なぜサリヴァン先生は家族からヘレンを引き離したのか
ヘレン・ケラーの家庭教師になったアン・サリヴァン先生が、まず必要だと考えたのは、ヘレンを家族から引き離すことでした。サリヴァン先生がどれだけ厳しくしても、両親がヘレンを甘やかしてしまうからです。
楊さんによると、わがままを言えば何かしてもらえる状態を、両親が作ってしまっていました。サリヴァン先生は両親に「ヘレンのためを思うなら、私とヘレンだけで生活させてほしい」と頼みます。
2人の生活の場に選ばれたのは、母屋から400メートルほど離れた小さな離れの家です。実際には、お手伝いの黒人の少年も1人いたそうです。
サリヴァン先生は、家族がヘレンに会うことも禁じました。ヘレンが寝た後にこっそり様子を見るのは構わないが、話しかけてはいけない、という条件です。
父親は提案に納得しましたが、両親のどちらかはヘレンと離れることに耐えられませんでした。そこで「とりあえず2週間だけ」という条件つきで、共同生活が始まります。
でも(両親は)許すんですね。なんかそれ言う方も許す方もちょっと覚悟いるような気がしますね。
楊さんは、この提案をしたサリヴァン先生の覚悟に驚いています。初めての仕事で、雇い主である両親の意思に沿わないことを、最初の段階で強く提言していたからです。
やったことのない初めての仕事で、雇い主である両親に対して、その彼女らの意思に沿わないことを、草創の段階で強い意志を持って提言するっていうことができる人は何人いますかね、この世の中に。
いや、だってクライアントにこうしたらいいですって言って(相手が)絶対ダメだって言ってるのに、いやいや絶対しますっていうのを、初めての仕事でやってるわけですよね。
楊さんの見立てでは、サリヴァン先生は、ヘレンが服従を覚えない限り自分がいる意味はないと考えていました。適当にやり過ごして高い給料をもらう道もあり、結果が出なくても責められなかったかもしれないのに、その道を選ばなかったのです。
泣きわめく2時間、スパルタ合宿の始まり
共同生活が始まった時点のヘレンは、サリヴァン先生を嫌っていました。頭を撫でさせてくれず、キスもひどく嫌がり、ヘレンがキスをする相手は母親だけだったそうです。
前回もちょっと言いましたけど、自分の自由を奪う敵ですからね。今のところ(サリヴァン)先生は。
それでもサリヴァン先生は、まず自分の言うことを聞いてもらうこと、そのくらい自分を信頼してもらうことに集中します。離れの家へ向かうときには、わざと回り道をしました。すぐに家へ戻れるとヘレンに思わせないためです。
母親が去ると、ヘレンはひどく混乱しました。母親がいなくなるという経験は、それまで一度もなかったからです。サリヴァン先生は、泣きわめくヘレンへの教育をその場で始めます。
サリヴァン先生のやり方は、泣きわめいている間は放置する、つまり何もしないというものでした。ヘレンは2時間ずっと泣きわめいたり、癇癪を起こし続けたりしたといいます。
初日の夜も、ベッドが1つしかないため同じベッドで寝ようとしたところ、ヘレンは激しく拒否しました。寝かしつけるのに、ここでもまた2時間かかったそうです。
そこでね、サリバン先生、感想のことなんだけど、子供ってこんな体力あるんだって書いてあって面白かった。リアル。
ヘレンは、母親を呼ぶ「来て来て」という意味の、頬を触る仕草を、戸口でずっと繰り返していたそうです。楊さんは、これをホームシックだと表現しています。
それでもサリヴァン先生は、力ずくで綴りを教え、やってはいけないことを示し、わがままは一切無視することを続けました。その結果、反抗しても意味がないことをヘレンは経験から学び、少しずつ言うことを聞くようになっていきます。
ヘレンの目線で見ると恐怖だった?
樋口さんは、この話をつい自分も子どもを持つ親として、サリヴァン先生の目線で聞いてしまうと話します。そのうえで、ヘレンの側から見ればまったく別の光景だと気づきます。
でもよくよく考えたら、ヘレンケラー目線で聞いたら恐怖以外何もない。
だから要はもう永遠の別れかもしれないわけですからね、親との。
楊さんも同意し、ヘレンは自分がなぜここにいるのかも、サリヴァン先生が誰なのかも、なぜ母親がいなくなったのかもわからず、不安でしかたなかったはずだと話します。
ただし楊さんによると、一緒に生活するうちに、ヘレンはサリヴァン先生が敵ではないことを理解していきます。一日中手に何かをしてくる、それを真似すると褒めて可愛がってくれる、ということがわかってきたのです。
ヘレンはこの時点で指文字 ── 手の指の形でアルファベットなどの文字を表す方法。サリヴァン先生は、ヘレンの手のひらに指文字を綴って言葉を伝えましたの形を覚え、18個の名詞と3つの動詞を習得していました。楊さんは、ヘレンはもともと頭がよかったと話します。
途中で様子を見に来た両親は、ヘレンがとても静かになっていることに驚き、感動したそうです。両親はこの時点で、サリヴァン先生に任せようと思い始めていました。
深井さんが「逆にどれだけやかましかったのか」と笑うと、楊さんは、ヘレンが初日にサリヴァン先生を部屋に閉じ込めて鍵を隠し、それで爆笑していたというエピソードを紹介します。
泣きわめき、癇癪を起こし、サリヴァン先生に触れられることもキスも拒む。いたずらで先生を部屋に閉じ込める
静かになり、同じベッドで寝るようになる。18個の名詞と3つの動詞の指文字を覚える
この図は、共同生活の前後で変わったヘレンの様子を、本文の内容に沿って並べたものです。
指文字は覚えても「名前」がわからない壁
静かになり単語も覚え始めたヘレンでしたが、まだ「物に名前がついている」という概念を持っていませんでした。
楊さんが例に挙げるのは「drink(飲む)」「mug(マグカップ)」「milk(ミルク)」という3つの綴りです。ヘレンには、この3つがそれぞれ別のものを指していることがわかりませんでした。
ヘレンは、飲み物をもらうときや飲んでいるときに、その綴りをされることは理解していました。しかし、物に名前があることも、3つの言葉の違いもわからず、「これは何なんだ」と思っていたと楊さんは説明します。
言葉と言葉と言葉の境界線というか、それが区別がつかないもんね。
1887年4月5日、「water」で世界がつながった瞬間
サリヴァン先生が来てから1か月ほど経った1887年4月5日、ヘレンはついに単語の概念を習得します。2人はこの日を「運命の日」と呼んでいます。
楊さんは、きっかけはひょんなことだったものの、それまでの1か月間、2人きりでずっと単語を教え続けた蓄積があったからだろうと話します。
その朝、サリヴァン先生が顔を洗っていると、ヘレンが水を指さしました。当時のヘレンは目に見えて指させるものしか示せず、抽象的な概念に言及することはできませんでした。
サリヴァン先生は「water」と綴りますが、ヘレンにはミルクとの違いも、マグやドリンクとの違いもまだわかりません。そこでサリヴァン先生はひらめき、ヘレンを井戸の水の出口まで連れて行きます。
サリヴァン先生は、ヘレンにコップを持たせて水を注ぎながら、ずっと「water」と綴り続けました。深井さんは、水がかかっている腕に綴っていたのだと補足します。
この時にヘレンがいきなり分かるんですよ。ウォーターが水のことなんだと。この指で今やってるこの形は、この水のことをずっと言ってるんだってことが分かったわけ。急に。
ヘレンにとってこの発見は大きな衝撃で、持っていたコップを落とし、しばらく立ちすくんでいたそうです。その後、急に明るい表情になり、何度も「water」とサリヴァン先生に綴り返しました。
続いてヘレンは地面を指さし、サリヴァン先生が「ground」と綴ります。ヘレンは、すべてのものに名前がある、つまり名詞があることに気づき、あらゆるものを指さし続けました。
サリヴァン先生自身を指さしたヘレンには「teacher」、両親には父母を表す言葉が教えられます。ヘレンは数時間で30個の単語を覚え、興奮していたといいます。
蓄積
1か月間、2人きりでさまざまな単語を指文字で教え続ける
きっかけ
朝の洗顔の場で、ヘレンが水を指さす
体験と綴り
井戸で水を注ぎながら、腕に「water」と綴り続ける
理解
指の形が水そのものを指すとわかり、すべてに名前があると気づく
この流れからは、1回の出来事だけでなく、それまでの積み重ねがあって理解に至ったという楊さんの見方が読み取れます。
言葉が世界との扉を開いた夜
深井さんは、この「water」の場面がヘレン・ケラーとサリヴァン先生の物語の第一のクライマックスだと話します。楊さんによると、映画もこの場面のラストシーンで終わっているそうです。
なんか人間の知能からすると、言語の習得って相当一個バーンって開くはずですよね。
その日の夜、ヘレンは初めて自分からサリヴァン先生の寝床に入り、キスをしてくれたそうです。サリヴァン先生は手紙に、心が張り裂けるほど喜びであふれたと書いています。
深井さんは、1か月間ずっと心が通じ合っていなかったのだから、そうなるのは当然だと共感します。
楊さんによると、サリヴァン先生はこの1か月の間、家に来ていたヘレンのいとこの赤ちゃんをじっと観察し、人間がどう言葉を覚えるのかを考え続けていました。
しかもね、面白いのがサリバン先生、自分で仕事向いてないって思ってんですよね。この時点で。
サリヴァン先生は、才能もない、むしろ自分にこそ先生が欲しいと思い悩んでいたそうです。深井さんは、成果がまだ出ていなかったのだから、そう思うのもしかたないと話しています。
「小さい」「考える」はどう教えたのか
物の名前という概念が伝わると、次の課題は抽象的な概念でした。「小さい」のような形容詞や、「考える」のように身体の動きを伴わない動詞を、どう伝えるかです。
「小さい」を伝えたエピソードとして楊さんが挙げるのは、犬が6匹ほど子犬を産んだときの話です。ヘレンはすでに「dog」や「puppy」がわかるようになっていました。
サリヴァン先生は、子犬の中でもひときわ小さい1匹を「very small」、他の子犬を「small」と綴りました。ヘレンはそこで「小さい」と「very」の意味を理解し、他のものにも「very」を当てはめて確かめたそうです。
比較だよね。比較をさせる。
「think(考える)」は、ヘレンがビーズを糸に通す作業をしていたときに教えられました。通し方を教わっているうちにヘレンが立ち止まって考えた、その瞬間にサリヴァン先生は「think」と綴ったのです。
楊さんは、これも1回ではなく繰り返しであり、その瞬間ごとに機を逃さずすぐ綴ったことが大事だったと話します。ヘレンが手に触れるものはすべて教材で、サリヴァン先生は一日中、指文字でヘレンに綴り続けていました。
言葉より経験が先、20歳の教育者の洞察
サリヴァン先生は、子どもが経験的に知っていることなら、それを教えるのは簡単だと述べています。言葉よりも経験のほうが圧倒的に大事で、経験さえしていれば伝えることはできる、という考えです。
二十歳だよ。
楊さんは、サリヴァン先生がこのとき20歳だったことを強調します。子どもが経験していれば「それはこう呼ぶんだよ」と言うだけで伝わるが、経験していないことを言葉だけで教えてもわからない、という説明です。
サリバンが言ってて面白いなと思ったのは、むしろヘレンじゃない人たちって言葉を先に勉強してるじゃん。だからそっちの方が難しいって言ってるんですよ、この人。
深井さんは、子どもの関心が向いた瞬間に習得性が最も高まるので、その機を逃さず教えるのだと整理します。経験も関心もないものに言葉だけを教えても、子どもには入ってこないということです。
経験していることや、関心が向いた瞬間に、その場で言葉を結びつける
経験も関心もないものについて、言葉だけを先に教える
この対比は、サリヴァン先生の言葉と、それを受けた深井さんの整理をまとめたものです。
なんかこれもう教育とは何かレベルの話を今してるよね。
その後ヘレンは、「神秘(miracle)」「永遠(eternal)」「現象」といった難しい抽象語も、サリヴァン先生の教育によって習得していったと楊さんは紹介します。
単語の羅列から文章へ、文法はどう身についたか
単語の次のステップは文章でした。ヘレンは指文字に加えてアルファベットの書き方も教わっていたので、手紙は書けるようになっていました。しかし、話を耳で聞いていないため、文法は身についていませんでした。
当初のヘレンの英語は、単語を並べただけのものです。たとえば「赤ちゃんには歯がないから食べられない」を「Baby teeth no baby eat not」、「子犬は目を閉じているのに寝ていない」を「eyes shut sleep no」と表現していました。
これに対してサリヴァン先生は、最初から普通の文章を指で長く綴りました。ヘレンには知らない単語ばかりでしたが、1つのことをさまざまな言い方で繰り返し伝えることで、共通する単語の意味が少しずつわかっていったそうです。
たとえば「maybe」や「probably」は、ヘレンが「お母さんはどこ?」と聞いたときに、サリヴァン先生が「知らないけれど、多分ここにいるでしょう」と答えることで伝わっていきました。
確かに。俺らがさ、英語とか勉強する時も、文章中にわからない単語があったら、この単語もしかしてこの意味なんじゃねえの?っていう思考になるもんな。
前置詞は、点字 ── 指で触れて読む、盛り上がった点の組み合わせで文字を表す方式。視覚に障害のある人が読み書きに使いますで単語を書いたカードを使って教えられました。ベッドには「bed」、人形には「doll」のカードを付け、人形をベッドの上に乗せて「doll is on the bed」とカードを並べるのです。
続いて「under the bed」や、布団をかぶせて「in the bed」と状況を変えながら教えることで、ヘレンは「on」や「in」の意味を次々に習得していきました。
樋口さんは、ヘレンはメモを取れず、取っても自分で読めないので、すべて暗記でやらなければならなかったと気づきます。
3か月で手紙、点字の本で広がる語彙
驚くべきことに、サリヴァン先生が来てから3か月後には、ヘレンは手紙を書いていました。その手紙には「ヘレンがアンナに書きます。ジョージはヘレンにリンゴをやります。ジャックはヘレンにアメをくれるでしょう」とあったそうです。
七歳にしてはちょっと稚拙かもしれないけど、でも全然普通だよね。七歳ってこんなもんじゃん。すごくない?
楊さんによると、アルファベットはかなり早い段階で書けるようにしていたはずだといいます。ただ、その字はとても読みづらかったそうです。
さらにサリヴァン先生は、理解できるかどうかに関係なく、ヘレンに点字の本をひたすら読ませました。最初のヘレンは、知っている単語を探して見つけるたびに大喜びするだけでした。
知っている単語が増えると、ヘレンは前後の文脈から「この単語はこういう意味ではないか」と推測し、どんどん語彙を増やしていきました。
関心が最高潮の瞬間を逃さないサリヴァン・メソッド
深井さんが強調するのは、ヘレンから質問が来たときのサリヴァン先生の対応です。サリヴァン先生は、その場ですぐ答えようとし、絶対に先延ばしにしなかったといいます。
要はヘレン・ケラーの関心が最高潮になった時に質問として出てくるじゃないですか。もうその瞬間にすぐ答えるようにするんですね。
「後で答えるね」「今は別に伝えたいことがある」という対応はしない。深井さんは、この姿勢を次のように表現しています。
楊さんによると、サリヴァン先生の教育方針にはまだ話しきれていない部分があり、続きは次回に持ち越されます。
まとめ
サリヴァン先生は、両親を説得してヘレンと2人きりの生活を始め、拒絶と癇癪の日々を経て、1887年4月5日の「water」の瞬間にたどり着きました。その後も、経験と関心が向いた瞬間に言葉を結びつけるやり方で、抽象語や文法、読書へとヘレンの世界を広げていきます。
- サリヴァン先生は初めての仕事で、雇い主である両親に、ヘレンを家族から離す2週間の共同生活を提案した
- 1か月の蓄積の末、井戸の水を浴びながら「water」と綴られたことで、ヘレンは物に名前があると気づいた
- 「小さい」は子犬の比較で、「考える」は考えている瞬間に綴ることで教えられた
- サリヴァン先生は、言葉より経験が先であり、経験していれば言葉は伝えられると考えていた
- 関心が最高潮になった瞬間を逃さずすぐ応えることが、サリヴァン先生の教育の核だった




