「はい」と「うん」は同じもの?白木屋の相槌実験
この回のテーマは、相槌の「はい」と「うん」の違いです。水野さんは、聞き役がうまいと言われることのある堀元さんに、2つをどう使い分けているのかを尋ねます。
え?いや、一緒でしょ。完全に一緒だろ。
堀元さんは最初「同じだが、うんばかりだとボットのようなので混ぜている」と冗談で返し、続けて「はいのほうが丁寧な感じはする」と答えます。偉い人の前では「うん」と言いにくい、という感覚です。
水野さんはここで、恒例の「架空の外国人からの質問」という形で具体例を出します。AさんがBさんに飲み会の場所を伝える場面で、Bさんは白木屋という居酒屋を知らない、という設定です。
「白木屋に6時。白木屋ってのは大通りの角にある居酒屋」ってAさんが言った時にね、Bさんの相槌って「白木屋に6時」に対して「はい」って言えます?
堀元さんが実際に相槌を打ってみると、「白木屋に6時」には「うん」、「大通りの角にある居酒屋」には「はいはいはい」と、途中で自然に切り替わりました。わざと順番を逆にすると、堀元さんは「気持ち悪い」と違和感を訴えます。
| Aさんの発言 | 自然な相槌 | 逆にした場合 |
|---|---|---|
| 白木屋に6時 | うん | はい(違和感) |
| 白木屋ってのは大通りの角にある居酒屋 | はい | うん(気持ち悪い) |
堀元さんは「うん」はあまりわかっていないときの返事になると気づきつつ、社長相手なら「はい」になることから、丁寧さと理解度という2つの基準があるのでは、と考えます。
「はいはい」は怒られるのに、「うんうん」は親身に聞こえるのはなぜ?
水野さんの次の疑問は、「はいはい」という返事です。子どものころに「はいはい」と言って親に怒られた経験は、多くの人にあるかもしれません。
なのになんで(「はい」を)2回も丁寧なこと言ったら怒るんですか?
堀元さんは「クレヨンしんちゃんのみさえさんの『はいは1回』が定着したから」と冗談で返しますが、一方で「うんうん」は寄り添っている感じがすることも認めます。1回なら丁寧な「はい」が、重ねると失礼になり、「うん」は重ねると親身になるという逆転が起きています。
1回なら丁寧だが、重ねると失礼に聞こえて怒られる
1回より、重ねたほうが親身で寄り添った感じになる
さらに水野さんは独り言の例を挙げます。いつも使っているパソコンが急に見慣れない画面になったら「はい?」が出ますが、初めてパソコンを使って説明書と違う画面が出たら「ん?」が出ます。
元にしている論文では、「ん?」「うむ」「うーん」「ふん」なども「うん」のバリエーションとして扱っています。友達が急に英語で話しかけてきたら「はい?」、出身地と違うイントネーションで話したら「ん?」のほうが自然だ、という例も出されました。
「あ、はい」は言えて「はい、あ」は言えない理由
水野さんは、驚きの「あ」が「はい」や「うん」の後ろに来られない点を指摘します。「あ、はい」「あ、うん」は言えますが、「はい、あ」「うん、あ」は不自然です。
人間の認知の順番を反映してるんです、これは。人間の認知が気づきからの返事、反応だから。
堀元さんは、自分が呼ばれたと気づいて「あ」、そのあと返事として「はい」が出る、という順番で説明しました。水野さんは「はいとうんの違いがわからなければ砂上の楼閣」と突っ込みますが、この仮説はのちに「一番惜しかった」と評価されます。
気づき
「あ」。自分に呼びかけられていたと気づく
返事・反応
「はい」。気づいたあとで相手に応じる
話はさらに、話し終わりに付く「はい」へ移ります。「いやもうほんと大変だったんですよ、はい」という使い方です。堀元さんは、文末に余計な音が付くと聞きづらいので、ラジオではこの「はい」を言わないようにしていると話しました。
「はいはいはいはい」はなぜ腹が立つ?あるある探検隊説
水野さんは、連続する相槌も取り上げます。「うんうんうんうん」より「はいはいはいはい」のほうが腹が立つ、という話です。
レギュラーさんのね、あるある探検隊、往年のヒットネタを思い起こさせるから耳障りなんですよ。
堀元さんは、お笑いコンビ・レギュラーのネタのリズムに似ているから、という説を真顔で唱え、さらに「マクルーハンが言っていた」と権威に頼ります。水野さんに問い詰められると「秘書が言っていたかもしれない」と責任逃れを重ね、この回の定番ギャグになっていきます。
本日のテーマと、編集で消されるのは「うん」ばかりという事実
ここで水野さんは改めてテーマを宣言します。「うん」と「はい」の違いは、ポッドキャストなど喋りのコンテンツを作る人も知っておいたほうがいい情報だといいます。
水野さんの見立てでは、話者は2つを適当に使っているわけではありません。白木屋の例で違和感が出たように、適当に使えば不自然な相槌になるからです。
ただし、今回は答え合わせをせず、すべての現象を統一的に説明する仮説を次回明かすと予告します。今回は堀元さんに仮説を立ててもらう回です。
堀元さんは動画編集で相槌をカットする立場です。水野さんの相槌を消す指示は、1動画でおおむね4回ほど書くといいます。
(カットするのは)圧倒的に「うん」が多い。
よくあるのは、話の途中に入る「何々ってさ、うん」の「うん」です。途中の「うん」は落として最後の「うん」だけ残すといいます。白木屋の実験で堀元さんが2回目の相槌を打たなかったのも、職業病で人が話している途中は相槌を控えているからだと説明されました。
丁寧さ仮説と「慇懃無礼」で説明できるか
堀元さんがまず手堅いと考えるのは、「はい」単体には丁寧さがあるという点です。ゲストの今井むつみ ── 認知科学・発達心理学の研究者。言語習得や子どもの思考の研究で知られ、ゆる言語学ラジオにもゲスト出演しています先生の前で「うーん」と言ったら、コメント欄で「はいでしょ」と言われたといいます。
はい、も丁寧ポイント70ぐらいあるんだけど、はいはいって言っちゃうと140とかになって、丁寧すぎて逆に失礼みたいな。
慇懃無礼 ── 言葉づかいや態度が丁寧すぎて、かえって相手を見下しているように感じられることという言葉を借りた説明です。水野さんは、連続する「はい」が失礼に聞こえる説明にはなると認めつつ、イントネーションが高・低の「はいはい」なら違和感がない点で議論がややこしいと補足します。
一方で、丁寧さ仮説には穴があります。パソコンに「はい?」と言うのはパソコンへの丁寧さなのか、友達の英語に「はい?」と言うのも丁寧さなのか、と水野さんは問います。白木屋の例では一文の中で「うん」と「はい」が混ざるので、丁寧さが急に変わったという説明も不自然です。
「はい」は了解、「うん」はリポスト?日吉の武蔵屋で覆る仮説
堀元さんの次の仮説は、「はい」には了解や賛成のニュアンスがある、というものです。
Twitterに書いてる人いるじゃないですか。リポストは必ずしも同意を意味しませんみたいな。あれと一緒なんですよ、うん、は。
途中は評価が定まっていないので「うん」、最後まで聞いて同意したら「はい」になる、という理屈です。水野さんは、論文では店を知っている場合に「白木屋に6時、はい」「大通りの角にある居酒屋、うん」となると反論します。
そこで水野さんは、堀元さんが知っている店に置き換えて試します。「明日、日吉の武蔵屋に6時」と言うと、堀元さんは即座に「はいはい」と返し、続く店の説明には「うん」と相槌を打ちました。
知らない白木屋: 「白木屋に6時」はうん、店の説明ではい
知っている武蔵屋: 「武蔵屋に6時」ではい、店の説明ではうん
本当だね。全然同意で、はいじゃないね。めっちゃ難しいな。これ。区別。
一番惜しかった仮説と、知ったかぶりの「はいはい」
水野さんは、これまでで一番惜しかったのは「あ、はい」の順番を説明した「認知の順番」だと明かします。堀元さん本人は「思いつきで喋っただけ」と驚きます。
堀元さんはさらに、まったく知らない初出の言葉に対しては「はい」が言えないと気づきます。水野さんも、そこで「はい」と言うと知ったかぶりに聞こえると応じます。
出版社の偉い人とかとね、会ってる時に全然俺が知らない社会学者の名前とか出てきた時、僕はいつもはいはいって言ってます。
水野さんがヴェブレン ── アメリカの経済学者・社会学者。見せびらかしのための消費を論じた「顕示的消費」の概念で知られますやジンメルの名を出すと、堀元さんは「影響を受けまくっている」と調子を合わせ、詳しく聞かれると「秘書に任せている」とかわします。そのうえで「はい」は知っているときしか使えない、とまとめました。
統一原理は存在するのか?答えは次回と出典の紹介
水野さんは、堀元さんの説明がどれも「この状況ではこうなる」というその場限りの理屈だったと振り返ります。次回は、丁寧さ、知ったかぶり感、連続するとうざいこと、そのすべてを説明する根本原理を紹介すると予告しました。
| 仮説 | 説明できたこと | 残った疑問 |
|---|---|---|
| 丁寧さ | 目上に「うん」が失礼、「はいはい」が慇懃無礼 | パソコンへの「はい?」、一文中での切り替わり |
| 了解・同意 | 最後まで聞いてからの「はい」 | 知っている店では途中で「はい」が出る |
| 知っているときの「はい」 | 初出の言葉に「はい」が言えない、知ったかぶり | 丁寧さなど他の現象との関係 |
ないだろ、そんなもん。統一原理無理じゃない?
出典は『「うん」と「そう」の言語学』で、その中の冨樫純一さんの論文「『はい』と『うん』の関係をめぐって」を元にしているといいます。本の編者として佐田宣幸先生の名前も挙げられました。
最後に2人は、次回までにリスナーも自分なりの仮説を考え、コメント欄に書き込んでほしいと呼びかけます。堀元さんは「うんうんトリウム」という架空の元素の影響、という大胆な仮説で締めくくりました。
まとめ
相槌の「はい」と「うん」は、母語話者なら自然に使い分けているのに、理由を聞かれると説明に詰まるものです。丁寧さ、同意、知っているかどうかといった仮説はそれぞれ一部を説明できても、すべてを覆う原理にはなりませんでした。すべてを貫く根本原理が本当にあるのかは、次回に持ち越されます。
- 店を知らないと「うん」、説明を聞いて「はい」と、一文の中でも相槌は切り替わる
- 「はい」は重ねると失礼に、「うん」は重ねると親身に聞こえるという逆転がある
- 丁寧さ仮説は、パソコンへの「はい?」や一文中の切り替わりを説明できない
- 知らない言葉への「はい」は知ったかぶりに聞こえ、知っている情報には「はい」が出やすい
- 一番惜しかったのは「気づきから返事へ」という認知の順番の仮説だった

