なぜコテンラジオは出雲で収録したのか
今回のコテンラジオ番外編は、いつもの収録場所ではなく島根県出雲市で収録されています。出雲は、ゲストの矢田明子さんのホームタウンであり、パーソナリティの深井龍之介さんの出身地でもあります。
冒頭では深井さんが「そげですよ」と出雲弁を披露し、福岡から来た樋口聖典さんが聞き取れずに戸惑う場面もありました。樋口さんと楊睿之さんは、深井さんの案内で出雲を回ったうえで収録に臨んでいます。
誰?これがゴリゴリの出雲弁ですか。
樋口さんの紹介によると、矢田さんはコミュニティナースカンパニー株式会社の代表取締役で、一般社団法人コミュニティナースラボラトリーの代表理事も務めています。父の死をきっかけにコミュニティナースのあり方を着想し、2014年に島根大学医学部看護学科を卒業後、活動を広げてきました。
その後、矢田さんは2016年に担い手の育成を始め、2017年に会社を設立しました。2019年には著書『コミュニティナース』を刊行し、2022年にはアジア太平洋高齢者ケアイノベーションアワードの部門グランプリを受賞しています。
株式会社は「生活」を支えられるのか
深井さんによると、出雲訪問は半分観光で、コテンのメンバーも連れて出雲大社などを回ったそうです。深井さんにとって矢田さんは出雲高校の先輩にあたり、コミュニティナースを知って感銘を受け、いろんな人に知らせたいと思っていたといいます。
深井さんはコミュニティナースを、ひとことで「相互扶助関係のスーパーバージョン」と表現します。そのうえで、この取り組みを自分自身の問題意識と重ねて語りました。
株式会社が結構生活面みたいなものをもう少しサポートできるようにならないと、雇用が持続できないんじゃないかなと思ってるんですよ。
深井さんが例に挙げたのは、子育て世代が抱える仕事と育児の時間のコンフリクトです。深井さんは、進んでいる欧米でも両立策の上限は育休であり、育休を取ることで両立する文脈になっていると指摘します。
コミュニティナースが浸透している地域だったら、育休とか取らなくても仕事と生活が両立できるんだよね。
深井さんは、コミュニティナースのような仕組みに株式会社が予算を出せるようになれば、雇用のあり方が変わると考えています。ただしその話に入る前に、まずコミュニティナースとは何かを押さえることになりました。
コミュニティナースは「看護師」とどう違う?
矢田さんはコミュニティナースを、暮らしの身近な場所で、嬉しい・楽しいといったことや心身社会的な健康を、住民と一緒になってつくる活動だと定義しています。一方的に提供するのではなく、住民と一緒につくる点が強調されていました。
この発想は、そうした存在が地元の出雲にいたら、自分や家族の状況は少なからず違ったのではないか、という矢田さんの仮説から始まったといいます。
矢田さんの会社の事業は大きく2つです。1つはコミュニティナースとして振る舞いたい人へのトレーニング提供、もう1つは自治体や企業とコンサルのような形で組み、社会実装のモデルをつくることです。
樋口さんが「ナース」は看護師の意味かと尋ねると、矢田さんは、資格を持つ個人を指すというより、ナーシングという振る舞い・アクションの概念を使いたかったと説明しました。日本ではナースが資格の有無で捉えられがちですが、コミュニティナースはもっと広い意味で使われています。
具体例として矢田さんが挙げたのが、この日の午前中に一行が見学した郵便局です。郵便局の職員の輪の中にコミュニティナースの振る舞いをする人が加わり、月に1〜2日、郵便局がコミュニティナースのいるスポットになります。
住民は郵便局に行くたびに同じコミュニティナースと顔なじみになり、会話の中から喜ばれるネタや暮らしの課題が見えてきます。コミュニティナースはそこで健康問題に「おせっかい」を焼き、自分たちで解決できなければ、つながりの中で手伝っていくといいます。
矢田さんによると、身近な存在になる入り口は郵便局だけではありません。町内会との連携、コミュニティナース付きの集合住宅、移動販売のスタッフなど多様なパターンがあり、そこから起きるアクションはどのモデルもおおむね同じだそうです。
介護も育児も、コミュニティが吸収できる?
深井さんは、コミュニティナースは説明が最も難しい領域だとしたうえで、結論として「介護も育児も、全部まではいかないが、かなりコミュニティで吸収できる」と語ります。
深井さんが対比として挙げたのは都市部の暮らしです。都市部では、お金を稼いで家事代行やベビーシッターを頼みながら生活しており、市場経済から調達したお金をまた市場に払って生活コストを賄っています。
それはその別にお金払う必要ないから、サービスじゃないんで、そのコミュニティに自分がサインをして、相互扶助体制みたいなのを取っておけば。
深井さんは、ベビーシッターの会社はなくなってはいけないとしつつ、コミュニティナースが福岡などに入れば、そうした部分の多くを賄えるのではないかと想像しています。
深井さんが挙げた変化は具体的です。田舎に残した両親をコミュニティが見て報告してくれる、子どもが病気のときに自分以外にも見てくれる人がいる、近所の年配の人が送迎を担ってくれる、自分が教えられない遊びを誰かが教えてくれる、といったものです。
家事代行やベビーシッターを市場から買い、送迎や親の見守りにも困る
相互扶助の中で送迎・見守り・子どもの世話が分担され、生活コストが下がる
この図は、深井さんが「コミュニティナースが成り立っている地域でまず起こること」として語った前後の変化を整理したものです。
「みんなのお家」では何が起きている?
一行が最初に見学したのは、矢田さんの拠点である「みんなのお家」です。1階は地域の人が誰でも使えるイベント・貸し出しスペースで、矢田さんの感覚では3分の1ほどが高齢者のイベントだそうです。
矢田さんが挙げたイベントは、ランチ会や88歳の女子会、音楽会などです。最近では子育て世代が重曹で入浴剤を手作りする会もあり、高齢者が企画したイベントに若い人が参加するなど、属性の違う人が混ざる場面もあるといいます。
2階はシェアオフィスで、連携すると互いに助かる助産院や、療育の取り組みをするメンバーが入っています。障害のある子どもがトレーニングを受けている間、お母さんたちは助産院のスペースでよもぎ蒸しなどのリラクゼーションを受けて休めるそうです。
本来は福祉と福祉以外がすごく今の社会って分離してるよね。
深井さんによると、今の社会では、専門職が税金の再分配を原資に福祉を提供するのがスタンダードです。一方でみんなのお家では、助産院も高齢者も若い人も同じ場にいることで、結果的に福祉と同じサービスを受けている状態が生まれていると深井さんは見ています。
深井さんは、お金がどこかで必要なことは認めつつ、人件コストがだいぶ下がった状態で同じサービスが提供できていると感じたと話しました。
ビジネスエリートと何か田舎の子供とかでも本当はいいはずなわけよ。
深井さんが注目したのは、自閉症やダウン症など、普段は隔離されがちな子どもたちと地域のお年寄りが自然に交流している点です。セグメントの違う人の掛け算がナチュラルに起きる場所を、結果として出来上がるように作れることが、コミュニティナースの特徴の1つだと深井さんは語ります。
矢田さんの側から見ると、つながりは会話から見えてくるものだそうです。孫と触れ合いたいお年寄りや、水鉄砲づくりが得意なのに教える子どもが近くにいない人がいる一方で、核家族で頑張る親子もいます。両者をつなぐと「どっちもドカーンって元気になる」ので、元気になるといいなというつなぎ方をしていると矢田さんは話しました。
公民館と何が違うのか?
楊さんは、公民館も人が集まりつながりを生む場だったとして、従来の公民館とコミュニティナースの違いを尋ねました。
矢田さんの答えは、ミッションを明確にしているかどうかの違いです。公民館にも面倒見のいい世話焼きの人がいれば紹介は自然に起きますが、それをやると明確に掲げてはいない、という点を挙げました。
世話焼きの人がいれば自然につながりが生まれるが、ミッションとしては掲げていない
つながりのある日常をつくることをミッションとして明確にしている
つながりっていうのは、誰かが音頭を取って意識的に強い気持ちでやらないと、なかなかこう作るのには実は難しいなっていうことは僕なりに受け取って
楊さんは、コミュニティナースは専門知識を持つ人を配置し、リソースを入れてつながりをつくっていると理解したといいます。ただ矢田さん本人は、自分たちの解説を聞いて「人の話を聞いているみたい」な反応で、スタジオの笑いを誘っていました。
聞き手側からは、一昔前の地域では子育てや高齢者の見守りが当たり前だったが、核家族化や都市への人口移動で潤滑油役がいなくなったのではないか、という見方も出ました。矢田さんはこれに同意し、昔はあった機能だと考えていると話します。
矢田さん自身、まんじゅう屋を営む実家で育ち、近所の人に道路を渡らせてもらったり、ご飯を食べさせてもらったりした経験があるそうです。そうした関わりが成り立つことを体感的に知っているといいます。
さらに矢田さんは、助けたい気持ちがあるのに家族から「余計なお世話」と止められていた人が多いことにも触れました。コミュニティナースが堂々とやることで、そうした人が動き出すそうです。矢田さんはこれを、おせっかいを「全力肯定」していると表現しました。
楊さんは、これがボランティアではなく、お金が発生する仕事として全国に仕組みがつくられている点にも注目していました。
郵便局はなぜ地域の異変に気づけるのか?
一行が2番目に見学したのが、コミュニティナースと連携している郵便局です。楊さんは、郵便局は地域の家を基本的に全部回るので、郵便物が溜まっているかどうかだけでも家の状況がわかると整理しました。
矢田さんによると、郵便局の空きスペースはもともと宅配物のストックスペースでした。配達物が圏域ごとに集約されて空いたスペースを地元のためにどう使うか、郵便局側がここ5年ほど本気で考えていた中で、コミュニティナースとの出会いがあったといいます。
矢田さんがわかりやすい例として挙げたのは、局長たちが高齢化した客の異変に誰より早く気づいている点です。1日に何度も窓口に来る、数字が読めず計算を頼む、足元がおぼつかなくなる、といった変化です。
しかし郵便局はそこで「どうしてあげたらいいかわからない」と止まっていました。本人も、郵便局で「歩けないから助けて」とはなかなか言えず、自分から病院に行くことも難しいといいます。
異変に気づく
郵便局の職員が、窓口に何度も来る・計算できない・足元がおぼつかないといった変化に気づく
一緒に関わる
コミュニティナースと連携し、みんなの目でその人に関わる
早めにつなぐ
早めにつなぐべきかを判断し、予防的に病院などへ送り出す
この流れは、矢田さんと深井さんが語った郵便局での連携を順番に並べたものです。連携後の郵便局では「何かあったらいつでも相談してね」と言えるようになり、住民も本当に困ったときに相談できるようになったそうです。
それがないバージョンだと本当に倒れるまで誰も何もしない状態になって、倒れた時に初めて医療に頼って
深井さんは、倒れてから初めて医療に頼ると莫大な医療費が自治体にかかると指摘します。矢田さんは、一緒にやることで郵便局側が「それやっていいんだ」と思えるようになることが、大きなメリットだと話しました。
5人で2000人をつなぐ「特殊スキル」とは
深井さんは、コミュニティナースの取り組みを、一度分断された社会をつなぎ直すものだと表現しました。50年前の社会ではみんなが繋がっていましたが、今は核家族や移住者が増え、特に都市部では人同士が分断されているといいます。
深井さんによると、コミュニティナースは平均5人ほどで約2000人をつなげられるそうです。矢田さんは「大体ですよ」と補足しつつ、1人で400人という計算になると応じました。
深井さんは、この規模なら仮に人件費がかかっても社会コストとしては安く、地域コミュニティが完全にインフラとして機能すると語りました。孤独死を防いだり、誰にも相談できないシングルマザーが支援につながったりすることも可能になるといいます。
深井さんが見学で驚いたのは、身内で「神セブン」と呼ばれるスタッフたちの振る舞いです。スタッフの宮本さんは愛知出身の「よそ者」なのに、スーパーに行けば全員が知り合いのように声をかけ合っていたそうです。
よそから来た人がさ、あんなになんていうか、出雲のコミュニティにスーパーであんな話。
深井さんは、田舎でしかできないと思う人もいるかもしれないが、ゴリゴリの都会でもできると強調します。マンションの住民同士が知り合いになり、相互扶助ができる状態をつくることもできるといい、矢田さんも「都市型も頑張ってやっています」と話しました。
矢田さんによると、コミュニティナースが最初に探すのは「暮らしの動線」です。そのエリアで、ターゲットにしている人と一番自然に出会える場所を探し出すといいます。
矢田さん自身もかつてヤクルトの仕事をしていたことがあり、週に1回訪ねてくるアウトリーチ型の動線もその1つだと話しています。
人付き合いが苦手でも関われるのはなぜ?
深井さんは、自分のような人間は普通のコミュニティには入らないと話します。高校時代は体育祭も休んでいたといい、ベタベタした馴れ合いは好きではなく、人とは中距離くらいがちょうどいいそうです。
それでも深井さんは、コミュニティナースを実際に見て「自分もいける」と感じたといいます。全員がベタベタしているわけではなく、自分ができる相互扶助を提供し、困ったときは助けられればいいと本能的にわかる作り方だからです。
深井さんの説明では、コミュニティナースはまず地域のおせっかいな人を巻き込みます。その人は専門職ではないものの、コミュニティナーシングをするようになり、そこから数珠つなぎで人が広がっていくといいます。
偏屈じじいとか多分巻き込まれてるみたいな自覚もないんだよね。
深井さんが驚いたのは、こうした広がりがデスクで地図を使って立てた戦略に支えられていることです。深井さんは「そこは全然エモくない」と表現し、ふわっと地域のつながりをつくる話ではないと語りました。
深井さん自身なら、中高生向けに社会の先生をするといった形で関わればいい、という例も出ました。深井さんは、Community Nurse Companyが目指す一億総コミュニティナース状態は、全員がゴリゴリ関わることではなく、何らかの形で参与している状態を指すと理解しています。
コミュニティ好きじゃねえみたいなやつだとさ、いやコミュニティとか言われるとウッってなるじゃん。
深井さんは、そうした人も包摂できることがスキルとして備わっている点に感心したといいます。ホモサピエンスである以上、どれだけ人が嫌いでも、人に助けられずに生きることはできないからです。
生活コストはなぜ「不当に高い」のか
前編の最後に深井さんが強調したのは、生活コストの問題です。自分なりの関わり方でコミュニティナースと直接・間接に関わることで、生活コストは大きく下がると深井さんは考えています。
深井さんによると、年を取れば能力が落ちるのはある意味当たり前で、人生にはいろんなステージがあります。それなのに今の社会は、そうした変化を全然吸収してくれないといいます。
全然アウトソースできないし、生活コストって。しかもアウトソースすると全部金銭がかかっちゃうんですよね。
深井さんは、行政が頑張ってサービスを提供しても常に足りていない状態だとして、コミュニティナースすればいいじゃんと思ったと語りました。
樋口さんはこれを受けて、今のサービスは本当に病気になって倒れた人など、限界を超えた人だけが対象になっており、結果的にコストがかかっているのかもしれない、とまとめました。深井さんも、コストがかかりやすい体制を作ってしまっていると応じ、話は後編へ続きます。
まとめ
前編では、矢田明子さんのコミュニティナースが、看護の資格ではなく「暮らしの身近な場所で健康を一緒につくる振る舞い」であることが、出雲での見学をもとに語られました。みんなのお家や郵便局の事例を通して、おせっかいを仕組みとして肯定し、分断されたつながりを戦略的につなぎ直す取り組みの姿が見えてきます。
- コミュニティナースは、住民と一緒に心身社会的な健康をつくる活動で、ナーシングという振る舞いを指す
- みんなのお家では、高齢者、子育て世代、障害のある子どもなど属性の違う人が自然に混ざっている
- 郵便局との連携で、職員が気づいた異変を早めに支援へつなげられるようになった
- 5人ほどで約2000人をつなぐ背景には、暮らしの動線を探し、地図で戦略を立てるスキルがある
- 深井さんは、介護や育児を社会が吸収しない今の生活コストは不当に高いと考えている




