袖の下は渡せばいいってもんじゃない?
楊さんは、キューバで調査用のアカデミックビザを取ろうとしたときの体験を語ります。観光ビザで入国し、現地で切り替えるつもりでしたが、手続きは難航しました。
日本から問い合わせると「まず来い」と言われ、現地の窓口に行くと「日本で手続きしないと取れない」と説明されたといいます。この説明は、のちに嘘だったとわかります。
取れるはずだと説明して、どうやら切り替えられるとなった後も、観光ビザの期限が迫るなかで手続きはなかなか進みませんでした。楊さんは共産主義社会らしいところだと振り返っています。
そこで楊さんがとったのは、毎日担当の省庁に通い、窓口の女性と話すという方法でした。「早く出せ」と迫るのではなく、「今日どうだった?」と挨拶に行くことを続けたそうです。
毎日来てくれるから、向こうも「今日もね、無理だったのよ」みたいな。「あなたの書類ね、どこにあるのかな」みたいな。そういう返事が出てくるわけですよね。
楊さんは手土産にお菓子を持っていくなどして窓口の女性と仲良くなり、最終的に20ドルほどを渡して手続きを頑張ってもらいました。賄賂というより、ちょっとしたプレゼントのようなものだと楊さんは説明します。
楊さんによれば、このお金が機能したのは関係ができていたからです。初日に20ドルを差し出しても、関係のない段階で100ドルを出しても、手続きは進まなかっただろうと話しています。
(20ドルの話も)僕が初めに行った時に20ドル払うからさっさと手続きしてくれみたいになったら、別にしてくれなかったと思うんですよ。何そのお金みたいになるわけですよね。
楊さんは、役所の人なら公正にやるべきだという日本的な論理ではうまくいかず、彼女が持っている論理の側に乗ったから交渉が成立したのだと整理します。
役所の人なのだから、役所の人として公正にきちんと手続きすべき
友達にはよくしてやろう。プレゼントをもらったらお返しをしなければならない
楊さんは、こうした論理の違いは本で読んだり人から聞いたりして応用できるものではないといいます。キューバに住み、小さなエピソードを重ねるうちにキューバ的な感覚を少しずつ内面化したからこそ、交渉ができたと振り返っています。
樋口さんが結局ビザはどうなったのかと尋ねると、楊さんは「ビザもらいました」と答えています。
お金を渡しても帰れなかった離島の1週間
楊さんは、こうした交渉が失敗することもあると続けます。船で離島に渡ったものの、帰りの船のチケットが取れなくなったときの話です。
島で仲良くなったおじさんが「いくらあればどうにかなる」と言うのでお金を渡しましたが、そのときは結局どうにもなりませんでした。
え?それ(帰りのチケットが取れないの)めっちゃ困るじゃないですか。帰れないじゃないですか。
楊さんは予定を1週間延ばし、その島でぶらぶら過ごしたといいます。仕事や次の予定があれば大変だったものの、当時はそういう身分ではなかったので構えていられたそうです。深井さんは、仕事があったらもう神に祈るしかないと笑います。
ただ、この1週間で楊さんは、自分たちがチケットの取り方のシステムをそもそも理解していなかったと気づきました。仕組みを知っていれば、お金を払わずに普通に取れていたかもしれません。
正しい人、知識を持った人っていうのに、直接その直線でいけるわけじゃないので。だからそういったことも、多分人類学的な[フィールドワーク]の一部といえば一部かもしれないですね。
楊さんは、トラブルが起きたからこそわかることがあるとも付け加えています。深井さんは、日本はシステムが整っているから違うと応じています。
なぜ今、社会科学的な思考が必要なのか
深井さんは、楊さんに出演してもらった理由はこの感覚が大事だと思っているからだと話します。人類学は経験的にやり方を構築している学問であり、適当にやっているわけではなく、社会科学の手法の一つだと位置づけています。
深井さんによれば、物理や化学のような自然科学は学校教育を通じて浸透している一方で、社会科学はほとんど教えられていません。社会を科学的に分析して理解する方法については、現代人のほぼ全員が素人だと驚いているそうです。
なんか道徳ぐらいですもんね。なんか小学校の時(社会について)習った。
深井さんは、科学的思考方法も道徳もどちらも大事だとしたうえで、先ほどの「神に祈り始めた」ような場面をどう感じ、どう分析するかが、コロナ禍の世界をどう受け入れるかという話にもつながっていると語ります。
なんかキーボードが打てるみたいな感じと大事なぐらいのスキルの一つだと思ってるんですよね。マインドとスキルの一種。
楊さんも、自分と違う人たちとどう一緒に働き、生きていくかが問われる時代になったと応じます。
深井さんは、人類学は異文化を研究する学問だが、その手法は日本の中でも使えると続けます。例として挙げたのは、ベンチャー企業と大企業が共同プロジェクトに取り組む場面です。
相手が同じ論理で動いてくれないとき、相手がどういう論理で動き、どういう組織構成で、部長がどれだけの権限を持つのかを理解したうえで歩み寄ることが大事だと深井さんは話します。両者がこの思考方法を持てば、オープンイノベーション ── 企業が自社の内部だけでなく、外部の企業や大学、スタートアップなどの技術やアイデアを取り入れて新しい価値を生み出そうとする取り組みのことですはかなり成功しやすくなるはずだと語っています。
「これは一つの文化だ」と見るとき、何が変わる?
楊さんは、人類学のやり方の一つとして、文化とは何かを問うアプローチとは別に、何かを「一つの文化」と見るアプローチがあると補足します。
深井くんは今、日本人同士だったら同じ文化じゃんって言ったけど、実はそうじゃないんですよね。
楊さんは例として、同じ日本人同士でも、手話で話す人と自分たちは違う世界を生きているかもしれないと話します。企業についても同じで、相手のやり方を一つの文化として見る視点があるといいます。
深井さんは、文化という言葉をどの括りに使うかの問題だと受け止めます。隣の家族同士が違う文化で生きていると捉えるだけでも、見え方が変わるかもしれないと話しています。
楊さんはさらに、自分の先生が文化人類学の源流の一つをダーウィン ── 19世紀イギリスの博物学者チャールズ・ダーウィン。『種の起源』で、生物は自然選択によって進化するという進化論を提示しましたに見ていると紹介します。進化論は適者生存や弱肉強食として受け取られがちですが、楊さんが面白いと考えるのは別の点です。
進化論が何をやってるのかっていうと、こういう人たちが強いから生き残るとか、こういう人たちが適応してるから生き残るってことはわからないんですよね。
楊さんによれば、進化論でわかるのは、今いる生き物がなぜこうなったのかということであり、その先はわかりません。まずあるものを見て、なぜそうあるのかを考えるところに進化論の面白さがあるといいます。
その子孫である人類学も、相手の文化を判断したり、批評したり、ランク付けしたりするのではなく、まずそこにあるものを研究してみるところに第一歩があると楊さんは話します。
判断評価をしないってことですね。ありのままを分析しようとするという、それができるかどうかはまた別ですけど、ありのままを分析しようとするスタンスが大事ですよね。
人類学はどんな「しくじり」から始まったのか
楊さんは、「判断しない」ことと「進化論から来た」ことの2つは、ある種のしくじりから始まっていると話します。当時はしくじりではなかったものの、後から考えるとそうだったという意味です。
楊さんによれば、人類学が流行り始めたのは、ヨーロッパで植民地主義が始まったからです。ヨーロッパ人が新大陸、アフリカ、インドへ出ていき、自分たちとはまったく違う人たちと出会ったとき、彼らがどういう人たちなのかを研究する必要が生まれました。
同じ時期にダーウィンは海外に出て、まず生物で研究を進めました。楊さんは、『種の起源』の最後を読むと、人間もこうした方法論で研究できるはずだというダーウィンの予感があるといいます。
楊さんは、当時のヨーロッパ人が世界を一つのデータベースのように捉え、何もかもを知って陳列しようとしていたと説明します。そのデータの集め方や並べ方に使われたのが進化論でした。
ダーウィンが生きたヴィクトリア朝 ── 19世紀、ヴィクトリア女王が治めたイギリスの時代。産業革命と植民地の拡大を背景に、繁栄と進歩の時代とされましたには、世界は右肩上がりに進歩していくという考え方がありました。楊さんは、今でもそう考えている人はたくさんいると思うと話します。
この前提に立つと、ヨーロッパ人を頂点にして、今いる世界中の人々を人類史の段階に並べ直せると考えられたといいます。
狩猟採集民
最も原始人に近いとされた
牧畜民
その次の段階とされた
農耕民
さらに進んだ段階とされた
都市民
ヨーロッパに近づいた段階とされた
ヨーロッパ文明
最も進歩した頂点とされた
しかし人類学は、本当はそうではないと気づきました。楊さんは、どの人々も同じだけの時間を一緒に進化してきたのであり、それぞれの場所と条件に適応してそれぞれの文化を持っているのだと話します。
じゃあ彼ら(イギリス人)がチベットのヒマラヤの近くに行ったら、彼らの文明の何が役に立つのかってことですよね。そこに住んでるチベット人たちの生活の知恵がないと彼らは生きられない。
楊さんは、アフリカでマサイの人々と暮らす場合も同じだといいます。どちらが優れているかではなく、その時々に合ったやり方があるという考え方です。
今いる人々を時間の序列に並べ直せないとわかったとき、他者とは何なのかという問いが始まったと楊さんは整理します。価値判断をせずに相手の中に入り、同じやり方をすることで、相手が何なのか、ひいては自分たちが何なのかを考えるのが人類学だというのが楊さんの説明です。
樋口さんは、この話は国レベルから会社、家族、クラスの友達のレベルまで全部当てはまると驚きます。楊さんも、今の時代の全員がある程度知っていていい知識の一つだと思うと応じています。
わかり合えないのは悪いことなのか?
樋口さんが、人類学的なスキルがまだ身についていない人へのアドバイスを尋ねると、楊さんは提言の方向に行くことには危うさもあると答えます。例に挙げたのは『菊と刀』です。
楊さんによれば、『菊と刀』の著者は日本でフィールドワークをせずにこの本を書きました。目的は、日本とアメリカが戦争する中で、日本人を倒して統治するために日本人がどういう人たちかを知ることだったといいます。
相手を価値判断せずに、相手がどういうものなのかっていうことを知るっていうことは、その後自分たちが相手を支配するのに、相手をコントロールするのに、それのスキルを使えるっていうことだと思うので。
楊さんはさらに、わかり合えずに揉めている状態は人間にとってある意味で自然であり、相手を理解しようとするほうが不自然なのかもしれないと話します。樋口さんは「それはそれで不自然なのか」と驚き、深井さんも面白い視点だと応じます。
楊さんは、学者や研究者は社会の境界的な存在で、半分人間で半分人間じゃないようなものだといいます。そのうえで、人類学的スキルがあれば社会が必ずよくなるとは限らないと続けます。
みんなの問題がどんどんどんどん解決するかって言ったら多分そうでもなくて、新しい闘争のレベルに行くみたいなことになっていくかなと思うので。
深井さんは、互いに関わらないほうが幸せな場合もあるとケースバイケースで受け止めます。そのうえで、個人の幸せという観点からは、人類学の素養は必須科目の一つになりつつあると話します。
深井さんは、価値観の違う人との軋轢を個人のストレスと捉えるなら、ストレスは少ないほうがいいと考えます。今後はいろいろな価値観の人と混ざって働かざるを得なくなり、そのストレスの頻度と質は高まっていくと見ているそうです。
多様な人と働くストレスを減らせるため、個人が幸せになるには必須のスキルになりつつある
みんなが身につけても社会がよくなるとは限らず、相手を支配する道具や新しい闘争にもなりうる
深井さんは、こうしていろいろな観点で異なる評価ができてしまうところが社会科学的であり、道徳一本で考えるのとは違うと話します。樋口さんも、どのスケールで見るかで評価が全部変わるので、一つに決めること自体がおかしいのかもしれないと頭を抱えています。
神話を求める脳と、甲子園やお金の物語
楊さんは、まず「それがある」と受け入れることが、科学や近代文明全体の出発点だと話します。ただし、物事がただあると認識するのは人間の脳にとって自然なやり方ではなく、近代文明は人類史の中で非常に変な状態なのだといいます。
深井さんは、近代はその方向に進み、誰もが当たり前だと思っているものの、実はできていないのだと受け止めます。
面白いですね。世界の中に神話を持たない民族はいないんですよ。
楊さんは、だからこそ人間の脳は神話のような物語を受け入れることに親和性が高く、物語の中で生きることが自然な状態なのではないかと考えています。西ヨーロッパから始まった近代は、神が死に、ただ世界があるという局面から始まり、世界を学ぼうとして科学の諸分野に発展していったと話します。
樋口さんが、科学は神話に代わるものを作っているのかと尋ねると、楊さんはそうだと応じたうえで、人間はいろいろなものに物語を見出すと説明します。例として挙げたのが高校野球です。
だってあんなの、これくらいの球を木の棒で打つって何やってんの?って感じですよ。
楊さんは、白い球を木の棒で打つことに一生懸命になる子どもたちが泣いたり笑ったりする様子を、みんなが感動できるものとして見ていると話します。それは、頭が「青春を野球にかけている」という物語を見ているからだといいます。
楊さんは、お金も同じだと続けます。紙そのものに価値はないのに、価値があるという物語に人間が抗えない特性を利用したシステムだという見方です。
深井さんは、こういう捉え方をする人が学者になっていくのだと笑います。樋口さんは、ゼロから聞いて確かにわかったのは「わからない」ということで、判断はできないと謙虚に学べたと振り返っています。
最後に深井さんは、リスナーの反響を見ながら、要望があればまた楊さんに出てもらいたいと話します。楊さんがいるコロンビアは収録時点で2か月ロックダウン中で、まだ延びる可能性もあるといいます。
まとめ
キューバでのビザ交渉や離島での失敗から始まったこの回は、相手の論理を知る人類学の姿勢が、ビジネスや身近な人間関係にも通じることを示しました。一方で楊さんは、その姿勢が植民地主義から生まれたことや、相手を支配する道具にもなりうることにも触れ、最後は神話を求める人間の脳へと話を広げています。
- キューバのビザ交渉は、関係を築き、相手の論理の側に乗ったからこそ成立した
- 人類学は相手を判断・ランク付けせず、ありのままを見ることから始まる
- その姿勢は、ヨーロッパ中心の進歩史観という「しくじり」への反省から生まれた
- 相互理解のスキルは個人を幸せにしうるが、社会をよくするとは限らない
- 人間の脳は物語を求め、高校野球やお金にも神話を見出している



