天皇の話はなぜこんなに怖いのか?
コテンラジオの天皇編は、2019年4月の天皇陛下の退位と皇太子さまの即位、そして平成からの改元を機に企画されました。台本には、天皇とは何か、天皇と歴史の関わりを思いきり語ると書かれていたそうです。
番組のPodcast配信は3回目のテーマから始まり、深井さんによると毎回100回ほど聞かれるようになっていました。樋口さんは、聞かれるほど言葉の責任が重くなる中で、あえてこの重いテーマを扱うことになったと笑います。
(天皇の話を)なんで僕もこんなに怖がってるのかわかんないんですよ。
でも正直なんかわかんないけど、日本で天皇についての話をするってすごいこう、気を使うというか。
中国出身の楊睿之さんも、歴史好きとして多くの人と話す中で、天皇の話題を出したときの日本人の反応は明らかに違うと感じてきたといいます。
呼び方ひとつにも気を使う理由があります。存命の天皇ご自身を指すときは「天皇陛下」と呼び、歴代の天皇やシステムを指すときに一般名詞として「天皇」「天皇制」と言う、と3人は確認しています。
深井さんは、この回の狙いを「物申す」ことではなく、天皇がどう特殊なのか、立憲君主制とはどういうものなのかを、リスナーに腑に落ちてもらうことだと説明しています。
王様がいる国は世界にいくつ残っているか
深井さんは天皇の話に入る前に、まず海外の王様の歴史を押さえる必要があると話します。他の国と比べないと、天皇が何なのかがよくわからないからです。
深井さんによると、いま世界に現存する王室はわずか27しかありません。けれど古代や中世では王様や皇帝がいるのが普通で、ギリシャのアテネやローマのような王様のいない国のほうが例外だったといいます。
その27の王室がある国の中で、人口が最も多いのが日本です。歴史が最も長いのも日本だと深井さんは話しています。
ただし、いまの日本で王様が支配している感覚はありません。深井さんは、国会や憲法が王様より上にある状態を立憲君主制 ── 君主がいながら、憲法や議会によって君主の権力が制限される政治体制。イギリスや日本など、現存する王室の多くがこの形をとっていますと説明します。
イギリス王室もこの立憲君主制で、政治的権力はほとんどありません。一方でサウジアラビアの王様のように、いまも強い権力を持つ例もあるといいます。深井さんは、立憲君主制の王室には政治的権力はなくても権威はあると区別しています。
王様はどうやって世界から消えていったのか?
世界の王様の歴史について、深井さんはまず絶対王政 ── 国王が強大な権力を握り、議会などの制約をあまり受けずに統治した政治体制。近世ヨーロッパのフランスやイギリスなどで見られましたの時代を挙げます。フランスのルイ16世やイギリスなどが例として挙げられ、王様の権力がめちゃくちゃ高まった時代です。
その反動として、フランス革命で王様が処刑されるなど、王様がいなくなる先駆けの事件が18世紀ごろに起きます。その後、最初から大統領を持つアメリカのような、王様のいない国が出てきました。
それでもドイツなど多くの国には王様が残っていました。大きく変わったのは第一次世界大戦で、終戦とともにドイツ皇帝、オスマン帝国、ロシアのロマノフ朝の君主が一気にいなくなったと深井さんは語ります。
なぜ一気に消えたのかについて、深井さんは2つのポイントを挙げます。戦争で末端まで全員が疲弊し、その不満が王政の国では王様一人に集中したこと。そして王政の国が共和制の国より弱かったことです。
楊さんは、敗戦後にはGHQ ── 第二次世界大戦後に日本を占領・管理した連合国軍最高司令官総司令部。マッカーサーが最高司令官を務めましたも当初、昭和天皇に責任を取らせることを考えていたと補足します。深井さんによると、チャーチルやマッカーサーが反対したこともあり、日本は戦争に負けたのに天皇が残りました。
2600年という皇室の古さは何を意味するか
深井さんが挙げる天皇の特徴の1つめは、歴史がめちゃくちゃ古いことです。一応2600年前から続いているとされ、最初の天皇は神武天皇 ── 『古事記』『日本書紀』で初代とされる天皇。神話上の人物で、実在は証明されていませんだと伝えられています。
深井さんは、2600年前は縄文と弥生の過渡期ぐらいで、日本という国がまだなかった時代だと説明します。楊さんは、奈良の橿原神宮で国づくりを宣言したという話が神話の中にあると補います。
ただし、天皇についての記録は文字のない時代から口伝され、だいぶ後に文章化されたものです。深井さんによると、実在が証明できるのは仁徳天皇か雄略天皇あたりまでで、それ以前の千年ほどはわからないといいます。
わかんないけど、そんぐらい続いてて。これはもう断トツで古いんですよね。今の世界の王室の中で。
なぜ誰も天皇に取って代わろうとしなかったのか?
皇室がそこまで長く続いた理由について、深井さんは「誰も殺して自分が成り代わろうとしなかった」と表現します。楊さんがまず挙げたのは、海に囲まれた日本には大陸と違って異民族の侵入が少なかったことです。
深井さんも、外から攻めてきたのは元寇 ── 13世紀にモンゴル帝国(元)が2度にわたり日本に攻め込んだ出来事。いずれも日本側が撃退しましたと第二次世界大戦ぐらいだと話します。外部の勢力が征服していれば、天皇を残す必要はなく、王朝交代が起きていた可能性があるという見立てです。
国内の権力者にとっては、天皇が「していいよ」と認めてくれるから人々が従っているのに、その天皇を倒せば全員をもう一度説得し直さなければなりません。政治的権力を持たない天皇は、権力者の邪魔にならなかったのです。
天皇の権威を必要としないため、倒すメリットのほうが大きい
権威の証明をやり直すことになり、倒すデメリットのほうが大きい
楊さんはこの話を「和の国」という言葉に結びつけます。お互いに戦争し合うより、和というやり方で統治するほうがコストが低かったという考え方です。
樋口さんは、コストという感覚を持ち込むと分かりやすいと応じ、第2回以降でさらに掘り下げていくことになりました。
まとめ
天皇編の第1回は、世界の王室が絶対王政、革命、第一次世界大戦を経て減っていった流れと比べることで、日本の皇室の特殊さを浮かび上がらせる回でした。
- いま世界に現存する王室は27で、その中で日本は人口が最も多く、歴史も最も長いと語られた
- 立憲君主制の王室は政治的権力をほぼ持たないが、権威は持っている
- 世界の王様は絶対王政への反動や世界大戦での疲弊を機に一気に消え、日本は敗戦後も天皇が残った
- 皇室が続いた理由として、外敵の侵入が少なかったことと、国内では天皇を倒すより権威を利用するほうが権力獲得コストが低かったことが挙げられた





