なぜアレクサンドロスより先に父を知るべきなのか
アレクサンドロス大王を扱うシリーズの3回目は、父親であるフィリッポス2世が主役です。深井さんは、フィリッポス2世を「実力で言えばアレクサンドロスと並ぶほどの不世出の王」だと紹介します。
彼(フィリッポス2世)をちゃんと知らないと、アレクサンドロスがなぜあれほどの成果をしっかり残したのかっていうのはわからないなと思うし。
各時代で英雄と呼ばれるのはアレクサンドロスばかりで、フィリッポス2世は無視されがちだと深井さんは指摘します。樋口さんも「僕も聞いたことないです」と応じています。
アレクサンドロスだけがすげえって言われてる。けど、フィリッポス2世がすげえです。
フィリッポス2世は若い頃、テーベ ── 古代ギリシャの有力ポリスの一つ。エパメイノンダスらの軍事改革でスパルタを破り、一時ギリシャの覇権を握りましたで、弱い国がどう強い国と戦うかを本気で考えた2人の天才のもとで多感な時期を過ごしました。深井さんは、この経験が彼の頭の良さの土台になったと見ています。
死にかけの王国で最初に何をしたのか
フィリッポス2世が帰国したとき、マケドニア王国は王権争いでぐちゃぐちゃになり、他国に乗っ取られかねない状態でした。深井さんはこれを「死にかけ」と表現しています。
そこでフィリッポス2世が最初にしたのは、王になるうえで敵になる政敵を、買収するか殺すかして着実に排除することでした。樋口さんは「それだけでもすごい」と反応しています。
王位についたフィリッポス2世は、そこから軍事改革と経済改革を一気に進めていきます。
税を上げずに国を富ませた経済改革
フィリッポス2世の経済改革は、まず農地改革から始まりました。区画整理と灌漑工事を行い、整えた土地を農民に分配したのです。
深井さんは、この判断を「バカな王様」の場合と比べて説明します。国力や軍事力を上げたい王は、普通なら税金を上げてしまうといいます。
この人(フィリッポス2世)は20年後の税金を上げるために、まず長期投資から始めるんです。
生産力の底上げに加えて、フィリッポス2世は金鉱開発にも乗り出します。深井さんの言葉では、農地以外にも「マネタイズポイントを複数個作ろうとした」ということです。金鉱の権利はアテネと争って勝ち取り、マケドニアのドル箱になりました。
昔から続いていたアテネへの木材輸出も、収入源の一つとして残っていました。アテネはその木材で海軍を作っていたといいます。
さらにフィリッポス2世は、コインの整備にも取り組みます。当時もコインはありましたが粗雑で、偽物かどうか見分けにくく、信用度が低いため経済活動に使いにくいものでした。
フィリッポス2世がコインの質を高めた結果、他国の人々もマケドニアと商売をしやすくなり、国力がさらに上がっていきました。
農地改革
区画整理と灌漑工事を行い、土地を農民に分配する
収入源の多角化
金鉱開発や木材輸出、質の高いコインの整備で商業を活発にする
人口増加
狩りから農業へ移し定住させ、食料生産を増やす
軍事力の拡大
人口が増え、軍隊の量が増える
深井さんは、人口が増えることは軍隊の量が増えることだと説明します。狩りをしていた人々を農業に定着させると、食料の生産量が多いぶん子どもをたくさん産めるようになるからです。
テッサリアの馬と速攻の軍隊
フィリッポス2世は、マケドニアから見てさらに野蛮な周辺国を、軍事力で取っていきました。その中には、良質な馬が多く生息する馬の産地テッサリア ── ギリシャ北部の平原地帯。古くから馬の名産地として知られ、騎兵の供給地でしたも含まれていました。
テッサリアの馬を得たことで、フィリッポス2世は騎兵部隊を増やしていきます。深井さんは、これがのちのアレクサンドロスの戦い方にめっちゃつながってくると話しています。
アレクサンドロスの基本的な戦略は即攻める、だから速攻、速攻撹乱っていう戦略なんですよ、彼の戦略は。
それまでのギリシャの戦い方は、重装歩兵 ── 青銅の鎧と大盾を身につけ、密集して戦う古代ギリシャの歩兵によるとても遅い戦争でした。深井さんは「歩兵がじりじりじりじりドーン」と表現しています。
重装歩兵が密集してじりじり進む、ものすごく遅い戦争
騎兵部隊を増やし、のちにアレクサンドロスが速攻撹乱で敵を崩す
長い槍と首にかける盾、細かすぎる軍事改革
フィリッポス2世は、これまで成功事例とされてきたやり方を全部改革していきました。深井さんは、テーベのエパメイノンダス ── 古代テーベの将軍。斜めに兵を配置する新しい陣形でスパルタ軍を破り、テーベの覇権を築きましたが新しい戦い方で最強のスパルタを倒したのを見て、工夫すれば勝てると考えたのだろうと推測しています。
フィリッポス2世の工夫は「マジで超こまけえ」ものでした。たとえば槍は長いほどよく、1列目から3列目までの兵が前に構えた槍がすべて敵に届くようになります。
ただし木で槍を長く作るとしなってしまい、全部を金属にすると高くて重くなります。フィリッポス2世は、真ん中の接合部分だけを金属にして残りを木材にする、という解決策をとりました。
長い槍を両手で持つと、今度は盾が持てません。そこでフィリッポス2世は、盾を首と肩にかけて、手で持たなくてよい形に変えました。
こうして生まれたのが、5.5メートルもの槍を持つ密集歩兵部隊です。深井さんは、世界史で聞いたことのある人もいるかもしれないファランクス ── 古代ギリシャ・マケドニアの密集方陣。マケドニア式は特に長い槍を用い、ハリネズミのような隊形になりましただと説明し、その姿をハリネズミにたとえています。
改革は武器だけにとどまりませんでした。部隊にヒュパスピスタのような名前や、王の側近を意味する名前をつけ、忠誠心とモチベーションを高める工夫もしています。
職業軍人とデルフォイ、ギリシャの盟主へ
農地改革で食料生産量が上がったことで、マケドニアでは農業をしなくてもよい職業軍人を作れるようになりました。ずっと訓練できる職業軍人は強く、深井さんは「これスパルタと一緒ね」と指摘します。
職業軍人は特殊部隊として使われ、訓練を積んでいるのでファランクスも強くなりました。それまで貴族が占めていたよい位置も改革し、深井さんは「本当に天才だと思いますよ」と評しています。
当時のギリシャは盟主がいない状態で、いざこざを収める相手がいませんでした。その中でデルフォイの神殿の土地をめぐる争いが起きていました。
深井さんはデルフォイの神殿 ── アポロン神の神託所があった古代ギリシャの聖域。ギリシャ全体の宗教的中心でしたを、ギリシャ人にとって伊勢神宮よりさらにすごい、メッカのような場所だと説明します。ここを管理できる者は、ギリシャの盟主にあたるといいます。
フィリッポス2世はこのデルフォイを取りに行き、実際に取ってしまいます。最初はオリンピックにも招かれない野蛮な国と見られていたマケドニアが、ついにフィリッポス2世の時代に盟主になったのです。
アリストテレスに学んだ息子と兄弟の話
フィリッポス2世は、後継者教育も「クソほど上手い」と深井さんは話します。アレクサンドロスには男の兄弟が1人しかおらず、兄か弟かは説が分かれるといいます。
その兄弟には知的障害がありました。深井さんは、それがアレクサンドロスが自分は優れていると感じる理由の一つだったのではないかと推測しています。
フィリッポス2世は息子アレクサンドロスに、アリストテレスのもとで学ばせるなど文武両道の教育を施しました。一方で、フィリッポス2世自身はほぼ遠征していたため、アレクサンドロスとはあまり一緒にいなかったようです。
カイロネイアの戦い、師匠の軍を倒しに行く
マケドニアのような野蛮な国に盟主になられるのが気に入らないポリスは多く、各地で反抗が起きました。その抵抗を抑える直前の決戦が、テーベ・アテネ連合軍とマケドニアが戦ったカイロネイアの戦い ── 紀元前338年、マケドニアがテーベ・アテネ連合軍を破った戦い。マケドニアのギリシャ支配を決定づけましたです。
深井さんはギリシャの覇権の移り変わりも整理します。アテネとスパルタの二強時代のあと、スパルタが覇権を握り、そのスパルタを倒したテーベが覇権を握っていました。
テーベ・アテネ連合軍は3.6万ほどで、その中にはすでに亡くなったエパメイノンダスが育てた神聖隊がいました。斜陽陣形と呼ばれる新しい陣形も使っていたといいます。
そうそう。(フィリッポス2世は)自分が教わった師匠を倒しに行くわけ。
フィリッポス2世にとってテーベの軍は、10代半ばの頃に最先端だった軍隊です。その軍隊を、自分が国に帰って改革した軍隊で倒しに行く構図でした。
最初は1万6000ほどだったマケドニア軍は、20年間で倍ほどに増え、連合軍と互角に戦える規模になっていました。
初陣のアレクサンドロスが無敗の部隊を潰す
このカイロネイアの戦いで初陣を飾ったのが、18歳ほどのアレクサンドロスでした。深井さんは、いきなり超強い、鮮烈なデビューだったと語ります。
その当時40年間1回も負けたことのない神聖隊をぶっ潰すんです、アレクサンドロスが。
実はフィリッポス2世は、息子に出しゃばらせるつもりはありませんでした。アレクサンドロスには少ない騎兵を任せ、「指示があるまで動くな」と命じ、主力は自分と信頼する側近パルメニオンの2人で率いる予定でした。
深井さんによると、いろんな文献を読んでもアレクサンドロスが出なくても勝っていただろうとされています。それでもアレクサンドロスが強すぎて、戦いは速攻で終わりました。
アレクサンドロスの戦略は、即断即決で突っ込み、敵を撹乱して大将をいきなり狙うものです。樋口さんは漫画『キングダム』の飛信隊にたとえ、深井さんも「完全にあれ」と応じています。
なんかいきなり来て混乱するんですよ。軍隊が。軍隊って混乱したらもう負けなんで。
命令違反の息子を見た父の複雑な胸中
デビュー戦での大活躍を見たフィリッポス2世の気持ちについて、深井さんは2つあったと考えます。1つは、アレクサンドロスが「動くな」という命令を守らなかった軍律違反です。
いいか、動くな、動くな。よし、わかりました。ゴー、ドーン。
勝ったからよかったものの、総崩れしていたらシャレにならなかったと深井さんは話します。一方で、フィリッポス2世は目の前でアレクサンドロスの圧倒的な指揮力も見たはずだといいます。
アレクサンドロスはこの頃から頭に目立つ羽をつけ、「俺だよ」と示すアイコン的な英雄になっていきます。樋口さんは、セルフブランディングが相当うまかったのではと感想を述べています。
ただし父子の仲は、アレクサンドロスが育つにつれて悪くなっていったと深井さんは予告しています。
アテネに優しく、テーベに厳しく、コリントス同盟の誕生
カイロネイアで勝ったフィリッポス2世は、統治の仕方も巧みでした。アテネにはとても優しく、テーベにはとても厳しく接するという、わざと緩急をつけた対応をとったのです。
捕虜を無償で解放し、戦死者の遺骨をアレクサンドロスに届けさせる
多額の身代金を取り、指導者を処刑し、奴隷に落とす者も出す
深井さんによれば、対応を変えることで相手同士が再び結束しにくくなります。アテネがテーベともう一度手を組むことを防ぐ狙いでした。
こうしてスパルタを除く全ポリスが、マケドニアのフィリッポス2世を盟主とするコリントス同盟 ── カイロネイアの戦いの後に結成されたギリシャ諸ポリスの同盟。マケドニア王が盟主となりましたを結びます。同盟のルールも、マケドニアがトップであることを示す内容でした。
樋口さんの「ほぼ統一か」という問いに、深井さんは統一と同盟はまったく違うと答えます。ペルシア帝国や秦の始皇帝の統一とはレベルが違い、EUでドイツがもっと盟主らしく振る舞うようなイメージだといいます。
EUぐらいです。EUのドイツが本当に盟主バージョン、もっと盟主っぽい感じ。
7人目の妻と暗殺、痴情のもつれ
ギリシャの盟主となった直後、フィリッポス2世の周りで事件が起こります。一夫多妻制のもと、フィリッポス2世には政略結婚による妻が6人いて、その中にアレクサンドロスの母オリンピアスがいました。
7人目の妻としてクレオパトラを迎えるとき、オリンピアスが反発して離婚することになります。深井さんは、このクレオパトラは有名なエジプトの女王とは別人で、同じ名前の人はたくさんいると補足しています。
母の離婚にアレクサンドロスはキレて家出し、父と一度決裂します。深井さんは、アレクサンドロスは親を殺すような「汚い系」の人ではないので、それで何かが起きたわけではないとしています。
そうこうしているうちに、フィリッポス2世は近衛兵の一人パウサニアスに暗殺されてしまいます。理由は同性愛の痴情のもつれでした。
深井さんは、当時のギリシャは基本的に全員バイセクシャルだったと説明します。フィリッポス2世の彼氏と暗殺者の彼氏の喧嘩など、彼氏が3人ほど出てくる複雑な事情だったといいます。
運と事業承継、若き王の即位
フィリッポス2世は、飛ぶ鳥を落とす勢いの絶頂期に亡くなりました。深井さんは、時期がずれていたらアレクサンドロス大王は生まれていなかっただろうと話します。
もうめっちゃ運がいいわけ。だから全部運がいい。家庭教師がアリストテレスであることも運がいい。
父が改革を終えていたこと、そして自分のせいでも敗戦でもなく父が亡くなったことも、アレクサンドロスにとっては運がよかったと深井さんは見ています。樋口さんは、ゴール前にボールを置いていなくなったようなものだと表現しました。
アレクサンドロス自身も有名で能力があり、後継者として同意が得られていたため、事業承継は相当スムーズでした。当時のマケドニアの王は側近の選挙で決まり、アレクサンドロスが最も票を集めて王になります。
ただ、ギリシャ諸国はフィリッポス2世だから従っていたため、20歳の若造が王になると反乱を起こし始めます。アレクサンドロスは、その反乱を起こる直前に速攻で抑え込んでいきました。
深井さんは「すっげえスピード重視」なアレクサンドロスの姿を示し、次回はアレクサンドロスの幼少期にさかのぼると予告して、この回を締めくくっています。
まとめ
アレクサンドロス大王の偉業は、父フィリッポス2世が経済・軍事・外交のすべてで国力を底上げした土台の上に成り立っていました。その父が絶頂期に暗殺されたことで、アレクサンドロスは整った遺産を受け継ぐことになります。
- フィリッポス2世は税を上げず、農地改革や金鉱開発、コイン整備という長期投資で国力を高めた
- 長い槍と首にかける盾によるファランクスや職業軍人の創設など、細かな軍事改革を積み重ねた
- デルフォイの掌握とカイロネイアの勝利、コリントス同盟でマケドニアをギリシャの盟主にした
- カイロネイアでは初陣のアレクサンドロスが命令を破り、無敗の神聖隊を速攻で破った
- フィリッポス2世は痴情のもつれで暗殺され、アレクサンドロスは運よくすべての遺産を受け継いだ





