トマス・シーモアの陰謀に、なぜエリザベスまで巻き込まれたのか
今回の主役の1人は、エリザベスの義理の母キャサリン・パーの新しい夫だったトマス・シーモアです。深井さんは、陽気で「ある意味いいお兄さん」だった一方、周りに結構迷惑をかけていた人物だと紹介します。
で、エリザベスからすると義理の父になるんですかね。
いや、義理の父にもならないんじゃない。
義理の母の新しい夫なだけ。
トマス・シーモアは、時の最高権力者エドワード・シーモアの弟でした。トマス・シーモアは兄が権力を握っていることを良しとせず、まだ幼いエドワード6世から兄を遠ざけて、自分がその座につこうと画策していたといいます。
トマス・シーモアは兄の悪口をエドワード6世に吹き込み、兄を嫌うように仕向けました。兄がお小遣いをくれないと訴えると、エドワード6世が「じゃあ代わりに僕がお小遣いをあげよう」と応じた、という逸話まで残っているそうです。
トマス・シーモアは海軍卿の立場を悪用し、商船から賄賂を巻き上げて、反乱のための資金と人材を集めていました。エリザベスに近づいたのも、王女と結婚すると大量のお金がもらえるため、それを反乱資金にしようとしたのではないかという説があると深井さんは話します。
エドワード・シーモアは、弟の危うい動きを最初から警戒していました。エリザベスが15歳のとき、トマス・シーモアの陰謀は実行前に明るみに出て、大逆罪 ── 国王や国家に対する重大な反逆の罪。イングランドでは最も重い犯罪の一つとされ、処刑されることが多くありましたでロンドン塔 ── ロンドンのテムズ川沿いにある城塞。王宮や要塞として使われたほか、政治犯や身分の高い囚人の収監・処刑の場としても知られていますに収監されます。
トマス・シーモアには33もの罪状が課されました。その中には、国王と枢密院、つまり当時の内閣の許可なくエリザベスと結婚しようとした、という罪も含まれていたといいます。
これ罪なんですよ。(結婚には)許可がいるんで。
この罪状があったことで、エリザベスにも捜査の手が及びます。取り調べに派遣されたのは、過酷で厳正な取り調べで定評のあるロバート・ティルウィットという人物でした。
ロバート・ティルウィットは、若いエリザベスならすぐに本当のことを話すと考えていたようです。しかしエリザベスは勉強を重ねてきただけあって口が上手く、嘘も言わず本当のことも言わず、のらりくらりと質問をかわし続けたといいます。
一方で、この事件にはエリザベスの家庭教師のような立場で、彼女によくしてくれた人たちも巻き込まれていました。本当のことを話せば、その人たちが本格的に罪に問われかねない状況だったようです。
ところが、エリザベスが懸命にかわしている間に、当の家庭教師たちが自供してしまいます。トマス・シーモアは有罪となり、エリザベスはエドワード・シーモアに懇願の手紙を送って、家庭教師たちを助けようとしました。深井さんは、おそらく助けられたのではないかと見ています。
「判断力の欠如した男」――処刑の日にエリザベスが残した言葉
何も悪いことをしようとしていなかったエリザベスにとって、トマス・シーモア事件は大きなショックだったはずだと深井さんは話します。そのうえで、トマス・シーモアが断頭台に送られた日に、エリザベスが残した言葉がとても面白いと紹介します。
その言葉は「今日は地位に富むが判断力の欠如した一人の男が亡くなった」というものでした。
何その言い方。
ドライ。
十代半ばだよ。
樋口さんは、エリザベス本人も相当ムカついていたのだろうと受け止めます。トマス・シーモアに振り回されたエリザベスにとっては、まさにとばっちりだったからです。
深井さんは、トマス・シーモアを処刑したのが実の兄エドワード・シーモアだった点に注目します。エリザベスはこの事件で政治の非情さを身にしみて知り、育ての親のような人にまで罪が及んだことからも、ある教訓を得たと深井さんは見ています。
深井さんによれば、エリザベスは、人々の野望や欲望が魑魅魍魎のように絡み合う政治の網に絡め取られずに生き延びることは難しいが、それをやらなければならないと強く思うようになったと考えられます。
樋口さんは、普通の人なら同じ出来事を前にしても、そうした学びにはたどり着かないだろうと話します。エリザベスが頭の良い人物だったからこそ、事件を教訓に変えられたという見方です。
樋口さんはさらに、この時代は周りの人が次々と死んでいくうえ、王様が意外なほど弱いと指摘します。王族はむしろ官僚などから処刑される側にもなりうる、という点で2人の意見は一致しています。
トマス・シーモア事件のあと、エリザベスは自分の領地に引っ込み、装飾品を身につけずに地味な装いで目立たないように暮らしたといいます。そして学問に打ち込み、1日3時間ほど歴史を勉強していたそうです。
エリザベスは特に、追放されたのちに殺害された古代ローマのキケロ ── 古代ローマの政治家・弁論家・哲学者。共和政の末期に活躍しましたが、政争に巻き込まれて追放され、最後は暗殺されましたのような、運命に翻弄された人物の本を好んで読んでいたといいます。樋口さんは、エリザベスがそうした人物に自分を重ね、共感していたのかもしれないと話します。
エドワード6世の早世で、王位は誰に向かったのか
当時のエリザベスは、まだ「国王の愛人の娘」のように見られていたと深井さんは話します。そうした中、王位にあった弟のエドワード6世が、流行病とみられる病をこじらせ、16歳の若さで亡くなります。
この頃にはエドワード・シーモアも失脚して処刑され、代わってジョン・ダドリーが権力を握っていました。ジョン・ダドリーはプロテスタント化を推し進めてきた人物です。
エドワード6世の次の王位継承権を持っていたのは、エリザベスの腹違いの姉メアリー1世でした。ヘンリー8世の最後の妻キャサリン・パーが、メアリーの王位継承権を回復させていたためです。エドワード6世がこれほど早く亡くなるとは、誰も思っていなかったといいます。
メアリー1世はエリザベスより20歳近く年上で、しかも熱心なカトリック教徒でした。プロテスタント化を進めてきたジョン・ダドリーにとっては、メアリーが女王になれば自分が処刑されるかもしれない、という危機だったわけです。
そこでジョン・ダドリーは、エリザベスの次の継承権を持つジェーン・グレイを担ぎ出します。ジェーン・グレイはヘンリー8世の妹の孫にあたる遠い親戚で、ジョン・ダドリーは自分の息子と半ば無理やり結婚させたうえで擁立しようとしました。
プロテスタントのエリザベスを女王にする案も、この時点ではあったといいます。しかしエリザベスは事件後に地味に引っ込んでいたため、ジョン・ダドリーは「この子はないな」と判断したらしいと深井さんは話します。
戦略的引っ込みだよ。
ジョン・ダドリーは、メアリー1世が何も言ってこないだろうと甘く見ていました。ところがメアリー1世はまさかの蜂起に出ます。
メアリー1世の蜂起は、彼女に賛同する貴族が増えていく形で広がりました。カトリックに戻ることは、ローマ教会の土地を分け与えられていたイングランドの実力者たちにとって都合が悪いはずでした。それでも、ジェーン・グレイを女王にするのはさすがにおかしい、次はメアリーだろう、と多くの人が考えたといいます。
(ジェーン・グレイは血筋が)遠すぎるんですね。
こうしてメアリー1世のもとに1万5000人ほどの軍が集まり、メアリー1世が勝利してイングランド女王であることを宣言します。ジェーン・グレイが女王の冠をいただいていたのは、わずか9日間でした。
エドワード6世の早世
流行病とみられる病で16歳で死去
ジョン・ダドリーの危機感
カトリックのメアリー1世が即位すれば自分が危ういと考える
ジェーン・グレイ擁立
息子と結婚させ、遠縁のジェーン・グレイを女王に立てる
メアリー1世の蜂起
ジェーン・グレイでは遠すぎると考えた貴族が賛同し、約1万5000人が集結
メアリー1世の勝利
女王を宣言し、ジェーン・グレイの在位は9日間で終わる
ジョン・ダドリーは処刑されました。メアリー1世はジェーン・グレイを罰するつもりはなかったものの、翌年にジェーン・グレイの父が反乱を起こし、そのあおりでジェーン・グレイも処刑されたといいます。
なんかもう本当に権力闘争に巻き込まれたっていう感じだよね。
深井さんによれば、ジェーン・グレイは悲劇の人物として絵画の題材にもなっており、その処刑を描いた有名な絵が残っているそうです。
イングランド初の女王メアリー1世は、なぜ妹を憎んだのか
メアリー1世の即位によって、イングランドに初めて正式な女王が誕生しました。深井さんは、継承権が回復されていたうえに男児が1人しかおらず、その子が早世したことで、このような事態が起きたと説明します。
即位した当初のメアリー1世はとても機嫌がよく、エリザベスにも寛大で、愛情を示していたといいます。子どもの頃にはエリザベスをかわいがっていた時期もありました。
ただしメアリー1世には、エリザベスに対して複雑な思いがありました。自分の母を差し置いてヘンリー8世と結婚したのはエリザベスの母であり、メアリーにとってエリザベスの母は仇敵だったからです。深井さんは「親も憎いし子も憎い」という心境だったと表現します。
決定的だったのは宗教の違いです。敬虔なカトリック教徒のメアリー1世に対し、エリザベスはプロテスタントでした。メアリーに子どもが生まれなければ、プロテスタントのエリザベスが次の女王になる可能性があり、メアリーにはそれも許しがたかったと番組では語られています。
37歳で即位したメアリー1世は、ある出来事をきっかけにエリザベスへの態度を急に変えたといいます。300種類以上の料理が並ぶ豪華な戴冠式の場で、20歳ほどのエリザベスの方が目立ってしまったのです。
賢そうで若いエリザベスを見て、周囲が「こちらの方が女王っぽい」と感じたことを、メアリー1世は鋭敏に感じ取ったらしいと深井さんは紹介します。樋口さんは、隠そうとしてもにじみ出るオーラがあったのだろうと話します。
それはムカつくな。
即位直後は機嫌がよく、エリザベスに寛大で愛情を示していた
戴冠式でエリザベスが目立ったことに苛立ち、「あばずれの異教徒の娘」のように見るようになる
メアリー1世のエリザベスへの感情は、その後どんどんこじれていきます。メアリーがエリザベスを「あのあばずれの異教徒の娘」のような目で見ていたことを示す記述も、結構残っているそうです。
深井さんは、エリザベスの立場になって考えてほしいと話します。継承権は自分で勝ち取ったものではなく、勝手に廃止され、勝手に戻されたものでした。トマス・シーモアにはちょっかいを出されて裁判に巻き込まれ、ひっそり暮らそうとしたのに、今度は姉に激しく嫌われているわけです。
エリザベスはこの精神的な戦いが本当に嫌だったようで、ストレスで胃を壊していたといいます。キャサリン・パーが亡くなってからは味方になる肉親もおらず、血のつながった姉からも嫌われ、地味に引っ込んでもなお狙われ続けていたからです。
立場がある以上はもう何かしら巻き込まれるよね。面倒くさい。
へりくだりと改宗のふり――エリザベスの処世術とは
苦しい立場の中で、エリザベスはメアリー1世に先回りして釘を刺していました。自分にまつわる悪い噂があったら、信じる前に必ず直接自分に確認してほしい、絶対に嘘だから、と伝えていたといいます。
深井さんは、エリザベスがそうした噂が立つことを予見していたのだと見ています。樋口さんは、エリザベスが反抗せず、徹底的にメアリーにへりくだる態度を取った点を賢いと評価します。
エリザベスは、メアリー1世からカトリックを強要された際も、カトリック教徒になったかのようなふりをしました。樋口さんはこれを処世術と呼びます。
メアリはね、信じてないわけ。お前ほんとカトリックなんか全然信じてねえだろみたいなことずっと言って。
深井さんは、次回はメアリー1世の結婚と、それによって起きるさまざまな出来事を扱うと予告します。収録の最後、2人はエリザベスの境遇を宮廷もののドロドロしたドラマや大奥にたとえました。
深井さんは、王女の現実は嫉妬と権力闘争の渦の中で翻弄されるものであり、一歩間違えれば周りの人が次々と死んでいく「おぞましい世界」だったと締めくくっています。
まとめ
トマス・シーモアの陰謀に巻き込まれ、姉メアリー1世の即位後には激しく嫌われたエリザベスは、10代から20歳前後にかけて宮廷政治の非情さを身をもって学びました。のらりくらりとかわす話術、地味に引っ込む戦略、へりくだりや改宗のふりといった処世術が、この時期に形づくられていったことがわかる回です。
- トマス・シーモアの無許可の結婚計画が罪状に含まれ、15歳のエリザベスにも取り調べが及んだ
- エリザベスは処刑の日に「判断力の欠如した一人の男が亡くなった」とドライな言葉を残し、用心の大切さを学んだとされる
- エドワード6世の早世後、ジェーン・グレイ擁立をはね返したメアリー1世がイングランド初の正式な女王になった
- 母の因縁と宗教の違い、戴冠式での一件から、メアリー1世はエリザベスを憎むようになった
- エリザベスは噂への先回り、徹底したへりくだり、カトリックのふりで身を守ろうとした





