なぜLINEヤフー会長がビジネスの話をしに来なかったのか
コテンラジオ番外編に、LINEヤフー株式会社代表取締役会長の川邊健太郎さんがゲストとして登場します。福岡のスタジオまで足を運んでの収録です。
川邊さんがコテンラジオを聴き始めたのはコロナ禍の頃で、初めてのポッドキャスト体験がコテンラジオだったといいます。きっかけは、歴史好きが集まる飲み会で知り合った歴女から勧められたことでした。
今回の収録で扱うテーマは、ビジネスではなく推し活です。深井さんはこの人選を「織田信長を呼んで戦の話を一切聞かず、茶器の話だけ聞くようなもの」とたとえます。
憧れのコテンラジオに出たくて福岡まで頑張ってきて。ビジネスの話はほぼ一切しない予定。
川邊さんは去年、SNSでの発信を強化しました。会長として会社を守り発展させ、自分の考えを世の中に主張するための「発信力を高める」取り組みだったと話します。
SNSを強化したのは自衛のためというか。会長になって、会社もいろいろ守り、発展させなきゃいけなかったり。
ライドシェアや政治についての発言は狙い通りに広がったものの、まったくの誤算だったのが推し活の話でした。誰かに知ってもらいたくて、思わず布教してしまう自分がいたといいます。
コントロールできてないです。
疑似恋愛だけじゃない、推し活の裾野の広さ
深井さんはアイドルという存在について、「幕府に対する長州藩ぐらい嫌い」と表現するほど苦手意識を持ってきました。それでも来年のテーマを推し活に据え、克服しようとしています。
川邊さんが推しているのは、老舗のハロープロジェクトです。ハロープロジェクト ── モーニング娘。を起点に、同じ事務所が新しいグループを次々と作り、加入と卒業を繰り返してきたアイドルグループの総称。モーニング娘。を含む複数のグループごと応援する「箱推し」だと説明します。
ハロプロの魅力は、メンバーが加入と卒業を繰り返す点にあります。グループごとに色やコンディションが違い、旬が入れ替わっていくため、推す対象も数年単位で変わっていくといいます。
一方でモーニング娘。は最近やや機運が下がっているものの、川邊さんは「こういう時こそ推すべき」と考え、今はモーニング娘。のプライオリティが一番高いと話します。
信仰が試されてるやつだ。
深井さんは、下世話な推測としてまず「推し活は疑似恋愛では」という見方を投げかけます。しかし箱推しという言葉を聞いた時点で、その仮説では説明できないと混乱してきました。
川邊さんはアイドルの裾野の広さを整理します。ハロプロは日本のトップアイドルにあたり、世界のトップにはK-POPがいて、裾野には何千組もの地下アイドルがいるといいます。
比較的疑似恋愛をしてるのはやっぱり地下アイドルの子たちに対してしてるっていうのは、まあよく言われる。
トップアイドルに対しては、もっと崇高なものを見て、日々の心の支えや生活の潤いにしている人が多いのではないか、と川邊さんは話します。
人事と組織の物語 ― スタートアップとハロプロは似ている
深井さんは「人を推すのはやりたいことがない人がやるのでは」という推測もぶつけます。仕事も政治活動も、狩りや漁、ヤギの世話まで抱える多忙な川邊さんは、その仮説にも当てはまりません。
川邊さんは、忙しい中でもスタートアップの応援をしていることを引き合いに出します。スタートアップA社、B社、モーニング娘。を同じ並びで解釈しているというのです。
若い子たちが青春とか魂を燃焼させて、何か夢を実現していく人事と組織の物語だなって思ったんですね。
加入と卒業を繰り返し、オーディションを公開してヒストリーが積み重なっていくプロセス公開型の構造が、経営者マニア・会社マニアである川邊さんには、見る対象としてスタートアップと重なって見えるといいます。
川邊さんが探求しているのは真理というより「変化の探求」です。20年ぶりに見たモーニング娘。がすっかり変わっていたことに興味を持ち、変わった原因を探っていきました。
その過程で浮かび上がったのが、2010年代に奮闘した道重さゆみさんの存在です。川邊さんは彼女を組織を立て直した「中興の祖」ととらえ、徳川家光にたとえます。
道重さゆみさんっていう、この近くの山口県出身の人ですけども、その子が2010年代にめっちゃ頑張ってリーダーシップを発揮したから、今でもまだ残ってる。
若い人たちが夢の実現に挑戦する過程を応援し、対象の成長を一緒に見たいという感覚
スタートアップは出資すればリターンがあり得るが、アイドルは基本的に使う一方で儲かる概念がない
新陳代謝を宿命とするアイドル ― モーニング娘。誕生の構造
樋口さんは、ハロプロ以降でアイドルの見せ方が変わったと指摘します。固定メンバーを推す形から、プロジェクト自体を応援する形へと移ったのはハロプロ以降だといいます。
モーニング娘。は27年続くプロジェクトです。第何期という概念があること自体が、入れ替えを前提として作られている証だと樋口さんは語ります。
できた瞬間からもう新陳代謝を繰り返す宿命でできてるから、ハロプロとかモーニング娘。って。
川邊さんは、モーニング娘。が入れ替え前提で始まった背景を説明します。事務所のアップフロントは一代限りのアイドル運営の難しさから、一度はアイドルをやめようとしていました。
そこで参照されたのが、定年制でメンバーを入れ替えていた中南米の男性グループの事例でした。人を入れ替えられるならやってもいいと、モーニング娘。は入れ替えありきで始まったといいます。
それ以前は、メンバーの入れ替えはタブーでした。川邊さんはキャンディーズの解散をめぐる業界のトラウマに触れつつ、それを卒業と加入のイノベーションで打破したのがモーニング娘。だと整理します。
めちゃくちゃ構造的に捉えてますね。
道重さゆみが作った毒舌キャラと「かっこいいモーニング娘。」
深井さんが唯一知っていたのが道重さゆみさんでした。テレビに出なくなったモーニング娘。に代わり、自らバラエティアイドルとしてテレビに出続けた人物です。
道重さんは毒舌キャラをわざと作り込んでいたといいます。自分が有名になることでモーニング娘。を見てもらい、2013、4年頃の復活につなげていきました。
深井さんはここで、スタートアップ推しとアイドル推しの違いを尋ねます。川邊さんは、スタートアップは出資すれば大きなリターンがあり得るが、アイドルは使う一方だと答えます。
推す対象は必ずしも若い女性に限らないと川邊さんは言います。ヒストリーやメンバーがエモければ男性グループもあり得るとし、少年ジャンプで応援するキャラが男であることを例に挙げます。
そのあれがエモかったら、ヒストリーとかメンバーがエモかったらあり得るんじゃないですか。
権力推しではなく「仕事推し」 ― LINEスタンプを自ら企画
深井さんは、応援において対象が育つことが重要なのか、推す気持ちだけで満たされるのかを尋ねます。川邊さんは、対象が成長して夢を叶えることが「めっちゃ重要」だと即答します。
川邊さんの推し方は独特です。自分の力を使って対象の成長により貢献できると考え、「もはやこのために偉くなったのではないか」とすら思うといいます。
権力推しというよりかね、仕事推し。仕事する、できる能力を最大限活用して、なんか仕事を一緒に作ったりとかしてる。
具体例が、ハロプロのLINEスタンプです。なぜ出ていないのか理由を探り、事務所内で止まっていた事情を突き止めて説得し、全7グループのスタンプを5、6月に実現させました。企画書も自ら書いたといいます。
深井さんは、成功者である川邊さんが今は与える側にフォーカスしているのではと問いかけます。川邊さんは、人生のステージを意識しているわけではなく、好奇心で夢中になっているだけだと答えます。
1995年にインターネットに夢中になり、今はAIに夢中で、去年ハロプロと出会って夢中になった。その延長で自然と推し活になったのだと、川邊さんは自らを振り返ります。
雷に打たれたきっかけ ― 市井紗耶香との食事会から
推し活のきっかけは、千葉の館山での暮らしにありました。川邊さんはハンターとして狩りをしており、増えすぎた野生動物の肉を消費しきれず、東京でエゾジカの肉を振る舞う食事会を開いていました。
その会に、モーニング娘。二期メンバーの市井紗耶香さんを誘ったのが転機でした。編集者の佐渡島さんを介して以前からキャンプで交流はあったものの、モーニング娘。の話をしたのはこの時が初めてでした。
食事会では、市井さんの周りの若い世代が「絶対なにかやってますよね」と気づき始め、シェフまで料理を放って出てくるほどの空気になったといいます。
そこで川邊さんは、市井さんに二期メンバー時代の話を聞きます。運営が加入と卒業を繰り返すつもりでも、当のメンバーたちはそれを知らなかったという、戦国武将の天下統一のような後付けの構造がそこにありました。
初代の一期メンバーはえ?みたいな感じになるし、二期メンバーは二期メンバーでオーディション受けて入ってきたのに、なんか一期メンバー超怒ってるんですけどみたいな。
さらに三期に、後藤真希さんという超絶エースが一人だけ茶髪で加入します。二期メンバーは先輩と後輩のプレッシャーに挟まれて大変だった、という話に川邊さんは強く引き込まれました。
食事会の帰り、市井さんから「今のモーニング娘。はかっこよくなっているから見てほしい」と言われ、川邊さんは車中でYouTubeのMVを見漁ります。そこで雷に打たれたような衝撃を受けました。
なんじゃこれってなったっていう。それでさっきの道重さんを発見するに至る。
女性が憧れる女性へ ― ガールクラッシュという転換
川邊さんは、かつてのモーニング娘。がわちゃわちゃした可愛らしさで国民の耳目を集めていたと振り返ります。それがテレビに出られなくなる中でパフォーマンス力を上げ、かっこいい方向へ変わっていきました。
深井さんも、AKBが出てきた頃に久しぶりにモー娘。のMVを見て、ダンスの凄さに驚いたと語ります。会いに行けるアイドルとは対照的な、プロフェッショナルな仕上がりでした。
この変化を象徴するのが「ガールクラッシュ」です。ガールクラッシュ ── 主に女性が、同性のかっこよさや実力に強く憧れる感覚。K-POPなどでも重視される魅力の方向性。歌もダンスも本格化した結果、ファンに女性が増えたことが最大の変化だと川邊さんは強調します。
今でもハロープロの各グループのコンサートは、6割ほどが女性客だといいます。深井さんが抱いていた「男性ファンが疑似恋愛する場」というイメージとは、大きく異なる実態でした。
コールに感じた平等 ― マルコムXとメガチャーチ
川邊さんはライブでコールをしています。そのコールに、映画『マルコムX』で描かれた聖地巡礼の場面を重ねたといいます。社会的地位や年齢、性別を超えて、みんなで一つのことをやる感覚です。
みんな平等で、みんなで何かを一つのことをやってるっていう、そこには別にその社会的地位とか年齢とか性別とかもなくて、非常にその大きさを感じた。
楊さんは、その場では他の属性が初期化され、唯一共有される属性が「ハロープロファン」であることだけになると読み解きます。肩書きも過去の栄光もない場です。
川邊さんは、この形式性の高さをアメリカのメガチャーチと重ねます。メガチャーチ ── 数千人規模で礼拝を行うアメリカの巨大教会。音楽主体でエンタメ化され、コールアンドレスポンスで進む形式が特徴。3000人規模で音楽主体、コールアンドレスポンスで進み、聖歌隊に推しがいることもある点まで似ているといいます。
聖なるものと遊び ― 推し活は「聖なる遊び」
ここで川邊さんは、AI時代の人間の尊厳や遊びについて考える中で得た知見を紹介します。慶応大学が中心となるクロスディグニティセンターでの議論です。
参照するのは、フランスの言語学者エミール・バンヴェニストの「構造としての遊び」です。エミール・バンヴェニスト ── 20世紀を代表するフランスの言語学者。構造主義言語学と記号論の発展に大きな影響を与えたとされる。聖なるものと遊びは似て非なるものであり、遊びは聖なるものを起源とすると説きます。
バンヴェニストによれば、聖なるものは「儀礼」と「神話」から成ります。行為である儀礼と、物語である神話が重なったものが聖なるもの、ほぼ宗教にあたるといいます。
そしてどちらか一方が欠けると、聖なるものは瓦解して遊びになります。儀礼だけが残ったのがスポーツ、物語だけが残ったのがユーモアやお笑いだと川邊さんは整理します。
川邊さんは、推し活をこの中間に位置づけます。儀礼も神話も宗教ほど厳格ではないが、どちらも崩壊はしていない。だからこそ「やたらシリアスな遊び」になっているというのです。
儀式の具体例として、コールアンドレスポンスやペンライト、アクスタが挙がります。アクスタ ── アクリルスタンドの略。推しのイラストや写真を印刷したアクリル製の自立グッズ。ファンがアクスタを立てて一人で食事をするのは、推しと一緒に食べる「ご飯前のお祈り」のようだと川邊さんは語ります。
神話の側は、グループのヒストリーが担います。何年のどのコンサートで何があったか、という記憶が語り継がれる様子は、宗教の聖典の一節を語ることと重なると楊さんは指摘します。
だからこうやって宗教って宗教になってったんだろうな。だからブッダにしてもキリストにしても、推し活をされてたんだと思うんですよね、周りの人から。
川邊さんは、崇拝の心の働きについて、その日AIに尋ねた内容も紹介します。人間は死や不確実性、孤独を意識するからこそ、自分を超えた存在に秩序や意味を見出すというものでした。
崇拝と信仰の違い ― 推し活はどこまで宗教なのか
深井さんは、推し活が信仰そのものでも遊びそのものでもない「中間」である理由を掘り下げます。ハロウィンの仮装は儀式だけの遊び、ゴリゴリの信仰との間に推し活はありそうだと整理します。
川邊さんは、崇拝と信仰の違いを説明します。崇拝は外に向かう憧れのエネルギー、信仰は内側に向かう生き方の軸であり、まず崇拝があって信仰に転化していくといいます。
崇拝は憧れのエネルギーであって、信仰っていうのは生き方の軸であって、崇拝っていうのは外に向かい、信仰っていうのは内側に向かう。
この整理では、宗教は信仰まで至っているのに対し、推し活は基本的に崇拝止まりです。川邊さんは、信仰にまで至ったハロオタを取材してみたいと話します。
教義は楽曲、ビジョンは世界平和 ― つんくの世界観
深井さんは、世界宗教の教義にあたるものが推し活にもあるのかを問います。川邊さんの答えは明確で、教義にあたるのは楽曲であり、歌詞が聖典化しているというものでした。
モーニング娘。の楽曲はほぼつんくさんが手がけており、明確な世界観があるといいます。川邊さんは、ミッションやビジョンという言葉がもともと宗教用語であることにも触れます。
川邊さんの解釈では、つんくさんが希求するビジョンは「世界平和」です。各楽曲の歌詞というミッションを解釈して歌い継いでいけば、やがて世界平和に至るという構造があると読み解きます。
ハロオタの中には「我々は世界平和を目指している」と当然のように語る人もいるといいます。アイドル本人も同様で、Juice=Juiceの工藤遥さんはインタビューで、アイドルとして世界平和に貢献できて嬉しいと答えていました。
もしアイドルにならなかったら何してますか?って言ったら、何かしら世界平和に貢献するような活動をしてたと思いますみたいなことを言ってて。
ハロプロが好きでアイドルになった子も多く、その世界観を最初からインストールした状態でデビューしているケースもある、と川邊さんは説明します。
恋愛禁止という名残 ― 白いワンピースが象徴するもの
樋口さんは、宗教との違いとして罰則規定の有無を尋ねます。川邊さんは、ハロプロでは宗教性かビジネスの掟か半々ではあるものの、演出にそれが表れていると答えます。
象徴的なのが、新メンバーが必ず白いワンピースで登場する演出です。周りがどんなに派手な衣装でも、初登場は純白のワンピースだといいます。
もう一つが、まことしやかに語られる恋愛禁止です。ビジネス的な理由もあるとしつつ、ハロプロでは彼氏がいると公言する人はおらず、写真が流出して辞めた例もあるほど顕著だといいます。
何を求めてんだろう、その推してる人は。
川邊さんは、これをおっさんたちが推していた時代の名残と見ます。アイドル本人も、恋愛経験がないまま失恋の歌を歌い、感情移入に戸惑うと公に語ることがあるといいます。
樋口さんは、初期の疑似恋愛的な文化の名残が儀式として残り、実態が変わっても形式だけ続いている可能性を指摘します。深井さんは、これを文化にしてはいけないという考えを示します。
布教してしまう新興宗教性 ― パウロという自己認識
深井さんは、世界宗教と新興宗教の違いを「布教しなくていいのが世界宗教、布教しないといけないのが新興宗教」と答えます。川邊さんは、自身が過去に世界宗教者会議を企画した際に調べた答えと一致すると応じます。
この整理でいくと、思わず布教してしまう推し活は新興宗教性を帯びています。今まで好きなものを人に勧めることのなかった川邊さんが、福岡まで来て推し活を語ること自体が、その挙動の表れです。
戻ると思わず布教してしまうっていう挙動があるわけですね、推し活には。だから非常にやっぱ新興宗教性を帯びているわけです。
川邊さんは、自らの在り方を使徒パウロに重ねます。パウロ ── キリストに直接会ったことはないが、キリスト教の成立と布教に大きく貢献したとされる人物。もとは迫害する側だった。生前のキリストを迫害していたパウロが、霊的体験を経て突然キリスト推しになり、布教に人生を捧げた点が自分と似ているというのです。
川邊さんは、道重さんの活躍を実際に見ていた古参ファンを羨みつつも、見ていない自分がヒストリーをたどって素晴らしいと感じられること自体に価値を見出します。だからこそ布教したくなるのだと語ります。
パウロの尋常でない移動距離になぞらえ、川邊さんは福岡まで来たことも布教の一環だと位置づけます。ハロオタでない人に推し活の面白さを伝えたい、という使命感です。
改心と孤独 ― マリリンマンソンで布教した深井の原体験
布教の心理を、川邊さんは「電撃的な改心」「周りにフロンティアがある」「仲のいい人がまだ同じ信仰でない」という要素で整理します。深井さんはここで、自身の原体験を思い出します。
深井さんは10代の頃、世の中を憎み反社会性が高まっていた時期に、マリリンマンソンと出会いました。誰ともシェアできなかった自分の世界観が具現化されている、と感じたといいます。
唯一ものすごくなんか僕が普段自分の頭の中で繰り広げられてる世界観が具現化されてるって感じなんですよね。これだみたいな。
深井さんはその直後、クラスでマリリンマンソンを流して引かれる経験をしています。それでも広めたいと思っていた、まさに布教の衝動でした。
深井さんはこの衝動の根底に孤独があると分析します。孤独な人間が強烈に承認される瞬間を味わったとき、それを拡散せねばという使命感が湧く。浮世絵を見たゴッホのようだと表現します。
樋口さんは、深井さんの布教欲求に二つの要素を見出します。一つは「これ美味しいから食べてみて」という共感の欲求、もう一つは「今の社会はダメだから正しくしたい」という理想への衝動です。
深井さん自身は、単に美味しいレベルではなく「必須物質だから食べないと死ぬ」ほどの感覚だったと補足します。樋口さんは、自身がキャッシュレスを勧める心理も同じ構造だと重ねます。
儀式性の低さ ― ロックでは満たせなかったもの
深井さんは、尊敬するアーティストがいても神格化はしないと語ります。マリリンマンソンも相対的には崇拝に入るものの、絶対的な崇拝ではなく、神格化もしていないといいます。
その理由の一つが、ロックには儀式性が低いことでした。ライブで一緒に声を上げることはあっても、コールのような形式化された共有がありません。体制批判であるロックは、そもそも儀式化しづらいのです。
儀式化したバージョンを多分僕まだ味わったことがないんですよね。それをその僕青春で完全に逃してるんですよね。
ここから話は、出演者それぞれの「推した経験」に広がります。樋口さんは中学時代に氷室京介と布袋寅泰を数年間ほど神格化していたと語り、川邊さんはBOØWYのラストギグスに行っていたことが判明します。
言葉に救われた楊睿之 ― 宇多田ヒカルと鬼束ちひろ
楊さんが挙げたのは、宇多田ヒカルと鬼束ちひろでした。福岡に来た小学校高学年の頃、日本語を学ぶ途上での孤独を抱える中で、向き合ってくれたのが日本語の言葉だったといいます。
現実の会話では自分の日本語が通じるか不安で、わからないとも言えずストレスを抱えていました。そんな中、自分のペースで咀嚼できる言葉として答えてくれたのが、二人の歌詞だったと語ります。
その中でやっぱ向き合ってくれたのが言葉だったんですよね。日本語の言葉だったんですよね。
楊さんが特に好きなのが、宇多田ヒカルの『トラベリング』の「仕事にも精が出る金曜の午後」という歌詞です。この歌詞を一番最初に持ってくるセンスと、それを書ける人物への驚きを今も抱いているといいます。
川邊さんは、これが極めて日本人的な感覚である点に注目します。それをエモいと感じる中国出身の楊さんの日本語感覚は何なのか、と問いかけます。
楊さんは、この歌詞の凄さがわかるようになったのは、日本語を理解できるようになった中学の頃だと振り返ります。小学生の頃はメロディー重視で聴いていました。
他者不在では推せない ― 崇拝から信仰へ
川邊さんは、楊さんがそれを誰かと語りたくなったかを尋ねます。ここで「推しかどうか」の分岐が浮かび上がります。
楊さんは、友達がいたら推していたと思うが、いなかったので推さなかったと答えます。推しの中で、自分の中だけで拡大再生産されていた状態でした。
深井さんは、他者不在だと推せないという点を重要な発見として受け止めます。ロビンソン・クルーソーは布教しない、というたとえがそれを示しています。
楊さんは、布教はしなかったものの、鬼束ちひろに対しては崇拝まで至っていたと語ります。一番暗かった中高時代、日陰の道を歩く自分と共にいてくれたのが彼女の歌だったといいます。
一番暗かった中高時代を、その日陰の道を歩いている自分と共にいてくれたのがやっぱ彼女の歌だったんで。
楊さんは、その歌によって「こういう世界を持っている人がいる」という安心感と承認感を得たと振り返ります。自分にもスタンドがあるのだ、という感覚でした。
川邊さんは、それが賛美歌や般若心経を唱えている時とほぼ同じ感覚だと指摘します。深井さんは、この話がつんくさんの「世界平和」の話と全部つながったと受け止めます。
多感な時期に心の救いとなる行動は、その人の中で内面化されます。深井さんは、そこに世界平和のエッセンスが内面化されれば、一人ひとりに行動変容をもたらすかもしれないと語ります。
意志なきアイドルへの違和感 ― 輪廻転生との重なり
深井さんは、アイドルが苦手だったもう一つの理由を明かします。強い意志と努力は感じるものの、政治や社会への主義主張を感じない点に、とっかかりを見出せずにいたのです。
なんか主義主張を感じないんですよ。ロックだったらあるじゃないですか。
川邊さんは、これをチベット仏教やブータン仏教の生まれ変わりの思想と重ねます。ブータンで生まれ変わりとされる高僧たちと食事をした際、幼い頃から神と崇められることの苦悩を聞いたといいます。
物心つく前から生まれ変わりとされ、戸惑いや反抗期を経てなお、周りも自分も信じるようになり高僧を目指していく。その構造が、幼い頃からアイドルになる女の子たちと重なると川邊さんは語ります。
ハロプロでは小学生の頃から研修生になり、早ければ中学生でデビューします。自分で考える前にアイドルになり、だんだん自我に目覚めて苦悩を抱えていく点で、生まれ変わりの高僧と似ているというのです。
川邊さんは、その理解を深める手がかりとして和田彩花さんを挙げます。アンジュルムの初期メンバーで、卒業後に当時の苦悩やうつ病についても赤裸々に語っている、規格外にメッセージ性のあるアイドルです。
感情と成長の物語 ― 深く知れば推せるのか
樋口さんは、アイドルにメッセージはなくても感情はあると語ります。例に挙げたのが、アンジュルムを昨年卒業した川村文乃さんの凱旋ラストコンサートです。
川村さんはスピーチで、地元・高知でのデビュー当時を振り返りました。スーパーの魚売り場の横で買い物客に邪魔そうな顔をされ、駐車場では客がおらず青空に向かって歌っていたといいます。
お客さんが誰もいなかったんで、青空が自分のお客さんだと思って青空に向かって歌ってた。
そんな悔しさが、東京でデビューし凱旋ラストで戻ってきた今、いい思い出になったと語るスピーチでした。樋口さんは、メッセージがなくとも感情と成長の物語を深く知れば推せるのではと問います。
深井さんは、自分がもともとアンチであるがゆえに「若い女性を搾取するビジネスなのでは」といった反論が浮かんでしまうと打ち明けます。この反論を越えないと心から改心できないといいます。
同時に深井さんは、それが邪推だとメタ認知している自分も語ります。賢く立派な知人が推し活をし、ファンダムエコノミーが巨大化する中で、迎合できない自分への孤独感があるといいます。
推しは現れるもの ― コテンラジオはハロプロに勝てるか
樋口さんは、この世界の名言を紹介します。推しは作るものではなく、出会うもの、現れるものだというのです。深井さんはこれを「宗教っぽい」と受け止めます。
川邊さんは、一人との出会いがきっかけになることを、自身のサッカー体験で示します。興味のなかったサッカーも、子供がチームに入ってからは全員のファンになり、子供が出ない試合でも応援するようになったといいます。
深井さんは、もともとの強い反感情というマイナスからの出発であるからこそ、転べば異常なパウロになる可能性があると自ら語ります。他の推しとはレベルの違うものになりかねない、というのです。
ここから転べば異常なパウロになる可能性があります。
樋口さんは、自身が推し活のために新聞を読むのをやめ、コテンラジオもあまり聴かなくなったと明かします。川邊さんは、それを「コテンラジオからするとユダかもしれない」と表現します。
そのうえで樋口さんは、ハロプロを上回る面白さを提供すれば戻ってくると語ります。推しと番組が視聴時間を奪い合う、そのせめぎ合いがあるといいます。深井さんは、勝つにはマスターピースを出すしかないと受け止めます。
パウロが徒歩ですらエジプトとかまで行って布教してたのに、俺が福岡まで行かないなんてありえないでしょ。
まとめ
LINEヤフー会長の川邊健太郎さんが語ったのは、推し活を宗教と遊びの中間にある「聖なる遊び」として読み解く視点でした。人事と組織の物語としてのハロプロ、儀礼と神話の構造、崇拝から信仰への転化、そして布教してしまう新興宗教性まで、出演者それぞれの原体験を交えながら推し活の輪郭が立ち上がっていきます。
- 川邊さんはハロプロを箱推しし、加入と卒業を繰り返す「人事と組織の物語」としてスタートアップと重ねて見ている
- バンヴェニストの理論を引き、儀礼と神話が重なる「聖なるもの」に対し、推し活はその中間の「聖なる遊び」だと位置づけた
- 崇拝は外に向かう憧れ、信仰は内に向かう生き方の軸であり、宗教は信仰まで、推し活は基本的に崇拝止まりだと整理された
- モーニング娘。の教義は楽曲・歌詞であり、つんくさんの希求するビジョンは世界平和だと川邊さんは解釈している
- 布教の衝動の根底には孤独と電撃的な改心があり、深井さんのマリリンマンソン、楊さんの鬼束ちひろの原体験ともつながった






