障害の歴史になぜダーウィンが出てくるのか
障害の歴史編の第4回は、ダーウィンの進化論がテーマです。前回までは啓蒙主義以降の障害の扱われ方を扱っており、樋口さんも「なぜ進化論なのか」と戸惑います。
深井さんによれば、医療や科学と結びついた障害者の捉え方は、この後優生学 ── 優れた遺伝的形質を残し、劣るとみなした形質を排除しようとする思想。19世紀後半に登場し、20世紀には断種政策などに使われましたと呼ばれる考え方へ変わっていきます。優生学は障害者の排除や、究極的には殺害にまでつながる、ひどい歴史を生みました。
この優生学っていうのは、ものすごく善意の中で社会を良くしようっていう気持ちの中で、科学的だなって思われながら出てきた考え方なんです、実は。
深井さんは、優生学は当時のトンデモ思想ではなく、科学的な論拠のあるものとして登場したと説明します。第4回から第6回にかけて、優生学を何が引き起こし、現代からどう論理的に否定できるかを掘り下げる予定です。
そして優生学は、ダーウィンの進化論と密接に関わっています。深井さん自身、障害のシリーズに進化論が出てくるとは思っていなかったそうです。
ここをしっかりと理解していないと、人類がどういう勘違いをしたかがよくわからない。このタイプの勘違いがめっちゃあるなって思ってる。
深井さんがこの話を詳しく紹介するのは、現代の自分たちもおそらくしている同種の勘違いが何かを、リスナーに考えてほしいからだといいます。
生き物は「変わる」のか「変わらない」のか
生物学や進化論が生まれるはるか前から、ヨーロッパの哲学者や思想家は「なぜ生き物はこんなに多様なのか」という問いに取り組んできました。名前が付いている種だけで、現在およそ180万種あるといいます。
ただ、多様さに気づいても理由は説明できません。そこで神様などを持ち出して説明していたと深井さんは話します。
古代から中世のヨーロッパでは、生物の多様性について「種は変わる」立場と「種は変わらない」立場の2つがありました。変わる立場は、1つの種が違う性質を身につけて別の種になっていくという考え方です。変わらない立場は、生き物は最初から多様だったとする考え方です。
1つの種が違う性質を身につけ、別の種になっていく。古代ギリシャの多くの哲学者がこの立場
生き物は最初から多様だった。アリストテレスがこの立場で、のちにキリスト教神学に取り込まれる
古代ギリシャ哲学では多くの哲学者が「変わる」と考えていましたが、アリストテレスは「変わらない」立場をとりました。翼やくちばし、エラ、木に擬態する虫などを見れば、すべてに目的があるはずだという考え方です。
ランダムにできて、あれが何か出来上がることってないから、なんか目的あるよねって考えられてるわけですよね。これすごく僕たちの本能にかなう考え方だよね。
樋口さんも「感覚的には違和感はない」と応じ、深井さんも進化論を知る前はそう考えていたと振り返ります。
中世のキリスト教でも、もともとは「変わる」説が普通にありました。しかしトマス・アクィナス ── 13世紀イタリアの神学者。アリストテレス哲学をキリスト教神学に統合し、スコラ学を大成した人物として知られますらがギリシャ哲学をキリスト教神学に取り込む過程で、アリストテレスを中核とした神学が確立し、「変わらない」が確定していきます。
機能に最適化されたように見える体の部位は、意図を持つデザイナーがいなければ生まれない。そのデザイナーが神だという説明は、キリスト教にとってとても説明しやすく、アリストテレスの考えと自然に結びつきました。
創造論とデザイン論、荒野に落ちた時計のたとえ
キリスト教社会で確立したのは、神が創造の日に現存するすべての生物を作り、その姿は今まで変わっていないという考え方です。いわゆる創造論にあたります。
途中で、その中間のような「デザイン論」も生まれます。神が最初にデザインを行い、生き物はそのデザインに向かう発展途上にある、という考え方です。変化は認めつつ、デザイナーの存在は前提にしています。
デザイン論の例として深井さんが挙げるのが、18世紀イギリスのウィリアム・ペイリーです。ダーウィンもペイリーの本を夢中で読んでいたそうです。
ペイリーのたとえはこうです。荒野で石ころを踏んでも何とも思わないが、そこに時計が落ちていたら、偶然できたとは思わない。一つ一つの機能が目的を持って実装された以上、必ず制作者がいるはずだ、という論理です。
あんな精巧なものが偶然できるわけがないから、絶対何か誰かが何かの意図を持って作っただろうってナチュラルに思っちゃうでしょ。
創造論からデザイン論が生まれた背景には、生物が変わっている証拠が次々に見つかったことがあります。自然科学が発展して観察する科学者が増え、化石の発掘や、比較的短い期間での生物の変化が確認されるようになりました。
神で説明していたのに、目の前で変わっている。だから「発展途上なのだろう」という説明に移っていったわけです。番組では、空の観察が従来の認識を揺るがしたSpotifyオリジナルの天動説と地動説の話とも似た流れだと語られています。
ラマルクが唱えた「キリンの首」の進化論
生物学の分野で、生物が変わることを科学的に説明する理論を初めて示したのが、フランス革命前後に活躍したフランスの博物学者ラマルクです。下級貴族ながらフランス革命に賛同した進歩的な人物で、ディドロ ── 18世紀フランスの思想家。啓蒙思想を集大成した『百科全書』の編集を中心的に担いましたやビュフォンから大きな影響を受けたとされます。
ラマルクは、最も複雑な生物を頂点として下等な生物まで連なっていると考えました。そして単純な下等生物が、時間の経過と環境への適応によって、だんだん複雑な高等生物に変化してきたと説明します。
ラマルクの説の核は「獲得形質の遺伝」です。機能が必要か不要かによって身につけた性質が、子孫に伝わるという考え方です。
環境の変化
首の短かったキリンの祖先が、木の上の食物を取らなければならなくなる
意思を持った努力
必要だから首を伸ばして食物を取ろうとする
獲得と遺伝
発達した長い首が子孫に伝えられる
現在の姿
世代を重ね、あれほど首が長くなった
深井さんは、ラマルクの考えの根底には「下等なものから高等なものへ向かうべきだ」という思想的前提があると指摘します。キリスト教的でもあり、どちらかといえば啓蒙思想的な進歩の思想です。
ラマルク自身は神の存在を信じていたとされますが、ラマルクの理論は神なしで説明されていたようで、当時としては極めて科学的でした。それでもこの説は受け入れられず、ラマルクは不遇のまま生涯を閉じます。
ダーウィンの主張は5つに分けられる
ラマルクの登場から半世紀以上後に活躍したのが、イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンです。19世紀のイギリスにはラマルクの進化論が伝わっていましたが、ダーウィンはまったく違う話をします。
深井さんは、ダーウィンの主張を5つに分けて紹介します。
2つ目については、野生の動物や魚、虫が卵を大量に産み、育つのは一握りという例が挙げられます。5つ目の「変化」について、深井さんは父と母の遺伝子が組み合わさるときにどんな変異が起こるかはわからず、有利か不利かも決まっていない、と補足します。
5つの主張はどれも「それはそうだ」と思える内容です。しかし深井さんは、ここにこそ理解の難しさと誤解しやすさがあると話します。
進化は「進歩」ではない。素数ゼミと人間の脳
深井さんが強調するのは、ダーウィンは生物が進化するとは言っても、進歩するとも、良くなるとも言っていないという点です。下等生物と高等生物という概念も、ラマルクに比べてほとんどありません。
ダーウィンが言っているのは、変異が起こり、その変異が環境において有利なら生き残りやすく、不利なら死んでしまう、ということです。これが長く繰り返されて、形や習性が変わっていくという自然選択 ── 環境に適した変異を持つ個体がより多く生き残り、子孫を残すことで、集団の性質が変わっていくという仕組み。ダーウィン進化論の中心概念ですの考え方です。
進化とは「環境とのマッチングでしかない」と受け止める声に、深井さんも同意します。一番多い誤解は、生物は生き残るために変化してきた、変化しないと生き残れないから変化した、という理解だといいます。
エピソード説明によれば、ここで樋口さんが素数ゼミの話を持ち出します。11年ゼミや13年ゼミのように素数年ごとに地上に出るセミは、他の周期のセミと出会うサイクルが長くなるため食い合いにくい。12年ゼミと8年ゼミなら24年おきに出会ってしまう、という話です。
深井さんは、ストーリーで物事を理解するホモ・サピエンスにとって、ダーウィンの理論は本当に理解が難しく、ほとんどの人が曲解していると話します。ダーウィンの話は、良い悪いではなく、全部偶然そうなっているというものです。
例として深井さんは人間を挙げます。人間は脳の容量が大きく消費カロリーも大きいため、食料が乏しい土地では、脳が小さいほうが生存戦略として強くなってしまいます。
だから、その環境環境にいるその動物それぞれがある意味進化の最終地点なんですよ。現時点である意味ね。
深井さんは、この理解は何冊かの本を読んだうえでのもので、生物学者から見れば正確でない部分があるかもしれないとも断っています。そのうえで、「カメラの進化」と言えばカメラの進歩の話になってしまうように、進化と進歩を切り離して考えるのは難しいと話します。
神がデザインしていない。キリスト教社会への衝撃
進歩の概念を含まないダーウィンの進化論は、キリスト教社会の中では「スペシャルやべえこと」を言っていたと深井さんは語ります。ダーウィンの論に従うと、神が生き物をデザインしていないことになるからです。
ここの転換点スペシャルやばくて、必然から偶然にもう切り替わってるんですけど、ここで一神教が必然性を失っちゃうという現象が起こっちゃうんですよね。
創世記ですべてを作ったとされる存在が作っていないとなれば、キリスト教は土台から崩れてしまいます。ダーウィン自身は神の存在について「わからない」という曖昧な態度をとり、発表をとても怖がってなかなか公表しなかったそうです。
それでも深井さんは、ダーウィンが宗教で説明していた最後のタガを外し、宗教時代を終わらせて科学時代への転換点を作ったと評価します。
ダーウィンの説明では「なぜその形なのか」への答えは「偶然」です。環境によってこちらが生き残りやすかったという因果はあっても、物語はありません。深井さんは、現代の進化生物学ではほかのメカニズムも知られていると補足しつつ、ダーウィンが自然選択説を科学的に示したことが革命的だったと話します。
障害の歴史にとって重要なのは、人々がこの理論を理解できなかったことだと深井さんは言います。ダーウィンの存命中から、進化は「より良い方向に進む進歩」と混同され始めました。
Descent with Modification(変化を伴う由来)。変化を伴う系譜というニュアンス
エボリューション。旧体制より優れた新しい段階へ移るという進歩の感覚と結びつく
聖書との矛盾が広がる中に来た「とどめ」
ダーウィンの時代は、キリスト教から科学へ移り変わる時代で、ダーウィンが言わなくても動揺はすでに起きていました。同時代のマルクスも宗教批判をしていたと深井さんは触れます。
地質学や古生物学が発展するにつれ、聖書の記述との矛盾が目立ち始めていました。天地創造は紀元前4000年ぐらいと考えられていましたが、化石を掘ると、もっと昔のはずだという事実が出てきます。
そこにダーウィンの論が加わり、大転換になっていきました。目的に沿って考案されたのではなく適応の結果だという物語のなさと、神抜きで自然すべてを説明できる点が、革命的だったと語られます。
ダーウィンは強く批判され、賛同者も少数でした。その後、次第に正しかったと認められていきますが、20世紀ごろには一度、完全に間違っていたと思われた時代もあったそうです。
進化と進歩が「悪魔合体」した社会ダーウィニズム
19世紀後半、欧米の知の構造が変わり、世界を統一的に説明する理論としての宗教が段階的に姿を消していきます。ダーウィンの理論はその最後の砦を崩し、社会は本格的に科学で説明しようとする時代に入りました。
そして生物学の進化論が、政治や経済といった社会科学と結びついて生まれたのが社会ダーウィニズムです。深井さんは、これが障害者差別を生んでいくと話します。
当時は啓蒙思想や社会の急速な発展によって、進歩が前提として受け止められていました。そのため、進歩を含まないダーウィンの進化の概念が、進化と進歩の「悪魔合体」を起こしてしまいます。深井さんは、この勘違いは今も続いていると指摘します。
ダーウィニズムと書いてあるけど、何度も言うけど、ダーウィンとは関係ないです。
社会ダーウィニズムの代表的な考え方が「適者生存」「優勝劣敗」です。優れた者が勝ち、劣った者が負けるという発想は、帝国主義国の侵略や植民地化を正当化する論理と結びつきました。
進化と進歩の混同
進化はより良い方向に進むことだと理解される
自然界とのアナロジー
強いものが弱いものを倒し、弱いものが消えるのは当たり前だとみなす
侵略の正当化
より進歩した自分たちが、進化していない文明を滅ぼすのは当然だという論理になる
深井さんは、同じアナロジーは今もビジネスで使われているが、ダーウィンがそう言ったわけではないと強調します。生産力の発展に応じて社会が発展し、いずれ共産主義に至るというマルクスの考え方も、この進歩の発想にあたるといいます。
キリスト教時代と思考パターンは変わらないのでは、という問いに対し、深井さんは違いを説明します。キリスト教の最後の審判は、どちらかといえば世界が滅びへ向かう末法思想的な発想でした。それが、ずっと進歩し続けるのが当たり前だという考え方に変わっていきます。
これが科学だと思われてるんです。自分の文明が相手の文明を凌駕し、倒すことは科学であると。
科学のブランドをまとった誤解が優生学を生む
当時、科学はニュートラルで正確なものとして強いブランドを持っていました。宗教的な世界観にとどめを刺したとされるダーウィンのモデルを使っている以上、社会ダーウィニズムも科学だと思われたわけです。
ただし中身は、ダーウィンを誤解したままでした。深井さんは、むしろラマルクの「伸びようとして伸びた」説に近いものが結びついていたと話します。その結果、西洋社会は最も進化した文明、アジアなどは途上の文明と扱われるようになりました。
背景には、人文科学や社会科学を科学の名にふさわしい学問へアップデートしたいというニーズもありました。社会科学は、ニュートン力学のように事実を集めて分類・分析する自然科学の手法を模範とします。
一方で、フランス革命や産業革命で社会が急速に動く中、物理学や生物学とのアナロジーはかなり適当に作られていったと深井さんは語ります。「構造一緒じゃね」という感覚で当てはめてしまったわけです。
社会科学は多分検証しきらんですね。はい、無理だと思います。なので、無知の知をどれだけ意識できるかが多分重要なんだと僕は認識してるんですけど。
番組ではさらに2つの背景が挙げられます。ニュートンの法則などによって、世界を計算し制御できるという認識が知識人に広がったこと。そして国民国家の誕生で戦争や貿易、植民地獲得の競争が激しくなり、自分たちの社会を進化させなければ負けるという危機感が西洋諸国にあったことです。
宗教の思い込みを打ち破った自然科学こそが合理的で、新しい倫理や生活規範の根拠になる。当時の先進的な知識人はそう考え、社会科学にも適用しました。この文脈から優生学が生まれ、障害者差別と結びついていきます。
最後に深井さんは、進歩をすべて否定しろという意味ではないと付け加えます。自分の言うことの逆が正しいと言いたいわけではなく、人間にはそういう思考の癖があることを眺めてみよう、という趣旨でこの回は締めくくられます。次回は優生学そのものを扱う予定です。
まとめ
今回のエピソードでは、優生学を理解する前提として、ダーウィンの進化論がどう生まれ、どう誤解されたかがたどられました。偶然と環境とのマッチングを語ったダーウィンの理論が、進歩の物語と混同されたことで、科学の装いをまとった社会ダーウィニズムが生まれ、優生学への道を開いたとされています。
- ダーウィン以前のヨーロッパでは、神が生物をデザインしたとする創造論やデザイン論が主流だった
- ラマルクは獲得形質の遺伝で進化を説明したが、下等から高等へ向かう進歩の前提を含んでいた
- ダーウィンの自然選択は、変異と環境とのマッチングによる偶然の積み重ねで、進歩の概念を含まない
- 進化と進歩が混同されて社会ダーウィニズムが生まれ、侵略の正当化や優生学につながった
- 物語で理解したがる人間の思考の癖が、科学の名のもとに誤解を広げたことが示唆されている




