「わかんない」は車の名前?
「ジャパン赤ちゃんズミステイクアワード」は、子どものかわいらしい言い間違いを視聴者から募り、そこに隠れた法則や言葉の知識を浮き彫りにする定期コーナーです。堀元さんは、子どもの間違いにはさまざまな認知の特性が反映されている、とコーナーの狙いをまとめます。
1つ目は、おぶーぎゅうさんから届いた1歳の子どもの話です。働く車の絵本を毎日のように読み、「これなあに?」と聞いてくる子どもに、親が「オフロードダンプトラックだよ」と答えると、子どもは否定して「わかんない」と言いました。
投稿者は、工事車両について聞かれたときに自分が「わかんない」と答えたことがあり、子どもが「わかんない」を車の名前だと思ったのかもしれない、と振り返っています。適当に答えられないと少し反省した、という言葉も添えられていました。
まさか(子どもは)車の名前をわかんないだと学習していた。
堀元さんは、現地の人が「知らない」と答えた言葉が動物の名前になったという、カンガルーの由来の話を思い出します。ただ調べてみると、Wikipediaにも俗説と書かれており、実際はグーグイミディル語 ── オーストラリア先住民アボリジニの言語の1つ。左右ではなく東西南北の方角で位置を表すことで知られていますで「飛ぶもの」を意味する語が変化したものだとわかりました。
水野さんは、子どもの「わかんない」の誤解をガバガイ問題 ── ある言葉を教わったとき、それが対象の名前なのか、色や動作なのかを原理的に決めきれないという、意味の確定の難しさを示す哲学の問題と結びつけます。「わからない」と言われたものを名前だと思うエラーが、1歳の時点で起きているわけです。
これわかんないとか言われた時に、いっそそいつの名前はわかんないなんだなって学習しちゃう方が有利なんでしょうね。
水野さんも、一旦名前だと仮置きしておくほうが習得は早く、確定させずに後で修正できることこそが子どものすごさだと応じます。堀元さんは、自分の母親が子どもの頃に蚊帳を「インチキ」だと思っていた話を持ち出し、雑に蚊帳を張って「インチキじゃないの」と言われたのを名称と誤解したのではと推理しました。
水野さんの整理では、「これ何?」への返事には「Aだよ」という答えと、「わからない」という自分の状態を伝えるメタ的なメッセージがあり、両者が同じ形で口から出てくるのが問題です。堀元さんは、HTMLのタグのように「これはメタデータです」と示せばいいと冗談を飛ばしました。
「オフロードダンプトラックだよ」のように、ものの名前を伝える
「わかんない」のように、答えを知らないという自分の状態を伝える
デジタルキュウリはどんなキュウリ?
堀元さんが読んだのは、みけのパパさんからの投稿です。3歳の娘がサラダのキュウリをすくって「デジタルキュウリだ」と言い出し、理由を聞くと「デジタルカメラって小さいカメラでしょ。だから小さいキュウリです」と答えたといいます。
堀元さんは、家に大きな一眼レフと小さなコンデジがあり、「デジタルカメラは小さいもの」と学習したのではないかと推測します。素朴な直感には合っている、という評価です。
アナログテレビ、デジタルテレビってなった時に、「あ、古いがアナログで新しいがデジタルなのね」って俺も思ったもん。
水野さん自身も、地デジ移行の頃にアナログを「古い」の意味だと思っていたそうです。本来のアナログとデジタルは連続的か離散的かの違いですが、子どもにはわかりません。
堀元さんは、この子には標本化と量子化 ── アナログ信号をデジタル化する2つの処理。時間方向に区切るのが標本化、値の大きさを段階に区切るのが量子化ですをちゃんと教えるべきだと、あえて大人げない解説を続け、笑いを誘いました。
水野さんは、子どもは目に見える特徴を頼りに学ぶと補足します。一方で色の言葉の習得は意外と遅く、色だけが違うものを見せても大きさなどに注目しがちだといいます。
堀元さんは、トイレのピクトグラムで形と色が食い違うと大人は色で判断する、という話を挙げ、大人と子どもの違いに驚きます。水野さんは、色は社会的にコード化された情報なので文化的に習得して頼るようになるのだろうと述べ、近く色のシリーズをやる予定だと明かしました。
傘を使いたいので「雨降りたい」
さやりんちょさんからの投稿は、3歳半の子どもが、傘を使いたくて雨が降ってほしいという気持ちを「雨降りたい」と言った話です。
水野さんはここで人称制限 ── 日本語で、感情や願望を表す表現が原則として話し手自身についてしか言い切れないという制約。他人には「〜がっている」「〜そうだ」を使いますを紹介します。「堀元さんは悲しい」「堀元さんはご飯が食べたい」とは普通言わず、「悲しがっている」「食べたがっている」と言い換えます。
他人に何かをしてほしいときは「肩もみをしてほしい」のように、自分の願望として言います。主語が自分かどうかで、「悲しい」「欲しい」「嬉しい」といった表現の振る舞いが変わるのです。
英語は別に感情を表すようなものと、普通にbe動詞みたいな。
英語なら「She's sad」「He's happy」とbe動詞で言えます。ただ堀元さんは、日常会話で本当にそう言うのかは気になると留保し、水野さんも英語に自信がないとして、他の言語の人称制限について視聴者に情報を求めました。
「悲しい」「〜したい」は自分にしか言い切れず、他人には「悲しがっている」「〜したがっている」を使う
「She's sad」のようにbe動詞の叙述で言える(日常会話での使用頻度は話者も未確認)
それを禁じるのは、まあある意味日本語のローカルルールでもあるということですね。
「雨」と「降る」と「欲しい気持ち」を自然に組み合わせると「雨降りたい」になります。子どもの間違いは日本語のローカルルールに引っかかった、仕方のない混同だというのが水野さんの見立てです。堀元さんは同じ理屈で「おしっこ出たい」も生まれると、オチをつけました。
1音節の言葉はなぜ聞き取りにくい?
リリーさんの2歳8か月の子どもは、大人が「へーこいたな」と言うのを聞いて、「へーこいたな」を「へーこ」「いたな」と切り分けて覚えてしまいました。「蚊に刺された」を「蟹に刺された」と言う例と同じく、1音節の単語は切り出しにくいのです。
水野さんによると、関西などでは「蚊ー」のように1音節の語に母音を足して2音節にする現象が広く見られます。堀元さんは、大人が「屁」を「へー」に伸ばして対策したのに、子どもは「インコいたな」と同じ構造で切ってしまったと指摘しました。
ちゃんと対策したのに、その対策でまた敗北してるっていう悲しい状態ですよね。
水野さんは、母音を伸ばす以外の対策として「輪っか」「葉っぱ」を挙げ、「へっぺ」にすれば間違いがないと提案します。堀元さんは、北海道方言で棒を「ぼっこ」と呼ぶのも同じ合理性だと気づき、北海道方言が好きになってきたと笑いました。
水野さんはさらに、日本語の1音節語には「が」「に」「へ」「を」などの助詞が多く、子どもが名詞ではなく文法的な機能語だと思いやすい点も補足しました。
「ガガガガガがいる」
同じ1音節の切り出しの例として、みやみやみやーんさんの投稿が紹介されます。家に大きな蛾が入り、家族が一斉に「蛾がいる、蛾!」と騒いだ結果、2歳半の子どもは「ガガガガガがいる」と言い、しばらくその言い方を使い続けたそうです。
あ、壊れちゃった。エラー出ちゃった。
堀元さんは、周りが「蛾、蛾、蛾」と連呼していれば、名詞を「ガガガガガ」と学習する気持ちもわかると言います。水野さんは、ガの連続は発音も大変だと驚き、2人は1音節語を撲滅すべきかと冗談を言い合いました。
「できられた」は補充法のせい?
佐々木の母さんの3歳の子どもは、苦手な頭洗いを自分でやり遂げたとき「自分でできられた」と言いました。普段は「できた」と言えるので、感動のあまり可能の形を重ねたのではないか、と投稿者は推測しています。
水野さんはこれを補充法 ── 活用の中に、語源的に無関係な別の語が入り込んで形を埋める現象。英語のgoの過去形wentなどが典型例ですで説明します。英語ではgoとwent、goodとbetter・best、oneとfirst、twoとsecondが例です。
日本語では「する」の可能形がそれにあたります。「投げる→投げられる」「書く→書ける」と作れるのに、「する」だけは「すれる」にならず、別の動詞「できる」で埋められています。
| 元の語 | 変化させた形 | 変化の種類 |
|---|---|---|
| go | went | 過去形 |
| good | better・best | 比較級・最上級 |
| one・two | first・second | 序数 |
| する | できる | 可能形 |
しかも「できる」は「〜れる」の形をしていないため、初めて触れる人には可能の表現だとわかりにくいのです。水野さんは、子どもは「すれる」ではないことも「できる」が対応することも理解したうえで、可能らしく聞こえるよう言葉を足したのだと読み解きます。
特殊な体系の中で頑張って自分なりに演繹した結果が、推論した結果ができられた。
堀元さんも、チャットで無愛想に見えないよう言葉を足すのと似ていると共感し、メールで「よろしくお願いします」を4回書いてしまう話で盛り上がりました。
水野さんは、「雨降りたい」も「できられた」も日本語の理不尽さを証明しているとまとめます。子どもが間違えたときは、日本語の体系を学ぶチャンスだというのが2人の結論です。
猫型ロボット豚はなぜ悪口になる?
最後の投稿は一般もしもしお姉さんからのもので、メカニズムを話してほしいという依頼つきでした。
相談の要旨: 4歳の子どもが、気に入らないことがあると決まって「猫型ロボット!」と言って泣きじゃくる。より強く悪態をつきたいときは「猫型ロボット豚」になり、それ以前は「チキン」と言っていた。理由がわからないので話してほしい。
水野さんは最初、ドラえもんが欲しいからではと考えますが、文脈とは関係なく使われていると聞いて首をかしげます。より強い悪口を当てる場面では「顔面小麦由来発酵食品英雄」と答え、堀元さんに冷静すぎると突っ込まれました。
堀元さんは、臆病者を意味する「チキン」を映画などで覚え、動物名が罵りに使えると学んで、より迫力のあるものを探した結果ではと仮説を立てます。水野さんは、4歳でそういう場面はあまり見ないのでは、と反論し、豚とチキンは食べ物という共通点を挙げましたが、結論は出ませんでした。
なんだかんだやっぱ鮮やかな回答を導き出してくれるから、ここは一つね、ちょっと知恵絞っていただきたいとこですね。
2人は、似た経験を持つ視聴者の仮説をコメント欄で募集し、この謎を宿題として残しました。
赤ちゃんミステイクアワードが本になる
後半は、水野さんがこのコーナーの書籍化を告知します。原稿はすべて水野さんが書き、イラストは吉本ユータヌキ ── かわいらしいタッチの絵で知られるイラストレーター・漫画家。複数の著作がありますさんが全点書き下ろしています。
各エピソードには水野さんの解説が付き、日本語のルールや人間の認知・記憶のメカニズムを、子どもの言い間違いを通して学べる構成です。子育て中の人だけでなく、子育てを終えた人が懐かしむ楽しみ方もあると水野さんは話します。
収録では、「動物は生まれるけど植物は生える」と答えた子、給食で「ワイルドキャベツとメタリックライス」を食べたと言った子、キシリトールのガムで「口にお化けいる」と言った子のイラストが紹介されました。
タイトルは『今日ゴリラを植えたよ』正式な書名表記、サブタイトルは「愉快で深い子供の言い間違い集」です。監修と解説は今井むつみ先生が務めています。
版元のKADOKAWAは、予約開始後の短い期間の予約数で初版部数を決める方式をとっており、6月16日までの予約が特に重要だと説明されました。2人はVALUE BOOKSでの予約を勧め、予約特典も用意されます。
サイン本と今井先生のステージも
8月中旬に開かれるリアルイベント「ゆる学徒フェス」では、サイン本の販売も予定されています。会場で買う人にも、予約特典を見られる救済措置を用意したいと水野さんは話しました。
イベントには今井先生も参加を希望しており、ステージで子どもの言い間違いリストを見ながら語る企画が計画されています。配信もあるため、遠方の人は配信で見る手もあります。
書店員向けにはサイン本や販促POPの手配フォームも用意されます。水野さんは、見開きごとに400字の解説がある構成なので、読書が苦手な人でも読みやすいと強調しました。
八日以内に予約しないとあなたの家の庭にゴリラが植えられます。
「ゴリラを植えた」の真相は本の中で明かされるとして、エピソードは締めくくられました。
まとめ
子どもの言い間違いは、でたらめではなく、限られた手がかりから懸命に推論した結果です。その推論がつまずく場所には、日本語の不規則なルールや、言葉の意味を決めきれない難しさが顔を出しています。
- 「わかんない」を名前と誤解するのは、仮置きして後で直すという言語習得の戦略の表れ
- 「雨降りたい」は、願望表現を自分にしか使えない日本語の人称制限に引っかかった例
- 1音節の語は切り出しにくく、「へー」「葉っぱ」「ぼっこ」のような対策が生まれている
- 「できられた」は、「する」の可能形を別の語で埋める補充法に、子どもなりに対応した結果
- このコーナーは書籍化され、ゆる学徒フェスでの関連ステージも予定されている

