戦争孤児がいなくなったら?人材を絶やさないデブシルメ制度
オスマン帝国編の前回までは、バヤズィトの死後にオスマン帝国が立て直すまでが語られました。深井さんは、ムラト2世の次に登場するメフメト2世の話に入る前に、オスマン帝国の「デブシルメ」という制度を紹介します。
オスマン帝国の常備軍イェニチェリ ── オスマン帝国のスルタン直属の常備歩兵軍団。強力な火器部隊として知られ、帝国の拡大を支えましたは、もともと戦争孤児を集めて作られていました。けれど戦争がない時期には戦争孤児がいないため、人材の供給が止まってしまいます。
そこで導入されたのがデブシルメです。深井さんによると、戦争孤児に限らずキリスト教徒の少年を徴用する制度で、実態としては異教徒の少年を購入する形に近かったといいます。樋口さんは、誘拐や拉致もあったようだと補足しています。
(デブシルメで)最後なれるのが大宰相だったりするわけだから、めちゃくちゃ出世するわけじゃん。オスマン帝国の中で。そこの入り口だから。
デブシルメで選ばれるのは、顔が良く体が丈夫な少年でした。少年たちはスルタンの奴隷として徴用されたあと、ムスリムに改宗し、トルコ人の農村に住んでトルコ語を学びます。
そこ顔関係あるのおもしろいですね。
デブシルメで集められた少年のうち、特に優秀な者は宮廷で官僚になり、それに次ぐ者はイェニチェリや騎兵隊に入りました。スルタンのそばに仕える小姓を経て、州総督、さらに宰相や大宰相へと進む道もあったそうです。
徴用
顔が良く体が丈夫なキリスト教徒の少年が、スルタンの奴隷として選ばれる
育成
ムスリムに改宗し、トルコ人の農村に住んでトルコ語を学ぶ
配属
優秀な者は宮廷の官僚に、次ぐ者はイェニチェリや騎兵隊に入る
出世
小姓から州総督、さらに宰相・大宰相へ進むこともある
深井さんが強調するのは、デブシルメで集めた人材には外戚も地盤も後ろ盾もないという点です。しがらみのない優秀な人材をスルタン直属で中央に入れることで、オスマン帝国は安定した統治を実現しました。
ガバナンスが効くようになる。
超ガバナンスが効く。
奴隷は「階級」ではなく「身分」という考え方
スルタンの奴隷は、イスラム法の司法手続きを踏まずに処刑されることもあり、財産を没収されることもありました。深井さんは、その点では奴隷らしい面があると認めつつ、私たちが想像する奴隷とは違うと話します。
奴隷って社会階級じゃないわけ。階級じゃないの。奴隷っていうのは。
深井さんの説明では、オスマン帝国の奴隷は社会階級ではなく身分を表すもので、「スルタンの所有物」という意味にすぎません。スルタンが偉いので、その所有物である奴隷も最初から偉いという理屈になります。
樋口さんは「直属」や「徒弟」に近いイメージかと受け止めます。一方で深井さんは、自由人とは明確に差別されていて、処刑されることもあるので、やはり奴隷ではあると念を押しています。
深井さんが本で読んで面白いと感じたのは、オスマン帝国の奴隷が「未成年」に近いという例えです。未成年は酒が飲めない、18禁の場所に行けないなど権利を制限される一方で、法的に保護されてもいます。
この奴隷という概念も、この人たちは多分そういう形で(未成年のように)受け取っていると思います。
すげえ一気にピンと来た。なるほど。
支配下のキリスト教徒は奴隷にできないはずでは?
イスラム法では、奴隷にできるのは基本的に異教徒だけです。さらに深井さんによると、本来は自分の支配領域に住む異教徒も奴隷にしてはいけないとされていました。人頭税を払っていることが理由ではないかと深井さんは推測しています。
ところがデブシルメは、オスマン帝国の支配領域にいるキリスト教徒を奴隷として供給する制度でした。楊さんが「破ってることになる」と指摘すると、深井さんも認めます。
破ってるったら破ってますよね。そういうちょっと緩さもオスマン帝国にあるんですよ。
深井さんは、奴隷が奉仕する相手は主人だけで、自由人全体に奉仕する存在ではないとも説明します。楊さんはこれを「社会の関係から切り離されている存在」と表現しました。
スルタンの家族のような立場の奴隷は、一般の自由人から見ても地位が高い存在です。その一方で、一般の自由人が持つ奴隷はもっと低い立場になります。オスマン帝国には、最下層の奴隷も最上層の奴隷もいたことになります。
社会の最下層の階級で、不幸な存在
主人の所有物という身分。スルタンの奴隷は地位が高く、最下層から最上層までさまざまな奴隷がいる
儲かる奴隷市場と、主人との複雑な関係
楊さんは、当時の奴隷の供給源にも触れます。奴隷貿易は利益率の高いビジネスで、イタリア商人も盛んに行い、オスマン帝国も手がけていました。
結構税収の中でのかなりの大部分の利益の割合っての奴隷貿易から来てるっていうふうに言われてて。
深井さんは奴隷の解放にも言及します。解放された奴隷は自由人になるため、自由人の中にはかつて奴隷だった人や、先祖が奴隷だった人もいます。メフメト2世の母も、バヤズィトの母も奴隷だったと深井さんは話しています。
深井さんによると、奴隷と主人の間には特別な絆もあったようです。楊さんは性的な関係もあったと補足し、深井さんはスルタンと少年奴隷の関係も含めて、この時代には普通にあったと話します。楊さんは日本の織田信長と森蘭丸を引き合いに出しました。
一方で深井さんは、女性奴隷が性的に搾取されていた点は「本当に奴隷っていう感じ」だとも話します。主人には殴る権利もあり、子どもを産ませる目的で女性奴隷が買われることもありました。
奴隷は妻の人数に数えられませんが、君主が認知すれば、母が奴隷かどうかにかかわらず子どもは正式な王子としての権利を持ちます。深井さんは、オスマン帝国がこうした奴隷制度をうまく使い、イェニチェリや宮廷の人材を集めて国家を形作ったとまとめています。
ほかの社会と比べると何が見えるのか
深井さんは、ここまで聞いたリスナーなら、アメリカの黒人奴隷や、始皇帝シリーズで触れた中国王朝の宦官とも比べられるはずだと語りかけます。比べてみると、ようやく自分たちの社会がどういう社会なのかが見えてくるといいます。
多様な視点で、自分のすでに持っている知識とか概念を相対化して、この一つのファクトに対していろんな解釈ができたり。
深井さんは樋口さんの言葉を「教養」と言い換えます。全体像をつかむと、どの社会にも共通する部分と、地域や宗教によって違う部分が見分けられるようになるというのです。
樋口さんは共通点の例として「拡散した後に一本化する」流れや、国のためではなく自分の身分を守るために動く国は滅びやすいことを挙げます。逆に社会構造や未成年の扱いのように、普遍的だと思っていたことが全く違う部分もあると話しました。
深井さんは、自分から奴隷市場に売られに行く人もいたことにも触れます。奴隷は貧しい生活から抜け出すキャリアステップでもあったという見方は、「奴隷イコール不幸」という思い込みを揺さぶります。
吉本芸人は奴隷?中国の宦官との違いと、メフメト2世の予告
奴隷がキャリアステップだったという話を受けて、樋口さんは自身の経験から思い切った例えを出します。
僕言うかどうか迷ったんですけど、(奴隷は)吉本入るみたいなもんかと思って。
みんな望んで入るんですよ。望んで入ります。ちゃんとお金払って。
深井さんも、芸人になることは栄達の手段であると同時に厳しい道でもあるので、近いといえば近いと応じます。樋口さんは「ほとんど搾取されますから」「でもトップまでいけますからね」と重ねました。
深井さんは、自分から奴隷になる道は中国の宦官にも通じると指摘します。中国でも、キャリアステップとして自ら生殖器を切り落とす人がいました。オスマン帝国にも宦官はいましたが、中国王朝のような権力は持たなかったといいます。
深井さんの説明では、中国の宦官が力を持った背景には皇后の強さがあります。皇帝が2歳や5歳と幼いときは母である皇后が前に出て、皇后の父などの外戚も偉くなります。皇后は官僚と直接話せないため、間に入る宦官が皇后にとって数少ない味方になりました。
皇帝が幼いと皇后や外戚が力を持ち、官僚と直接話せない皇后を仲介する宦官が権力を得る
宦官はいるが、中国王朝のような権力獲得はしていない。人材はデブシルメによる外戚のない奴隷が担う
社会ってこれほどの振り幅があるんだなみたいなのがわかってくると、めっちゃ楽しくなるな。
奴隷の話はここで一区切りとなり、次回はいよいよメフメト2世が登場します。深井さんは、メフメト2世の有名さをサッカーのメッシやクリスティアーノ・ロナウドに例えましたが、樋口さんは「サッカーもオスマンもわからん」と笑いました。
まとめ
今回のオスマン帝国編第5回では、デブシルメ制度を入り口に、奴隷が身分であって階級ではないという、私たちの常識とは違う社会の仕組みが語られました。中国の宦官などと比べることで、社会の振り幅の大きさが見えてきます。
- デブシルメは、キリスト教徒の少年を集めて改宗・教育し、官僚や軍人として登用する人材供給の仕組みだった
- 外戚や後ろ盾のない奴隷をスルタン直属で中央に入れることで、統治のガバナンスが効いた
- オスマン帝国の奴隷は「主人の所有物」という身分で、スルタンの奴隷は最初から地位が高かった
- 奴隷は一部の人にとって、貧しさから抜け出すキャリアステップでもあった
- 中国の宦官は皇后との関係で権力を得たが、オスマン帝国の宦官はそうした権力を持たなかった




