名古屋は関東か関西か、研究者の結論は「どちらとも言えない」
この回は、水野さんの故郷である名古屋の方言を、関東寄りか関西寄りかという切り口で扱います。エスカレーターの立ち位置のように、東西の中間としてネタにされがちなテーマです。
水野さんは方言の研究者に取材し、最新の知見をもとに結論を断言したいと切り出します。ところがその結論は、断言の形を取りながら「どちらとも言えない」でした。
これ実はちょっと方言の研究者にもね、取材をしました。最新知見を取り込んで結論をズバッと断言したいと。
はいはい。じゃあズバッと教えてください。
結論断言したんですけど、これどちらとも言えないらしい。
堀元見さんは、はっきりしない結論だと戸惑いますが、水野さんはそこにこそ面白さがあると言います。「どちらとも言えない」は、あいまいなのではなく、ある面では関西的である面では関東的だという意味です。
この問いの面白いところは、どのような点においてどちらとも言えないのかっていうことって結論出てないと思うんですよね。
つまり全部が中間なのではなく、方言の各要素が東西の特徴を別々に併せ持っている状態です。この回では、その内訳を具体的にたどっていきます。
地域を分けるだけの学問、方言区画論とは
水野さんはまず、方言研究の一ジャンルである方言区画論 ── 日本語の方言を地域ごとにグループ分けし、どの地域とどの地域が同じまとまりかを整理する研究分野。生物の分類学のように、区分の仕方は研究者によって異なるを紹介します。区画とは行政区画などの区画で、方言の地域区分をするジャンルです。
方言ってここのエリアとここのエリアに分かれてんだなみたいなことを考えるだけのジャンルってことですよね。
堀元見さんは「そんな狭いジャンルがあるのか」と驚きますが、水野さんは、言葉が地域ごとに違いそうだと気づいた時代の人が、まずグルーピングしたくなるのは自然だと説明します。
あれですよね、生物における分類学みたいな。リンネがやったことみたいな感じかな。
日本語の諸方言は、まず本土方言と琉球方言に分かれます。ただし琉球方言は、現代の言語学では独立した琉球語として扱われることが多いといいます。
本土の中でどこまでを一つのグループにするかは、学者によって異なります。四国の方言を九州と同じとみるか、関西と同じとみるかといった扱いも定まっておらず、生物の分類と同じように区分は割れています。
明治以来の区画説と、境界線を直線で引いた地図
水野さんは、メインの参考文献である昭和46年刊の『名古屋方言の研究』を取り出します。この分野では、複数の研究者がそれぞれ異なる区画を提案してきました。
堀元見さんは、境界線を直線で引いた明治の地図に注目します。地形を無視して機械的に東西を割ったこの引き方を、堀元見さんは植民地の国境になぞらえました。
だから地形とか無視して機械的に。え?植民地主義じゃん。え?エジプトのやつじゃん。
水野さんは、言語地理学では言葉が山や川の形状に沿って分かれると扱ってきたのに、と苦笑します。ただ、この直線区分は明治39年のもので、境界の引き方をめぐる批判が広まるより前の発想でもありました。
明治39年の東西二分説では名古屋は関西方言に含まれましたが、東上操は独立した中部方言を立てました。研究者ごとに東西の境界線はばらばらで、愛知をまたぐ人もいれば、またがない人もいます。
名古屋に近い岐阜や三重も一様ではありません。岐阜は名古屋より関西寄りに感じられ、三重に行くと完全に関西的だと水野さんは言います。そのため、名古屋を一つの線でズバッと区分するのは非常に難しいのです。
立花正一っていう先生とかは、もうどちらにも属さない無所属なんだっていうような。
関西方言だとする説、アクセントから同心円状に分類する説、どちらにも属さない無所属だとする説まであり、愛知は方言区画論の悩みの種になってきました。
東西で言い方が分かれる言葉たち
境界がグラデーションでも、東西で言い方が対立している言葉を基準にすれば見通しが立ちそうだ、と話は具体例へ進みます。水野さんはいくつかの対立例を挙げます。
| 意味 | 東の言い方 | 西の言い方 |
|---|---|---|
| 口紅を引く指 | 薬指 | 紅指・紅付け指 |
| 塩気が強い | しょっぱい | 辛い |
| おんぶする | 負うう・負う | 負う |
堀元見さんが注目したのは、これらの境界線が語ごとにずれている点です。薬指と紅指の境界は静岡の真ん中あたり、しょっぱいと辛いの境界は静岡と愛知の間あたりにあります。
この辺の地域の人は、この語については東風の言い方をする、この語については西の言い方をするっていうのがいっぱいあるんだね。
つまり、ある一本の線で全部の語がきれいに東西に分かれるのではなく、語によって境界が違います。名古屋の位置づけが一筋縄でいかない理由が、ここに表れています。
東西5番勝負、名古屋方言は関西的か
代表的な東西対立の言葉を使い、名古屋方言はどちらかを5番勝負の形で判定していきます。判断材料は、語彙と文法にまたがる5つの項目です。
買う→買った/白くなる/これだ
買う→買うた/白なる・白ーなる/これや
水野さんは自分の実感で答えます。「白くなる」は名古屋では「白なる」で、豊橋より西では関西的な形になります。堀元見さんは、名古屋が豊橋より西にあることから、水野さんは関西型だと言い当てました。
普段水野白なるって言っとったなとか思ってほしかったけど。
水野さんは、3年半一緒に番組をやっているのに名古屋弁を覚えていない堀元見さんに驚きます。堀元見さんは、二人の関係はビジネスだから言葉がうつらないのだと返し、掛け合いになります。
だから前さ、やったじゃん。ビジネスでやってる時は方言うつらなくて、心の交流、友達とかの時はうつるって話あったから。
否定の言い方も論点になります。名古屋では「せん」ではなく「しん」と言うことが多く、これは関西寄りだと水野さんは言います。
愛知だとね、せんじゃなくて、実はしんっていうことが多いですね。
命令形では、堀元見さんがなかなか名古屋弁を思い出せず、ようやく「食べや」という形にたどり着きます。水野さんは、父親から「食べよ」と言われて育ったため、命令形は関西的な形だと感じると振り返ります。
これ食いやみたいなこと言ってない?食べやみたいな。
僕、父親によく食べよとか言われてました。めっちゃ言われてました。
5番勝負の結果、「買うた」は名古屋には当てはまらないものの、残りの4項目は概ね関西的でした。この調査だけを見れば、名古屋方言は関西的だという結論になります。
語彙・アクセント・音韻で結論が割れる
しかし水野さんは、5番勝負は語彙と文法に偏っており、アクセントを含めていないと注意します。より精緻に検討した『名古屋方言の研究』では、10ページほどにわたり多くの項目を分析しています。
この本では、江戸の言い方と京阪の言い方を並べ、名古屋がどちらに当たるかを丸バツ形式で判定しています。刺身と造りの対立では、名古屋は「刺身」で関東寄りでした。
堀元見さんが気づいたのは、アクセントの一貫性です。音、山、傘、雨といった語のアクセントが、軒並み江戸(東京)と同じでした。
てかアクセントは軒並み関東的だ。
アクセントは江戸なんですよ。
一方で語彙には関西寄りの要素も残ります。名古屋の人が上京して指摘されやすいのは、坂・靴(履物)・服・後ろ・畑・周りといった語のアクセントや言い方だといいます。
| 要素 | 傾向 |
|---|---|
| アクセント | 概ね関東系(東京) |
| 音韻 | 関東・関西の両方を併せ持つ |
| 語法(文法) | 関西系 |
| 語彙 | 関西系 |
つまり語法と語彙は関西系、アクセントは関東系、音韻は両方を併せ持つという、要素ごとに向きの違う状態になっています。これが「どちらとも言えない」の具体的な中身です。
妙ちきりんなことになっとるんだわ。
水野さんは、本当は名古屋弁だけで回をやろうとしたものの、聞き手の負荷が大きいためやめたと明かします。名古屋弁講座はいつかやりたいテーマとして残されました。
結論は「どちらとも言えない」、次回はその理由へ
水野さんは、研究者の最新知見を一言でまとめると「どちらとも言えない」だと繰り返します。ただし堀元見さんは、これを飲み会で披露しても盛り上がらないと冷静にツッコミます。
名古屋弁って関東弁寄りか関西弁寄りか、どっちか知ってる?これ現代の研究者がちゃんと結論出してて、どちらとも言えないんだぜ。
それでも二人は、名古屋方言が学問的に見て面白い位置にあることは確かだと確認します。そして次回は「なぜそうなるのか」という理由に踏み込むと予告します。
その中で、名古屋弁に武士言葉が残る理由も扱われます。堀元見さんは、信長・秀吉・家康ら天下人がいたからだと思い込んでいましたが、水野さんはそれが説明になっていないと指摘します。
どの地域にだって武士はいたでしょ、だって。江戸時代に藩があって、武士階級の人間が藩主やってたわけでしょ。
天下人が出た土地であっても、他の地域に武士言葉が残っていないなら、「武士文化だったから」では理由にならないというわけです。この続きは次回に持ち越されます。
まとめ
名古屋方言が関東か関西かという問いに、研究者は「どちらとも言えない」と結論づけています。全部が中間なのではなく、語彙と語法は関西系、アクセントは関東系、音韻は両方を併せ持つという、要素ごとに向きの違う状態が、その正体でした。
- 名古屋方言は関東か関西かに、研究者は「どちらとも言えない」と結論づけている
- これは中間という意味ではなく、ある面は関西的で、ある面は関東的だという意味である
- 明治以来、名古屋は関西方言・独立した中部方言・無所属など、研究者ごとに扱いが割れてきた
- 東西で言い方が分かれる語は、境界線が語ごとにずれており、一本の線では区分できない
- 語彙・語法は関西系、アクセントは関東系、音韻は両方を併せ持つと要素ごとに傾向が異なる


