優柔不断な王とネッケル解任が生んだ恐怖とは?
前回までの流れで、ルイ16世は民衆が勝手に作った議会を承認するところまで追い込まれていました。深井さんは、王が貴族の作った仕組みではなく民衆の作った機関に承認を与えたことを大転換と位置づけ、ここからフランスは否応なく立憲君主制 ── 君主の権力を憲法で制限する政治体制。イギリスが先行していた形で、国王は存続しつつ議会が実権を持つようになりますへ向かうと説明します。
ところが深井さんによると、ルイ16世は非常に優柔不断で、議会を承認したにもかかわらず軍隊を集め始めます。周りの貴族が「承認したほうがいい」「抑え込んで軍隊を送れ」と正反対の進言をし、王はその両方を聞いて両方を実行してしまったといいます。
(周りの貴族は)承認与えた方がいいかもしれないねとか言うやつもいれば、いやこんなの抑え込んで軍隊送れよみたいな。どっちとも聞いてどっちともやっちゃうんですよ。
さらに当時の財務大臣ネッケルが解任されます。ネッケルは第三身分出身で平民からの人気が高く、王と民衆の橋渡し役を担っていました。しかし貴族はこの状況をネッケルのせいにし、マリー・アントワネット経由で再び解任させたと深井さんは語ります。
ネッケル解任と軍隊の集結を見た民衆は、王の周りの貴族が議会を軍隊で解散させ、パリの市民を襲うのではないかという恐怖に包まれます。深井さんは、実際にはそんな陰謀はなかったのに、恐怖からヒステリー状態になっていったと強調します。
みんなね、貴族の陰謀を恐れてね、ないんですよ、そんな陰謀。そんな陰謀ないんだけど、恐れてね、こう怖くなってきちゃうんです。
そこで議会の一員だったデムーランが、市民に武器を取って立ち上がれと呼びかけます。深井さんの言葉では、殺しに行くつもりというより「やられる前に蜂起しよう」という呼びかけで、これに民衆が本当に集まってきました。
民衆の蜂起に至るまでの連鎖は、次のように整理できます。
王の迷走
議会を承認しながら、貴族の進言で軍隊も集め始める
ネッケル解任
平民に人気の財務大臣が貴族の働きかけで解任される
陰謀への恐怖
実在しない「貴族の陰謀」を民衆が恐れ、ヒステリー状態に
蜂起の呼びかけ
デムーランが「武器を取れ」と訴え、民衆が集まる
武器のない民衆はなぜ軍隊に突っ込めたのか
集まった民衆は、ほとんど農具しか持っていませんでした。深井さんは、家族や子どもがいる人たちが、銃を持ち訓練を受けた軍隊に向かって突っ込んでいく感覚を想像してみてほしいと語りかけます。
家族がいる人たちが突っ込む時の追い込まれ方と、その時の吹っ切れ方を想像してみてほしいです。すごいですよ。完全に後がない人じゃないとできないです。
深井さんによれば、当時の民衆は、ここで動かなければ餓死するか殺されると考えていました。イギリスに経済的な優位を奪われて食べ物もなく、重税を課され、貴族は思い通りに振る舞い、そのうえ軍隊まで集められている。だから「殺されるくらいなら殺しに行く」という心理になっていたといいます。
深井さんは、後がない人間が「自分たちには正義がある」というイデオロギーを持って命をかけた行動こそがバスティーユ牢獄襲撃であり、教科書では1行で済まされる出来事の裏にこうしたドラマがあると話します。
民衆はまず、負傷兵を養う施設アンバリット ── パリの廃兵院。ルイ14世が負傷・退役兵のために建てた施設で、多くの武器が保管されていましたを襲い、何万丁もの銃を手に入れます。次に足りなかった火薬を求めて向かったのがバスティーユでした。
深井さんの説明では、バスティーユは堀が何十メートルもあり、高さ30メートルほどの石の塀に囲まれ、大砲も多く置かれた凄まじい要塞です。火薬を持たない民衆が突っ込めば、当然ばたばたと死者が出ました。
落ちるはずのないバスティーユは、なぜ陥落したのか
バスティーユはもともと軍事要塞でしたが、当時は牢獄として使われ、囚人は10人ほどしかいなかったと深井さんは記憶をたどります。牢獄を守っていたのは長官のドローネーでした。
深井さんによると、ドローネーが普通に守っていれば、火薬を持たない民衆には絶対に落とせない城でした。民衆側の議会もこの状況にひどく怯えていたといいます。
議会にいたのは、民衆の中でも裕福な人たちでした。一方で蜂起していたのは食べ物にも困る貧しい人たちです。裕福な議員は貧しい人々を扇動して主導権を握りたかったのに、民衆が勝手に動き始めて制御できなくなり、鎮圧されれば議会も解散させられると戦々恐々としていました。
ところがバスティーユは陥落し、ヨーロッパ中に衝撃が走ります。陥落の方法を問われた深井さんは、ドローネーが自ら門を開けたと答えます。
うわ、もうちょっと今ぶわって鳥肌立った。
深井さんの説明では、ドローネーの兵士たちも平民出身で、イデオロギーを掲げて攻めてくる民衆を攻撃したくありませんでした。そこでドローネーは「攻撃しないなら話し合ってもいい」と持ちかけ、民衆の代表者を1人中に入れて交渉を始めます。
しかし、外で待つ民衆は代表者がなかなか出てこないことから「はめられて殺されたのでは」と騒ぎ出します。怖くなった兵士が発砲すると、民衆は少し開いていた門から一気になだれ込み、ドローネーの首を切って槍に刺し、歓喜したといいます。
殺さないんだったら入れてあげるよって言ってるのに、結局ぶっ殺すんですよ。ヒステリックに。人権とか言ってたのに。
楊さんはドローネーには殺す選択肢もあったのに選ばなかったと同情し、これを集団心理だと指摘します。深井さんも、ヒステリックな集団心理による殺害だったと応じています。
火薬を求めて突入
アンバリットで銃を得た民衆がバスティーユへ押し寄せる
交渉の開始
平民出身の兵士が攻撃をためらい、ドローネーが代表者を中へ入れる
疑心と発砲
代表者が戻らず民衆が騒ぎ、怯えた兵士が撃ってしまう
陥落
開いていた門から民衆がなだれ込み、ドローネーを殺害
全国に広がった蜂起と、ブルジョワの寝返り
バスティーユ陥落に、貴族と王族は「なぜ落ちたのか」とひどく動揺し、民衆側の発言権がさらに強まります。パリでの出来事を知った全国の民衆も、各地で蜂起を始めました。
深井さんによると、地方の民衆の心理は「自分たちもできる」だけではありませんでした。バスティーユを落とした以上、貴族は必ず報復してくると考え、その前にやってしまえという発想だったといいます。
もう貴族の邸宅を襲撃して首切ったりとか、あとは借金抱えてるところを襲撃して、その人の借金の台帳を焼いたりだとか、あと役所を襲撃して、その何か市長をぶっ殺したりとか、もうとんでもないことが起こるんです。
楊さんは、貴族が兵隊や浮浪者を組織して襲おうとしているといった噂も多く、確かめようがないままヒステリーが広がったと補足します。
それまで貴族と組んで自由経済を実現しようとしていたブルジョワも、このままでは自分たちの財産まで壊されると危機感を抱きます。深井さんは、ここでブルジョワが貧しい民衆と手を結ぶ方向へ動き、ブルジョワと貧困層、王室、貴族が入り乱れる三国志のような状態になったと語ります。
議会では人数別の議決に変わっていたため、民衆側は数の上で十分に戦えました。深井さんが挙げた議席数は次のとおりです。
この状況で、革命は旧体制であるアンシャンレジーム ── フランス革命前の絶対王政と身分制社会の体制。聖職者・貴族・平民の3つの身分に分かれ、特権身分が免税などの恩恵を受けていましたそのものを壊す方向へと変わっていきます。
貴族が特権を手放し、フランス人権宣言が生まれる
全国の大混乱を収めるため、議会のブルジョワたちは啓蒙思想に共感する先進的な貴族を頼ります。深井さんによると、オルレアン公とは別に、広大な土地を持ち特権の恩恵を最も受けていたレギオン侯爵という人物がいました。
議会はこの人物に「あなたが宣言すれば混乱は収まる」と持ちかけ、貴族の特権をすべて放棄すると宣言させます。これが封建的権利の廃止宣言で、貴族自らが特権の廃止を言い出す形になりました。
さらにもう1つの歴史的な宣言として、フランス人権宣言が議会から出されます。深井さんは、その中身として次のような項目を挙げています。
- 人間は生まれながらにして自由で平等である
- 自由、所有権、安全、圧政への抵抗は人間本来の権利である
- あらゆる主権の根源は国民にある
- 法の前でみんなは平等である
- 司法・立法・行政は三権分立しているべきである
- 所有権は神聖で不可侵な権利である
楊さんは、最後の所有権の条文はブルジョワを意識したもので、財産を持たない貧しい農民にはあまり意味がなかったと指摘します。
(所有権の条文は)エゴというか、わがままが入った条文ではありますよね。
深井さんは、人権宣言は制度ではなく思想を語っている点が大きいと強調します。樋口さんの「権利やルールではなく、そう思うと言っているのか」という受け止めに、深井さんは同意しています。
やっぱりこの人権宣言がでかいよね。これイデオロギーだから。制度の話してないでしょ。
深井さんは、人間本来の権利や平等という哲学を宣言したことが、今の世界を作っている大元になったと語ります。ただし宣言はまだ政治に適用されておらず、議会がフランス全体に向けて「自分たちはこう考える」と示した段階でした。
女性たちはなぜ王をパリへ連れ帰ったのか
ルイ16世は、民衆を抑えるためとはいえ、2つの宣言を認めるつもりはなく、認可を却下します。この一連の動きをきっかけに、バスティーユ級といわれる新たな蜂起が起こりました。蜂起したのは、パリの女性たちでした。
深井さんによると、女性たちの怒りの背景には、餓死しそうなほどの食料不足がありました。当時の民衆はまだ王を信頼していて、悪いのは貴族だと考えていましたが、反革命のために集められた軍隊が、革命の象徴である三色旗を踏みにじるデモンストレーションをしたことで怒りが爆発します。
怒りはマリー・アントワネットにも向けられていました。民衆がパンも食べられない中で豪華な暮らしをし、しかもオーストリア出身の外国人だったことから、深井さんは「ぶっ殺す」という流れまであったと話します。
女性たちはヴェルサイユ宮殿まで押しかけ、王に「パンをくれ」と訴えます。淡々とした性格のルイ16世は焦らなかったものの、周囲が慌て、王とマリー・アントワネットが直接出て話をすることになりました。
その結果、王はパリへ移り住むことになります。深井さんの説明では、ヴェルサイユにいると周りの貴族に言いくるめられてしまうため、民衆は王を自分たちの本拠地パリに置き、直接コミュニケーションを取り、貴族から引き離し、監視したいと考えていました。
王はヴェルサイユで貴族に囲まれ、2つの宣言の認可を却下していた
王はパリのトゥイルリー宮殿へ移され、2つの宣言も認可させられた
楊さんは、パリ市役所の前で女性たちが「パンをよこせ」と集まっていた流れが、「王様を連れてこよう」という動きにつながったと補足します。深井さんと楊さんは、この流れを「女子会の2次会で王様ゲーム」と冗談まじりにたとえて盛り上がっていました。
何ですか、ラピュタに出てくるでかいおばちゃんみたいのがいっぱいいるわけですよね。5秒で支度しなみたいな。あんなんがぶわーって。
王がパリのトゥイルリー宮殿 ── パリ中心部にあった宮殿。ヴェルサイユ行進の後、ルイ16世一家が住まわされました。現在は跡地がチュイルリー庭園になっていますに置かれたことで、民衆が作った議会は王のそばにある正統な場となり、行政の中枢も移って本当の政府のようになっていきます。
財政難の議会は、なぜ聖職者の土地を没収したのか
政府のようになった議会も、フランスの財政破綻という問題からは逃れられませんでした。借金地獄に慌てた議会は、第一身分である聖職者が多くの土地を持っていることに目をつけ、すべて没収するという強硬手段に出ます。
深井さんは、教会の土地財産を財源にして公債を発行し、一旦しのいだと説明します。三部会から独立した議会ができたとき、聖職者の半分は自主的に合流していましたが、その人たちも特権を完全に取り上げられることになりました。
聖職者と平民の関係について樋口さんが尋ねると、深井さんは、当時の教会は今よりはるかに権力を持ち、地域行政や一部の福祉にも関わっていた一方で、裕福な聖職者は私腹を肥やしているという感覚を持たれていたと答えます。
聖職者側は、人権宣言で所有権が保障されているのに土地を取り上げるのかと反発します。これを抑え込んだのが、天才外交官と呼ばれた口のうまいタレーラン ── フランスの聖職者出身の政治家・外交官。革命期からナポレオン時代、王政復古まで政権の要職を渡り歩いたことで知られますでした。
教会ってもっと公的なものであって、神様のための土地、それをみんなの土地をあなた方が管理してるだけでしょと。何所有物とか思ってんの?みたいな話を。
深井さんによると、教会はこの論理に反論できませんでした。さらに議会は公開投票で、誰がどちらに投票したかがわかるため、民衆の意向と違う票を入れると身が危うい状況でもありました。こうして聖職者は猛反発しながらも土地を没収されます。
民衆の暴動が、ここまで革命を進めた理由
一連の流れが民衆の思い通りに進んでいるように見えるという樋口さんに、深井さんは「そうでもない」と答えます。民衆の多くはこの時点で強い思想を持っておらず、パンが欲しかったのに、実際にはそれほどパンをもらえていなかったからです。
それでも、民衆が世界の形を変えていったことは確かです。深井さんは、何かが達成されるたびに民衆が抱き合って泣きながら喜び、人類のために戦っているという感覚を持っていたと語ります。
樋口さんが「ビジョナリー」と表現すると、深井さんは、ビジョナリーな人が本気で立ち上がったら絶対に勝てないと応じます。楊さんも、その勢いの破壊力を指摘しました。
深井さんは、フランス革命以前にも一揆は数多くあったものの、それまでは途中で怖くなってやめたり懐柔されたりしていたと比較します。今回は死んでもいいから言うことを聞かないというスイッチが民衆に入っていた点が違ったといいます。
そこのスイッチがあるかどうかで、ここまで行くかどうか。途中で抑えつけられるかどうかっていうのが決まってるよね。
まとめ
この回では、実在しない陰謀への恐怖と飢えに追い詰められた民衆が、バスティーユを陥落させ、封建的特権の廃止とフランス人権宣言を引き出し、王をパリへ連れ帰るまでの流れが語られました。深井さんは、イデオロギーを持ち命をかけた民衆の強さが、それまでの一揆とは違う結果を生んだと見ています。
- ネッケル解任と軍隊の集結が、存在しない「貴族の陰謀」への恐怖を生み、民衆の蜂起につながった
- 難攻不落のバスティーユは、平民出身の兵士のためらいと交渉中の疑心暗鬼から陥落した
- フランス人権宣言は制度ではなく思想を示したもので、今の世界の大元になったと語られた
- パリの女性たちのヴェルサイユ行進で、王はパリへ移され、2つの宣言も認可させられた
- 「死んでもいいから従わない」というスイッチが、革命を途中で止めさせなかったと深井さんは見ている






