就活は説明会1回だけ。ヤンヤンはなぜ農業を始めたのか
今回の番外編のテーマは「僕の好きなこと」です。ヤンヤンさんは、高級なものから下賤なものまでいろいろあると笑いながら、最初に「農業が好き」だと切り出します。
僕、農業が好きなんですよ。
ヤンヤンさんは大学卒業後、ずっと農業に関わってきました。ただ、就職活動は合同説明会に1回行っただけで、そこに流れる空気に拒否反応が出たといいます。
(合同説明会で)これ俺ダメだわと。あの時に流れている空気がもう拒否反応が起きて。
面接も受けたことがないまま、ヤンヤンさんは九州大学の文学部から大学院に進む準備をしていました。モラトリアムを長くしようと考えていたところ、中国にいた両親から「農業を始めるから戻ってこい」と言われます。
当時のヤンヤンさんにとって、農業はキャリアプランにまったくなかったものです。それでも「まあいっか、やることがあるのはいいかな」と引き受け、今も何らかの形で農業に関わり続けています。
むしろ農業ってなんか汚いし、3Kの部類に僕なんか入ってましたよ。
最初は農業に否定的なイメージを持っていたヤンヤンさんですが、実際にやってみると「超面白かった」と振り返ります。
イチゴが実った瞬間は「宇宙体験」だった
ヤンヤンさんの農業人生は、大学の卒業式の翌日ぐらいから始まりました。最初の現場は、お茶で知られる福岡県の八女の山の中で、そこで筍を掘っていたといいます。
その後、日本各地を回ってから中国・四川の実家の会社に戻り、イチゴとトマトを作り始めます。仕事はひたすらきつかったものの、初めて農業に喜びを感じたのは、イチゴが初めて実ったときでした。
僕の中ではそれ(イチゴが実ったこと)が宇宙体験みたいな感じなんですよ。
肥料とか苗とか植えて、それが赤い果実になるっていう現象が、僕の初めて経験する現象で。
ヤンヤンさんの経歴を時系列で並べると、次のようになります。
もう一つの原体験は、会社の直売所での販売です。ヤンヤンさん自身も店頭に立ち、お客さんから「美味しい」と言われたり、60代、70代の女性から「若者が頑張っていて嬉しい」と声をかけられたりしたそうです。
手間暇かけて作った農産物がお金に変わる感覚を、ヤンヤンさんはそこで初めて味わいました。第一次産業でゼロから作ったものが売れた体験は、相当強烈だったといいます。
樋口さんは、音楽を作る仕事をしてきた立場から共感します。お金そのものより、お金をもらうことで世の中に価値を認められたことが嬉しいのだと話し、ヤンヤンさんも「まさにその感覚」と応じました。
この感覚を知ったヤンヤンさんにとって、人が考えた枠の中で稼ぐ会社員生活は合わなかったそうです。樋口さんは、会社員の仕事も世の中に貢献しているものの、成果との距離が遠いのだろうと独自のたとえで語りました。
(ゼロから作ってお金に転換した原体験が)自分の今の根本になってますよね、いろんな判断基準。
ハウス20棟、従業員40〜50人の農業経営
深井さんは、農業から会社員への転換について尋ねます。ヤンヤンさんは詳しくは話せない事情で中国から日本に戻り、食べていくためにひとまず就職したと答えました。
就職先は環境技術のコンサル会社でした。ゴミ焼却場やリサイクル施設などを自治体が更新・新設する際に、シミュレーションや調整、調査、国からの予算獲得のために動き回る仕事だといいます。
ヤンヤンさんが採用されたのは、ゴミを燃やした熱で発電し農業に使うなど、農業と環境が近い関係にあるためです。会社が大きな農業案件を受注したタイミングで、農業経験のあるヤンヤンさんが加わりました。
話は中国での農業経営に戻ります。深井さんが「想像する規模と違う」と言うとおり、ヤンヤンさんたちはいきなりハウス20棟ほどで始めていました。小さく始めると、行政が土地を貸してくれなかったそうです。
イチゴ栽培は機械よりも人の手が中心で、樋口さんは「村っすよね」と驚きます。ヤンヤンさんは両親と同じ経営の立場で、初めての仕事がいきなり新規事業の経営でした。
経営して、もうそこで頭ハゲてみたいな感じで。ストレスで。
賄賂は「灰皿」で渡す?中国の暗黙知
中国での経営は、デスクワークと農作業だけではありませんでした。ヤンヤンさんは細かい調整の一つとして、共産党の関係者に賄賂を渡すこともあったと明かします。
あとはもう細かい調整とか、共産党に賄賂をやったりとか。マジでやったから。
ただし、賄賂はあからさまには渡さないといいます。飲み会の後に紙袋をそっと渡し、声のかけ方やシチュエーションごとに使ってはいけないセリフにもこだわりがあるそうです。渡される側にもリスクがあるからです。
深井さんは、習近平 ── 2012年から中国共産党の最高指導者を務める政治家。就任後、大規模な反腐敗運動を進めたことで知られます政権下で賄賂が厳しく取り締まられた点に触れます。ヤンヤンさんによれば、当時はまだ隙間があり、今も抜け道のスキームが人や部署ごとに存在するといいます。
受け取る本人の口座を通さない資金の流れも確立されていて、それは誰かに教わるものではなく暗黙知だと話します。例として挙げたのが、灰皿を使った方法です。
訪問
渡す側が有力者の家で「いい灰皿ですね」と褒める
仕入れ
受け取る側がその灰皿を何百個も買う
買い取り
渡す側が次に訪ねたとき、すべて買い取る
言い訳の確保
鑑定士を挟むなど、追及されても説明できる形にする
樋口さんは「パチンコ屋と同じ」と表現しました。ヤンヤンさんは、こうした体裁を維持できるかどうかは、その人の影響力や警察・公安をどれだけ抑えられるかにかかっていると語ります。
潰れたら負け。飲み会は三国志のまんま
ヤンヤンさんは、飲み会が好きではない人には中国での経営は相当ストレスだろうと話します。行政の中には、酒を大量に飲んでも酔わない「飲み要員」がいるそうです。
(飲み要員は)酔わせる。こっちをね、潰す。
相手を潰す目的は、精神的に上に立つことです。日本の飲み会とは、潰れることの意味がまったく違うといいます。
潰れると、腹を割ってくれたと好意的に受け取られることもある
どれだけ飲んでも潰れてはいけない。粗相は評価を下げ、弱みになる
だから三国志のまんま。全然変わらないですよ。
中国で上に登っていける人は、実力、血筋、運、そして既得権益をどこまで握っているかを全部持っているとヤンヤンさんは話します。古代のような食料ではなく、今はお金やITを抑えることが力になっており、「国営ヤクザみたいなもん」とも表現しました。
中国はなぜ「統一」を最上の価値とするのか
樋口さんが「我々の世界はやりやすい」と言うと、ヤンヤンさんは視点を変えます。現時点では、そうした政治体制でなければ中国は統一できないというのです。
今んとこ現時点でそういう政治体制じゃないと中国は統一できない。
深井さんは、この概念は中国史を学ばないとわかりにくいと補足します。中国の人々自身が、国がまとまることの偉大さを理解し、まとまることに強い価値を置いているというのです。
ヤンヤンさんによれば、まとまらない状態は多様性があって楽しそうに見えるかもしれません。しかし中国では、それは国が乱れている状態を意味します。
深井さんは、三国志で曹操がまとめる前の混乱を例に挙げます。広大な土地で勢力が乱立すると民衆も生活できなくなるため、誰でもいいから仕切ってほしいという感覚が生まれるといいます。
秩序が欲しいんですよ。
樋口さんは、ハロウィンで無法地帯になる渋谷と、縄張りが決まっていて互いに監視し合う歌舞伎町を比べたブログを紹介し、深井さんも「そういうことだと思う」と応じました。
ヤンヤンさんは、毛沢東 ── 中華人民共和国の建国者。国家統一を果たした一方、大躍進政策や文化大革命で多数の犠牲者を出しましたの評価にも触れます。虐殺者という批判は中国人もわかっているものの、それでも評価が維持されているのは統一の業績が大きいからだといいます。
四川省だけで1億人。中央と地方のあんばい
ヤンヤンさんは、今の体制がずっと良いとは限らず、どこかでブレイクスルーが必要になるかもしれないとも話します。樋口さんは、ブロックチェーンのような非中央集権型の仕組みが国の管理にも広がる可能性を挙げました。
これに対しヤンヤンさんは、北京の中央政府がどこまで管理し、どこまで手放すかが中国では大きな政治的論点だと説明します。ヤンヤンさんの住む四川省だけで人口は1億人おり、軍事基地もあるといいます。
(地方が)勝手にやっちゃえないこともないんだよね。それぞれの地方の長がもう相当権力を持ってるから。
深井さんは「本当に三国志だね」と応じ、世界史を通して見ても中国ほど統一が上手い国はないと語ります。ヨーロッパが1つにまとまっているようなものだという比較も示されました。
ヤンヤンさんは、諸子百家 ── 春秋戦国時代に登場した儒家・法家・道家などの思想家や学派の総称。乱世をどう治めるかが大きなテーマでしたの時代に統治の方法を考え抜いてきたからだと話します。好きなことの話のはずが歴史と社会の話になり、ヤンヤンさん自身も「結局好きなものの話をするとこうなる」と締めくくりました。
まとめ
ヤンヤンさんの「好きなこと」は、イチゴが実る喜びから始まり、中国の賄賂や飲み会の作法を経て、統一を重んじる中国の歴史観へとつながっていきました。現場の体験と歴史の視点が結びついた番外編です。
- ヤンヤンさんは就活せずに農業を始め、イチゴが実った瞬間と直売所での反応を原体験にしている
- 中国での農業経営では、賄賂や飲み会のパワーゲームを含む暗黙知が欠かせなかったと語られる
- 中国では、まとまらない状態は乱世を意味し、統一は秩序をもたらす最上の手段とみなされてきた
- 毛沢東の評価が維持されている背景にも、統一の業績の大きさがあるとヤンヤンさんは話す
- 中央と地方の力関係の調整は、今も中国統治の大きな論点だとされる

