歴史マニア2人が「死ぬほど好き」なキングダムの時代
今回のコテンラジオは、原泰久さんの中華歴史漫画『キングダム』が実写映画化されることに合わせた特別編です。樋口さんは、累計発行部数3600万部を超える作品の愛読者にも、この春からキングダムを読み始める人にも、映画をより楽しめる情報を届けたいと切り出します。
冒頭では前回の天皇をテーマにした回にも触れ、深井さんは反響がこれまでで一番大きかったと話します。楊さんは、天皇は日本の歴史で避けて通れないものなので、怒られるからと話さないのはもったいないと述べています。
キングダムを読んでいるかと聞かれた深井さんと楊さんは、2人とも即答で「読んでます」。深井さんはこの時代について次のように語ります。
いやもう(あの時代は)死ぬほど好きです。
あれほど面白い時代って他にあるの?ぐらいな感じです。
楊さんも、春秋戦国時代は中国の歴史、さらにはアジアの歴史の中でも一番盛り上がった時代だと評価します。作品の魅力については、史実と違う部分を差し引いても、そもそも春秋戦国時代を漫画の題材に選んだセンスが素晴らしいといいます。
三国志を扱う作品は多い一方、春秋戦国時代は小説やゲームでもあまり題材になってこなかったと深井さんは話します。楊さんは、康永さんに春秋戦国の武将をゲームに出してほしいと言い、三国志の人物より数倍化け物だと語っています。
中国の歴史が日本人の手で漫画になって、また映画になっていくっていう、この流れがやっぱ美しい。
中国出身の楊さんは、自国の歴史が日本のコンテンツとして広まっていく流れそのものに美しさを感じているようです。樋口さんは、原先生が自分の大学の先輩だという縁も明かしています。
天才と変態がしのぎを削った550年間とは?
時代背景を知らない人にもわかるように、と樋口さんに頼まれた楊さんは、春秋戦国時代を全世界史で一番好きな時代だと紹介します。一言でいえば、すさまじく尖った天才や変態たちがしのぎを削り合う時代だといいます。
本当にすっごい尖った人たちがたくさん出てくるんですよ。
その象徴が諸子百家 ── 春秋戦国時代に現れた多くの思想家や学派の総称。儒家、道家、法家、兵家、縦横家などがあり、のちの東洋思想の土台になりましたです。孔子、老子、孟子、『論語』、『孫子』の兵法などが、すべてこの時代に生まれたと楊さんは説明します。
楊さんによれば、今の東洋思想の8割ほどはこの時代に形成されたといいます。
期間は約2700年前から約2200年前まで、紀元前の550年間ほどです。楊さんは、1600年から1868年までの江戸時代と比べても倍ほどの長さだと話します。
1600年から1868年まで。約270年
約2700年前から約2200年前まで。約550年
日本の戦国時代や数十年の幕末からも織田信長や伊達政宗など多くの偉人が出たことを考えると、550年も競争が続いた時代の層の厚さが想像できます。楊さんは、戦争の規模が世界史でも一番大きいほどで、人物の思考のスケールや極端さが笑えるレベルだと語っています。
秦の統一は「ヨーロッパの統一」並みに難しかった?
楊さんは、教科書で「秦が統一した」と一言で済まされる出来事が、実は相当すごいことだと強調します。当時の中国は今のヨーロッパのように多くの国に分かれ、言葉も文化も文字も貨幣も違っていたからです。
だから秦がなかったら中国人っていう概念はないし、当然中国っていう広大な大きい国もなかったかもしれない。
樋口さんは、もっと小さな国がたくさんあるだけの大陸だったかもしれないと受け止めます。楊さんも、ヨーロッパのようになっていてもまったくおかしくなかったと応じます。
生まれたときから中国という国があるので、その一体性は当たり前に見えます。楊さんは、それが全然当たり前ではないという点こそ、秦の凄さを理解する鍵だと話しています。
200余りの国が7つに絞られた生存競争
諸子百家が生まれた背景として、楊さんは戦乱が続いた結果、社会が実力主義に変わっていったことを挙げます。もともとは貴族が上、平民が下という貴族政治でしたが、競争が激しすぎて強い者が勝ち残る世界になりました。
春秋戦国時代の始まりには国が200余りあったとされますが、最後まで残ったのは戦国七雄 ── 戦国時代末期に残った7つの強国、秦・楚・斉・燕・趙・魏・韓のこと。キングダムにもこの7カ国が登場しますと呼ばれる7カ国だけでした。
始まり
200余りの国が存在したとされる
戦国時代末期
戦国七雄と呼ばれる7カ国が残る
最後
秦が統一を果たす
樋口さんがトーナメント戦やスタートアップ界隈にたとえると、楊さんは、この時代の「負け」は死や奴隷になることを意味したと付け加えます。だからこそ誰もが必死で、身分を問わず実力のある人の思想や政策が国に反映されるようになりました。
楊さんによると、人間のあり方を考える人、国の統治の仕方を考える人、富国強兵 ── 国を豊かにし、軍事力を強めることを目指す考え方。生産力を高めることが軍事力を支えるという発想ですを考える人、戦争の勝ち方や王様の説得の仕方、外交戦略を考える人まで現れたといいます。
あらゆる課題は全部その時代である種ほとんど出尽くして、答えも全部出し尽くした
楊さんは、その後の中国の学問や知見はこの時代の焼き直しだとまで述べています。
辺境の後進国・秦を押し上げた法家の発想
キングダムの主人公の国である秦は、もともと後進国でした。楊さんによると、斉や魏などがある中原 ── 黄河中流域を中心とした地域で、古代中国の文化と政治の中心地とされた場所こそ本物の中国で、西の果ての秦は中心から見れば野蛮な田舎だったといいます。
楊さんはその秦が最後に勝つ展開を「ベンチャー」と表現します。田川を盛り上げる活動をしている樋口さんは、田川が勝つようなものだと言われ、夢があると盛り上がります。
キングダムに登場する7カ国にもそれぞれ特徴がありました。楊さんは、斉は学問が進んだ学術都市、魏は経済都市、趙は軍事都市のようだったと紹介し、最初から漫画のようなキャラ付けになっていると話します。
秦を強くした鍵として楊さんが挙げるのが、諸子百家の一つである法家です。法家は、法律によって国を治めることを第一にすべきだと説いた思想家たちでした。
貴族や王様の裁量で、いろいろなことがふわふわと決まっていた
ルールをがっつり決め、全員をそのルールに従わせる
今では法治国家が当たり前ですが、当時は当たり前ではありませんでした。戦国時代の後期には法家の採用に成功した国が強くなり、それに最も成功したのが秦だったため統一できたと言われている、と楊さんは説明します。
始皇帝は「最後にシュートを決めた人」だった
樋口さんが、力や筋肉ではなく仕組みを作ったことが勝因なのかと尋ねると、楊さんは、始皇帝ひとりが優れていたから統一できたわけではないと答えます。
始皇帝の100年ほど前から秦は急成長します。最初に法家の商鞅 ── 秦の孝公に仕えた法家の政治家。変法と呼ばれる大改革で法制度や軍功による評価を整え、秦の国力を大きく高めましたが国の仕組みをガラッと変え、続いてキングダムにも登場する白起 ── 秦の将軍。数多くの戦いで勝利を重ね、戦国時代屈指の名将として知られますのような神レベルの将軍が現れました。
商鞅
法家として国のシステムを大きく変える
白起
神レベルの将軍として活躍する
始皇帝
7カ国の情勢を一気に崩し、統一を果たす
それでも7カ国の情勢はしばらく変わりませんでしたが、始皇帝の代になって一気に他国を滅ぼします。楊さんはこれをサッカーにたとえます。
ゴール直前までずっとパスを回してる人がいて、始皇帝はゴール直前までに立ってて、そこで最後シュートをちゃんとしてくれた人。
それで空振りはしなかったんですよ。
一方で、樋口さんは始皇帝に人材を選ぶ決裁権があった点に注目します。楊さんによると、当時は今の人材市場と同じかそれ以上の採用合戦で、王様がへりくだって優秀な人を先生扱いしないと来てもらえない時代でした。
樋口さんが、人材を押さえつける社長の会社は伸びないという話を挙げると、楊さんは孟子も同じことを言っていたと応じます。孟子は王様を遠慮なくディスり、家臣に偉そうすぎると注意されると、次のように返したといいます。
王様が自分より偉いと思う人がいない国の方がやべえ
次回は、秦がなぜずば抜けて強くなったのかをさらに掘り下げると予告して、この回は締めくくられます。
まとめ
キングダムの舞台である春秋戦国時代は、550年にわたって尖った天才たちが知力と武力を競い、東洋思想の多くを生み出した時代でした。辺境の後進国だった秦は、法家による仕組みづくりと先人たちのバトンによって、始皇帝の代に中華統一を果たします。
- 春秋戦国時代は約550年続き、孔子や孟子、孫子など諸子百家が活躍した
- 当時の中国は今のヨーロッパのように言葉や文字、貨幣が異なる国の集まりだった
- 200余りあった国は戦国七雄の7カ国に絞られ、最後に秦が統一した
- 秦は法家を最もうまく取り入れ、裁量ではなくルールで国を治めた
- 始皇帝は商鞅や白起らから受け継いだバトンを、最後に決めた存在だった


