいます。「自分はこうしたから相手もこうしてほしい」と求めるのは家族や恋人の関係で、友達はもっと独立した存在だという考えです。
堀元さんは、恋人関係には「これだけ自己開示したならお前もせよ」と求めてよい範囲が社会通念として含まれているが、友達関係には含まれていない、と整理します。久保先生は、小中学生のうちは友達と恋人の感覚が分化していないが、年齢とともにアイデンティティが確立して自他が分離していくと説明します。
相手に同じだけの自己開示や関係を求めてもよいという共通認識(規範)がある
Aさんにはそうしても、Bさんにはしないことを選べる。相手もそれを不満に思わないことで成り立つ
それでも堀元さんは、インフルエンサー仲間から面白いゴシップを聞くと「何か出さなきゃ」と精神的な負債を感じるそうです。ただ、水野さんほど親しい相手だとその感覚はなくなるといいます。
水野って飲みに行って話したことを3週間経ったら全部忘れてるから。
久保先生は、親しさだけでなく、相手が本当に気にしないとわかっているかどうかという個人の関係性も大きいと指摘します。友人関係の多様性の表れだという見方です。
恋愛というファンタジーはキツい
堀元さんは、自分は現代の恋愛規範に乗れていないと感じています。恋人に「君が世界で一番大事だよ」という空気を出さなければならない暗黙の了解が、社会にはあるように思えるからです。
その恋人と別れたとして、僕は別に明日からも楽しく生きていくし、半年後ぐらいに別の人と付き合ってる可能性があるわけで。って考えたら、そのファンタジーに全力で乗っかるの結構きついなっていう。
久保先生もファンタジーだという感覚はわかるといいます。映画『君の名は。 ── 新海誠監督による2016年公開のアニメ映画。夢の中で入れ替わる高校生の男女を描き、大ヒットしました』がヒットしたとき、魂を分けた相手がいるかもしれないというファンタジーをみんなが素敵だと受け入れていることにショックを受けたそうです。
堀元さんは、漫画『バクマン。 ── 大場つぐみさん原作、小畑健さん作画の漫画。週刊少年ジャンプで連載され、漫画家を目指す少年たちを描きます』の主人公とヒロインが、中学生で両思いになってから会わずに好きでい続ける展開を「ファンタジーの極地」と評します。バクマン。が好きだという久保先生は、清く正しい少年漫画の中のクリエイター像として受け止めていたと話します。
30代になって運命の人を信じられず冷笑が出てきたという堀元さんに、久保先生は「普通じゃない?」と返します。世の中にこれだけ人がいてお互いに好きになるのは、奇跡ではなく「珍しいケース」で、特別なことには間違いないという見方です。
リアリスティックなことを言って、それでもうまくいく人とだけ付き合えばいいのかという堀元さんの問いにも、久保先生は同意します。そうでないと価値観が一致せず、その後の人生を共に生きるのが面倒になるからです。
久保先生に言ったらなんか2分ぐらいで解決したぞ。俺の疑問。
経営者目線という社会のファンタジー
堀元さんは、恋愛規範に限らず、社会の「ファンタジー」全般が嫌いだと話します。例に挙げたのは、会社員に「経営者目線を持て」と求める風潮です。
前提
中小企業では社長が株主として利益を持っていく
要求
従業員はコスト感覚や経営者目線を持ち、黒字になるよう動けと言われる
帰結
利益には預かれないのに、苦労だけ同じだけ負わされる
久保先生も、責任が取れない立場の人に責任が発生することを負わせるのはよくないと同意します。本当にできる人が雇われの立場でその視点を持てば、苦しくなって離職するだろうといいます。
では、社会に流布するファンタジーとどう向き合えばいいのか。久保先生の答えは「人のファンタジーに振り回されないこと」でした。
ただし久保先生は、思っていることをそのまま言うだけでは規範から外れて排除されるとも注意します。職場で「私はファンタジーに乗らない」と言えば仕事がうまくいかないので、目の前の人間関係の中でうまく表出していくことが大事だという考えです。
あれ、ファンタジーって別にそんな大きい問題じゃないじゃん。
コアはあるのか。クリエイターと踊り手
この回は「久保先生に人生相談したら面白いのでは」という企画だったと明かされ、水野さんも悩みを持ち込みます。以前の回で高校時代の友人から、水野さんには誰にも見せたくないエゴの部分が感じられず「ガワしかない」と言われたのです。
その回を聴いた久保先生からの感想メールは、友人と堀元さんが「存在するかわからないコア」を水野さんにプロジェクションしていた、というものでした。堀元さんは、哲学的ゾンビ ── 外から見ると普通の人と同じようにふるまうのに、内面の意識体験を持たない仮想の存在。意識をめぐる哲学の思考実験で使われますの議論と同じで、コアがないと怖いから、あってほしいと思っているのだと解釈します。
水野さんが「絶対に譲れないもの」として挙げたのは、いっぱい寝たい、お腹が減ったらご飯を食べたいというものでした。堀元さんに「ただの三大欲求」と突っ込まれた水野さんは、人には2つのタイプがいると言い出します。
やっぱ世界には舞台を与えられたらそこでビタビタに踊れる人と反発しちゃう人がいて、我々はそっち側なんですよ、久保先生と僕は。
一番点が高いダンスこれって言ったらそれきっちり踊りますよ僕は。
堀元さんは、大学のサークル飲み会で童貞いじりのノリがある場が「鼻持ちならない」と話します。友人が15年経っても当時のいじりを思い出して眠れなくなるとツイートしていたのを見て、noteに記事を書いたそうです。
水野さんはむしろ、いじられる側に入ると社交が楽になるといいます。嫌な場には行かないように立ち回ってきたので、場を壊したい、そこから何かを作りたいという発想はないそうです。
久保先生は、その義憤がある人がクリエイターになり、ない人がよい踊り手になるのではないかとまとめます。久保先生自身も、渡された論文から博士論文まで書いたように、踊りの原型があれば自分なりに派生させて踊れるタイプだといいます。
現状を自分で変えたい欲求と、それを形にする力がある。堀元さんや武田砂鉄さん
原型の振り付けがあれば、自分なりに派生させてうまく踊りきれる。水野さんや久保先生
台本を無視する人、台本に乗る人
コアの違いは、外部メディアへの出演姿勢にも表れます。堀元さんは自分が主導権を握りたいので外部出演はあまり好きではありません。3日前に出たダイヤモンド社のチャンネルでも、ディレクターが書いた詳しい台本を3行目から無視したそうです。
水野さんは逆で、現場に入るとまず「どうなったら面白いか」を聞くといいます。出演先の人気動画を事前に見て、座組に合わせてアジャストするのが楽しいそうです。
ゆる言語学ラジオで喋ってる時が一番面白いって言われるのと、いろんなメディアに出ててそれが面白いって言われるのだったら、僕後者のが嬉しいもんな。
台本を守らない人の例として挙がったのが、ライターの武田砂鉄さんです。水野さんがラジオ番組に出演したとき、用意された鉄板の質問ではなく、番組名に「の」を入れるべきかどうかを10分ほど聞かれたといいます。久保先生は、武田さんもクリエイターのコアがあるタイプだと話します。
堀元さんは、人間にはコアがあるという前提で話していたことを反省します。
いかにもコアがありそうな水野さんの誤解
水野さんは、自分がいかにもコアがありそうな喋り方をしてしまうことも問題だと話します。眼鏡、編集者という肩書き、文学部卒といった要素が重なって、思想家のように見えてしまうそうです。
友人の鶴見鶴見さんからは、「読書が好き」「言葉が好き」と言うと誤解を招くので、中学高校でハンドボールをしていた話から入れと言われたといいます。地方の陽気な家に生まれた陽気な人なのに、マスコミのカルチャーをわかっている空気を出している、という指摘です。
番組開始から1年ほどは、水野さんの「深遠な思想」に触れて人生が豊かになったという声もありました。しかし、クレジットカードを40枚作ってポイ活している話などをするうちに、そうした人は離れていったそうです。
僕その時間が経つと損するシステムになってるんで改善したい。
久保先生は、最終的な評価が同じでも、最初に高くて下がるのと、低いところから上がるのとでは印象が違うと整理します。そこで堀元さんが提案したのが、自己紹介の順番を変えることでした。
読書や言葉が好きな編集者として入り、期待値が高い分だけ「浅い」とわかって下がっていく
「マイルドヤンキーです、姉ギャルです」から入り、本も読むんだと後から上がっていく
久保先生は、上がり下がりを経てもまだ友達でいる堀元さんたちと付き合っていけばいいのでは、と助言します。
面白くなくなったら呼ばれない?
堀元さんは、パフォーマンスを出してしまう人の悲劇があると話します。飲み会に呼ばれたら場を回して盛り上げる「仕事」をしてしまい、結果を出しているから次も呼ばれているだけではないかと感じるそうです。
僕の直近の悩みは、ここ3年でできた友達。僕のYouTubeが滑り始めて残ってる人ゼロ人説。
久保先生は、水野さんは面白いことを言わなくても面白いと返します。「面白くなくたって興味深い人」、つまり変わっているから面白いという意味です。
水野さんは、一緒にいて安心やリラックスを感じてもらえる存在になりたいのに、そうした概念が自分から出てこないと悩みます。堀元さんは、笑いは緊張を生むので、面白すぎる人といると相手はリラックスしないのだと説明します。
一方で久保先生は、水野さんがあまり気を使わないので気が楽だといいます。水野さんが今仲良くしている人に研究者やそれに近い人が多いのも、ケアを求めず「変わっているもの」を面白がる人たちだからかもしれません。
恋愛してみたいけれど、言語学が面白すぎる
話は恋愛規範に戻ります。堀元さんは、水野さんは自分より恋愛規範に乗れていないと指摘します。自己肯定感が高く、一人で満たされきっていて、他者を必要としていないからです。
個人は独立していて、人に依存したり、人に迷惑をかけたりするのではなく、自分で寄って立ちなさいっていう規範の中で踊った結果、踊り続けすぎました。
それでも水野さんは恋愛をしてみたいといいます。理由を問われると、幸福な家庭で育ったのでそうした生活に憧れがあり、その一番手前にあるのが恋人を作ることだと答えます。
久保先生は、家族は一人ずつ違う形を作っていくものだと話します。一方で、やってもいいと思っているなら食わず嫌いはもったいないとも助言します。
久保先生によれば、恋愛や結婚には人生のタイミングもあります。仕事や生活面の波が複数重なって一つの形になるのが結婚ではないか、という見方です。
久保先生は、会いに来る卒業生にも同じことを伝えているそうです。就活でなんとなく就職したいと思うだけでは就職できなかったように、今の時代は結婚したいなら強い気持ちとともに行動しないと難しいという助言です。
でもそうやって言語学の勉強できる時間減るってことですよね。
何年か経てば言語学では寂しさが埋まらないと思うかもしれない、という久保先生の言葉にも、水野さんは飽きる自信がありません。久保先生は、飽きなかったらそれでいいと返します。
合成の誤謬と「形では幸せになれない」
水野さんは最近、合成の誤謬 ── ミクロ(個々)では正しい選択が、全体(マクロ)として集まると望ましくない結果を生むこと。経済学でよく使われる概念ですについて考えているといいます。瞬間ごとの最適解を打ち続けた結果、囲碁や将棋でいう「詰み」に入っているのではないかという不安です。
堀元さんは、みんなも瞬間的に生きていて、後悔しながら日々を過ごしているのだから大差ないと返します。久保先生も、人生はその瞬間の積み重ねでしかなく、瞬間ごとの最適解で幸せだと思えているなら、それが幸せな人生なのだと話します。
堀元さんは、無理に家庭を持とうとして、ハマらない人と結婚し、ハマらない人生を送る方が不幸だと感じています。久保先生は「形では幸せにはなれない、中身だ」と当たり前のことを言っただけだと話しますが、堀元さんはこれを名言だと受け止めます。
結婚してマイホームを買い、子どもがいる。わかりやすく幸せそうだが、幸福度を失うこともある
瞬間ごとの最適解で幸せだと思えているか。人間には心があるので形だけでは幸せになれない
堀元さんは去年離婚したそうですが、形が整っている同世代の知人の方が自分より明らかに不幸に見えることがあるといいます。
自分には主体性がないと話す水野さんに、久保先生は自身の経験を語ります。主体的に取り組んだ研究はプロジェクションだけで、それに出会ったのは40代半ばでした。それまではワークライフバランスやジェンダー、高齢者の認知などを必要に迫られて研究していたそうです。
久保先生はこれを、歌い手からシンガーソングライターになったと表現します。だから、水野さんの10年後もわからないというのです。
堀元さんは、水野さんの著書『会話の0.2秒を言語学する』も書きたいテーマを書いたのではと指摘します。水野さんは「0.2秒」という切り口は後から作った舞台装置だと答えますが、グライスやCコマンドの面白い説明の仕方へのこだわりはあったといいます。久保先生は、本を書ききるのは本当にクリエイティブな作業で、水野さんは主体的に書いたのだと評価します。
僕を研究対象にしてください
久保先生は最後に、「このよくわからない水野という人物を一生かけて解体してやる」と思う相手がいれば結婚できるのでは、と提案します。水野さんも、研究対象にしてもらえるなら気楽だと納得します。
Twitterのプロフィールに書いとこう。僕を研究してくれる人募集です。ハート。
水野さんは、気を使えることと、気を使っていることが相手に伝わることの間に何があるのかも聞きたかったといいます。久保先生は、気を使っていることがわかる人は嫌だと答えます。
実際、水野さんは以前、お酒を飲まない久保先生のためにクラフトビールの店を、それも駅から遠い場所に予約してしまったそうです。水野さんは出張の疲れもあるだろうと考えたつもりでしたが、久保先生は「そういう風に気を遣わない人だから楽でいい」と受け止めていました。
堀元さんは、水野さんが気を使っているという自意識と、相手からの見え方の乖離が大きいと指摘し、その話はまた別の機会にしようと締めくくります。今後は久保先生のいる愛知へ会いに行く回もやりたい、という話で収録は終わります。
まとめ
久保(川合)南海子先生の「推しとは自分から働きかけるもの」という定義は、推しがいないと思っていた2人に、コンテンツ作りや完全メシという推しを気づかせました。そこから話は、求められることと求めることのバランスとしてのワークライフバランス、恋愛や経営者目線といった社会のファンタジー、人間のコアの有無へと広がりました。
- 久保先生の定義では、受け身で消費するのがファン、自分から働きかけるのが推し
- ワークライフバランスは「求められること」と「自分が求めること」のバランスだと久保先生は考える
- 社会のファンタジーには振り回されず、周囲にはうまく表出していくことが大事
- コアがあるクリエイターも、コアのない踊り手も、それぞれに向いた生き方がある
- 形を整えても幸せにはなれず、瞬間ごとの中身が幸せかどうかが大切






