質問魔ヘレンの誕生。「必ず話を聞いて」の意味とは?
手紙を書き、本を読み始めたヘレン・ケラーは、あらゆることを尋ねる質問魔になります。その日に聞いたことや経験したことを、嬉しそうに母親へ報告するようにもなりました。
このときアン・サリヴァンは家族全員に、ヘレンが何かを報告したり話そうとしたりしたら必ず真剣に聞いてほしい、と頼んでいます。ヘレンが話すことを楽しめるよう協力してほしい、それが言語の一番の勉強になるから、という理由です。
サリバン先生は、ヘレンが何かを報告してきたりとか、何かを喋ろうとしてきたら、必ず聞いてくださいって家族全員に言ってるんですよ。
樋口さんは、この部分を読んで相当な衝撃を受けたと話します。サリヴァン先生がまず伝えようとしたのは、正しいコミュニケーションではなく、コミュニケーションする楽しさだったからです。
深井さんはこれを英語教育に置き換え、英語を正しく教えるより、英語話者と話す楽しさを感じさせることが一番早い上達法だと共感しています。
正しい言葉づかいや文法を先に身につけさせる
話すことが楽しいと感じさせ、そこから自然に学ばせる
その結果、ヘレンはとても明るい子どもになります。愛情を注がれ、いつも誰かがそばで好奇心を満たしてくれ、話を喜んで聞いてもらえる環境だったからだと深井さんは見ています。
ヘレンの質問は、地球は重いのになぜ落ちないのか、太陽はなぜ熱いのか、といったものでした。赤ちゃんはどうして生まれるのかという困った質問もあり、サリヴァン先生は嘘はつかずに生命の神秘を伝えようとしつつ、最後は少しぼかしたと手紙に書いています。
「わからない」は悪いことか?観察から始まる教育
サリヴァン先生が大切にしたのは、ヘレンに勉強している感覚を持たせないことでした。勉強と思わせないまま、結果として学びになっているという形です。
しかもサリヴァン先生は教育理論にとらわれず、その子を観察し、そこから教育方法を試行錯誤すると述べています。樋口さんは、今でもそれができる教育者は少ないと驚きます。
やっぱり人ってインプット特性とか、その興味分野が違うんで、人によってやっぱね、教える順番とか教え方とか違うはずなんですよ。
ヘレンに接する周りの人は、知らない単語があったらどうしようと考え、つい簡単な言葉を使おうとしました。サリヴァン先生はそれもやめてほしいと頼み、わからない単語を気にせず普通に話しかけてほしいと伝えています。
深井さんによれば、教える限界を大人の側で設けてしまうと、結局その子のためにならないということです。サリヴァン先生は、ヘレンが将来一般社会で自立できることをゴールにしていたからこそ、普通に話すよう周囲に求めたと考えられます。
オタマジャクシと馬車の上で。自然教室と「第六感」
サリヴァン先生は自然に触れさせることも重視し、外で授業をしていました。目で見られないヘレンにとって、生き物の成長はとりわけわかりにくいものです。
そこでサリヴァン先生は、オタマジャクシを毎日触らせ続け、カエルに変わっていく過程を手で感じさせました。鳥が殻を破って生まれる瞬間の卵も、ヘレンに持たせています。
そうか、時間の経過も難しいのかもしれない。
楊さんは、この教え方に吉田松陰を重ね、深井さんも教育の神髄はこのあたりにあるのだろうと語ります。
語彙はまだ少なかったものの、ヘレンの触覚は大きく発達していました。相手の筋肉の動きから、どんな感情で話しているかがわかったそうです。
馬車でサリヴァン先生の手に触れていたとき、先生が景色の何かを見て考えごとをすると、ヘレンは「先生どうしたの?」と尋ねたといいます。楊さんは、男性が警察に連行される光景を先生が見た直後に、ヘレンが何を見ているのか聞いたという話を読んだと補足しています。
いや、だから本当に第6感の正体かもしれないですね。
サリヴァン先生は、汽車の窓から見える山などの景色も、ひたすら指文字で描写し続けました。見たことのないものの雄大さを伝える根気の強さに、楊さんは「ものすごい根気やな」と感嘆しています。
初めてのクリスマスに、両親はなぜ泣いたのか
言葉を覚え、手紙まで書くようになったヘレンを見て、両親はそれを奇跡と受け止め、サリヴァン先生に泣いて感謝しました。なかでも一番感謝したのは、サリヴァン先生が来てから初めてのクリスマスだったといいます。
ヘレンが7歳になるまで、家族はヘレンにクリスマスを伝えられませんでした。周りが祝っていても、ヘレンは今日が何の日かわからず、普段と同じように過ごしていたのです。
何の日かわからず、楽しみにもせず普段どおり過ごす
プレゼントをもらうこと、あげることを楽しみにしてはしゃぐ
サリヴァン先生が来た年のクリスマスから、ヘレンはプレゼントを楽しみにして、キャッキャと喜んでいたそうです。両親はその姿に深く感動しました。
クリスマスを子供が喜ぶっていう当たり前のことがなかったってことですね、逆に。
深井さんは、サンタクロースがプレゼントを持ってくるから靴下を飾っておこう、という一言さえ伝えられなかった家族の思いに触れます。家族みんなでヘレンにプレゼントを贈り、楽しげに開ける様子を見た父親は、言葉にできなかったといいます。
楊さんは、息子にトーマスのおもちゃや小さな滑り台をあげて喜ばれる嬉しさを引き合いに出し、何をしても伝わらない状態が続いた末の瞬間を想像すると胸に迫ると話しました。
食べ物や人形で喜ぶことはあっても、プレゼントや特別な日、誕生日といった抽象的な概念は伝わりませんでした。喜びや楽しみを家族と共有できるようになったことこそが、この奇跡の中身だったと考えられます。
ヘレンが可愛すぎる?サリヴァン先生の手紙
サリヴァン先生自身も、仕事に夢中になっていきました。手紙には、世の中でこれほど自分の仕事を楽しんでいる人はいないと思う、と書かれています。
深井さんが印象に残ったもう一つの特徴は、手紙にヘレンが可愛いという話がとても多いことです。ヘレンがこんな可愛いことをした、という記述がたくさん出てきます。
いや、もしかして自分が愛情を注ぐべきだった弟、弟に注ぐべき愛情を。
サリヴァン先生の弟は早くに亡くなっており、ヘレンは弟が亡くなったときとほぼ同じ年齢でした。楊さんは、その愛情をヘレンに注いでいたのかもしれないと推し量り、深井さんも大変な人生ではあるけれどヘレンは幸せだと語っています。
子どもをなめちゃいけない。現代の子育てへの示唆
次回はヘレンが成長し、大学に入学するまでを扱うと予告されたあと、楊さんは簡単な言葉を使わないでほしいというサリヴァン先生の話を、自身の子育てに重ねます。
例えばうどんとかも最初うどんって言ったらわからないんですよ。だからもううどんもちゃんぽんもそばもチュルチュルって言ってるんですよ。
深井さんも、子どもには普通に話してもよく、わからなくてもそこから学ぶはずだと応じます。楊さんは、保育園の先生に難しいと思うことでもやらせるよう言われ、箸を持たせたら意外と持てたという経験も話しました。
楊さんは、子どもに限らず弟子や生徒にも同じことが言えると述べ、いろいろ考えさせられた回だったと締めくくっています。
まとめ
サリヴァン先生の教育は、正しさより話す楽しさを優先し、子どもを観察して教え方を変え、限界を大人が決めないというものでした。その積み重ねが、ヘレンを明るい質問魔に育て、家族に初めてのクリスマスの喜びをもたらしました。
- 家族全員に、ヘレンの話を必ず真剣に聞くよう頼み、話す楽しさを学びの土台にした
- 教育理論より、その子の観察から教え方を試行錯誤した
- わからない単語を恐れず、普通の言葉で話しかけるよう求めた
- オタマジャクシや孵化する卵に触れさせ、自然の中で変化や時間を教えた
- 喜びを共有できるようになったヘレンの姿に、両親は初めてのクリスマスで深く感動した





