番組名を最初に言うべきか
冒頭でけんすうさんは、収録の中で番組タイトルを名乗るべきか迷っていると切り出します。名前は前回から言うようにしたが、番組名はまだ言っていないとのことです。
樋口さんは、セオリーとしては絶対に言った方がいいと答えます。レコメンドで急に流れてきたり、YouTubeやSpotifyで偶然タップされたりする可能性があるからです。
セオリーでいうと絶対言った方がいいんですよ。例えば何かのレコメンドでこれ急に流れ出すことあるんで。フォローしてなくても。
一方で、番組の目的を最初に定義するとそれが縛りになる、というデメリットも樋口さんは指摘します。あとから変化させづらくなるからです。
変な変化をさせたいんやったら言わない方がいいかもしれないとかもあるんですよ、僕の中で。番組の目的を。
例として挙がったのが「コテンラジオ歴史をテーマにした人気Podcast番組。樋口聖典さんが出演者の一人として関わっている」の冒頭ナレーションです。「歴史のキュレーションプログラム」と名乗ってきたが、今となってはその言葉が実態と合わなくなってきていると2人は笑います。
「古典ラジオ」って「歴史のキュレーションプログラム」みたいに言うじゃないですか。(中略)歴史を愛し、歴史を知りすぎてしまった古典のお二人っていうの、古典あんま知らなそうな人の発言に今となっては見えちゃうんですよね。
告知してないのに、なぜか伸びている
話題は「マダナイ」自体の話へ移ります。あまり告知していないのに反響があり、けんすうさん自身、配信されたことをSpotifyのランキングのポストで初めて知ったといいます。
樋口さんも、けんすうさんが先にポストしたら引用しようと構えていたら、待っているうちに忘れていたと打ち明けます。作戦としての「あえて告知しない」ではなく、単純に忘れていたそうです。
作戦としてあえて告知をしないパターンを試してみたとかじゃなくて。忘れてたんす。
そのうえで、収録直後は次回の内容を話すことが多く、過去のものになった配信を把握しづらいという事情も語られます。
反響としてはお便り24件、コメントが合わせて50件寄せられており、YouTube経由のリスナーやSpotifyのレコメンド経由で見つけてくれた人が多いのではないかと推測しています。
お便りが長すぎて、番組で読めない
ここから本題ともいえるお便りの話です。けんすうさんは寄せられたお便りが総じて長く、しっかり書かれていて嬉しい反面、番組内で読み上げるには厳しいと率直に語ります。
お便りみんな超長いんですよ。すっごいしっかりと文章を書いてくれていて、いいなと思ったんですが、ちょっと言いたいのが、「これ読めないな」と思いました。番組内で。
樋口さんによると、お便りを読む時間として2分は長すぎで、内容にもよるが1分から1分半程度が現実的なラインだといいます。単なるコミュニケーションのやりとりなら30秒程度が目安です。
試しにけんすうさんが匿名希望ゴリラさんのお便りを読み上げてみると、前半だけで約30秒、文字数にして200文字程度でした。全体でも400〜500文字あり、読み上げに約1分かかることが実演されました。
さらに樋口さんは、長いお便りだと読みながら要約する脳内トークンを消費するため、途中で処理が追いつかなくなると指摘します。
千文字とかになってくると、まあ普通に千文字のお便りとかあるじゃないですか。(中略)なんか喋りながら要約しながら読めないとかになってくるんですね。
昔のはがき時代は物理的に書ける量に上限があったため、自然と適切な文字数に収まっていたそうです。メールになって「いくらでも書ける」状態になったことで、長くなりがちだといいます。
運用面では、システム側で文字数制限を設ける方法もあります。樋口さんが手がける「ギチの完全人間ランド樋口聖典さんが個人でやっているPodcast番組」では、音声お便りを30秒でカットしたり、スポンサードのテキストを200文字に制限したりしているとのことです。
読まれたいなら、短いほうがいい
ここで樋口さんは、お便りの長さの問題を「誰にとってのメリットか」で整理し直します。
送っていただいてる人が読まれたいのであればって話だと思うんですよ。(中略)コツとして短い方が読まれやすいですよって話だと思うんで。
受け取る側としては、内容をちゃんと理解したいなら長いお便りでもいい。しかし番組内で全部読み上げてほしいなら、短い方が圧倒的に有利だと整理します。
番組で読み上げられやすい。リスナーが送信者として認知されやすい
内容を丁寧に伝えられる。ただし番組内では読まれにくい
今回のけんすうさんの話は、送る側から見た「読まれやすさのコツ」という視点でのアドバイスとしてまとめられます。
ネガティブな配信者に、どう伝えるか
続いて匿名希望ゴリラさんのお便りの中身に話が移ります。ある個人ポッドキャスターにハマったが、その配信者が最近「どうせ誰も聞いてない」「前回は3回しか再生されなかった」とネガティブな発言ばかりするようになり、続けてほしいがどう伝えたらいいかという相談です。
ある個人ポッドキャスターの配信がネガティブになってしまい、続けてほしいがやめてしまうかもしれない。どうしたらいいですか?
樋口さんは、自分ならリスナーの声として「ネガティブ発言をやめた方がいい」と伝えるかもしれないと答えます。ただし、それを喜ぶ性格かどうかは配信者本人によるので、結局は対人コミュニケーションの話だと補足します。
けんすうさんは、そのまま「ネガティブなのが嫌でした」と伝えるのは受け止められない人が多そうだと反応します。であれば、「聞いてます」の一言や、ポジティブに喋っていた部分を褒めるアプローチが効くのではないかと提案します。
どうせ誰も聞いてないとか、三回しか再生されなかったみたいな話があるので、聞いてますって反応だけでも嬉しいかもしれないですよね。
樋口さんもこれに同意しつつ、たとえば「今回珍しくネガティブな発言がなかったのですごく良かったです」といった、望ましい行動を褒める伝え方を挙げます。
悪口がぬるいと、逆にムカつく
話は「批判やダメ出しをどう受け止めるか」に発展します。樋口さんは、自分は書かれたい派だと明かします。相槌のクセや「田舎のヤンキー臭」といった指摘まで含めて、意見として言ってくれる方がありがたいという立場です。
個展ラジオのApplePodcastのレビュー欄とか見たらものすごい書かれてます、僕。全然ある全然ある。(中略)結構僕は書かれたい派なんすよね。
ただし条件があり、「これはアドバイスなんですが」「これは個人的な感想なんですが」といった前置きがあれば誹謗中傷ではないと分かり、受け止めやすいといいます。「こうしないと嫌だ」といった強制力が入るとNGです。
けんすうさんは、「番組を良くしたい」という思いで書かれた指摘なら書き方は気にしなくていいと言います。そのうえで、自分を傷つけようとしてくる人には別の要求があると付け加えます。
僕を傷つけようとやってくる場合は、本気を出してほしいっていうのがあって。(中略)本気で傷つけようと思ったらこんなに低いレベルでやんないでしょ、みたいなのは、ちょっとムカつくんですよ。
「田舎のヤンキーっぽい」のようなありきたりな悪口は、100回言われた101回目でしかなく、心を動かさない。むしろ、番組内でスルーされた小さな発言など、本気で観察していないと出てこないポイントを突かれる方が刺さるといいます。
樋口さんもこれに深く共感します。方向性が自分と違っても、その人が本気でやりたいことなら、最大限ブーストするためのアドバイスを本気で返すべきだと語ります。
この、お前の方向性最大限ブーストするためにはこうした方がいいっていうのは、アドバイスしないっていうのを僕結構不義理だと思ってるんですよ。
2人が共通して感じているのは、「ぬるいところで済ませてほしくない」という感覚です。批判にせよ賞賛にせよ、本気であれば世界が広がる感じがする、という表現でまとめられました。
いい相槌は、本人も覚えていない
ここでけんすうさんが、樋口さんの過去の発言を具体的に褒めます。コテンラジオの貨幣の歴史回で、あるコインの名前を「シンセサイザーみたい」と評した瞬間があったといいます。
その発言についてエゴサをしたが、誰も言及していなかった。しかし他の共演者が反応せずスルーしたことで、テンポを崩さずに済んでいて、いい相槌だったとけんすうさんは分析します。
反応してたらすごいテンポ悪くなるんで。すごくいい相槌だなと思ったんですよね。
樋口さんは発言自体をまったく覚えていないと苦笑いします。けんすうさん曰く、ポッドキャスターに「ここが面白かった」と伝えると、ほとんどが覚えていないそうです。無意識でやっていることが本人の魅力になっているケースが多いのかもしれません。
また、西郷隆盛編での深井さんの「LINE送ればいいのに」というボケや、樋口さんの「LINEよね」という同テンションの返しなど、細かなやりとりも取り上げられました。文字起こしが誤って「ひぐちさん」を発言者にしていた点まで含めて面白かったといいます。
雑談で出たアイデアを、リスナーが本当に作った
話題は、前回話した「AIで一行ずつ全然関係ない文章を書かせて、それを読むポッドキャスト」というアイデアに移ります。実際に作ってくれた人が何人かいたそうです。
番組内で流されたのは「焼き立てのパンは思ったよりも重いマダナイの前回配信で出たアイデアを、けんすうさんの社内メンバーが実装したPodcast番組」というタイトルで、一行ごとに関係のない文章がフラットに読み上げられていく音声です。
店内BGMにしたら、いやもうこれ怖くなるて。(中略)脳の変なところをゴリゴリってされてる感じがする。
樋口さんは「理解しなきゃいけないのに理解できず、こっちが悪い気になる」と表現します。話は普通、意味を追いかけて理解するものだが、意図的にそれが不可能になっているため、聞き手が困惑するのです。
一方けんすうさんは、環境音として聞いてみると意外に癒し効果があったといいます。抑揚を殺して機械的に読むことがコツで、感情を込めるとつまらなくなってしまうそうです。
さらに面白いのは、実はこれはAI音声ではなく、AIが書いた文章を人間が読んでいるという点です。この事実に樋口さんも驚いていました。
AIが一行ずつ書く
関係のない短い一文をAIに大量生成させる
人間が機械的に読む
抑揚を抑え、感情を入れずに淡々と読み上げる
音楽と組み合わせる
環境音的にも成立するが、意味を追うと不安になる仕上がりに
他にも、配信の最後に関連した架空の楽曲を流す「ウツミさん」の番組や、自分の思考を音楽にする「オミズさん」の試み、一行ずつ書く形式を継承した「百行実験室ヤマネさんが公開したPodcast番組。前回のマダナイでの雑談から生まれた企画の一つ」なども紹介されました。
特に樋口さんが反応したのが「一人墓地モリバヤシコズエさんが公開したPodcast番組。夜の墓地を一人で歩きながら喋る形式」です。夜の墓地を一人で歩きながら喋るという設定で、一人配信そのものは無数にあるなかで、状況設定だけで独自性が立ち上がっています。
一人で録ってまーすっていうポッドキャスターは死ぬほどあるんですけど、一人ぼっちですって言って墓地で録ってまーすって言われた瞬間に、ちょっと聞きたいっすもんね。
自分にできないことを、代わりにやってもらう
一人墓地の話から、樋口さんは番組の面白さの一つに「自分ができないことを疑似体験させてくれる」構造があると指摘します。高いところでのパルクール動画などが例です。
できない理由には「怖くて自分ではやれない」「権限がなくて入れない」「時間がかかりすぎてやれない」など複数のパターンがあるといいます。けんすうさんは、独房や刑務所からの配信、夜の遊園地からの配信など、企業や特殊な立場だからこそ可能な設定を挙げます。
さらに樋口さんは、「時間がかかる」タイプの配信の面白さを掘り下げます。24時間ずっと配信し続けたり、10時間以上の車移動をまるごと録音するといった形式です。
全部聞かなくても、飛ばし飛ばし聞いたら本当に十五時間あるんだみたいなのが多分リアリティになっていて。それだけでいいんですよね、多分。
樋口さん自身、過去にYouTubeで1から10000まで数える配信をしたことがあり、6時間ほどかかったそうです。全部見られなくてもいい。むしろ、どこを再生しても「本当にやっている」ことが確認できることが価値になるのです。
空気感をアーカイブするには、何を残せばいいのか
話題はさらに広がり、「その時代の空気感」をどう記録するかというテーマに至ります。けんすうさんは、東日本大震災の直前に投稿された自分のポストを表示するサイトの話を出します。
三一一を忘れないとか、ちゃんと備えておきましょうねっていう言葉よりも、そのシステムの方が僕刺さったんですね。
災害の直前まで、みんな普通に「今日の夜ご飯なに食べようかな」と書いていた。その事実がもたらす恐怖と気づきは、標語よりも強く伝わったといいます。
樋口さんは、当時テレビでずっと流れていたACのCM群を録画しておけばよかったと語ります。単発の映像は残っていても、24時間その調子が続いていた空気感そのものはもう再現できません。
あの辺のテレビちゃんと録画しとけばよかったなと思ってるんですよ。(中略)でもあれ例えば二十四時間分ぐらい録画しとくと、すごい当時の空気感わかったと思うんですけど、もう見れないですよね。
これは災害に限らず、日常の家族の風景でも同じです。誕生日や赤ちゃんの面白い瞬間のように「フォーカスがある」場面は撮るが、長男がテレビを見て次男がひっくり返って妻が料理している何気ない瞬間はほぼ残されません。
さらに、ネットの空気感も同じように失われていくとけんすうさんは指摘します。2000年代半ばのプーチン大統領は、ネット空間ではむしろ人気者として扱われていた時期がありました。習近平さんも就任当時はポジティブに語られていました。
当時の2ちゃんねる的な空気感、リプライの温度、テキスト同士の会話のノリは、テキストが残っていても再現できないかもしれない、と樋口さんは考察します。テキストを誰かと話題にすることで初めてインストールされる感覚だからです。
フォーカスされた出来事、公式の映像、単発のCM、代表的な投稿
日常の何気ない会話、24時間のテレビの空気感、当時のネット全体のトーン、リプライで作られる温度感
この問いをきっかけに、「次回もこの話を続けたい」ということで今回は締めくくられました。
まとめ
第5回は、お便りの読まれ方という実用的な話から始まり、フィードバックの本気度、そして日常や空気感のアーカイブ論まで、雑談が驚くほど遠くまで転がっていく回でした。マダナイらしい発想の連鎖が、リスナー参加型の企画紹介とともに詰まっています。
- 番組で読まれたいお便りは、目安として1分=約400文字。運用側は文字数制限や音声時間の上限でコントロールする手もある
- 配信者への指摘は、番組を良くしたい思いがあれば書き方はそこまで気にしなくていい。ただし「聞いてます」の一言でも十分嬉しい
- 批判も賞賛も、ぬるいと逆に響かない。本気で観察しないと出てこない具体的なポイントを突く方が刺さる
- 前回の雑談から生まれたアイデアを、リスナーが実際に番組化してくれる循環がすでに動き始めている
- 災害直前のSNS投稿やACのCMの空気感のように、フォーカスされない日常こそが失われやすい。それをどう残すかは次回に持ち越し
