最初に崇拝されたのは女性器だった?
コテンラジオの性の歴史編2回目では、明確な歴史記録が残る前の先史社会の性が扱われます。楊さんがまず挙げるのは、世界各地に見られる「性器崇拝」です。
楊さんによると、何もないところから子どもが生まれることは、昔の人にとって驚くべき現象でした。子どもは女性の体から突然生まれてくるように見えたため、最初に崇拝の対象になったのは女性器だったといいます。
このヴァギナには、女性器ですよね、魔術的な力があるという風にやっぱり考えられてた。
深井さんは、今の日本でも魔女や巫女のように「女性のほうが霊的な力を持つ」というイメージが残っている点に注目します。その背景には、生殖の力は女性の側にあるという直感があったのではないかと話します。
女性器の力をめぐる言い伝えは世界中にあります。スペインのカタルーニャ地方には、女性が性器を見せると海が静まるという言い伝えがあります。インド南部のチェンナイにも、嵐を鎮めるという言い伝えがあるそうです。
古代ローマのプリニウス ── 1世紀ローマの博物学者。百科全書的な著作『博物誌』を残し、当時の自然観や俗信を伝える重要な史料になっていますも、裸の女性が嵐に立ち向かうと雹や竜巻、稲妻を消せると書き残しているといいます。楊さんはこうした例を、女性が自然に対抗できる神的な存在と見られていたことの表れだと受け止めています。
深井さんは、白雪姫の物語がイタリアの儀式に由来するという説も紹介します。鉄鉱石が取れなくなった山に若い女性を入れると、山に生産力が戻るという信仰があったのではないか、という説です。
「硬くて太い棒は全部ファルス」という男性器信仰
深井さんによると、女性器をかたどった像は約3万年前から見つかります。一方で、男性器の像は約9000年前から増えてきます。このころ人間は、生殖には男性も必要だと気づいたのではないかという説があるそうです。
楊さんは、男性器への信仰を「ファルス信仰」と呼ばれるものだと説明します。その対象のとらえ方はかなり大ざっぱだったようです。
これはもうファルスというのは硬くて太い棒、全部ファルスとして見なされる。
大雑把すぎでしょ、それは。
概念ちんこ。
楊さんは、ファルス信仰での男性器はエロスの対象ではないと強調します。豊かな生命力や命の源、何かを生み出す力の源泉として崇拝されていたといいます。
ファルスという言葉はギリシャ語に由来するそうです。古代ギリシャ人は、春分を境によみがえる太陽の再生力を、牡牛や山羊の生殖器に重ねて崇拝しました。深井さんは、男性器が「伸びる」ものであることも、生の活力という象徴と結びついていたのではないかと付け加えます。
古代中国の性器崇拝の名残は、漢字にも見られるといいます。深井さんによると、「祖先」の「祖」の右側の「且」は男性器を表し、左側は神を祀る意味を持つそうです。「祖」には男性器を祀るという意味があったのではないかという説です。
祖先って男根の先っていう意味なの?
楊さんはさらに、「也」の字が女性器の象徴だったという説も紹介します。古代ギリシャでは街中のヘルメス像がすべて勃起した姿だったといい、楊さんはこの点から卑猥さの感覚が今とはまったく違うと話します。
エジプト神話のイシスとオシリスが示す「命の象徴」
エジプト神話でも、男性器は生命の象徴として扱われていました。深井さんによると、男性器へのフェラチオは死者を復活させる儀式だったといいます。
その例が、豊穣の女神イシスと冥界の神オシリスの神話です。二柱は兄と妹であり、夫婦でもあります。オシリスが死んで体がバラバラになったあと、イシスは体を探し集めますが、男性器だけは見つかりません。
イシスは人工の男性器を付けますが、それだけではオシリスは生き返りません。そこでイシスが人工の男性器にフェラチオをして精液を吹き込み、オシリスを復活させるという筋書きです。
ペニスがないってことは、命がないっていうことを示しているし、その象徴だから、それが勃起しないってことだよね。
なんか人工呼吸みたいなノリでやってるんかもしれない。
深井さんは、この神話の中のフェラチオは性行為ではなかったと言えるとしつつ、普通の人々が快楽のために行っていた可能性もあると話します。楊さんは、当時は性行為と儀式がはっきり分けられておらず、神聖な行為でもあり快楽でもあったのではないかと整理します。
深井さんによると、より古いエジプト神話では妻のイシスのほうが活躍していたそうです。これも、女性器崇拝が先にあり、男性器崇拝があとから来た名残ではないかという説があります。
深井さんは、豊穣の力を誰が持っているかが、社会の中でどちらの性が優位になるかに関係するのかもしれないと考えます。例として挙げるのが、ローマが征服したころのブリタニアのケルト人です。ケルト人は女性優位の社会で、女王が結婚前に何人の愛人を持っていたかが名誉になったといいます。
樋口さんは、今は逆に男性の側に、性交した人数をステータスにする人がいると指摘します。楊さんは、こうした逆転も社会によって決まると応じます。
月経はなぜ「穢れ」とされたのか?
次の話題は月経です。楊さんによると、先史社会のほとんどでは女性の月経が不浄なもの、つまり穢れとして扱われていました。
古代ヒンドゥー教徒は、生理中の女性とのセックスは男性の精力や活力を弱めると考えていました。バビロニアには、生理中の女性が触れた家具や人はすべて穢されるという考えがありました。アッシリアでは、月経を表す単語が「近寄りがたい」と同じ単語だったそうです。
楊さんは、月経を最も強く恐れたのはヘブライ人だと話します。トーラー ── ユダヤ教の根本となる律法。旧約聖書の最初の5書を指し、生活や儀礼に関する細かな規定も含みますでは、生理中の女性が触れたものは不浄とされます。さらに、その女性に触れられた人が触れたものまで不浄とされたといいます。
トーラーの規定では、生理が終わると鳩などの生贄を司祭のもとへ持っていく必要がありました。生贄を捧げるまで女性はコミュニティから隔離され、夫も近づけなかったそうです。
かなりむずいですね、それ生きるのも。
では、なぜ月経は穢れとされたのでしょうか。番組では、月経が穢れとされた理由について、いくつかの見方が紹介されます。1つ目は、ある人類学者の定義です。この定義では、穢れとは「場違いなもの」、つまり秩序の体系を壊そうとするものを指します。
一つの秩序の体系があって、その秩序の体系を壊そうとするものが、汚いもんなんだ、穢れたもんなんだとみんな考える。
深井さんの説明では、体は1つのシステムです。髪の毛や唾液、血液、排泄物は、体の中にあるうちはシステムの一部です。しかし外に出ると「自分だけど自分じゃないもの」になり、秩序を侵すものとして汚いとされる、という考え方です。
楊さんは別の見方として、血が出るのはけがや喀血のような危ない場面であり、血は死を連想させる点を挙げます。深井さんも、経血は当時の人が知っていた血の法則と違って見えたのではないかと話します。経血は急に来て、大量に流れても人は死なず、かさぶたもできず、女性にだけ定期的に訪れるからです。
楊さんによると、当初は月経が出産と結びつけて理解されていませんでした。仕組みも理由もわからない怖さが、忌避につながったと考えられているそうです。日本にも、月経中の女性を「忌み小屋」のような場所に隔てる習慣が各地にあったといいます。
処女が「商品」とされた社会と、所有物としての女性
続いて楊さんは、処女の扱いを取り上げます。楊さんによると、先史社会や古代社会の多くでは、女性の処女性に価値が付けられ、商品のように扱われていました。
楊さんはここで、性の歴史を学ぶと、ごく近代まで女性にきちんとした人権がなかったことがよくわかると補足します。聞いていてしんどい内容かもしれないが、人類が実際にたどってきた事実として伝える、という姿勢です。
楊さんがここで想定しているのは、メソポタミアやヘブライ人などのオリエント社会です。こうした社会では、しっかりした家庭の女性は誰とセックスするかを選べませんでした。女性は父親の所有物のように見なされ、処女であればその商品価値が上がりました。そのため、結婚したい男性は処女に高いお金を払ったといいます。
この時代の人たちの感覚としては、所有者である男性を守る法律しかないんです。
深井さんは、今の社会では人権があるので性的自己決定が当然になっていると話します。しかし当時の女性は、家や父親、夫の所有物と見なされていました。そのため法律は、今でいう財産に関する法律に近く、「壊したら弁償してね」という立て付けだったといいます。楊さんは、ペットが法律上は所有物とされる例を挙げます。
楊さんはウル・ナンム朝の例を挙げます。この王朝では、婚約中の処女を強姦した者は処刑されました。ただしその理由は暴行ではなく、新郎から「処女を抱く権利」を奪ったという器物損壊のような考え方だったそうです。アッシリアの時代には、処刑に加えて父親への補償金の支払いも求められたといいます。
では、なぜここまで処女にこだわったのでしょうか。楊さんによると、文字も農耕もなく、子作りでの男性の役割がはっきりしない社会では、処女性はほとんど価値を持ちませんでした。価値が生まれたのは、男性が「この子は自分の子だ」と意識し始めてからです。
男性の役割の自覚
男性も子作りに関わっていると気づく
所有欲の発生
女性の産む力や、生まれる子を自分のものとみなす
処女へのプレミアム
処女だと約束できる女性に金銭的な価値が付き、婚資につながる
父親による管理
プレミアムを失わないよう、父親が娘に男性を近づけない
楊さんは、財産を相続させたいという理由だけでなく、シンプルに「自分のもの」と思う感覚が大きかったと見ています。女性をものとして扱うと「新品か中古品か」という発想になり、これは今もネット上の揶揄に見られるといいます。
楊さんはさらに、女性アイドルや声優に処女性を求める人の感覚も、この延長にあるのではないかと話します。深井さんが「俺の嫁」という言い方を挙げると、楊さんは「◯◯さんを僕にください」と父親に言いに行く慣習も同じ構図だと応じます。
それはでも慣習だから、今それを言ってる人が絶対にクソだって言いたいわけではないんだけれども
楊さんは、こうした慣習を使う個人を責めているわけではありません。その背景に、女性をものとしてカウントする価値観が残っている可能性を指摘しています。
性欲は昔からルールで縛られてきた
最後の話題は、先史社会で性欲がどう考えられていたかです。楊さんによると、初期の人類は「性欲」という言葉を持っていなくても、その存在や激しさは理解していました。だからこそ性欲をタブー視したり神聖視したりしたといいます。
何してもいいよにはなってないですよ。やっぱこの欲求に身を任せてしまってもいいですよにはなってない。
楊さんは、性欲を放置すれば対立やレイプが横行するため、倫理とルールの両面で規制すべきだという考えは初期から生まれていたと話します。
出演者の一人は、セックスの絶頂感は他では味わえない唯一の身体感覚だったと話します。さらに、性の陶酔は肉体の制限を超えた宗教的な感覚としても捉えられていたと指摘します。そのため、性を個人の裁量に任せてはいけないという感覚が共同体に生まれたのかもしれないといいます。
そのルールが社会によって千差万別だという話は、次回の後編に持ち越されます。室越さんは、今の感覚で違和感を覚えても、いったん置いて聞くことが大事だと話します。
番組の最後には、処女は大事にされるのに童貞はそれほど重視されないといった今の感覚も、先史社会からの延長線上にあると語られます。19〜20世紀まで歴史をたどっていくと、性をめぐる価値観は驚くほど連続していることが見えてくるといいます。
まとめ
先史社会では、性器は卑猥なものではなく豊穣と生命の象徴として崇拝されていました。崇拝の対象は、子どもを産む女性器から男性器へと移っていきます。その後、月経は穢れとして忌避され、男性が生殖での役割を自覚すると、処女性は所有物としての女性の価値に変わっていきました。
- 最初に崇拝されたのは女性器で、約9000年前から男性器の像が増えたとされる
- エジプト神話のイシスとオシリスでは、男性器が命そのものの象徴として描かれる
- 月経の穢れは、秩序を乱す「場違いなもの」や、死を連想させる血への恐れから説明される
- 処女性の価値は、男性が子を自分のものと意識し、女性を所有物とみなしたことから生まれたとされる
- 性欲は古くからルールで規制されてきており、今の価値観もその延長線上にある





