NEET株式会社はなぜ「実験場」なのか?
前回は福井県鯖江市役所のJK課が話題になりました。今回の番外編では、若新雄純さんが手がけたNEET株式会社に話題が移ります。
ミスターチルドレンみたいなもんですよ。逆を組み合わせるっていう。NEETと会社って一番遠いじゃないですか。
若新さんによると、NEET株式会社がそもそも何だったのかを、きちんと語りきれた場所はこれまであまりなかったそうです。若新さん自身も、説明するたびに少しずつ言い方が変わるといいます。
そのうえで若新さんは、少し大げさな言い方だと断りながら、NEET株式会社を「一つの歴史を検証する実験場」だと表現しました。
若新さんの考えでは、歴史研究とは解釈のアップデートです。起きたことに多くの人が興味を持って観察し、さまざまな解釈を加えていくところに、歴史の楽しさがあるといいます。
だから中学や高校で習う歴史は、解釈の幅が与えられていなかったぶん、つまらなかったはずだと若新さんは振り返ります。NEET株式会社では今まさに歴史が少しずつできあがっていて、それを無限に解釈できるのだそうです。
取締役100人以上、4.5メートルの設立書類
NEET株式会社の概要を尋ねられた若新さんは、立ち上げから現在までメンバーの入れ替わりはあるものの、常に100人以上の取締役がいると説明しました。
普通の会社なら取締役は多くても10人ほどで、超大企業でも20〜30人です。NEET株式会社には、その数倍にあたる100何十人の取締役がいます。
若新さんは、会社をつくってから取締役を増やすのではなく、設立の時点で大勢を取締役に入れたいと考えました。ところが設立時の取締役は全員が書類に判子を押さなければならず、人数分の割印が必要になります。100人を超えると、割印が物理的にできなくなってしまいます。
そこで若新さんは「割らなきゃいいんじゃん」とひらめきます。公証役場で話を聞くと、登記書類は縦の長さには規定がある一方で、横の長さには規定がないことがわかりました。
最終的に、設立書類は4.5メートルのロール紙1枚になりました。1枚なので割印は不要です。100人以上が順番に判子を押していく「押印式」が行われました。
それなんか85番目ぐらいのやつが間違えたらどうする?
楊さんの問いに対し、若新さんは、押し直しは絶対にできないので「みんな頑張れ」という空気で一生懸命押したと答えています。書類は巻物にして、卒業証書を入れる筒に収めて持っていったそうです。
最初の公証役場では相手にされず、別の公証役場の気前のいい公証人が付き合ってくれたといいます。ただし通うたびにクスクス笑われていたそうです。若新さんは、こうした余談こそが会社の「全て」であり、この会社には無数の余談があると語りました。
「その他」の人たちを集めるという発想
NEET株式会社という名前には、NEETという言葉の再解釈が込められています。若新さんによると、NEETはイギリスから輸入された言葉で、日本では東京大学の源田先生が紹介したとされているそうです。
NEETは、雇用されていない、教育を受けていない、職業訓練を受けていない人を指します。若新さんは、つまりNEETとは社会的にわかりやすいどの属性にも入らない「その他」の人たちだと解釈しました。円グラフでいえば、最後に残る「どれにも入りません」の部分です。
若新さんによれば、源田先生の本でも、NEETは貧しさや落ちこぼれと決めつけられるものではなく、まだ何者かわからない新たな属性として紹介されているといいます。
カテゴライズされない面白さですよね。
当時は「NEET問題」や若者の無業者の増加が話題になっていました。そのなかで若新さんは、NEETを単に落ちこぼれと決めつけるのではなく、はみ出した存在として「ロックだな」と捉え、そうした人たちだけを集めようと考えたといいます。
社員ではなく取締役にした理由
NEETは「雇用されていない」人たちなので、雇用してしまっては筋が通りません。全員を取締役にしたのは、このためでした。
雇用されたらもう従業員であれだから。
お金の面での理由もあります。社員として雇えば最低賃金を払う義務が生じ、100人もいれば年に1億円規模の利益が必要になると若新さんは説明します。一方、取締役は経営者側なので給料を保証する必要がありません。若新さんは、取締役全員が給料をもらえなくても違法にはならないと話しています。
最低賃金の支払い義務がある。100人いれば年に1億円規模の利益がないと成り立たない
経営者側なので給料の保証は不要。目先の成果が出なくても会社を継続できる
こうして、メンバーが100人以上いても倒産せず、目先の成果がなくても続けられる「サスティナブルな実験場」ができあがりました。楊さんは「ちゃんとロジックあるんですね」と感心し、若新さんは、ひらめきと理屈の両方を合わせているのだと答えています。
深井さんからは、個人事業主という選択肢もあったのではないかという問いが出ました。若新さんはこれに対し、取締役という形自体が、雇用とは何か、働くとは何かを問う「ロックな提案」だと話しています。
若新さんがとくに問題にしたのは、現代社会では役割を約束しないと所属させてもらえない場所が多く、そのせいで家にしか居場所がなくなる人がいることでした。
役割を約束ってすごい良い表現ですね。
歴史上には、役割がなくてもなんとなくいられる場所がいろいろあったはずだと若新さんは考えています。ところが現代では、若者向けの支援施設でさえ、職業訓練を受けて社会復帰することを求められがちです。若新さんは、存在そのものを無条件に保証する場所がないと感じたといいます。
JKより手強い、まとまらないニートたち
若新さんは、NEET株式会社を観察する側ではなく、自分もずっと一緒に活動してきた観察対象だと位置づけています。そのうえで、NEET株式会社の運営は、これまでのプロジェクトの中で最も難しい「レベルマックス」のリーダーシップ、マネジメントだったと振り返ります。
ワークショップに校則を守っていないような女子高生が大勢来ても、NEET株式会社のメンバーと比べれば一度もひるんだことはないそうです。NEETはまとまっておらず、すぐに守護霊を持ち出すメンバーまでいるといいます。
こええ。
それでも若新さんは、守護霊の話も含めて、日本社会の縮図だと捉えました。そして、全部を否定せずにどう付き合うかを考えてきたといいます。多様性をテーマにしたワークショップでも、多くの人は「こういうものだ」というパッケージを求めがちです。若新さんは、そのパッケージがない難しさを実際に体験してきました。
NEET株式会社の仕事は「してるようなしてないような」ものだといいます。そのなかで一番流行ったのは、あるメンバーが始めた「レンタルニート」でした。秋葉原の駅前で看板を持ち、1時間1,000円で一緒に遊ぶというサービスです。
このレンタルニートは労働を引き受けず、本人が遊びだと思えるものだけを引き受けます。就労経験が浅い自分が労働を請け負えば低い価値しか出せないが、遊びなら相手を満足させられるという考えからです。若新さんはこれを「期待値コントロール」と呼びました。
ほかにも、プラモデルの制作代行、週末だけのバー運営、シェアハウス、探検や旅行など、さまざまな活動があったそうです。会社の設立は2013年11月で、収録時点で8年続いています。
全員が1票を持つ合議制は、どうなったか?
深井さんから社長は誰かと聞かれた若新さんは、この会社で一番学んだことは、人間が集まって集団をつくるとどうなるかという歴史そのものだったと答えました。
NEET株式会社は、犯罪者でない限り、所属のなかった「その他」の人たちを無条件に受け入れてきました。若新さんはこれを、たまたま同じ村に住んでいたというだけの人々が集団をつくろうとした昔の状況と重ねています。
最初は全員が取締役で、株も均等に持ち、全員が議決権を持っていました。メンバーがリーダーや管理を嫌ったため、リーダーを置かない完全な合議制から実験を始めたのです。
ただし登記上は代表取締役が必要です。我の強い100何十人のなかから1人を社長に選べば、その人に厳しい目が集まり、耐えられなくなると若新さんは考えました。そこで、若新さんだけが議決権を持たない「お飾り」の代表取締役になりました。
結果として、話し合いはまとまらず、メンバーは疲弊していきました。執行部やサポートメンバーをつくっても、そこに風当たりが集中します。若新さんは、みんなが権力に敏感だったと振り返ります。
少しでも目立つ立場に就くと、「立場があるのにサボっているのでは」と批判されます。言われた側は、無償の善意でやっているのにと辞めていきます。若新さんは、自分が運営側に回りたいのではなく、上に立った人を厳しく見たいという人も多いと話しました。
会社でもよくありますよね。
12時間の会議の先に見えた「これが民主主義だ」
全員が1票を持っていても、物事は決まりません。かといって多数決にすると、メンバーからは「多数派からはみ出してきたのに、結局多数決かよ」と反発が出ました。
多数決以上の方法がないことは、若新さんも認めています。それでもメンバーは、本当に全員の意見を聞いたのか、決を採るのは十分に話し合った後なのかとこだわり、決まりかけては話が戻ることを繰り返しました。
物事が決まるのは、公共の会議室を出なければならない時間が迫ったときでした。朝10時から夜10時まで12時間話し合い、全員が疲れ切ると、最初の案に戻ってでも「じゃあまあこれでいっか」と決まったといいます。
若新さんによると、同じ結論でも1時間で決まってはいけないのだそうです。早く決まると、話し合う余地があったのではないか、置いてきぼりの人がいるのではないかという不満が残るからです。
全員が1票
話し合いがまとまらず、決まりかけては話が戻る
時間切れまで話す
会議室が閉まるまでの12時間、全員が疲れ切るまで続ける
諦めて妥協
「そこまで話したし、しゃあない」と最初の案でも納得する
この経過を報告すると、若新さんの大学のボスである社会学の教授は「これが民主主義だ」と言ったそうです。
ルソーが言ったこともそれだもんね。
教授の言葉を、若新さんはこう受け止めました。インテリだけで決めるのでもなく、全員が最後まで話せばわかり合えるわけでもない。時間は有限だが、許される限りは話す。村の寄り合いで飲み明かし、最後に諦めて妥協するのと同じだというのです。
深夜0時に始まったSkype会議が朝まで続き、若新さんがまとめにかかると「決めた風にしてません?」と言われることもありました。最後には「若新、話長え」とまで言われたそうです。若新さんは、リーダーに必要なのは妥当な決定よりも納得の得られる話し合いを最後までやり抜くことだと語ります。
若新さんは、結果を見ていない以上、何が完璧に妥当かは誰にもわからないと説明します。コロナ対応のように誰も経験したことのない問題では、専門家委員会を設けるのも納得性を高めるためであり、疲れるまで話すのが究極の方法だといいます。深井さんはこれを「プロセスが大事ってことですよね」とまとめました。
代議制とケンカ両成敗は、なぜ生まれたのか?
疲れるまで話し合うことの意味はわかりましたが、このやり方は持続可能性が低いものでした。若新さん自身も精神的に参ってしまったといいます。
ただ、この経験を通じて、1人1票はそんなに甘くないという認識がメンバーのあいだで共有されました。代表者に決めてもらうことに反発していたメンバーも、誰かに票を任せる代議制を受け入れていきました。
直接民主制から間接民主制になって。
代議制では、若新さんを含む数名が代表取締役となり、委任を受けて運営しました。それでも選ばれた人たちへの不満は強く、最後は「若新が責任を取れ」となります。個別の調整に限界を感じたころから、最低限の社内ルールが必要だという話が出てきました。
とくに難しかったのは、トラブルを裁く司法のような機能です。代表がいちいちヒアリングしてみると、たいていはどちらにも非がありました。
メンバーが「悪いほうを決めて排除しろ」と強く迫るのは、排除されることへの恐れからだと若新さんは見ています。勝ちたいのではなく、自分が悪者にされたくないから、相手のほうが悪いと言い立てるのです。
そこで若新さんは、警察沙汰や刑事・民事で有罪になった場合を除き、「どっちも悪い、以上」で終わらせる方針にしました。どちらも辞めさせず、そのまま残すという形です。
いや、だから負けを許される環境を作ったってことですよね。
証拠を保全する技術も裁判の仕組みもなければ、どちらが正しいかはわからないと若新さんは言います。樋口さんは、これが武士の喧嘩両成敗とまったく同じだと指摘しました。結果として、大問題を起こして強制的に辞めさせられた人は、ほぼいないそうです。
新しいメンバーには「歴史を語る」
樋口さんは、制度の成り立ちを知らない新メンバーが「なんでこんなシステムなんだ」と言い出さないのかと尋ねました。若新さんの答えは、古参メンバーが歴史を語るというものでした。
若新さんはこの話を保守とリベラルの対立にまで広げます。もともと「バリバリのリベラリスト」だった若新さんですが、この実験を通じて、歴史と文脈を重んじ、簡単には変えない保守の理由もわかるようになったといいます。
理屈は通っているが、絶対にうまくいくとは限らない不完全なもの
合理性はないが、「そういうもんだから」と諦める意味で納得しやすい
若新さんによれば、新しい不完全より昔から続いている不完全のほうが納得しやすいことがあります。そして社会では、最適解を見つけることより合意を得ることのほうが難しいのだと語りました。
樋口さんの「いいかねパレット」との共通点
樋口さんは、自身が運営する「いいかねパレット」にも同じ構造があると話しました。いいかねパレットには約20人の長期滞在者が住んでいます。
管理者側が決めるのは、トイレやキッチンの場所など最低限のルールだけです。2台しかない洗濯機の使い方や米を炊くルールなどは、月1回の会議で住人同士が決めています。
僕からしたらこうすればいいのにと思うことも絶対口出ししないっていうのはやってるんですよ。
樋口さんは、組織ごとに構成する人の性質が違うため、解決策も必ず違ってくると考えています。外から「こうすればいいのに」と押しつけると、たぶん間違えるのだそうです。若新さんも、一見不思議なやり方にも、納得を経て決まった理由があるのだと応じました。
分裂騒動と「本家」をめぐる攻防
代議制で選ばれたリーダーのあいだにも対立が生まれ、NEET株式会社では分裂騒動が起きました。名前のブランドを守るべきだという声もあれば、「若新もクソだから新しくしたほうがいい」という声もあったといいます。
若新さんによると、派閥争いが起きると派閥内の結束が強まります。居場所や友達がいなかったメンバーにとって、派閥で仲間ができるのは熱い体験で、そのぶん対立も激しくなったそうです。
何十人対何十人の対立になったとき、片方の派閥が若新さんに「別会社を立ち上げたいので来てほしい」と頼みました。若新さんが元の会社に残っていると、そちらが本家と見なされ、自分たちは追い出された側に見えてしまうからです。
NEET株式会社の年商は数万円ほどで、企業価値はほとんどありません。それでも居場所としての歴史が積み重なり、「本家」と見られることに価値が生まれていました。
若新さんは、自分はこの会社にしか所属せず、別の会社もつくらず、両方の代表もしないと宣言しました。仕組みに問題があると思うなら、新しく組織をつくっても同じことが起きるので、この組織をどうにかしてほしいと伝えたといいます。
議決権を持つのは1人だけ、国家元首と首相の関係
若新さんは現在、代表取締役ではありません。かわりに、最初は全員が持っていた議決権を、今は若新さんだけが持っています。ほかのメンバーが持つのは議決権のない株です。
NEET株式会社は取締役会を置かない会社なので、解散、取締役の選任・解任、社名変更などの重要事項は株主総会でしか決められません。その決定権が若新さんにあります。
完全な合議制
全員が1票。若新さんは議決権のないお飾りの代表で、話し合いが決まらず疲弊した
代議制
若新さんと数名が代表取締役として委任を受けたが、選ばれた人への批判が集中した
最低限のルール
ケンカ両成敗など、毎回の調整を減らすルールを整えた
議決権は若新さんだけ
選挙で選ばれた代表取締役が運営し、若新さんは任命だけを担う
若新さんだけが議決権を持つ形になったのは、消極的な理由からでした。メンバーは若新さんを信頼しているわけではありません。それでも、若新さん以外の誰かが決定権を持つよりは「最悪だけどマシ」だという納得があったのです。
若新さんは政治的な介入を最小限にしています。誰を入れるかは社内で予備的に決め、妥当であれば承認して登記するだけです。今年からは、メンバーに人気のある女性が選挙で代表取締役に選ばれ、判子や口座を預かって運営しています。
ここで若新さんは、自分は永遠に辞められないと気づいたといいます。若新さんは自身の立場を、王国の王様のように最終決定権を持ちながら、運営は内閣に任せる形だと説明します。つまり国家元首と首相の関係です。
めっちゃ体感で理解しましたね。
若新さんは自分の立場を、イギリスでいえばクイーンのようなものだと説明します。若新さんが辞められない理由は、発起人である自分以上に議決権を持つ歴史的正当性を持つ人がいないからだといいます。
象徴天皇制とNEET株式会社、まさかの共通点
どれだけこれ天皇に近いか、ちょっと説明してください。
樋口さんは、コテンラジオで天皇の歴史を扱った回で学んだことと重なると話しました。深井さんも「マジで天皇」と応じます。若新さんは、自分の立場には合理的な理由がないと認めています。
社名は商標ではないため、同じ名前の会社はいくつでもつくれます。若新さんが選ばれた代表に全権を譲っても、得票率が2割程度だったなどと不満を持つ人が、別のNEET株式会社をつくる可能性は残ります。
一方で若新さんが残っていれば、別会社は「勝手に独立した国家」としか見なされません。分裂したい人も、この会社の中で選挙を通じてリーダーになるしかなくなります。若新さんは、経営がうまいからではなく、設立からずっとそこにいることが正当性の根拠になっていると説明しました。
若新さんの両親は学校の先生で、子どものころ天皇について尋ねると「ただの飾りだよ」と言われたそうです。若新さんも以前は、男系にこだわる必要はないのではないかと考えていました。
象徴としているだけなら、男系や血筋にこだわらなくてもよいのでは
分裂を防ぐには、揺るぎない歴史的根拠が必要だと実感した
NEET株式会社の経験を経て、若新さんは竹田恒泰 ── 明治天皇の玄孫にあたる作家。皇位の男系継承を維持すべきだという立場で知られていますさんの男系継承をめぐる主張の意味が、賛否は別としてわかるようになったといいます。継承の幅を広げると、別の人を担ぎ出して正当性を争う余地が生まれ、分裂の危機につながるからです。
若新さんは、NEET株式会社も天皇も、存在そのものが価値を持つ点で同じだと語ります。会社を運営しなくてもよく、歴史を作り続けること自体が役割なのだと気づいたそうです。
確かに。なかなか天皇やったことある人いないからね、日本の中に。
若新さんは、こうした仕組みがなければ台湾のように正当性をめぐって分裂する事態も起こりうると話しました。そのうえで、日本はそれを防ぐ仕組みを持っており、イギリスのクイーンと同じだと述べています。
極真会館の分裂騒動に見る継承の難しさ
あるメンバーから「若新が死んだらどうなるのか」と聞かれ、若新さんは継承の問題に向き合うことになりました。例として挙げたのが、大山倍達さんが創設した空手団体、極真会館です。
息子がいなかった大山さんは、世界チャンピオンの松井さんに後を継がせる遺書を残しました。しかし血による継承ではなかったため、ふさわしさをめぐる争いになりました。遺書は危篤時に書かれたもので法的根拠がないといった点でも争われたといいます。
空手をあまりやっていなかった娘さんが立ち上げた宗家は小さな勢力にとどまり、極真会館はその後も無数に分裂していきました。
中国の玉璽ですね。
若新さんがドラムスティックを例に、後継者を示す「しるし」の話をすると、樋口さんは三種の神器を、楊さんは中国の玉璽 ── 中国の皇帝が用いた印章。これを持つことが正統な皇帝であることの証とされ、王朝交代のたびに争奪の対象になりましたを挙げました。
松井さんは百人組手をこなし、アンディ・フグを破って世界チャンピオンになるという申し分のないストーリーを持っていました。それでも重鎮たちは認めず、経営改革への反発も重なって分裂が進みました。
血によらない継承
大山さんが遺書で、世界チャンピオンの松井さんを後継者に指名した
ふさわしさの争い
重鎮の反発や経営改革への不満、遺書の法的根拠をめぐる争いが起きた
無数の分裂
世界大会がばらばらに開かれ、真のチャンピオンがわからなくなった
若新さんが一番悲しいと感じたのは、統一大会が開かれず、真のチャンピオンがわからなくなったことでした。大山さん自身は「牛殺し」「無敗」と神話化されていて、実際の強さを見た人はほとんどいません。それでも、本当に強いかどうかより神話のほうが大事なのだと若新さんは言います。
万人にとって合理的な理由など存在しないので、人は諦めるしかないと若新さんは語りました。合理的とは思えなくても納得せざるを得ない理由として、長男であることなどが選ばれてきたのだろうと述べています。
年商5万円でも負けない「歴史の力」
若新さんが今もNEET株式会社を続けたい理由は、歴史の力にあるといいます。経営者同士の集まりでは、決算や規模をめぐってさりげないマウンティングが起きますが、年商5万円ほどのNEET株式会社はまったく別次元にいるのだそうです。
お金で測れない企業価値ですね、完全に。
若新さんは、歴史を学んですぐ役に立つのかと問われがちな今だからこそ、歴史を学ぶという教養がどれほどすごいものかをコテンラジオで伝えたかったと話しました。樋口さんは、歴史を実践しながら作っている人は歴史学者にもいないと驚いています。
最後に若新さんは、大学のボスが「疲れるまで話す、それが民主主義だ」と褒めてくれたことがうれしかったと振り返りました。楊さんも、自分ももっと社会実験をしようと思ったと語っています。次回は、若新さん自身の人生をさらに深掘りする予定です。
まとめ
NEET株式会社は、全員が取締役という奇抜な形から始まりました。そこから合議制の疲弊、代議制、ケンカ両成敗、分裂騒動を経て、象徴的な所有者を置く形へと変わっていきます。若新さんはその8年間を通じて、民主主義や天皇制の意味を体感として理解していきました。
- 取締役にしたのは、雇用されないNEETの定義を守りつつ、成果がなくても続けられる実験場をつくるためだった
- 物事は12時間話して疲れ切ったときに決まり、教授はそれを「これが民主主義だ」と評した
- 排除への恐れを和らげるため、刑事・民事事件を除くトラブルはケンカ両成敗で残す仕組みにした
- 合理性ではなく設立からの歴史が正当性となり、若新さんの立場は国家元首や象徴天皇に重なった
- 極真会館の分裂は、血によらない継承が「ふさわしさ」の争いを招く難しさを示している





