リベラルアーツは「スキル」なのか?
最近、リベラルアーツという言葉を冠した本や新書が数多く出ています。文学部出身で、古典や歴史をずっと読んできた樋口さんは、リベラルアーツがスキル向上やビジネスに生かす文脈で語られていることに、強い違和感を覚えているといいます。
スキル向上とかビジネスに生かすっていう文脈で、リベラルアーツが捉えられてるっていうのがものすごく違和感を覚えてるんだよね。俺にとってそういうもんじゃないんだよね。
深井さんが「経営のための論語」のような本を例に挙げると、樋口さんは「もう燃やしたくなる」と即答し、深井さんが「焚書」と返す掛け合いになります。会話の場でうまく話すためのリベラルアーツ、という捉え方にも樋口さんは苛立ちを隠しません。
いや、もう全く同じ違和感があって。リベラルアーツをスキルとして捉えていくなんていうのは、もう最も本末転倒で。
深井さんは、厳密には同じではないと断りつつ、リベラルアーツを「人文学」と言い換えて説明します。人文学の大切さとは、自分の思考枠やルーツでは解釈できない世界の物事を、自分ではない人のフレームワークやルーツから理解する思考方法にある、というのが深井さんの考えです。
自分の今の既存のフレームワークの中にリベラルアーツ入れちゃったら、もうそれが本末転倒で何の意味もない。そこから抜け出すっていうことがすごい大事だから。
深井さんによれば、経営に役立てるために古典を読むのは順序が逆で、古典のほうがより上流の枠組みです。樋口さんも、既存の枠組みの中で知識を増やしているだけでは視野が広がっていない、と応じます。深井さんはそれを知識とハウツーを増やしているだけの状態だと表現しました。
深井さんが挙げる本来の学び方の例は、コーランを読んでイスラム教徒がどんな気持ちで毎日祈っているのかを理解すること、あるいは2000年前の人々の感覚を想像することです。自分たちが当たり前だと思っていることが他の人にとってどれだけ当たり前でないかを、相手側の論理で理解しに行くことが、リベラルアーツの真髄だと語られています。
幸せの「型」が崩れた時代に何が効くのか
深井さんは、他者の枠組みで理解する思考方法が、現代にとくに大切だと考えています。50年ほど前、親や祖父母の世代には、個人が目指す幸せのなり方が良くも悪くもある程度決まっていたといいます。
いい大学でいい会社入って集団就職してとかさ、そこで頑張ってればやっぱり幸せになりやすかったんだよね。
深井さんは、それを批判しているわけではなく「そういう時代だった」と前置きします。そのうえで今は個人化が進み、一人ひとりが自分に合った形で社会に関わらないと満足できなくなっている、と指摘します。前の時代の価値観で自分の人生を測れなくなっているのです。
次の図は、深井さんが語った時代の変化を整理したものです。
いい大学、いい会社に入り、年功序列の中で頑張れば幸せになりやすかった
個人化が進み、それぞれが自分に合った形で社会に関わらないと満足できない
多様性やLGBTが認められつつあることもその表れだとしたうえで、深井さんはこうした時代に個人が幸せになるために最も機能するのがリベラルアーツだと話します。組織のためでも、仕事ができるようになるためでもなく、自分が幸せになるためです。
仕事ができた方がいいんだっけ?とかいうところから疑うことがリベラルアーツだから。仕事ができた方がいいよねっていう前提から始めるのが今までの、そのHowto本だから。
樋口さんは、仕事ができなくても幸せになった人は歴史にたくさんいると応じます。深井さんは、死後に評価されたゴッホ ── 19世紀オランダ出身の画家。生前は作品がほとんど売れず、死後に高く評価されるようになりましたを例に、そもそも社会的評価が必要なのかという問いまで含めてリベラルアーツだと語り、価値の軸を複数同時に持つ考え方だとまとめています。
キャリアに迷う人に、人文学が効く理由
樋口さんが、そうした実感を仕事の中で感じるかと尋ねると、深井さんは「いっぱいある」と答えます。社員との面談でも、取締役を務めるベンチャー企業での面談でも、多くの人がキャリアに悩んでいるといいます。
昔だったら簡単だったんだよね、それ(仕事との関わり方)。もう1種類か2種類しかないから。
今は、自分が仕事とどう関わるのかがわからない人や、わかっていてもそこへの到達方法がわからない人が大勢いる、と深井さんは言います。樋口さんがキャリアコンサルタントが増えていると話すと、深井さんは否定はしないと断ったうえで、人文学を勉強したほうがいいと答えました。
キャリアコンサルタントよりも本当に人文学勉強した方がいいと思う。哲学、歴史とか、いろんな思想を勉強するとか。
深井さんによれば、他の思考を知ると、自分の思考や思想がどんなものかが逆によくわかります。樋口さんの言葉でいえば「相対化」で、自分の考えにはこういうルーツがある、だからこだわる必要はない、と気づけるというのです。
さらに深井さんは、ある事柄が人間・社会・個人・組織のどれにとって大切なのかも、思想や歴史を学ぶと感覚的にわかりやすくなると話します。その結果として、社会と自分をどう関係づけるかを自分で選べるようになっていく、という流れが語られます。
他の思考を知る
哲学や歴史、さまざまな思想を学ぶ
自分を相対化する
自分の考えのルーツがわかり、こだわらなくてよい部分が見える
選択肢が増える
社会との関わり方の種類を知る
自分で選べる
社会と自分をどう関係づけるかを選択できる
いろんな種類を知ってるから、その種類がないと選択権がないんで。こうしようってなんない。オプションがないから。
深井さんは、チンギス・ハン ── 13世紀にモンゴル帝国を築いた遊牧民の指導者。コテンラジオでもたびたび取り上げられる人物ですのように関わるのか、吉田松陰や宮沢賢治のように関わるのか、と社会との関わり方の例を挙げ、どれが良い悪いということはないと話します。
ただし、こうした価値は社会ではあまり理解されていないようだ、とも深井さんは感じています。書店で売れやすい本を見る限り、仕事に結びつかないものにはお金を出しにくく、即効性もないためです。樋口さんも、すぐに結論を出すためのものではないと応じました。
それでも深井さんは、リベラルアーツが話題になっていること自体は前向きに捉えています。真の理解をしている人は少なくても、大事だと思う人が前の時代より増えているからこそ盛り上がっているのであり、アメリカでリベラルアーツが重視されていることも素晴らしいと話しています。
経営者はリベラルアーツを学んでいるのか?
樋口さんは話を経営者に移し、経営者はリベラルアーツを勉強しているのかと尋ねます。深井さんの答えは「多分してないんじゃない」というものでした。
今できる経験以外のリベラルアーツって、やっぱり本からしか学べないので、やっぱそこすごい距離あるよね。
深井さんは、経営者が学んでいないことに怒っているのではなく、これから学び始める人が増えたときに何が変わるかに関心がある、と語ります。昔は売上を上げるといった価値の種類が少なかったのに対し、今は売上が2番目という会社も普通にあるといいます。
樋口さんが「ソーシャルの目的」と補うと、深井さんは、いろいろな価値が乱立すると同じ価値の中で戦う競争社会にはならない、と続けました。
競争ではなく「調和」が求められる理由
深井さんは、自社のCOTENを例に挙げます。データベースを作ろうとする会社は他に出てこないので、COTENには今のところ競合がいないといいます。
だから競争しなくていいわけ、僕たちは。競争じゃなくて、まあ戦う相手は自分自身みたいになるよね。
そうした世界で大事になるのは、競り勝つことより、本来出すべき価値をブレずに出すこと、そしていろいろな価値と調和する力だと深井さんは考えています。COTENにイスラム教徒が入って働けることや、ハーフコミット、クォーターコミットの人も活躍できる組織のあり方が例に挙がりました。
同じ価値の中で戦い、競り勝つかどうかが問われる
さまざまな価値を吸収し、違う方向を目指す人とも一緒に働ける力が問われる
深井さんは、調和に必要なのが、冒頭で話したリベラルアーツだと話を戻します。樋口さんの言う「相手の文脈」で、相手を評価する力です。
深井さんは、もし自分が「人文学を勉強していない人はダメだ」と思っていたら、その時点で人文学として崩壊しているし、そういう人たちと一緒に働けない、と自らを例にします。今はむしろ、人文学を目指していない人とも一緒に働いたほうがいい時代だといいます。
リスペクトがないと働けないから。自分はちょっとその目指してる場所違うけど、あなたがやってることはすごく僕も大事だと思うしって思ってないと、一緒に働けない。
深井さんは、自分の中に複数の価値観を内在させることができなければ、これからの経営者は価値を出しにくいのではないか、と述べます。樋口さんは、多様な価値観を組織の価値に転換するには、まず自分の中に多様性を持つ必要があると受け止めました。
深井さんはさらに、相手が手伝いたいと思えるためにも深い理解が要ると付け加えます。礼拝を「時間の無駄」と思われる会社ではイスラム教徒は働きづらく、それはそれで大事だと思ってもらえるから働ける、という例です。そうでなくても大事だが、この場面でもリベラルアーツは大事だ、と深井さんは話を締めくくりました。
まとめ
この回では、ビジネス教養として消費されがちなリベラルアーツを、自分の外にある枠組みで世界を理解する思考方法として捉え直し、それが個人の幸せや組織の調和にどう効くのかが語られました。
- 既存の枠組みにリベラルアーツを押し込むと、知識とハウツーが増えるだけで本末転倒になる
- 幸せの型が崩れた現代では、価値の軸を複数持つことが自分に合った生き方の選択につながる
- 他の思考を知ることで自分の考えを相対化でき、キャリアの選択肢が見えてくる
- 価値が乱立する時代の経営では、競争よりも相手の文脈で相手を尊重する調和の力が大切になる



