楽器のオノマトペに「波」がある?
番組冒頭、水野さんは「ゆる音楽学ラジオ」と名乗ってしまい、堀元さんが「違う番組です」と訂正します。そのまま「今日はゆる音楽学ラジオ」として、楽器のオノマトペを扱う回が始まりました。
ギターで弾いたらジャーンって音が出るみたいな話?
そうですね。笛だったらさ、ヒーヒャラとかさ、いろいろあるわけじゃないですか。
水野さんが種本にしたのは『オノマトペの歴史1 その種々相と史的推移・「おべんちゃら」などの語史』です。著者の山口仲美山口仲美先生が、平安文学と江戸文学を読み比べて不思議なことに気づいたところから、話が始まります。
江戸時代の東海道中膝栗毛 ── 十返舎一九による江戸後期の滑稽本。弥次郎兵衛と喜多八の東海道の旅を描き、大衆に広く読まれましたには、竹笛の音として「ひやりひやり」や「てれつくてれつくすってんすってん」といった擬音語が出てきます。ところが平安時代の文学は、いくら読んでも楽器の音を写す擬音語が現れないといいます。
平安時代にも雅楽などの楽器はあったので、楽器の音を写す言葉があってもよいはずです。山口先生がこの印象を調べると、楽器のオノマトペは時代とともに直線的に増えたのではなく、増えたり消えたりする波があるとわかりました。
堀元さんは、以前番組で扱った「泣き方のオノマトペの歴史」を思い出します。男性が泣くことが美徳とされた時代とそうでない時代が交互に来たように、楽器のオノマトペにも波があり、ただし推移は泣き方とは少し異なると水野さんは説明しています。
奈良は「さやさや」だけ、平安ではゼロに
水野さんによると、奈良時代に楽器の音を写す擬音語は、琴の音を表す「さやさや」だけでした。堀元さんは『ピューと吹く!ジャガー』を例に出し、奈良時代なら「さやさやと弾くジャガー」になると笑います。
水野さんが「さやか」という名前は竹の音のような擬音語から来ているかもしれないと言うと、堀元さんは同作のヒロインがさやかちゃんだと気づきます。堀元さんは「それを見越して例えを出した」と冗談めかして胸を張りました。
平安時代になると、その「さやさや」さえ消え、楽器の擬音語は全く出現しなくなります。代わりに平安文学は、「澄み果てて面白く」「懐かしく愛敬づきたる」「珍しく今めきて」のような形容句で楽器の音を描きました。
だからギターをジャーンと鳴らすんじゃなくて、ギターが歪んだような音を出したとか、こんな風に言うのが平安文学。
山口先生は仮説として、平安文学が優美さや余情 ── 言葉に直接表されていない、しみじみとした味わいや余韻のこと。和歌や物語の美意識として重んじられましたの美を重んじたため、描写的なオノマトペがなじまなかったのではないかと述べています。堀元さんは、音をずばり出すと想像の余地が減るからだと受け止めました。
水野さんは、真偽はわからないとしつつも、文学が目指す方向性によってオノマトペの使われ方が変わるなら面白いと話します。堀元さんは、事実が明け透けに並ぶ携帯小説が「文学じゃない」と言われながら時代の空気を捉えていた例を挙げ、時代ごとの好みの違いに重ねました。
鎌倉時代になっても、楽器のオノマトペは出てきません。貴族の時代から武士の時代へとノリが大きく変わったのに、この点では平安の延長線上にあり、やはり誇張した比喩や形容句で楽器の音が表されていたといいます。
室町で現れ、江戸で激増したのはなぜ?
室町時代になると、狂言歌謡 ── 能と並ぶ芸能である狂言の中で歌われる歌謡。庶民的で口語に近い表現が多いのが特徴ですの中に楽器の音を写す擬音語が登場し、ようやく本格的に現れ始めます。堀元さんは、鎌倉から室町は同じ武家社会なのに、ここで変化が起きるのは意外だと驚きました。
さらに江戸時代になると、楽器のオノマトペは激増します。理由を問われた堀元さんは「天下太平の世の中になったら、みんな擬音語を喋り出す」と珍説を披露しました。
水野さんはこれを受けて、鼓腹撃壌 ── 腹鼓を打ち、地面を踏み鳴らして太平を楽しむ様子を表す故事成語。古代中国の帝王が、民の満ち足りた姿から世の平和を知った話に由来しますという言葉を紹介します。堀元さんは「その故事の由来は自分だ」「年齢は1800歳ぐらい」とさらにふざけ、話は与太話に流れていきました。
話を戻すと、江戸時代に楽器のオノマトペが特に増えたのは、歌舞伎、川柳、草双紙、滑稽本といった大衆文学でした。堀元さんは、ライトノベルでページいっぱいに「ドカーン」と書く表現が小説好きを驚かせた例を挙げ、大衆娯楽で好き勝手やる層が出るとオノマトペは変わりやすいのかもしれないと話しています。
このように、楽器のオノマトペは一方向に増えたのではなく、時代ごとに大きく浮き沈みしていました。
オノマトペを嫌った作家たちのこだわり
オノマトペとレトリックの関係を調べる中で、水野さんは、オノマトペを文学に持ち込むことを嫌う作家がいたことに触れます。代表格が三島由紀夫です。
三島由紀夫は『文章読本』で、オノマトペを厳しく批判しています。
「言語の抽象性を汚し、濫用されるに及んでは作品の世界の独立性を汚します」って。
堀元さんは、平安文学が余白を残そうとしたのと同じ動機かもしれないと指摘します。ところが三島本人は、自作でオノマトペをかなり使っていました。
ただし三島の使い方には一貫性があり、擬音語は少なく、ほとんどが擬態語だったといいます。堀元さんは「金閣寺が燃えた。ドカーン」と三島が書いたかのような冗談を重ね、水野さんに乗せられていきました。
作家とオノマトペの関係には、ほかにも興味深い逸話があります。北原白秋は8年かけて作り出した音象徴的な言葉を他人に無断で使われ、激怒したそうです。
三好達治は、詩「横笛」で笛の音を写した「ふひょうう」の「う」を出版社に「ろ」と誤植され、謝罪を要求しました。手紙では次のように書いています。
「天下に忍び難き恥晒しの極刑を課された如き感に堪えません」と。
堀元さんは「話盛り癖がある」と自分と重ね、コンビニでカップ麺に箸を付けてもらえなかったときも極刑の気分になると言い、水野さんに「一緒にしないでください」と突っ込まれました。
江戸で楽器オノマトペが増えた3つの理由
水野さんは、種本が挙げる、江戸時代に楽器のオノマトペが文学作品で増えた理由3つをクイズにします。堀元さんは真っ先に「そもそも楽器が増えた」と答え、正解しました。
1つ目の理由は楽器の大衆化です。室町時代までは職業人か特権階級しか楽器を持てませんでしたが、江戸時代には庶民も楽器を持てるようになり、身近なものになりました。
堀元さんは、停電中に楽器店で盗難が相次ぎ、DJ機材が広く出回ってブレイクビーツが流行したという、以前別の場で話した逸話を重ねます。大衆の手に楽器が渡ると文化が生まれる、という見立てです。
2つ目は、楽器の音をすぐに擬音語で表せる道具として、唱歌 ── 「しょうが」と読み、楽器の旋律やリズムを口で唱えて覚える日本の伝統的な方法。三味線の「チントンシャン」などが知られますがあったことです。口で唱えて演奏を覚える、擬音語由来の楽譜のようなものだといいます。
たとえば口三味線では、三味線の音を口で真似ます。『東海道中膝栗毛』には「ちちつつんちんしゃん」のような例があり、演奏を覚えるための習慣が、結果的に楽器の音をオノマトペに変換する文化を育てていました。
あれに近いかもね。アカペラ甲子園みたいな。みんなでアカペラだけでさ、いろんなパートやるやつあるじゃないですか。
3つ目は、江戸の人々が娯楽として歌舞伎に親しみ、そこで演奏される音楽を始終耳にしていたことです。楽器の音が日常にあふれ、写したくなる環境があったと指摘されています。
| 要因 | 内容 | 堀元さんのたとえ |
|---|---|---|
| 楽器の大衆化 | 庶民も楽器を持てるようになった | DJ機材の流通とブレイクビーツ |
| 唱歌という道具 | 口で唱えて演奏を覚える文化があった | アカペラの楽器パート |
| 歌舞伎の音楽 | 楽器の音が日常にあふれていた | ギターが安くなり弾き語りが増える |
水野さんは、これら3つの要因が重なって、江戸時代に楽器のオノマトペの量が激増したとまとめています。
明治で激減、五線譜は「外来種」だった?
水野さんが「面白いのはここから」と切り出したのは、明治時代になると楽器のオノマトペがめっきり減るという話です。堀元さんは「増えていく一方だと思った」と意外がり、「廃三味線」のような運動があったのではとふざけます。
最大の要因は、江戸時代に楽器オノマトペを支えた唱歌が、西洋音楽の流入で途絶えたことでした。堀元さんが「楽譜ってこと?」と当てると、水野さんは五線譜で覚えればよくなったからだと説明します。
こいつ(五線譜)が海外から入ってきたせいで、アメリカザリガニみたいなのが入ってきたせいで、日本の生態系にあった。
その結果のせいでオノマトペっていう在来種も駆逐されちゃったわけですね。
西洋音楽の流入
五線譜で演奏を覚えられるようになる
唱歌の衰退
口で唱えて覚える文化が不要になる
オノマトペの減少
楽器の音を擬音語に写す回路が細る
江戸時代の楽器オノマトペには、三味線の「てこてんとんてこてこてんてんつんぽんぽん」や、太鼓の「ドドドン」「ドンドンカカカ」などがありました。楽器の音を「手」と掛けて「ててててん」と書くなど、ダジャレのように使っておかしみを足す工夫もあったといいます。
水野さんは、ドレミファソラシドは誰でも同じように楽譜を再現できる優れた道具だと認めたうえで、その代わりに切り捨てる部分があると話します。
堀元さんは、西洋化で失われた古き良き日本の話はよくあるが、それが楽器オノマトペだとは予想外すぎると驚きました。
堀元さんはさらに、ゲーム『UNDERTALE』の楽曲MEGALOVANIAMEGALOVANIAを、誰もが「デケデッテッテッテッテー」と同じように文字に起こすと話します。印象的なゲーム音楽が増えれば、オノマトペが再び盛り上がるかもしれないと言いかけましたが、途中で「無理筋だ」と自ら引き返しました。
文字と発音は一致しない?
水野さんは、五線譜とよく似た関係が文字にもあると話を広げます。ひらがなの「か」は1つの文字ですが、堀元さんと水野さんの「か」は音の高さも何もかも違い、文字という抽象化が多くを取りこぼしているといいます。
水野さんが例に挙げたのは、[Alexandros]のボーカル川上洋平さんです。「ワタリドリ」などを聴くと、母音の「あ」がときどき「あ」と「え」の中間の音になるのに、文字に写すと「あ」になってしまいます。
でもそれ(発音の細かな違い)文字起こししてしまうと、もうもはやその諸相は取りこぼすわけじゃないですか。これは五線譜の擬音の関係とよく似ているなと。
誰でも再現できる代わりに、口で写していたオノマトペが減った
同じ文字で表せる代わりに、人ごとの音の違いが消える
ここで堀元さんは、『水曜日のダウンタウン』は音声学番組だったのではと言い出します。宇多田ヒカルさんの「First Love」の歌詞「だろう」が、実際には「だはー」のように発音されていると気づいた企画です。
カラオケで歌う人たちを撮り、最後に大友康平さんが「だ、ひょーん」と歌うのをオチにした並べ方に、二人は「悪意があって最高」と笑います。一方で、歌詞カードを見て「だろう」と歌う人も多く、見本の音から離れて文字に寄せていると水野さんは指摘しました。
我々が取りこぼしてきた諸相を取り戻そうという振る舞い、それこそがものまねと言っても過言ではないんじゃないですかね。
水野さんはこれに同意し、ものまねが上手い人は「耳がいい」と評されると話します。英語ものまねで知られるダイジロウさんについて、音声学者の川原繁人 ── 日本の音声学・音韻論の研究者。慶應義塾大学で教え、ラップやポケモンの名前など身近な題材で音声学を紹介しています先生も「彼は本当に耳がいい」と語っていたそうです。
同じ音が違って聞こえる「ローレルとヤニー」
堀元さんは、自分の発音の癖や歌詞の実際の発音をリスナーから募集したいと提案します。水野さんも、格助詞の「を」を本当に「を」と発音していると指摘された経験を挙げました。
堀元さんは、ヨルシカの「だから僕は音楽を辞めた」のラストサビが「辞めない」とも聞こえるという話を紹介します。水野さんは、口元の映像で聞こえ方が変わるマガーク効果 ── 口の動きの映像と音声が食い違うと、実際とは別の音に聞こえてしまう知覚現象。視覚が聴覚に影響する例として知られますに触れ、事前に言われると本当にそう聞こえてしまうと話しました。
続いて水野さんは、ある音声を聞くと半分の人には「ローレル」、半分の人には「ヤニー」に聞こえるという例を持ち出し、その場で流します。
ヤニーに聞こえる人もいんの?マジ?めっちゃローレルだったよ今。
堀元さんは、青と黒にも白と金にも見えたドレスの画像を思い出します。水野さんは、周波数のどの部分に注目するかでヤニーにも聞こえるらしいとし、同じ音でも人がどこに注目するかで聞こえ方が変わると話しました。
社会が変わると、言葉も変わる
水野さんは今回のまとめとして、地味に見える楽器オノマトペの増減の裏には、社会との関わりや外から入った文化の影響があると話します。
以前扱った言語地理学では、地理的な要因で言葉が変わる話をしました。今回の楽器オノマトペは、社会の変化や文化の流入で言葉が変わる典型的なパターンとして取り上げられています。
堀元さんは、大規模言語モデルが流行し、AIとの対話が当たり前になった現代でどんなオノマトペが生まれるか楽しみだと話します。水野さんによると、今井先生がChatGPTに新しいオノマトペを作らせたところ、子どもが考えたものの方がよほど創造的だったそうです。
堀元さんは、以前の回で政治家が言った「静静粛々」という存在しない四字熟語に、「自分も言いたくなる」というコメントが多く寄せられたことを紹介し、人には造語の力があると話します。水野さんが「生成AI」もオノマトペだとボケると、堀元さんは四字熟語のように見えると面白がりました。
最後に二人は、これから生まれそうなオノマトペの予想、実際の発音についての説、そしてローレルとヤニーのどちらに聞こえたかを、コメントで寄せてほしいと呼びかけて回を締めくくりました。
まとめ
楽器のオノマトペは、奈良の「さやさや」から平安・鎌倉の空白、室町の登場、江戸の激増、明治の激減へと大きく揺れ動きました。その背景には文学の美意識、楽器の大衆化、唱歌の文化、そして五線譜の流入があり、言葉が社会とともに変わる様子がよく見えます。
- 平安文学は余情を重んじ、楽器の音を擬音語ではなく形容句で描いたと考えられています
- 江戸時代は楽器の大衆化、唱歌、歌舞伎の音楽が重なり、楽器オノマトペが激増しました
- 明治に西洋音楽と五線譜が入り、唱歌が途絶えたことで楽器オノマトペはめっきり減りました
- 五線譜や文字のような優れた記号は、便利さと引き換えに音の細かな違いを取りこぼします
- 言葉は地理だけでなく、社会の変化や外から入った文化によっても変わります

