活版印刷は中国生まれ?仏教の「功徳」が生んだ印刷ニーズ
紙の次に人類のコミュニケーションを大きく変えたものとして、深井さんが挙げるのが印刷技術の登場です。活版印刷について、楊さんは次のように説明しています。
文字を一個一個ハンコみたいにして、それを擦りたい文章に応じて組み合わせて、それを判を使って擦れる。
活版印刷の発明者として有名なのは、今のドイツにあたる神聖ローマ帝国 ── 中世から近世にかけて、現在のドイツを中心に中部ヨーロッパに広がっていた国家連合。皇帝のもとに多数の領邦が分立していましたの人物、グーテンベルク ── 15世紀に金属活字を使った活版印刷を実用化した人物。聖書の印刷でも知られますです。歴史の教科書にも載っているほどの有名人です。
ところが深井さんによると、印刷の技術そのものは中国でずっと前に発明されていました。中国は紙も発明しており、楊さんも「あの時代の中国が一番すごかった時代じゃない」と振り返ります。
中国で印刷が生まれた背景として深井さんが紹介するのが、仏教のニーズです。仏教では経典を写すこと自体が功徳を積む、つまり宗教上とてもよい行いだと考えられていました。
(それまでは経典を)手で写すしかなかったわけじゃないですか。
そこで西暦700年前後の中国で生まれたのが木版印刷 ── 木の板に文字や絵を彫り、インクをつけて紙に刷る印刷方法。1枚の版でページ全体を刷るのが特徴ですです。木の版に彫ってインクをつけ、大きなハンコのように紙に押していくことで、経典を大量に刷れるようになりました。
今まで手でものすごい時間をかけて写してたのが、めっちゃ写せるじゃん、めっちゃ功徳積めるじゃんみたいな。
漢字とアルファベット、印刷の普及を分けた文字の壁
中国で印刷技術が生まれたものの、深井さんは漢字で活版印刷を作るのは難しかったと指摘します。文字を1つずつパーツとして組み合わせる方式では、必要な文字盤が何千個にもなるからです。
しかもさ、同じページの中に同じ漢字が2回出てきたら、その文字のこのハンコを2個持ってないといけないわけだから。
漢字の活版印刷はハンコの数が膨大になるだけでなく、必要な文字を探す手間もかかります。楊さんは、どの引き出しにどの漢字が入っているのかを全部集めて回らないといけない、と補足しています。
深井さんは、今でも日本では活版印刷が行われていて、名刺なども刷れると紹介します。ただ当時の中国では、こうしたコストの高さもあって、印刷が社会を大きく変えるほど爆発的には広がらなかったといいます。
一方、西洋ではおよそ700年後に、グーテンベルクが中国とはまったく別のルートで、独自に活版印刷を考え出して実用化します。ここで効いてきたのがアルファベットでした。
アルファベットで26文字しかないから。簡単じゃないですか。
楊さんも「自分の部屋の中だけでできますからね」と続けます。樋口さんは、英語のフォントは多いのに日本語のフォントは少ないことを思い出し、こんなところにも言語の違いが出るのかと驚いていました。
以下は、漢字とアルファベットで活版印刷のしやすさがどう違ったかを整理したものです。
文字盤が何千個も必要で、同じ字が重なれば複数個いる。コストが高く、文字を探すのも難しい
26文字で済み、自分の部屋の中でもできるほど手軽
深井さんは、文字が作られた時点ではこうした違いは想定しようがなく、文字の性質の違いが印刷の普及を左右したのはたまたまだと話しています。
人類史上初の炎上?印刷が宗教改革を後押しした理由
グーテンベルクの活版印刷によって、印刷所を持つコストが下がりました。楊さんによると、これはいい商売になると考えた人々が、各地で印刷所を立ち上げていったといいます。
これだからそこも重要ですよね。儲けれるって思ったら発展するんですね。
樋口さんの反応に、楊さんは「経済が後押しするんですね」と応じます。技術が広がるには、ニーズに加えてコストが下がることが大きかったことがうかがえます。
印刷がもたらした変化として、深井さんが最もよく言われる例に挙げるのが宗教改革 ── 16世紀のヨーロッパで、カトリック教会のあり方への批判から始まった運動。プロテスタントと呼ばれる新しい教派が生まれましたです。ルターやカルヴァンによる宗教改革は、印刷ができたからこそ実現したと言われています。
楊さんは、宗教改革は全ヨーロッパを巻き込んだ大きな社会運動だったと説明します。それだけの規模になるには、広い地域の人々に「こういう論点、こういう課題がある」と知らせ、みんなが議論しようという気持ちになる必要がありました。
だから、ちょっと若干マスメディアの、プレマスメディア的な使われ方をしてるってこと。
楊さんによると、宗教改革の出発点はルターが教会のドアの前に貼ったビラでした。それを大学の学生たちがおそらく勝手に印刷して配り、一気に広まったといいます。
だからルターは別に自分のビラを印刷しようとしてないんですよね。いつの間にかすげえ俺の書いた文章話題になってるって感じです。
樋口さんが「インフルエンサーが勝手に拡散したんですね」と例えると、楊さんは、ルターはその勢いに乗って教会の偉い人たちに論戦を仕掛けたと続けます。
深井さんも「確かに炎上ですね」と同意します。お金を払えば罪を許してもらえるとカトリック教会が説いた免罪符 ── カトリック教会が発行した、罪の償いを軽くするとされた証書。贖宥状とも呼ばれますへのアンチテーゼとしてルターやカルヴァンが登場し、そのプロパガンダに印刷が使われたといいます。
ビラの掲示
ルターが議論したい論点を教会のドアの前に貼る
無断の印刷
大学の学生たちがおそらく勝手に印刷して配る
一気に拡散
ルターの文章がヨーロッパで話題になる
論戦へ
ルターが勢いに乗り、教会の偉い人たちに論戦を仕掛ける
樋口さんは、議論の結果もまた紙で広まったのかと尋ねます。深井さんの答えは、当時の技術では議論に意見を乗せていくことはあまり起こらず、出てきた主張に「そうだそうだ」となる程度だったというものでした。
樋口さんはここで、印刷の時代には発信者と受信者が分かれていたことに気づきます。深井さんは、双方向のやり取りはインターネットの出現まで難しかったと話しています。
「国家」はどう想像された?識字率・新聞・電信がつくった国民意識
活版印刷の次に登場するのがマスメディアです。深井さんは、マスメディアは今もものすごい影響力を持っていると話し、その最初の形である新聞が機能するための条件として識字率を挙げます。
知識層か貴族しか読めないんです、基本的に。どの国も大体。だから50パーセント切ってるわけです。
深井さんによると、今の先進国でさえ近代までは識字率が2、30パーセントで推移していた国が多かったといいます。義務教育が始まって文字が読める人が増え、印刷の速度も上がったことで、新聞がマスメディアとして一気に広がりました。
新聞の登場によって、世論形成や「自分はこの国の人間だ」という国民意識が生まれます。深井さんは、それまでの人々は「この町の出身者だ」という意識しか持っていなかったと説明します。
楊さんは、マスメディアが生んだ仲間意識を、サッカーのサポーターに例えています。
サポーター同士って全然お互い顔も何も知らないじゃないですか。でも俺たちはアビスパのサポーターなんだ、みんな一つの家族なんだみたいな。
樋口さんはこの話を、自分の生活や体の範囲を超えた上位の概念を、全員で共有できるようになったことだとまとめます。国家という概念は、普通に生きていても目には入らないものだからです。
その、だからなんか自分の生活とか体の範囲を超えた一個上位概念のものが全員で共有できるようになったっていう。
楊さんは「本当にその通りです」と応じたうえで、新聞の前段階の技術として電信 ── 電気信号を使って離れた場所に文字情報を送る通信技術。19世紀に実用化され、モールス信号などが使われましたを挙げます。各地から毎日新鮮なニュースを集めるには、電気通信が欠かせなかったからです。
楊さんの説明では、電信によって新聞がメディアとして動き出し、識字率が上がった土壌の中で人々が世論を形成していきます。そこからやがて世界大戦へとつながっていくといいます。
識字率の向上
義務教育が始まり、文字を読める人が増える
電信の登場
各地から毎日新鮮なニュースを集められるようになる
新聞の普及
印刷の速度も上がり、新聞がマスメディアとして稼働する
世論と国民意識
「この国の人間だ」という意識が共有され、世界大戦にもつながる
深井さんは「初めてね」と添え、それまで情報は馬やリレー、船で運ぶしかなかったと続けます。番組は、次回に電気通信をさらに詳しく掘り下げることを予告して締めくくられました。
まとめ
活版印刷は中国で先に生まれたものの、漢字ゆえのコストの高さから社会を大きく変えるまでには至りませんでした。一方、アルファベットを使う西洋ではグーテンベルクの活版印刷が商売として広がり、宗教改革を後押しし、のちの新聞を通じて「国家」という目に見えない概念の共有へとつながっていきます。
- 印刷技術は西暦700年前後の中国で、経典を写して功徳を積む仏教のニーズから生まれた
- 漢字は活版印刷に必要な文字盤が膨大でコストが高く、26文字のアルファベットは手軽だった
- ルターのビラが学生に勝手に印刷・拡散され、「人類史上初の炎上」として宗教改革が広がった
- 識字率の向上と電信の登場で新聞がマスメディアになり、国民意識や世論が形成された





