痴漢は性欲ではなく「愛されたい」の歪み?
この回は、性の歴史シリーズを受けてAV監督の二村ヒトシさんに話を聞く番外編の中編です。前編で出た「欲望は人に開示しにくい」という楊さんの指摘と、「人は欲望に嘘をつく」という深井さんの指摘を、二村さんがあらためて受け止めるところから始まります。
二村さんは、性的欲望ではないものを性的欲望だと思い込んでいることが人間にはあり、自分で自分についている嘘がいちばんわかりにくいと話します。そのうえで、セックスは基本的に幸せなものであるべきだと考える二村さんが、あえて取り上げたのが性犯罪でした。
二村さんは、痴漢は性欲でやっているのとは少し違うのではないかと述べます。根っこにあるのは支配欲で、本当は女性から愛されたいという気持ちが、心の中の屈託でひん曲がってしまっているのではないか、という見立てです。
コンプレックスなんですかね。
樋口さんの問いに対し、二村さんは自分は医者ではないので正確な言い方は難しいと前置きしつつ、「本当はあなたは愛されたいんだよね」と思うのだと語ります。AV監督がこういうことを言うと臭いけれど、と照れながらの言葉でした。
一方で二村さんは、「相手が本当に嫌がることで興奮するんだ」と言われてしまえば水掛け論になるとも認めています。断定ではなく、そう思うし、そう思いたいという立場での発言です。
支配されているのに自由なマゾ男性が教えること
二村さんは、職業としてSMをしている女王様の知り合いが多いといいます。その女王様たちが呆れるほど、女王様を満足させているマゾの男性はみんな「めちゃめちゃ自由そう」なのだそうです。
へー。自由なんですか?支配されてるように見えるのに。
二村さんの説明では、マゾの男性は「やめてくださいよ」と言いながらニヤニヤしていて、女王様がイラッとして鞭が強くなると、また喜ぶ。明るいとか気持ち悪いとかとは違う次元で、人間らしさを感じるといいます。
自由に見えるって面白いですね、その姿が。
二村さんはこれを、のびのびして自分を解放している姿だと表現します。それに対し、相手の体だけでなく心まで傷つけようとする一方的な暴力は暗く、のびのびしていない感じがする、と対比しました。
SMのように、相手に受け入れられ、お互いの興奮が高まっていく関係。のびのびしている
相手の心まで傷つけようとする一方的な暴力。暗く、どこかに隠された欲望のずれがある
二村さんにとって、性的なことは人間を解放するものです。解放しない形の性には、本人も気づいていない欲望のずれが隠れている、という考え方です。
その例として二村さんは、かつての日本では痴漢で捕まった人の妻に、警察官が「家でちゃんとセックスさせてあげてください」と言うような時代があったと振り返ります。被害者の人権はどこへ行くのか、という時代がついこの間まで日本にこそあった、という指摘でした。
欲望を「因数分解」できない人は何を見落とす?
二村さんは、定期的に射精していれば痴漢をしなくなるわけではないと語ります。犯罪に及ぶ人には必ず満たされなさがあり、「性的欲求不満だ」「モテないのは女が悪い」と言う人は、自分の欲望の因数分解が足りないのだといいます。
因数分解ってすごいいいですね。
深井さんは、性欲に向かった欲望は性欲として見なしやすいため、かえって本当の中身がわかりにくくなるのかもしれないと受け止めます。楊さんも「性欲は性欲の中だけで理解されてしまうのか」と反応しました。
でも実際ね、歴史調べたら性欲自体が社会的に湧いてるっていうことがだいぶ分かったから。だから社会的欲求なんだよね、あれは。
二村さんはこれに応じ、ある時代や共同体で「この欲望はOK、これはタブー」と決めるのが社会だと話します。男は女を好きになるものだという社会の決めごとから、同性愛の人がこぼれ落ち、病気だとされてきたのがその例です。
同時に、同じ女性好きでも胸の大きい人が好きな男性と小さい人が好きな男性がいるように、個人の中にも欲望の理由があります。ただ素人が精神分析をするのはよくないので、二村さんはそれを「心の穴」という雑な言葉で「みんなそれぞれ」と表しているといいます。
では因数分解はどうすればいいのか。二村さんは、当たる占いがコールドリーディング ── 相手の反応や外見などから情報を読み取り、まるで内面を言い当てたように見せる話術。占い師や霊能者の手法として知られますと言われるように、人から言われて気づくこともあるが、結局は自分に聞くしかないと答えます。
ただし人に開示せず自問自答だけしていると、自分に都合よく解釈してしまいます。何度悪い男にひどい目に遭っても懲りない女性が、なぜ自分が傷つくことを求めるのかを考えようとしないのも、自問自答だけだからだ、と二村さんは指摘しました。
本当の欲望を話せる「対話」はどうすれば生まれる?
本当の欲望を知るのは相当きついことなので、安全な場所で信頼できる人と話すしかない、というのが二村さんの考えです。楊さんも、自分一人でやるのは危険で、聞いてもらう会話が必要だと続けます。
いや、それでも信頼できる、そこまでのレベルの会話をしてくれる人を見つけられるかどうかってのは結構難しいですよね。
二村さんは、そうした対話はルール次第だと話します。今の社会には「失礼だから聞いてはいけない」「なぜと聞くと空気が読めない」といった、目に見えない同調圧力のルールがあるからです。
二村さんは、コテンラジオのような番組も考えてはいけないところまで踏み込んでいると評し、歴史や哲学も同じだと語ります。フーコー ── ミシェル・フーコー。20世紀フランスの哲学者で、狂気・監獄・性などを題材に、社会が人をどう規定してきたかを分析しましたも、タブーに切り込もうとしたのではなく、深く考えたら踏み込んでしまったのだ、という見方です。
一方で、そうした対話は恋人や家族とは恐ろしくてできない、とも二村さんは言います。樋口さんは、関係のある相手だとその後どうなるかという恐怖があるからだと応じました。
恐怖もあるし、あと聞く側がだいぶやっぱ僕スキル必要だと思ってて。スキルなのかマインドなのか、そのまずジャッジ多分したらダメだろうし、解釈もあんまりしない方がいいよね。
深井さんによれば、解釈はストーリー作りなので、社会でよく使われるストーリーで解釈すると本物の欲望を見つめる妨げになります。「人類学のスキルがいる」という深井さんに、二村さんも「すごい役に立つと思う」と同意しました。
二村さんは、風俗やAVで働く女性に「どうせ家庭に問題があったんでしょ」と雑に決めつける人がいると話します。実際にはいい家のお嬢さんがAV女優になることもあり、それが苦しいことばかりとは限らない。だからこそ素人が心の仕組みを決めつけないほうがいい、という話につながっています。
胸の大きな女優の「ヒストリー」と、塞がなくていい心の穴
樋口さんは、二村さんが本の中で、AV撮影の前にできるだけ女優と話す時間を取ると書いていたことを紹介します。外見のスペックだけでなく内面を知っているほうが、結果的に作品がエロくなるという話です。
二村さんは、恋人と心を許したときには、男も女も本当にしてほしいことに近づいていくのが幸せだと話します。最後まで相手に気を使い、気持ちのいいセックスができないまま別れるカップルも多いけれど、うまくいけば「本当はこれがしてほしかった」が自分から出てくるはずだといいます。
わかりやすい例として二村さんが挙げたのが、胸の大きな女優の撮影です。揺れる胸だけを撮りがちだけれど、その人には必ずヒストリーがある。胸が大きく生まれた女性の多くは、AV女優になるまで背中を丸めて胸を隠して生きてきたのだそうです。
中には、キャバクラで胸の大きさを武器に稼ぎ、次はAVへという人もいます。二村さんは、そういう人はどこかの段階で「自分に配られたカードを認める」ことがあったのだと表現しました。
心の穴っていう言い方をすると、やっぱりどうしてもこう歪んでる部分だったりとか、欠けているって印象があるかもしれないですけど、実はそこって寂しさとか欠点とかじゃなくて、論理的に語れないなんか魅力とか、独特な能力っていう風にも実は捉えることができる
樋口さんが本の中で響いたというこの視点に、二村さんは、人生に悪影響を及ぼすなら治療の対象かもしれないが、心の穴は必ずしも塞がなくていい、そもそも塞がらないのではないかと応じます。塞がらない穴から、その人の魅力が出てくることもあるからです。
歴史の本を読みふけるのは「変態」と同じ挙動か
二村さんは、深井さんと楊さんが宿題でもないのにこれほど歴史の本を読むのは「穴でしょ、どう考えても」と笑います。簡単に言えば歴史的な変態だ、という二村さんに、深井さんも同意しました。
これがだから性的じゃないから変態って言われてないけど。そうですよね。挙動として一緒ですもんね。
二村さんは、何らかの情熱のモチベーションは性的なものだと思うと話します。性的興奮に近いかたちで脳の中身が燃えていて、「この一文を見つけるためにこの本を読んでいた」という感覚はエッチなことだ、という見方です。
その例として二村さんが挙げたのが、親しい哲学者の国分功一郎さんです。高校時代に猛勉強したのは将来お金持ちになるためではなく、勉強しないと死んでしまうような心の穴があったからで、そういう人が哲学者になるのだと語りました。
二村さんはさらに、自分のどうしようもない欲望や心の穴を、人が嫌がる方向ではなく、人を面白がらせ、快感を与える方向に変換できた人が、男も女も幸せなのだと話します。セックスがうまいか下手かも、結局はそういうことだといいます。
正直ですからね、自分の欲望に。
三大欲求の3つ目は性欲ではなく「寂しさ」?
二村さんが次に持ち出したのが三大欲求です。食べることと寝ることは個人が生きていくための欲望なのに、性欲だけは子孫を残すための欲望で、並べるのはおかしいという指摘がよくあるといいます。
二村さんの答えは、人間は脳が発達しすぎたせいで心の穴ができ、性欲も結局は個人の心のための欲望になった、というものです。食べず休まずでは人は死ぬけれど、射精や出産をしなくても死なない。でも寂しかったら心は死ぬ、と二村さんは語ります。
| 欲求 | 何のためか | 満たされないと |
|---|---|---|
| 食欲 | 個人の体が生きるため | 体が死ぬ |
| 睡眠欲 | 体を休めるため | 体が死ぬ |
| 寂しさ(性欲の奥にあるもの) | 個人の心のため | 心が死ぬ |
深井さんは、この「愛に飢えている」状態が性以外にも出ていると続けます。部下にひどく当たるマネージャーも、「なぜ部下は自分をわかってくれないのか」という寂しさから動いているのではないか、という例です。
すごいあんま二分化で、三大欲求の一つである寂しさから出た活動であり、その寂しさをちゃんと因数分解して見つめて、それを人に迷惑をかけない形で発動させる人が幸せになれるっていう。
二村さんは「そう思います」と応じ、心理学もすべてそのためにあるのではないかと話します。聞いていた樋口さんは「何かにリーチしてる」と言って、気分が悪くなるほど話が刺さってしまった様子でした。
「資本主義って性欲だよね」と男の寂しさ
樋口さんの様子を見て、二村さんは心の安全性は大事だからと、話を広いテーマへ戻します。そこで出たのが、経済学を学ぶ人には叱られるかもしれないと前置きしたうえでの「資本主義って性欲だよね」という一言でした。
ちょっとごめんなさい。今急に言われてバーンってなりました。今どういうことですか?
二村さんが手がかりにしたのは、性の歴史シリーズで語られた「農業が始まった頃から男が威張り始めた」という話です。狩りの時代は獲物を村で分けていたのに、農業で富が生まれ、金持ちと貧乏人、そして「来年また実る」という時間の感覚ができた、と二村さんは整理します。
農業の始まり
富を蓄えられるようになり、金持ちと貧乏人が生まれる
土地の所有
作物が取れる土地を「俺の土地だ」と言った者が金持ちになる
子への継承
女性が産んだ子を自分の子と考え、富を継承させるようになる
男が威張る
実力主義から、所有と継承を軸にした社会へ移っていく
そのうえで二村さんは、男は本当に寂しいのだと語ります。理由は子どもが産めないからだ、と話しつつ、子どもを産まない女性の選択を尊重したい、妊娠する女性のほうが偉いという話にはしたくない、と何度も断りを入れていました。
二村さんが言いたいのは、資本主義も経済も戦争も、男が寂しいからやっているのではないか、ということです。樋口さんは、認められたいからやっているのかと受け止め、二村さんも自分がいることを残したいのではないかと応じました。
二村さんは、乱交もののAV撮影でも、女優同士は自然に触れ合うのに、男性同士は愛撫し合わないと話します。女性は女性の体を美しいと感じる一方、男性は自分の体を醜いと思い、他人のペニスを脅威と感じているのではないか、という見立てです。
なるほど。だから寂しいんだ。
高層ビルも名刺もクレジットカードも「男の哀しみ」?
二村さんは「AV監督の妄想だと思ってください」と断ったうえで、槍や刀、ミサイルや原爆、そして戦争ができなくなった後の高いビルまで、すべて男性器の象徴だと思うと話します。結局、男は威張りたいのだという見方です。
深井さんはスカイツリーも「誰よりもでかい」と言っているのかと笑い、二村さんは働いている人に悪いとたしなめつつ、都市計画のような象徴として見ていると補足しました。楊さんも、自分が建てる側なら無条件に高くしたい、ピラミッドもでかくしたいと認めます。
深井さんは、ファルス信仰 ── 男性器(ファルス)を力や豊穣の象徴として崇める信仰や考え方。古代の各地の文化に見られ、精神分析でも重要な概念として扱われますを学んだとき、ペニスは万能感の象徴と書かれていて女性蔑視的に感じたと振り返ります。けれど今の話で、ペニス同士が競合するから優位性や勝ち負けの関係が生まれるのだと腑に落ちたといいます。
二村さんは、女性の中にもミソジニー ── 女性嫌悪や女性蔑視のこと。男性だけでなく、女性自身が内面化している場合もあるとされますがあり、女性が首相になっても戦争はすると話し、サッチャー ── マーガレット・サッチャー。1979年から1990年までイギリスの首相を務めた保守党の政治家で、フォークランド紛争を指導しましたの例を挙げます。男だからダメ、女だから素晴らしいではなく、これはジェンダーの話だと強調しました。
楊さんは、古代の高層建築が神と交信するため、つまり神に認められたくて高さを目指したことを挙げ、承認欲求や寂しさとつながるのではと話します。二村さんは、ネイティブアメリカンのように偉さを競わない文化には寂しい感じがしないとしつつ、どちらが良かったかはわからないと述べました。
二村さんは、持続可能性が重視されビルを建てにくくなった今、男の寂しさは新自由主義 ── 市場競争や個人の自己責任を重視し、規制緩和や小さな政府を進める考え方。1980年代以降に広まりましたに向かうと話します。会社の肩書きへの固執や、キャバクラで名刺を切って威張ることも、名刺や高いクレジットカードも同じ象徴だというわけです。
めっちゃちんちんに囲まれてんな。
二村さんの結論は、その勃起のような欲望を、人を楽しませ喜ばせる方向に使えればいいということでした。楊さんも、自分の欲求で突き進んだ人がいい製品やエコなシステムを作り、世界を良くすることもあると続けます。
物に執着する男性と、関係性を見る女性
樋口さんは、二村さんの本で読んだ話として、男性は物に強く執着し、物を自分自身だと思って自己愛を注ぎがちだという点を挙げます。対して女性は、姿全体を通じて美しさを飾る、という対比です。
二村さんは、女性にもアクセサリー好きや推しのグッズを集める人がいると断ったうえで、女性のほうが関係性に目を向け、自分が身につけて似合うかどうかを大事にする傾向があると話します。一方、高い腕時計を見せびらかす男性は、鎧をまとって「一端の男になった」と感じているようだといいます。
物を自分自身とみなして自己愛を注ぐ。高い腕時計は強さを示す鎧のようなもの
関係性に目を向け、身につけたものが自分に似合うか、自分の体の美しさを高めるかを見る
ただし二村さんは、男性脳・女性脳という考え方は偽科学だという知見もあり、自分もそう思うと補足します。威張る女性も柔らかい男性もいて、あくまでジェンダーの話だという位置づけです。
そのうえで二村さんは、性の歴史は男が威張ることでできてきた歴史だと感じたと話し、人を侵略するより、みんなで気持ちよくなるほうがセックスは楽しいという「快楽主義者」の立場を明かしました。
快楽主義であると同時に、やっぱ男、まあ男には限らないかもしれないんですけど、自分が別に大したことのない人間だっていうことをフラットに受け入れることも、なんか幸せになるのかな
男が受け身で気持ちよくなってもいい。ジャンルが変えた社会
二村さんは、ペニスだけが男の快楽ではない、男性も受け身になって気持ちよくなっていいと長年訴えてきたと話します。自ら「男の乳首に市民権を与えた男」と名乗るほどです。
二村さんによれば、以前は女性が男性を攻める作品は、女王様によるSMか風俗プレイの紹介ものくらいしかありませんでした。二村さんの作品が売れた時代に、普通の女性が男性に馬乗りになるような作品を何人かの監督と作り続け、今では普通のジャンルになったといいます。
二村さんはこれを性の歴史とも結びつけます。春画を見ると江戸時代の日本人はフェラチオをしていたが、キリスト教が入って売春婦のすることとされ、一度途絶えた。それがAVを通じて再び広がった、という流れです。
二村さんは、これも社会が性欲を決めているという話であり、ポルノを作る自分たちは社会に少し貢献しているのではないかと語ります。男はこういうセックスをしなければならないと決められるより、男女とも攻めたり攻められたりするほうが楽しい、という考えです。
なるほど。もう人類の性を推し進めてるんですね、二村さんは。
話はちょうど締まったところで一区切りとなり、次回は二村さん自身がどんな人生を歩んできたのかに焦点を当てることが予告されました。
まとめ
二村ヒトシさんとの中編は、痴漢という性犯罪の分析から始まり、性欲の奥にある「寂しさ」を見つめ直すことで、資本主義や戦争、高層ビルまでを読み解く対話になりました。二村さん自身が「妄想」と断りながら語った見立ては、深井さんたちが性の歴史シリーズで得た「性欲は社会的に湧く」という理解とも響き合っています。
- 痴漢などの性犯罪は、性欲よりも「愛されたい」気持ちが歪んだ支配欲ではないかと二村さんは見ている
- 欲望を因数分解するには自問自答だけでは足りず、ジャッジや解釈をしない安全な対話が必要になる
- 心の穴は塞がなくてもよく、そこから歴史への情熱のような魅力が生まれることもある
- 三大欲求の3つ目を「寂しさ」と捉えると、上司の振る舞いや資本主義、高層ビルまでが一つの線でつながる
- 二村さんは快楽主義の立場から、男女とも攻め攻められる性が当たり前になるよう作品で社会を動かしてきた






