なぜ中東ではマジンガーZよりグレンダイザーなのか?
コテンラジオ番外編のゲストは、中東で一番有名な日本人と紹介された鷹鳥屋明さんです。収録では出演者全員が中東やトルコの衣装を着ており、鷹鳥屋さんはサウジアラビアのロイヤルガード、樋口さんはアラブ首長国連邦のコーデ、深井さんと楊さんはオスマン帝国のイエニチェリの儀典用の格好でした。
鷹鳥屋さんによると、この衣装はコスプレではなく、本人の「仕事着」です。鷹鳥屋さんは商品企画の仕事をする傍ら、日本文化や日本のポップカルチャーを中東全域に広める活動をしています。
鷹鳥屋さんは、日本のアニメや漫画が中東でも人気が高いと話します。例として挙がったのは、永井豪さんの『グレンダイザー』でした。
なんでそこ(グレンダイザー)なんですか?マジンガーZじゃダメなんですか?
鷹鳥屋さんの説明では、『グレンダイザー』はもともとフランスで人気になり、旧フランス植民地のレバノンでアラビア語に翻訳されました。それがクウェートなどのテレビ局で放送されて一気に広まり、『マジンガーZ』や『グレートマジンガー』はその後に入ってきたそうです。
フランス
海外展開した『グレンダイザー』がフランスで人気になる
レバノン
旧フランス植民地のレバノンでアラビア語に翻訳される
クウェートなど
湾岸のテレビ局で放送され、アラビア語版が一気に広まる
後続作品
『マジンガーZ』『グレートマジンガー』が後から入る
ほかにも、サッカーが国技のように親しまれていることから、高橋陽一さんの『キャプテン翼』が大人気だといいます。鷹鳥屋さんはこうした作品の商品を中東に出したり、イベントの裏方をしたり、水木一郎さんや佐々木功さんのアテンドをしたりしてきました。
フォロワーの9割以上がアラブ人、寿司は「蛮族」の食べ物?
「中東で一番有名な日本人」という呼び名について、鷹鳥屋さんは「若干編集部の陰謀がある」と笑います。中近東のエンタメや食などを2年ほど毎月レポートしていた連載のタイトルが、その言葉だったそうです。
ただし鷹鳥屋さんは、個人のフォロワー数という点では日本人の中で群を抜いているかもしれない、とも話しています。InstagramとTwitterの数字は次のとおりです。
フォロワーが多い国は、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェートなどです。日本のアニメや漫画を好きな10代から30代後半の層は、SNSとの相性がよいといいます。日本への入り口はアニメのほかに、テクノロジーや食もあるそうです。
食で人気なのは抹茶やお菓子で、ヨックモックが大人気だったという話も出ました。一方で寿司については、中東はもともと生魚を食べる文化ではなく、海流の関係で白身魚が多いため、マグロはエジプトやイエメン以外ではあまり獲れないそうです。
鷹鳥屋さん自身も寿司が苦手だと明かします。アラブで寿司を食べると言うと「お前ちょっと蛮族?」という反応になり、文明人なら火を通そう、という感覚があるといいます。
ワンピースにシール、巨大広告にモザイクがかかる理由
樋口さんは、日本のアニメが宗教的な理由でそのまま中東に入れられないのではないか、と質問しました。鷹鳥屋さんが挙げたのは、現地の書店で売られている『ONE PIECE』の例です。
鷹鳥屋さんによると、水着姿のナミが描かれた表紙では、肌の部分に白いシールが全巻1冊ずつきれいに貼られています。中身まで塗りつぶすのは作業量が膨大になるため、表紙だけの対応だといいます。
だって家で脱ぐのはいいですからね。
鷹鳥屋さんは、シールを家で剥がすのは自由で、公共の場で目に触れる形で出すことがいけないのだと説明しました。こうした緩い対応もここ数年の話で、それまでは漫画の輸入自体ができなかったそうです。
サウジアラビアでは偶像崇拝 ── 神や聖なるものを像や絵などの形にして崇拝すること。イスラム教では厳しく戒められ、人物の像や絵の扱いにも影響しています的な意味合いもあり、巨大なポスターに特定の個人が現れるのは良しとされず、アパレルブランドの広告のモデルの顔にモザイクがかかることもあったといいます。唯一の例外は現地の王族の写真で、巨大な壁やプロジェクションマッピングに出ても問題ないそうです。
ただ、広告に顔が出るようになったのは、収録時点で「ほんとこの年の話」だといいます。鷹鳥屋さんは、ムハンマド皇太子への権力の移譲があり、改革開放を進める流れの中で変わってきたと説明しています。
漫画の輸入自体ができず、巨大広告の人物の顔にはモザイクがかかっていた
ムハンマド皇太子のもとで改革開放が進み、表紙にシールを貼った漫画の流通や、広告への顔出しが認められつつある
お酒の代わりにコーヒーと甘いもの、サウジの若者の遊び方
樋口さんは、サウジアラビアにはお酒も禁止で、ふざけることも許されない厳しいイメージがあると話しました。鷹鳥屋さんは、お酒は今も禁止だと認めつつ、去年観光ビザが解禁された後のエピソードを紹介します。
ある観光地で、外国人の写真撮影の裏でランドクルーザーで乗り付けた若者が騒ぎまくる動画が現地でバズり、その若者は逮捕されたそうです。観光客を迎え入れようという時期だからこそ、国として引き締めたのだろう、と鷹鳥屋さんは見ています。
鷹鳥屋さんによると、サウジアラビアの人々はもともとノリのよい民族で、お酒を飲まない代わりにコーヒーでテンションを上げているといいます。公式の場ではビシッとする一方、大学の仲間と遊びに行くときは車で大音量の音楽を流して走り回るなど、若者らしさは変わらないそうです。
遊びの中心はドライブと、カフェでのおしゃべりです。お酒の席の代わりがカフェだと考えればよく、筋肉隆々の男性が全力でパフェを食べる光景もあるといいます。
お酒は宗教的な理由でほぼ流通しておらず、ドバイなど観光客が多い場所で一部飲める程度です。タバコは盛んで、紙巻きよりもシーシャ ── 水を通して煙を冷やして吸う水タバコ。中東で広く親しまれ、ミントや果物などのフレーバーを楽しみますが主流だそうです。
民族衣装の紐の長さで国がわかる?
深井さんの頼みで、鷹鳥屋さんは出演者が着ている衣装を一つずつ解説しました。上に羽織る黒いマントのようなベシュトは、砂漠の民ベドウィン ── アラビア半島などの砂漠で遊牧生活を送ってきたアラブの人々。サウジアラビア王家もこの伝統と深く結びついていますの公式の正装だといいます。
紋付き袴みたいな。
鷹鳥屋さんは、民族衣装には着物の結城紬や西陣織のように細かな違いがあると話します。頭の布の色や、胸元に垂らす香水用の紐の長さで、どこの国の格好かがわかるそうです。
| 要素 | 特徴 | 主な国 |
|---|---|---|
| 胸元の紐 | 30〜40センチほど前に垂れる | アラブ首長国連邦 |
| 胸元の紐 | 斜めの位置で15センチほどと短い | オマーン |
| 白い頭の布(ゴトラ) | 真っ白 | クウェート、UAE、カタール |
| 赤白の頭の布(シュマグ) | 巨大な千鳥格子のような柄 | サウジアラビア |
頭の布を留める黒い輪は、羊の毛を芯に巻きつけたもので、昔はラクダをつなぐのにも使われたそうです。鷹鳥屋さんによると、この輪を着けているのは世俗の人の象徴で、外している人は宗教系の人だとすぐわかるといいます。
頭の布には生活の知恵も詰まっています。顔を布で覆っても織り目の間から外が見えるため、砂嵐の中でも歩けるそうです。砂嵐は主に冬に来るため、砂で汚れやすい黒い車は少なく、白やアイボリーの車が多いといいます。
イエニチェリの儀典用衣装は戦えない?
深井さんと楊さんが着ていたのは、オスマン帝国のスルタンの親衛隊イエニチェリ ── オスマン帝国の常備歩兵軍団。スルタン直属の精鋭として知られ、軍楽隊メフテルとも結びついていますの格好です。鷹鳥屋さんによると、戦闘用ではなく、儀礼用の軍楽隊メフテルで旗持ちや太刀持ちを務める親衛隊の衣装だといいます。
確かにこれ(イエニチェリの衣装)戦えないですよね。
帽子はすべてフェルト地で重く、後ろから引っ張られたらアウトだ、と出演者たちは笑い合います。赤と緑の衣装の人が左右2列に並んで馬印という旗を持ち、その数でスルタンや将軍パシャの格が決まったそうです。
歴史好きの少年が、サウジで「お酒が飲めない素晴らしい方」と言われるまで
鷹鳥屋さんが筑波大学で学んでいたのは、実はアラブではなく中国とトルコでした。樋口さんと深井さんは、大分出身の鷹鳥屋さんがなぜ今の姿になったのかを尋ねます。
大分からこの衣装を着て田川のうどん屋でうどん食うまでの流れが聞きたいです。
鷹鳥屋さんは小学生のころから歴史書ばかり読み、特にアヘン戦争の本にハマって、林則徐や李鴻章 ── 清朝末期の政治家。アヘン戦争後の近代化運動である洋務運動を推進し、外交交渉も担いました、左宗棠左宗棠が大好きだったそうです。筑波大学には明清時代の先生が多く、さらにオスマン海軍の専門家である小松小松かおり先生もいたことから、トルコにも惹かれました。
大学院で研究を続けたかったものの、歴史学のゼミで熾烈なポスト争いを目の当たりにし、研究者として生きていくのは難しいと感じたといいます。そこで日立製作所に就職しましたが、インドや中東からのゲストと歴史の話で盛り上がるなど、歴史への熱は冷めませんでした。
転機になったのは、高校3年間をサウジアラビアで過ごした人との出会いと、鷹鳥屋さんが酒を飲めない体質だったことです。飲み会で何度も救急車で運ばれていたころ、日本政府とサウジ政府の交流団に申し込んで受かり、初めてサウジアラビアを訪れました。
当時はビザがほとんど発行されない「閉ざされた国」でしたが、鷹鳥屋さんにとっては見るものすべてが面白かったそうです。43度ほどの暑さの中、雨が降るとみんなが「いい天気ですね」と喜び、涸れ川に一時的にできた濁流へ遊びに行ったといいます。
何より、鷹鳥屋さんは現地で「お酒が飲めないほんと素晴らしい方」と人生で初めて言われました。九州出身だというだけで酒が強いと決めつけられてきた20数年とは逆の体験です。
鷹鳥屋さんはリヤドの市役所の下の売店で初めてアラブの衣装を一式買い、帰国後も大使館のパーティーにその格好で出かけました。日本人で唯一その格好をしていた鷹鳥屋さんをバーレーンの副大使が気に入り、クウェート、サウジ、カタール、バーレーン、UAEのパーティーを一緒に巡るうちに、各国の違いに詳しくなっていったそうです。
エルサレムで働いた「バリバリのサラリーマン」
鷹鳥屋さんは起業家ではなく、日系商社に勤める会社員です。以前は飲み会が激しい別の商社で倒れてしまい、その後エルサレムやパレスチナの暫定首都ラマッラで働き、ときにはガザ地区へ行く仕事もしていたといいます。
半端ないよ。いやサラリーマンなの?一番驚いたわ。
鷹鳥屋さんは、TPOをわきまえつつ週3〜4日ほどはアラブの格好で過ごし、三田線にもその姿で乗っているそうです。普通の服装で知人に会うと、3秒ほどしてから気づかれるといいます。
アラブの格好で皇居ランをしていたら、翌日にオバマ大統領の宮中行事があるからやめてほしいと外務省の人に頼まれ、全力で謝ったこともあるそうです。内閣府に入る際は、警備員が金属探知機をどこに当てればよいか戸惑ったといいます。
日本でもこの格好をする理由について、鷹鳥屋さんは、アラブの人々には悪いニュースなどから他国に良い印象を持たれていないのではという気持ちがあると話します。この格好で歩いても日本では全く問題ないと体現することで、観光で日本を訪れても大丈夫だと伝えたいのだそうです。
なんで石油王がおるんやろって思って。
深井さんは、鷹鳥屋さんが田川のバス停でこの格好のまま迎えを待っていたエピソードに触れ、西鉄バスの職場では話題になっているはずだと笑いました。
サウジの王子に招かれたモロッコ旅行
7〜8年ほど日本と中東を行き来してきた鷹鳥屋さんに、深井さんは日本では経験できないことを尋ねました。鷹鳥屋さんが挙げたのは、サウジアラビアの王子からモロッコの別荘に招かれた話です。
ある日突然航空券が送られてきて、王子の代理人から「君とモロッコで遊びたいらしい」と連絡が来たそうです。冗談かと思ったものの航空券は本物で、代理人も有名な人物だったため、アブダビ経由で18時間ほどかけてモロッコへ飛びました。
到着後は外交官ゲートに通され、パスポートを預けてお茶を出されたとき、「ここで拉致られたら記録が残らない」と本気で考えたといいます。外に出るとマセラティが迎えに来て、ホテルで王子が待っていました。
王子とはタジン鍋を食べ、モスクを訪ね、海岸線をドライブしたそうです。途中、20人ほどの物乞いに車を囲まれたとき、王子は女性と子どもにだけお金を渡すよう付き人に指示し、男性には働くよう告げたといいます。
鷹鳥屋さんは、留学経験のあるオープンな王子と話が通じ、「推し」の国王が同じだったことで意気投合したと話します。会話はアラビア語と英語を混ぜて行い、最低限のアラビア語を覚えて現地に行くことはとても大事だと考えているそうです。
推し?アイドル?推し国王っているんですか。
現地の人と信頼関係を築くには、衣装を正しく着る
樋口さんは、現地の人と信頼関係を作るための工夫を尋ねました。鷹鳥屋さんは言語に加えて、衣装を正しく着ることを挙げます。
鷹鳥屋さんによると、着方を間違えている日本人は相当多く、慣れた人が見れば上下の組み合わせや巻き方の違いが一発でわかるそうです。マントの外に頭の布を出すのはありえず、マントは袖を通さず左手でつかむのが移動時の作法だといいます。
そんなの(マントのつかみ方)言われなかったら絶対やらないですから。
着方の流行を作るのは王族で、ドバイのハムダン皇太子のファッションは多くの人が注目しているそうです。鷹鳥屋さんは、日本の「王族御用達」と同じような流れだと説明しました。
日本への感情はとても良いといいます。鷹鳥屋さんは、これまでの日本の商社やオイルマンのおかげで、他のアジアの国より信用が高いと話し、話題に出るのはトヨタや日産の車、テクノロジー、アニメ、食の3つの要素だと説明しました。
「エンペラー」の国・日本と、推しのファイサル国王
歴史の面では、王室を重視する文化があるため、日本の皇室への関心が強いそうです。鷹鳥屋さんによると、中東の君主はスルタン、アミール、マリクと呼ばれますが、日本の天皇はエンペラーであり、王より一段上の存在と見なされます。
鷹鳥屋さんは、どれだけ歴史があるかが重視される点で日本は強いと話し、ある美談を紹介しました。敗戦国だった日本の皇太子がイギリスの公式行事で後ろの席にされたとき、サウジの皇太子が「あなたはこちらに座るべき方だ」と席を譲ったという話です。
続いて鷹鳥屋さんは、推しの国王であるファイサル国王について語りました。サウジアラビアの初代から3代目までの流れは、鷹鳥屋さんの説明では次のようになります。
初代国王
アブドゥルアジズ国王が国を作る
2代目国王
石油収入で道路や車のコレクションなどに散財する
ファイサル国王
国の運営を立て直し、テレビ導入やインフラ投資で堅実に近代化を進める
ファイサル国王は外務大臣などを歴任し、外の世界を見ていた人物だと鷹鳥屋さんは評価します。ファイサル家からは歴代の外務大臣も出ており、勤勉で優秀な人が多いといいます。
大臣の決まり方を深井さんが尋ねると、鷹鳥屋さんはサウド家の中でもどの母親から生まれたかで勢力図が変わる「パワーバランス」だと答えました。オスマン帝国と比べると、オスマンのほうが別の血が多く入っていて多様性が強かったそうです。
サウジアラビアは新しい国と思われがちですが、第一・第二サウード王朝のように何度も国を起こしては周辺部族やオスマン帝国に潰されてきたといいます。そのたびに内陸へ移り、現在のリヤドに拠点を築いたのが初代国王だそうです。
サウジアラビアの仮想敵国はどこか?
これ聞いていいかわかんないですけど、サウジアラビアの仮想敵国っているんですか?
鷹鳥屋さんは、明らかなことだとしてイランを挙げました。イランは人口が多く、石油が採れ、独自に開発する能力も持っているため、アメリカ、ロシア、中国、トルコを交えた握手と喧嘩が湾岸で行われているといいます。
宗教的な理由もあるものの、宗教よりも経済面と勢力図のほうがリアルだと鷹鳥屋さんは見ています。人口について、鷹鳥屋さんはうろ覚えとしながら、イランは6〜7千万人ほど、サウジアラビアは外国人労働者を含めて3千数百万人ほど、UAEやカタール、バーレーンは100万〜200万人ほどだと話しました。
人口が少ない湾岸諸国は正規兵の数で圧倒的に不利なため、どの国と組むかが重要になります。サウジはアメリカから兆単位の武器を買い、カタールはイギリスやフランス、トルコから調達したりトルコ軍の駐留を受け入れたりしているそうです。
それでも「金持ち喧嘩せず」で、湾岸諸国同士が実際に戦火を交えることは今のところないと鷹鳥屋さんは話します。最近のカタールをめぐる対立カタール断交も、パワーバランスの表れの一つだといいます。楊さんが話は尽きないとして、後編へ続けることにしました。
まとめ
前編では、鷹鳥屋明さんの体験を通して、アニメの伝わり方から衣装、王族、湾岸の勢力図まで、日本からは見えにくい中東の姿が具体的に語られました。
- 『グレンダイザー』はフランスからレバノン経由で中東に広まり、日本のアニメ人気の入り口になった
- サウジアラビアでは表現規制が残る一方、ムハンマド皇太子のもとで改革開放が進んでいる
- 鷹鳥屋さんは酒が飲めない体質をサウジで肯定されたことをきっかけに、中東へのめり込んだ
- 現地の人との信頼には、言語に加えて衣装を正しく着ることが大切だという
- 湾岸の緊張は宗教よりも経済と勢力図の問題として語られた



