電気通信が生まれる前、情報は人と馬が運んでいた
シリーズ最終回のキーワードは「電気通信」です。深井さんは、一番わかりやすい例としてモールス信号を挙げ、電話、ラジオ、テレビ、そしてインターネットもその仲間だと説明します。
電気通信が登場する前、情報はすべて人間が運んでいました。日本の飛脚や、馬を乗り継ぐ駅伝制 ── 道路上に一定間隔で中継地点(駅)を置き、使者や馬を交代させながら公文書や情報を運ぶ仕組み。古代から多くの国家で整備されましたがその代表です。
深井さんによると、「駅」という漢字が馬偏なのはこの仕組みに由来します。道路上に一定の距離ごとに駅があり、使者が馬を乗り継ぐか、使者自体がリレー形式で交代していく方法が、電気通信以前の情報の伝え方でした。
伝書鳩とかあったけど、確実性は全くないもんね。
楊さんが補足するように、伝書鳩という手段もありましたが確実性には欠けます。大帝国の情報通信も、その後に登場した郵便も、基本的には馬か人によるリレーで成り立っていたと語られています。
インカ帝国の飛脚は1日に何キロ進んだのか?
深井さんは、馬や徒歩による情報伝達は想像を超える速さだったと話し、インカ帝国の飛脚を例にクイズを出します。山がちな地形のインカ帝国で、飛脚は1日に何キロ進んだのでしょうか。
樋口さんはマラソンの42.195キロに約2時間かかることを手がかりに「80キロぐらい」と答えますが、深井さんの答えは280キロでした。
え、280キロってことは、42.195キロのペースで行ったとしても、えーと、7(倍)。
1日280キロ進むんですよ。なんでかっつったら中距離走のリレーしてるから。
インカ帝国の飛脚が速かった理由は、1人で走り続けるのではなく、中距離ごとに走者が交代していたからです。樋口さんは「一人で行ってたらもう化け物やな」と驚いています。
深井さんによると、地域の足の速い人たちは表彰され、駅に就職してリレーを担う仕事に就いていました。舗装されていない山道では、足を踏み外して命を落とすこともあったといいます。
腕木通信はなぜ「今のHTMLと一緒」なのか
人と馬によるリレーの次に登場したのが、フランス革命の頃の腕木通信 ── 18世紀末のフランスで実用化された視覚通信。塔の上に設置した可動式の木の腕の形で記号を表し、望遠鏡で読み取って次の塔へ中継しましたです。
楊さんの説明では、腕木通信は木の棒の傾きでメッセージを表す装置です。一定の距離ごとに装置を置き、それぞれにいる通信士が前の傾きを読み取り、次へと伝えていきました。
深井さんは、通信士が望遠鏡で腕木の形を覗いて読み取ったことで、伝達がめっちゃ速くなったと話します。樋口さんが「のろしもそうですかね」と尋ねると、深井さんは「のろしの、もっと圧倒的に情報量多い版」と答えています。
腕木通信では90種類あまりの情報を表せたうえ、情報の優先度などのタグ付けもされていたといいます。エピソード説明によれば、表示できた語彙数はおよそ8000語でした。
もう今のHTMLと一緒ですよ。最初は今からこの情報を伝えるからっていう、なんか全部サインが決まってるんですよね。
通信者はコードブックを持って、それ(サイン)をいちいちめくったりしてやってます。
楊さんの「今のHTMLと一緒」という指摘を受け、樋口さんは「ヘッダーがあって、ボディがあって、フッターがあって」と整理します。深井さんは、腕木通信には暗号的な側面もあったと付け加えています。
出遅れたイギリス・アメリカが電気通信で追い越す
腕木通信をフランスが盛んに使っていた一方で、出遅れていたイギリスやアメリカが電気通信を発明していきます。深井さんによると、モールス信号はアメリカで生まれ、その後、有線から無線へと進化しました。
樋口さんは、遅れていた側が先行者を追い越すという構図に注目します。全然話が変わると断ったうえで、日本より中国のほうがキャッシュレスが進んでいるのは、日本で現金の仕組みが進んでいたからだという例を挙げました。
だからこう、後ろからもう一回来る人間の方が新しいのね。
深井さんは、モールス信号の画期的な点を、合理的に情報を伝えるルール設計にあると話します。よく使うアルファベットは短い符号で、あまり使わない文字は長い符号で表すというルールを作って広めたことで、無線によって船にも情報を送れるようになりました。
人と馬
飛脚や駅伝制によるリレーで情報を運ぶ
腕木通信
フランス革命期、木の棒の傾きを望遠鏡で読み取り中継する
有線の電気通信
アメリカでモールス信号が生まれ、電気で符号を送る
無線通信
船など移動する相手にも情報を送れるようになる
タイタニック号は無線通信に沈められた?
深井さんは少しコアな話として、タイタニック ── 1912年、処女航海中に北大西洋で氷山に衝突して沈没したイギリスの豪華客船。1500人以上が犠牲になりましたが沈んだ原因も無線通信にあると語ります。
深井さんによると、タイタニック号では出発の途中で通信機が故障し、最終的に海上で修理しました。その結果、届いたメッセージの処理に大きな時間がかかり、他の船から送られた氷山の警告を見落としたといいます。
はぁ。タイタニックは電気通信に殺された。
深井さんは、通信がきちんと機能していれば、タイタニック号はああいうぶつかり方をしなくて済む技術を持っていたと話します。トリビアとして、タイタニック号は無線でSOSを出した最初の事例でもあるそうです。
電話からラジオへ、1対Nが生んだ大量消費社会
モールス信号が電気で信号を送る仕組みだと確認したあと、話は電話へ進みます。深井さんによると、声を遠くに届けられるという話は最初は誰も信じず、万国博覧会でのデモンストレーションによって「本当にできるんだ」と広まったそうです。
電話が1対1の通信だったのに対し、次に登場したラジオは1対Nの通信です。ラジオによって、大量の人に同時に情報を届けられるようになりました。
これでさっき言ってたマスメディアがさらに発達するし、ここで初めて、一つの商品をものすごい大量の人に宣伝するとかいうことができるようになる。
ラジオの登場で広告業が発達し、同じものをみんなが買う大量消費の時代へ突入していきます。深井さんは、前回話した国民としての意識や、同じ文化圏としての一体感もここで醸成されたと話します。
樋口さんが製造技術の向上にも触れると、深井さんは他の技術との条件の合致が重要だと応じます。大量に生産できなければ、大量の人に広告を打とうと考える人はいないからです。
うちの畑で取れた野菜、全国の人どうですか?つって。今日10本しか取れねえんだって。無理ですからね。
樋口さんのたとえ話に、深井さんは「本当にそう」と同意します。別々の技術の積み重ねが今の社会を形づくっているという見方です。
テレビとインターネット、変化の大きさはどう違う?
深井さんは個人的な見方として、文字や印刷の出現に比べると、テレビによる変化は大したことがないと話します。一方で、インターネットの変化は相当大きいといいます。
深井さんによると、テレビやラジオも大きな変化ではあるものの、比べると従来の手段のパワーアップ版です。樋口さんはこれを「延長線上」と言い換え、音や映像がついたものと整理しました。
これに対してインターネットは、シリーズ第1回で語られたように発信者そのものを変えます。深井さんは、社会の変容だけでなく、個人の意識の変わり方の程度が甚だしいのではないかと考えています。
演劇などで伝えていたものを多くの人が見られるようにした、従来の手段のパワーアップ版
発信者そのものが変わり、個人の意識が大きく変わる
樋口さんは、携帯でメールを送ったりSNSに書き込んだりする行為も発信であり、いつでもどこでも好きなだけできることは昔はありえなかったと補足します。深井さんも、発信のコストが高かった時代は気軽にしようとさえ思わなかったと応じています。
要は自分がメディアの発信に合わせて自分のスケジュールを合わせていったんですけど、今はもう関係ないですからね。
ラジオを聞くために町のラジオがある場所に人が集まっていた時代と比べ、今は受け手が時間に縛られません。樋口さんは、コテンラジオ自体もYouTubeやポッドキャストがなければやっていないと話し、インターネットが人間の発信しようという気持ちを底上げしたとまとめます。
技術が社会を変えるのか、社会が技術を呼ぶのか
深井さんは、AIの出現によって社会が変わるという一般的な語られ方に対し、実は逆なのではないかという説を紹介し、自身もそうかもしれないと考えています。
要は社会の諸条件が整っていった結果、AIが作れるっていう土壌はまずこの社会にあると。
だからいきなりAIがバンって出てきたから、社会がそれによって変革させられるっていう考え方じゃなくて、もともとそういうふうに社会は変容を始めていて、その過程としてそのしかるべき発明が出てくるという考え方。
樋口さんが「必ず需要が先で、発明が後からついてくる」と確かめると、深井さんは同意しつつ、その需要は人間が望んでいるかどうかとは別で、偶発的な面がすごく大きいと付け加えます。
AIのような発明が突然現れ、社会がそれによって変革させられる
社会の諸条件が整い変容が始まっていて、その過程でしかるべき発明が出てくる
深井さんはコテンラジオ自体を例に挙げます。一般の人が自分の考えを喋りたいと思う社会への変容がまず起きていて、そこにインターネットがあるから、そういうサービスが出来上がっていくという見方です。
樋口さんは「できるからやっていると思っていたが、やりたいからでもある」と、両者が複雑に絡み合っていると受け止めます。深井さんはキャッシュレスについても、使ってみて便利だから使うという人もいると、技術が先に立つ面も認めています。
樋口さんは、人間は本当に望んでいることを頭で理解していないというスティーブ・ジョブズ ── アップルの共同創業者。顧客は実際に製品を見せられるまで自分が何を欲しいのかわからない、という趣旨の言葉で知られていますの話にもつながると感じています。
情報の速さが歴史の回転を速くする
4週にわたるシリーズを振り返り、樋口さんは具体的な出来事より概念的な話が多かったため「頭がプスプスしている」と言いつつ、相当面白かったと話します。最後の電気通信の回では、「発信」がキーワードになったと整理しました。
樋口さんは、以前の回で話したスタートアップの増加も、個人が自立して何かできる時代の一環であり、個人が発信できる社会とつながっていると指摘します。
マスメディアの登場によって、全員が例えば知識的教養が底上げされるみたいな前段階があって、みんな同じようなことを考えている時代から、今度は同じようなことを考えない時代に突入していって。
さらにそれ(自分の考え)を発信するコストがものすごく低いので、発信するのが当たり前みたいになってきている。その後にどうなるかっていうのは僕はすごい見てみたいですけど。
マスメディアで知識的教養が底上げされ、みんなが同じようなことを考える
それぞれが少しずつ違うことを考え、低いコストで発信するのが当たり前になる
深井さんは、印刷、電気通信、インターネットのいずれでも、伝わる速度が速くなり、伝えられる情報が増えると、歴史の回転が速くなると話します。今はその回転が超高速になっているといいます。
回転が速すぎるため、過去の歴史を学んで生かすことも、良くも悪くも難しくなっていると深井さんは指摘します。50年前の世界を生きていた人の話を聞いても参考にならないことが多いのではないか、という見方です。
変化の速い時代に何ができるかという問いに対し、樋口さんは何でもやって対応力をつけておくことを挙げ、楊さんも何でもやってみることが大事だと応じます。深井さんの答えはシンプルで、自分が楽しいことをやればいいというものでした。
まとめ
人と馬のリレーから腕木通信、モールス信号、ラジオ、インターネットへと、情報伝達は速さと量を増してきました。その進化は広告業や大量消費社会を生み、個人の発信を当たり前にし、社会の変化そのものを加速させていると語られています。
- インカ帝国の飛脚は中距離走のリレーで1日280キロを進み、腕木通信は木の棒の傾きでコード化された情報を中継した
- ラジオの1対Nの通信は大量生産技術と組み合わさり、広告業の発達と大量消費社会につながった
- 深井さんは、テレビやラジオは従来手段のパワーアップ版で、発信者を変えたインターネットの変化はより大きいと見ている
- 技術が社会を変えるのではなく、社会の変容が先にあって発明が出てくるという見方も紹介された
- 情報の速度と量が増えるほど歴史の回転は速くなり、変化の速い時代には自分が楽しいことをやればいいと深井さんは話す





