ソーシャルベンチャー最大の難所は「理想と現実のギャップ」?
樋口さんは、利益より社会課題の解決を目指すソーシャルベンチャーが増えているなかで、その世界に関わってきた深井さんが感じた課題を尋ねます。
深井さんの答えは、目指す理想と今の現実とのギャップです。経営者はそのギャップを処理できても、社員がどう納得していくかが非常に難しいと話します。
ギャップすごいんだよね。それ(理想と現実の差)をどのようにして、社員とか経営者が、経営者は処理できるんだけど、社員が処理するのか。
深井さんによると、既存のビジネスならモデルケースや成功者が身近にいるため、理想までのステップが見え、自分の現在地も評価しやすいといいます。例えばネット回線の販売なら、同業者の中で自分がどの位置にいるかは比較的わかりやすいということです。
一方でソーシャルベンチャーは、民間がこれまで手を出さなかった社会課題に新しいビジネスモデルで挑むため、近いモデルケースがないことが多いと深井さんは指摘します。そのため評価が難しく、自分のやっていることは意味がないのではないかという見方も簡単にできてしまいます。
ともすると自分が今やっていることは意味がないんじゃないか、これは結果につながらないんじゃないかという見方も簡単にできてしまうわけ。
さらに、社会に影響を与えるまでの期間が2〜3年と長くなりがちな点も、ソーシャルベンチャーの悩みを深めていると深井さんは話します。理想を掲げる人が集まっているからこそ、現実との距離をどう埋めるかが見えない悩みを抱える人を多く見てきたそうです。
深井さんは、ソーシャルベンチャーではないものの、歴史のデータベースを作るコテンの事業も理想から遠いと付け加えています。
樋口さんが経営者としての処理の仕方を尋ねると、深井さんは論点を「経営者としてどうするか」「社員に向かってどうするか」「社員がどうすればいいか」の3つに分けます。
深井さんによると、意外にも経営者はこの悩みが最も軽いといいます。理念に強く寄っている創業者は、できるかどうかをあまり考えず、やるつもりしかないからです。問題は、創業者ではなく現場でギャップをより強く感じる社員の側だと話します。
愛を説きながら戦争に最強だった墨子とは?
深井さんは、社員の悩みにつながる話として、今から2500年前の春秋戦国時代 ── 紀元前8世紀から紀元前3世紀ごろまで続いた中国の分裂時代。多くの国が争う一方で、諸子百家と呼ばれる多様な思想家が現れましたの中国にいた墨子を挙げます。墨子の社会活動は、ソーシャルベンチャーと構造的に似ていると考えているそうです。
俺はなんていうかな、その人(墨子)からすげえ勇気もらった、ちなみに。
墨子が生まれたのは、中国が500年間ぐらい戦乱の続いた時代でした。みんなが殺し合うのが当たり前の中で、墨子は本気で「愛が大事だ」と説いたと深井さんは説明します。
もうみんな当たり前に戦争して殺し合ってるわけ。すっげえ当たり前な中で、もう超真面目な顔して、もう本当に愛が大事だから愛で満たそうぜって本気で言ってくる人がいる。
樋口さんはこれを「場違い感」と表現します。深井さんは、戦争反対を唱える人は今もいて、ヒッピー ── 1960年代のアメリカを中心に広がった若者文化の担い手。既存の価値観に反発し、ベトナム戦争への反戦や「愛と平和」を訴えましたもそうだったと話します。
ただし墨子とヒッピーには明確な違いがあり、墨子は戦争が非常に強かったといいます。墨子の思想は非攻兼愛 ── 墨子の中心思想。「兼愛」は他人を自分と同じように区別なく愛すること、「非攻」は他国を攻める侵略戦争を否定することを指しますと呼ばれ、人を自分と同じように捉えれば戦争もなくなり国も治まると遊説して回りました。
深井さんによると、墨子は戦争をなくすことはできないため、せめて攻められている城が落ちないようにしようとしました。攻められている城へ出向いて守ると申し出て、話すうちに実力が伝わり、任されるようになったといいます。
70戦無敗なのこの人(墨子)。全部守り切ったんだよね。だからめちゃくちゃ強い。
理想を捨てる人、現実を捨てる人、墨子だけが両方を持った
深井さんは、墨子が圧倒的なスキルを持った状態で理念を語っても、誰も理念の部分を聞いていなかったと話します。そのうえで墨子から学んだのは、わかってもらえるかどうか、できるかどうかという概念の外で毎日しっかり仕事をする姿勢だといいます。
深井さんによると、普通は現実に向き合う人ほど理想を捨てています。現実が過酷すぎて、理想を持っていると精神がもたないからです。反対に、理想に燃える人は現実を見ずに捨ててしまい、ヒッピーのように「どうやって戦争をなくすか」の話がないといいます。
過酷な現実に対処するため、理想を捨てる。そのほうが楽
理想ばかり見て現実を捨てる。具体的にどうするかの話がない
深井さんは、この2つの間を埋めようとする人もいるものの、埋まらないから皆諦めてしまうと話します。墨子が特別なのは、埋まらないけれど諦めなかった点だといいます。
実際、墨子の生前に戦争はなくならず、弟子300人のうち298人は愛にはまったく関心がなく、戦争の技術を学ぶためだけに通っていたそうです。残りの2人が少しだけ理解してくれていて、それに墨子は大いに感動したといいます。
墨子はそういう世界が実現できそうだからやってるわけじゃないんだよね。したいからやってるの、あの人。
深井さんは、やむにやまれぬ思いで諦めないことと、現実のスキルが誰よりも高いことの2つが大事だと強調します。
墨子の死後、墨家はなぜ理念に振り切ったのか
深井さんは、ソーシャルベンチャーで働いていても「これ無理じゃね?」となる瞬間と、理想に燃える瞬間の両方があると話します。だからこそ、諦めずに現実のスキルを使い続ける墨子と同じスピリッツを持てばよいのではないかといいます。
墨子の話には続きがあります。墨子の生前、弟子にはほぼ戦争の技術しか伝わりませんでしたが、死後に思想が大きく受け継がれ、墨子集団が形づくられたと深井さんは説明します。
生きてる間、誰もこの人(墨子)の話聞かなかったのに、死んだ瞬間、みんなあれ、墨子が言ってたことって素晴らしくない?みたいになった。
深井さんによると、2代目と3代目の墨家は、戦争技術を持ったまま理念に特化した組織になり、メンバー全員が理想と現実の両方を備える状態に達しました。しかし3代目のときに一度城を守りきれず、全員で自殺したといいます。
墨子の生前
理念は伝わらず、弟子には戦争技術だけが伝わる
墨子の死後
思想が受け継がれ、墨子集団が作られる
2代目・3代目
戦争技術を持ったまま理念特化型の組織として完成
3代目の結末
一度城を守りきれず、全員で自殺
深井さんは「死なんでいいのに」と思いつつ、それがよいかどうかは別として、理念に振り切ってしまった結果だと受け止めています。
理解されなくてもキレない。墨子とアレクサンドロスの違い
深井さんは、ソーシャルベンチャーの経営者の葛藤は、理念が周囲に伝わりきらないことにあると話します。自分ほどの温度感をみんなが持っておらず、現実に立脚した意見をたくさん言われるからです。
ここで深井さんが注目するのが、墨子が弟子298人の無理解に一切キレなかった点です。深井さんはそれを、墨子が弟子に依存していなかったからだと説明します。
依存心があったら、彼らのその部下にわかって欲しくて、この人たちがいないとそれができないとか思ってると、理解してもらえないことにキレ始めちゃうじゃん。
けど墨子は一切キレない。むしろ1%でも理解してくれたら超感動する。
深井さんは、このメンタリティを経営者は学んだほうがよいと話します。社員の側も、理想と現実の両方を持つメンタリティを持つしかないのだろうと述べています。
樋口さんが、普通の熱いリーダーなら「なんでわかってくれねえんだよ」となると応じると、深井さんはアレクサンドロス ── 紀元前4世紀のマケドニア王アレクサンドロス3世。ペルシア帝国を滅ぼし、ギリシアからインド北西部に及ぶ大帝国を短期間で築きましたを対照例に挙げます。
深井さんによると、アレクサンドロスは東方遠征 ── アレクサンドロスが率いたペルシアからインド方面への大遠征。インダス川流域まで進みましたが、兵士の疲弊などで引き返しましたでペルシャ帝国を倒した後もさらに攻めたいと考えていましたが、兵士に拒否されます。初めて拒まれたアレクサンドロスは自暴自棄になり、戦陣に突っ込んで致命傷を負ったと深井さんは話します。
兵士に遠征継続を拒否され、自暴自棄になって戦陣に突っ込む
誰も話を聞かなくても怒らず、技術も惜しみなく教え、少しの理解に感動する
墨子はもうなんか全然自分が言ってること、誰が聞いてくれんでも怒りはしない。
一番戦争が嫌いな人が、一番戦争に強いという凄み
深井さんは、ソーシャルベンチャーに関わったからこそ、墨子のメンタリティの難しさがよくわかると話します。墨子はあの時代で一番戦争が嫌いだったはずの人なのに、最も戦争に強かったからです。
深井さんは、ソーシャルベンチャーの人も理念が強いぶん、社会の「よくないこと」に一番精通しているはずだと続けます。それは墨子でいえば、よくない相手と最も付き合え、相手にとって最も価値がある状態だといいます。
樋口さんが「ソーシャルベンチャーで成功したかったら墨子に学べ」とまとめると、深井さんは学んだ結果どうなるかはわからないと笑いつつ、「2代目に期待」という見方に乗ります。
だってそれだけね、ギャップがあるから、もう自分の代で完遂させることに思わなくても。
深井さんの最後の答えは、自分の代で完遂させるつもりで全力を尽くしつつも、完遂できなくてもキレないというものでした。
まとめ
ソーシャルベンチャーは、モデルケースがなく成果までの期間も長いため、理想と現実のギャップに悩みやすい事業です。深井さんは、愛を説きながら70戦無敗の守城術を持った墨子に、そのギャップを抱え続けるヒントを見出しています。
- ソーシャルベンチャーの悩みは、理想と現実のギャップを特に社員がどう納得するかにある
- 墨子は理想を捨てず、現実のスキルも誰よりも高かった。その両立こそが希少だと深井さんは語る
- 墨子は弟子298人の無理解に怒らず、1%の理解に感動した。周囲に依存しない姿勢が鍵とされる
- 墨子の思想は死後に受け継がれ、墨家は理念特化型の組織として完成した
- 完遂するつもりで全力を尽くしつつ、自分の代で完遂できなくてもキレないことが大切だとまとめられた





