オリンピアスという名前はどこから来た?
前回までの話で、アレクサンドロスは20歳で王になっています。今回のエピソードでは時間をさかのぼり、アレクサンドロスの幼少期から人物像を見直していきます。
深井さんによると、アレクサンドロスの成長には母オリンピアスの存在がとても大きかったといいます。オリンピアスという名前は、オリンピックと同じ「オリンピア」が語源です。
深井さんの説明では、ギリシャ人は仲が悪くても、オリンピアの祭典では集まって平和に過ごしていました。その祭典の地の名が、オリンピアスという名前のもとになっています。
オリンピアスはもともと別の名前で、のちに改名しています。深井さんが紹介した豆知識では、マケドニア王国がオリンピアの戦車競技で初めて優勝し、同じ年にアレクサンドロスも生まれたことから、喜んだフィリッポス2世が妻をオリンピアスと名乗らせたそうです。
マケドニアが今まで(オリンピアに)入れてもらえなかったところに入り始めてから一回も優勝してなかったのが、初めて優勝したんでめっちゃ嬉しい。
妻の名前改名させるって全然つながらなくて。
母と息子はなぜ「運命共同体」だったのか
父フィリッポス2世は遠征で留守にしがちでした。そのためアレクサンドロスにとって母オリンピアスとの接点は大きく、生涯にわたって母を気にかけ、愛していた様子がうかがえると深井さんは話します。
アレクサンドロスは20歳から遠征を続け、一度もマケドニアに帰りませんでした。それでも母オリンピアスとは手紙でずっとやりとりをしていたといいます。
母子の結びつきの背景には、マケドニア王家の一夫多妻制があります。一夫多妻制のもとでは、どの妻の子が王になるかわかりません。
深井さんによれば、王の妻にとって、王に愛されなくなり、しかも自分の子が王にならなければ、かなり悲惨な人生になりえました。だから母にとって子は自分の人生に直結する存在であり、子にとっても母は絶対的な味方でした。
一夫多妻制
どの妻の子が王になるかわからない
母の立場
自分の子が王になれないと、人生が悲惨になりうる
運命共同体
母と子が互いに絶対的な味方になる
政治ブロック
母子で宮廷の中で一つの勢力として動く
深井さんは、アレクサンドロスとオリンピアスに限らず、王の母子は一つの政治ブロックを形成して宮廷で活動していたと考えられている、と説明しています。
オリンピアスがのめり込んだ酒の神の密儀とは
深井さんいわく、母オリンピアスはかなり変わった人でした。まず、密儀 ── 特定の入信者だけに儀式の内容が明かされる古代の宗教。ギリシャ世界には酒の神ディオニューソスを祀る密儀などがありましたと呼ばれる宗教に熱心に入っていたといいます。
その密儀の神様はお酒の神で、樋口さんはすぐに「バッカスだ」と反応しました。深井さんの説明では、信者たちは酒か麻薬のようなものでトリップする儀式を行い、そのうえ蛇と戯れていたそうです。
ガチで多分性的なプレイをしてる可能性があるんですよ、そこで、蛇と。
深井さんは、当時としてはそれほどおかしなことではなかったとも補足しています。フィリッポス2世も密儀に入ってはいたものの、のめり込んではおらず、オリンピアスだけが深く没頭していたといいます。
さらにオリンピアスは夫フィリッポス2世を嫌っていて、アレクサンドロスにずっと父の悪口を言っていたそうです。深井さんは、それは一番やってはいけないことだと話します。
ただ深井さんは、アレクサンドロスが母の言葉をうのみにせず、「お母さんはそうだろうけどね」という距離感を保っていた点を、賢いと評価しています。最後には母子で喧嘩をしてしまうので影響は受けているものの、それにしては立派だという見方です。
「自分は神の子かもしれない」という意識はどう育った?
オリンピアスは、アレクサンドロスを自分とゼウスの間に生まれた子だと思っていたらしい、と深井さんは紹介します。ゼウス ── ギリシャ神話の最高神。人間の女性と交わって英雄を生む話が神話に数多く残っていますはそういうことをよくする神様だ、という補足付きです。
深井さんの推測では、オリンピアスはアレクサンドロスにも「お前は神の子だ」と言っていたはずだといいます。アレクサンドロス自身も全面的には信じていなくても、その考えが頭の片隅にずっとあったのではないかという見立てです。
やっぱずっと片隅にあるわけ。俺、神様の子かも。
楊さんは「意外とそういうの重要かも」と応じます。深井さんも、戦場で敵に突っ込んでいけるのは、そうした意識があったからかもしれないと話しました。
俺死なねえんじゃねえの?
俺ならいけるんじゃねえかみたいな。その成功体験ないのに全部こういけるっていう。
深井さんは、そうした根拠のない自信に、実際の能力が伴っていたところがアレクサンドロスのすごさだと話します。神の子という自己像と、それを実現できる能力がそろっていたことになります。
オリンピアスは、アレクサンドロスが英雄になった後も手紙で口を出していました。「こういう人と付き合うのはやめなさい」「そんなに人に褒美をあげてはだめ」といった内容ですが、アレクサンドロスは「そうだね」と言いながら全然聞いていなかったそうです。
アキレウスやヘラクレスに自分を重ねた少年
こうした母のもとで育ったアレクサンドロスは、英雄や英雄的な行為に強く憧れる子供になっていきました。深井さんは、ギリシャ神話の英雄に自分を同一視して育った形跡が、幼い頃の発言から見て取れると話します。
その英雄の代表がアキレウス ── ギリシャ神話の英雄で、トロイア戦争で活躍しました。かかとが唯一の弱点だったという伝承が「アキレス腱」の語源ですやヘラクレス ── ギリシャ神話最大の英雄の一人で、ゼウスの子とされます。十二の功業などで知られていますです。深井さんによれば、こうした英雄たちも神様との間に生まれた子とされています。
深井さんは、アレクサンドロスの人生は伝説上の英雄の行為になぞらえるようなものになっていく、と語ります。そこまで言うと語弊があるとしつつも、そういう節があるという慎重な言い方です。
アリストテレスとスパルタ人から受けた英才教育
英雄としての自己像を持っていたアレクサンドロスは、13歳ごろから本格的な教育を受けます。教師は哲学者アリストテレス ── 古代ギリシャを代表する哲学者。プラトンの弟子で、論理学・自然学・政治学など幅広い学問の基礎を築きましたと、スパルタ人の教師レオニダスでした。
深井さんによると、スパルタ人の教師レオニダスは、映画『300』で描かれた伝説のスパルタ王レオニダスとたまたま同じ名前です。同じ名前を持つ以上、スパルタへの強い憧れを抱いた厳しい人物だったのではないか、と深井さんは想像しています。
リベラルアーツの教育
軍事的なスパルタ教育
この教育は13歳から3年間続き、アレクサンドロスは同世代の仲間と一緒にしごかれました。仲間には、のちに政権の幹部となるフィロータスやクラテロス、そして唯一無二の親友ヘファイスティオンがいました。
深井さんは、ヘファイスティオンは男性でありながらアレクサンドロスの恋人でもあったと紹介しています。楊さんの「英才教育を受けさせてもらってるんですね」という反応に、深井さんは「こんな英才教育ないと思うよ」と返しています。
1億円の名馬ブケファラスを乗りこなした少年
アレクサンドロスの少年時代を象徴するエピソードとして、深井さんは愛馬ブケファラスの話を紹介します。英雄の馬といえば、三国志の呂布の赤兎馬 ── 三国志の武将・呂布が乗ったとされる名馬。のちに関羽の愛馬になったとも語られますのように名前がつくものですが、アレクサンドロスの馬はブケファラスでした。
深井さんによれば、ブケファラスの値段は当時の馬の65倍で、車に置き換えると1億円ぐらいの感覚だったといいます。
父フィリッポス2世がまだ生きていた頃、マケドニア王国に馬商人が来て、とても高いが誰も乗りこなせない馬がいると持ちかけました。誰か乗りこなせる者はいるかとフィリッポス2世が問うと、まだ子供だったアレクサンドロスが手を挙げます。
でも(乗れたら)買ってねって言うんですよ、王様に。でも1億円だからこれ。
ブケファラスはとても大きな馬で、それ以降、アレクサンドロスが戦場で乗る馬はすべてブケファラスだったといいます。ブケファラスは寿命が尽きるまでアレクサンドロスに付き従い、戦場で殺されるのではなく老衰で死んだそうです。
楊さんはこの話を聞いて、競走馬トウカイテイオーの引退レースを思い出したと話し、ぜひ検索して見てほしいと勧めていました。
幼なじみが仕事仲間になると何が違う?
深井さんからエピソードを求められた楊さんは、アレクサンドロスと仲間たちの関係が好きだと語ります。楊さんは、子供の頃から一緒に育ったルフィの一団のような、少年漫画のジャンプを思わせる関係だと感じたそうです。
なんかああいう結び付き(幼なじみの関係)って、大人になった時に、なんかどれぐらい深く濃いものになるんだろうなとか、想像しながら勉強してましたね。
これに対して樋口さんは、自分はまさにそういう関係で仕事をしていると話します。一緒に会社を始めたのは弟や同級生、地元の後輩で、相方も地元の同級生だといいます。
多分メリットデメリットあると思うんですけど、メリットの方が倍ぐらいでかい気がしてます。
深井さんは、幼なじみ同士は言葉をそれほど必要とせずに理解し合えるのではないかと指摘します。楊さんも、アレクサンドロスたちもあまり喋らずに意思疎通ができていたと応じました。
樋口さんはさらに、幼なじみの仕事仲間には裏切りの心配がなさそうだと話します。裏切れば地元のコミュニティから外されてしまうため、裏切る・裏切られるといった感覚と無縁の場所で仕事ができるという実感です。
ペルシア遠征の動機はどこから来たのか
楊さんは、のちのペルシア征服の動機がどこから来たのかを質問します。深井さんの答えでは、ペルシア遠征はもともとアレクサンドロスの独走ではありませんでした。
父フィリッポス2世は、コリントス同盟 ── カイロネイアの戦いの後、マケドニアの主導でギリシャの諸都市が結んだ同盟。ペルシアへの遠征を掲げていましたを作った時点で、ギリシャにペルシアへ攻め込む話をしていました。さらにさかのぼれば、ギリシャ世界ではそれ以前からペルシアを攻める話が上がっていたといいます。
深井さんによれば、その理由はギリシャ世界を統一するためでした。まとまりを保つには外に敵を作る必要があり、かつてペルシアに攻め込まれた恨みを持つギリシャ人には、ペルシアへの反撃が自然に受け入れられたのです。
ギリシャ統一
ばらばらのギリシャ世界をまとめたい
外の敵
まとめた力を向ける先としてペルシアがわかりやすい
反撃の大義
ペルシアに攻められた恨みがあり、受け入れられやすい
野心
軍を強くしたフィリッポス2世にとって、領土を削り取るのも不可能ではない
深井さんは、外に敵を作らないとまとまらないというのはよくある話だとしたうえで、アレクサンドロスは幼い頃から英雄感が強かったぶん、なおさら「ガンガン行くぜ」と思っていたはずだと話します。
楊さんは、アレクサンドロスにとってはギリシャ統一という目的よりも、戦いたいという気持ちが強かったのではないかと問いかけます。深井さんも、戦場で常に戦っている姿を見るとその気はあるかもしれない、と答えています。
なんか単純に悟空みたいな強えやつと戦いてえみたいな。
最後に深井さんは、アレクサンドロスの人生には、父の戦争であるカイロネイアの戦いを含めて5つの大きな戦いがあると予告します。次回からは、20歳で王になった時点に戻り、残りの大きな戦いと快進撃を見ていくことになります。
まとめ
今回のエピソードでは、アレクサンドロス大王の少年時代を、母オリンピアスの影響、アリストテレスとレオニダスの教育、名馬ブケファラスの逸話からたどりました。神の子という自己像と仲間との強い絆が、のちの英雄の土台になっていたことが見えてきます。
- 一夫多妻制の宮廷で、母オリンピアスとアレクサンドロスは運命共同体として強く結びついていた
- 密儀に没頭した母は息子を神の子と考えていたらしく、それが英雄としてのセルフイメージにつながったと考えられる
- 13歳から3年間、アリストテレスとレオニダスのもとで、のちの側近となる仲間と英才教育を受けた
- 誰も乗りこなせない名馬ブケファラスを少年のうちに乗りこなし、生涯の愛馬とした
- ペルシア遠征はギリシャ統一のための既定路線であり、アレクサンドロスの英雄志向がそれをさらに後押しした





