ヴァンゼー会議が決めた「絶滅」とゲットーの一斉検挙
シンドラー編の前回までは、ユダヤ人への迫害が強まるなかでも、オスカー・シンドラーがユダヤ人を助けていた様子が語られました。今回は、ゲットーのユダヤ人が収容所へ送られていく段階から話が始まります。
深井さんによると、ヴァンゼー会議 ── 1942年1月、ベルリン郊外のヴァンゼーでナチス高官が集まり、ユダヤ人問題の「最終的解決」の実務を協議した会議。組織的な大量殺害の実行体制が整えられましたで、ユダヤ人を絶滅収容所で絶滅させることが決まります。この会議は映画にもなっていて、邦題は『ヒトラーのための虐殺会議』。楊さんがその映画にコメントを寄せたことも話題に上りました。
1942年ごろから、ゲットーのユダヤ人は一斉検挙によって次々と連れて行かれます。突然捕まり、そのまま移送されるため、家族は離れ離れになり、ゲットーから人がどんどん消えていきました。
ナチスの軍需工場で働いていることを示す労働許可証があれば、多少は捕まりにくくなります。ただ、深井さんは、許可証があっても安全ではなかったと説明しています。
シンドラー編の語り手の一人であるレオン少年とお母さんは、丸2日間天井裏に隠れて検挙を逃れたことがありました。天井裏に隠れていても銃撃されることがあり、このときは4000人ほどが殺されたといいます。ボットン便所の下で、糞尿と共に隠れて助かった子どももいたそうです。
地獄やな。
移送が進むにつれて、ゲットーはどんどん狭くされていきます。最後には寝床以外のスペースがない部屋になり、レオン少年は母親と毛布を分け合って寝ました。かつて毛布で区切って8人ほどで暮らしていた部屋が、めっちゃ広く感じられるようになったと書き残しています。
ヴァンゼー会議
絶滅収容所でユダヤ人を絶滅させることが決まる
一斉検挙
1942年ごろからゲットーのユダヤ人が突然捕まり、移送される
ゲットーの縮小
移送に合わせてゲットーが狭められ、寝床しかない部屋になる
収容所へ
レオン少年も捕まり、プワシュフ収容所へ送られる
この時期、レオン少年はブラシ工場で賃金なしで働き、お母さんは清掃の仕事をしていました。父と兄のダビド、姉はすでに収容所へ送られ、ゲットーに残っていたのはレオン少年と母の2人だけでした。
一番上の兄は故郷のナレフカに様子を見に行ったきり戻らず、実はこの時点で殺されていたと深井さんは明かします。頼りにしていた二番目の兄ツァリーグも、身分証不携帯でゲシュタポに連行されていました。
収容所へ向かう道で見た、何も変わらないクラクフ
レオン少年たちは結局捕まり、ゲットーからプワシュフ収容所へ移されます。レオン少年の描写では、ゲットーと収容所はまったく違うものでした。ゲットーはまだ人間の家でしたが、収容所は強制労働させるか殺すために作られた場所だったからです。
もう一つ、レオン少年を驚かせたのは、移送の途中でゲットーの外に出たときに見たクラクフの街でした。街の人々の様子は、ゲットーに入る前とまったく変わっていなかったといいます。
みんな普通に綺麗な服、清潔な服を着て、忙しげに街を歩いている。誰もこっちに気にしない。こっちを見ない。
自分たちは食事もなく、家族もバラバラで、寝床しかない部屋に押し込められている。その横で、連れて行かれるユダヤ人を誰も見向きもしないクラクフの人々に、レオン少年はショックを受けました。
一方でこのときのレオン少年は、アウシュビッツで殺されるような未来をまだ知りませんでした。ゲットーを出られることが一瞬うれしく、また家族で暮らせるかもしれないと思ったそうです。
だけど、さっき言った通り、そのプワシュフ収容所に足を踏み入れた途端、ここはもう本当にありえないほど最悪の世界だっていうのがすぐ分かった。
「自然死亡率が低い」プワシュフ収容所の正体とは?
プワシュフ収容所は26か月ほど稼働した強制収容所で、労働収容所でもありました。ガス室を備えたアウシュビッツ ── ポーランド南部にナチス・ドイツが設けた最大級の強制収容所・絶滅収容所。ガス室による大量殺害が行われ、100万人以上が犠牲になったとされますのような殺すための施設ではなく、その前段階として、人権のない状態で強制労働をさせる場所だったと深井さんは説明します。
プワシュフ収容所では、労働できなくなった人は殺され、戦争末期に絶滅を急ぐ段階になると、多くの人がアウシュビッツなどへ送られました。
プワシュフ収容所では8000人から1万2000人ほどが亡くなったとされます。楊さんが指摘するのは、その死が栄養失調などによるものではなかった点です。
自然死亡率は非常に低かったらしい。
本来なら、この環境では自然死亡率は高くなるはずです。それでも低かったのは、亡くなった人の多くが暴力によって殺されていたからでした。
レオン少年は、岩や土、鉄条網、獰猛な犬、監視員、殺風景なバラックを見て、ここから生きては出られないと直感したといいます。到着するとすぐ性別で分けられ、母とも離れ離れになりました。
眠りについた数時間後にはもう起こされ、暗く寒いなかで立たされ、罵声と暴力のなかで作業を割り当てられます。材木や岩、土の運搬といった単調で危険な作業で、収容所の運営そのものを担わされていました。
食事は水分ばかりのスープがほんの少しだけです。拾ったジャガイモの皮をスープに入れてもらい、それがとてもうれしかったという描写もあると深井さんは紹介しています。
楊さんによれば、レオン少年の持ち物は毛布1枚と魔法瓶だけでした。ある夜トイレから戻ると、その毛布が盗まれていました。レオン少年は自分の両腕をぎゅっと抱き、母の抱擁を思いながら横になるしかなかったといいます。このときレオン少年は13歳ほどでした。
プワシュフ収容所での家族との奇跡の再会
家族の行方がわからないなかで、レオン少年は同じプワシュフ収容所にいた父と兄を奇跡的に見つけます。場所を教えてくれたのは、シンドラーの工場で働くユダヤ人たちでした。
朝から晩まで強制労働が続き、監視もあるため、家族を探す時間はありません。見つかれば殺されるかもしれないと承知のうえで、会いたい気持ちが勝ったとレオン少年は書いています。諦めかけたとき、ドアを開けるとそこに2人がいました。
なんか目の前の二人(父と兄)が見たこともないほど美しく見えたらしいです、この時。
兄は「お前はもう移送されたと思っていた」と喜びます。けれど父は、やつれきったレオン少年を見て、無力感のにじむ目になったといいます。シンドラーの工場で働く父と兄は、レオン少年より安全な立場にいたため、父はシンドラーにレオン少年も雇ってもらえるよう頼むと言って戻っていきました。
楊さんによると、父は去り際に小声で、指定された場所から出歩かず、できるだけ目立たないように暮らせと助言しました。
その後、レオン少年は母も見つけます。新しい囚人が送られてきて収容所が混乱するタイミングで、華奢で女の子にも見えたことを利用し、女の子のふりをして女性区域に入ったのです。
見つかったら一発で終わるよね。
母は寝床に横になっていて、喜ぶより先にひどく驚きました。レオン少年は喜んでもらえると思っていましたが、母は「ここにいたら危ないから早く帰りなさい」と言いながら、静かに泣いていたといいます。
母は寝床の下のボロ布から、くるみほどの大きさのパンの切れ端を取り出し、レオン少年をぎゅっと抱きしめてから握らせ、送り出しました。深井さんは、喜ぶより驚いたという描写に、この場面のリアルさを感じたと話しています。
プワシュフ収容所長アーモン・ゲートは何者だったのか?
ここからは、プワシュフ収容所の所長アーモン・ゲートの話です。楊さんは、ショッキングな内容が続くため、苦手な人は飛ばしてもよいと断っています。
アーモン・ゲートは1908年生まれ(1905年説もあり)で、シンドラーと同い年、同じオーストリア出身です。ウィーンで、軍事書の出版社を営む敬虔なカトリックの家庭に生まれました。学業よりスポーツに関心があり、大学在学中にファシズムやナチズムに傾倒し、かなり早い段階でナチスに入ったといいます。
シンドラーの妻エミーリエは、アーモン・ゲートを「最も卑劣な男」と呼びました。楊さんが紹介したエミーリエの言葉によれば、ゲートは「一方では普通のウィーン人がするように紳士として振る舞い、他方では自分の管轄下に置かれたユダヤ人に対して休みなくテロ行為をしていじめ抜いた」人物で、冷淡に人を殺す一方、レコードのわずかな雑音も聞き分けられたといいます。
映画『シンドラーのリスト』には、ゲートが着任直後、バラック建設について「このままでは建たない」と意見した女性の土木技師ディアーナ・ライターを射殺する場面があります。深井さんによると、この場面は脚色ではなく史実だそうです。
え?うわ。
シンドラーはなぜアーモン・ゲートと仲良くしたのか
意外なことに、シンドラーはこのアーモン・ゲートとめちゃくちゃ仲良くなります。賄賂を贈り続け、それによってユダヤ人の命を救っていったのです。
で、アーモンゲートはね、そのシンドラーのことをね、最後まで友人だと思って死ん。この人最後死刑になるんだけど、戦後すぐに。
楊さんは、シンドラーが食事会に誘い、さまざまな賄賂を贈ってくれる相手だったから、ゲートはシンドラーを友人と思っていたのだろうと話しています。
その関係が効いたのが、シンドラーが工場をプワシュフ収容所内に作った件です。従業員がゲットーから収容所へ移され、遠くから通わせるのは時間の無駄になったため、シンドラーは収容所内に工場を作らせてほしいと交渉しました。柵や監視塔、理髪店の設置といった条件をすべて自費で負担し、実現させます。
深井さんは、この時点のシンドラーはまだお金を儲けようともしていて、実際に収容所内の工場は儲かったと指摘します。ただ、お金儲けだけが目的だったわけではないとも考えています。
シンドラーにとって、この時点でのビジネス目的を達成するために、あるいは後にそのユダヤ人を救済するための条件として、やっぱりアーモンゲートというのは絶対クリアしなければいけない壁だったんですよね。
深井さんが特筆するのは、シンドラーがアーモン・ゲートと対立しなかった点です。うまく取り入りながら、ユダヤ人を救うためにできることを何でもやっていく段階に、シンドラーはこの後入っていきます。
アーモン・ゲートは怠けている囚人をライフルで上から撃ち殺すことすらありました。所長就任演説では「俺はお前たちの神だ」と言い、ルブリン地方で1万人のユダヤ人を片付けてきた、今度はお前たちの番だと語ったと、生き残ったユダヤ人が証言しています。
診療所、鞭打ち、犬。ゲートの下でレオン少年が見た死
レオン少年自身も、アーモン・ゲートの暴力のすぐそばにいました。大きな岩を運んでいたとき、割れた墓石につまずいて足を深く切り、収容所内の診療所で手当てを受けます。
レオン少年が診療所を出た数分後、ゲートがやって来て、その場にいた全員を理由もなく射殺しました。あと数分残っていたら死んでいたと感じたレオン少年は、何があっても診療所には行くまいと決めたそうです。
冬には冬服もないまま雪かきをさせられました。そこへ突然ゲートが現れ、「お前とお前とお前」と指名して鞭打ちを命じます。レオン少年も選ばれ、25回の鞭打ちを受けました。声を上げたら最初からやり直しで、1回ごとに火かき棒を押し付けられるような痛みだったといいます。
うわぁきつ。
当時14歳ほどだったレオン少年は、泣きながら父に会いに行きます。優しい言葉をかけてほしかったのに、父は無言のまま顔をこわばらせ、歯を噛みしめていました。大人になったレオン少年は、父はむしろ、殺されずに鞭打ちで済んだことに安堵していたのかもしれないと振り返っています。
アーモン・ゲートは2匹の犬を飼っていて、そのうち1匹は大型犬のグレートデーン ── ドイツ原産の超大型犬。体高80センチほどになることもあり、性格は穏やかで「優しい巨人」とも呼ばれますでした。この犬に噛み殺された人は何十人とも何百人とも書かれていて、あまりに残酷なためスピルバーグ監督は映像にしなかったといいます。
シンドラーのリストに名前が載って、消えて、また載るまで
そんなプワシュフ収容所で、レオン少年に良いことが起こります。父が頼んでいたシンドラーの工場への雇用は長く実現せず、レオン少年は期待しなくなっていました。そこへ、シンドラーが新たに30人を雇うという噂が流れます。
作られたリストを見ると、母と自分の名前が載っていました。当時のシンドラーの工場には宿泊所があり、アーモン・ゲートの配下が入ってこられないサブキャンプになっていました。深井さんは、これはまさにユダヤ人のために作られたものだと話します。
ところがある日、レオン少年は突然リストから名前を外されたと伝えられます。何もないよりもしんどかったと、レオン少年は書いています。深井さんは、リストの枠をめぐってユダヤ人同士で賄賂が使われ、誰か別の人が入ったのだろうと推測しています。
期待を失う
雇ってもらう話が長く実現せず、期待しなくなる
リストに載る
新たに30人を雇うリストに、母と自分の名前が入る
名前が外される
突然リストから外され、ひどく落ち込む
賭けに出る
ナチス将校に「僕もリストに載っている」と訴え、移ることを許される
母がサブキャンプに移る日、レオン少年は見送るために強制労働の現場をこっそり抜け出しました。そしてナチス将校に、実は自分もリストに載っていると告げます。殺されてもおかしくない行動でしたが、たまたま「じゃあお前も行け」と言われ、移ることができました。
エマリア工場はプワシュフ収容所とどれほど違ったのか
収容所内にあるシンドラーのエマリア工場 ── シンドラーが経営していたホーロー(エナメル)製品の工場。ドイツ語の社名の略称から「エマリア」と呼ばれ、クラクフでユダヤ人を多く雇っていましたには、囚人に威張り散らす常駐の指揮官がいませんでした。警備兵が中に入ってくると、シンドラーがわめき散らして外へ追い出したといいます。
シンドラーの島なんだよね、そこ(エマリア工場は)。
エマリア工場には犬も鞭打ちもありませんでした。食事の差もはっきりしていて、プワシュフ収容所の平均が1日700〜1100キロカロリーだったのに対し、シンドラーの工場で寝泊まりする人には2000キロカロリーが与えられていました。
| 項目 | プワシュフ収容所 | シンドラーの工場 |
|---|---|---|
| 1日の食事 | 700〜1100キロカロリー | 2000キロカロリー |
| 監視 | 指揮官・警備兵・犬がいる | 常駐の指揮官がおらず、警備兵は追い出される |
| 罰 | 鞭打ちや射殺がある | 鞭打ちはない |
ただし深井さんは、2000キロカロリーでも成人男性に必要な2200キロカロリーには足りず、シンドラー本人は毎日ごちそうを食べていたと付け加えています。勤務は1日12時間で、工場は24時間操業でした。日中は非ユダヤ人が働き、ユダヤ人は子どもも含めて夜勤で、兵士が使う鍋や食器などを作っていました。
12時間労働の背景について、深井さんは、シンドラーが働かせたかった面もあるだろうとしつつ、働いていなければナチスに殺されかねない圧力があったと説明します。シンドラーは「こちらのほうがナチスにとっても効率がいい」とゲートに賄賂を贈りながら説得し、工場もサブキャンプも実現させていたからです。
夜勤でうとうとすると、同じ工場で働く兄が肘でつついて起こしてくれたといいます。
比較として挙げられたのが、ユダヤ人を働かせていたIGファルベン ── ドイツの巨大化学企業連合。ナチス時代に強制労働を利用し、アウシュビッツ近くに合成ゴム工場を建設しました。戦後に解体されていますやクルップ ── ドイツの鉄鋼・兵器メーカー。第二次世界大戦中は強制労働者を大量に使い、戦後の裁判で経営陣が有罪となりましたなどの企業です。IGファルベンの合成ゴム工場では、3万5000人の囚人労働者のうち2万5000人が労働中に亡くなったと深井さんは紹介しています。
えー。半分どころじゃないですね。
レオン少年の目に映ったシンドラーの素顔
シンドラーの人柄について、レオン少年は後にこう述懐しています。シンドラーは工場の2階のオフィスで毎晩のようにパーティーを開き、終わった後も夜勤の現場を見回りに来ました。タバコとコロンの匂いで、シンドラーが来たとすぐわかったそうです。
シンドラーは優雅な身なりでゆっくり歩き、ユダヤ人の従業員と普通に雑談しました。アウシュビッツでは番号のタトゥーを彫られ、人間扱いされないのが当たり前だった時代に、シンドラーは従業員の名前を覚えて名前で呼んだといいます。
シンドラーは「調子はどうかね」「今晩は何個できたんだ?」と大きな声で聞き、相手の目を見て話しました。レオン少年は、ナチスの虚ろな凝視とはまるで違う本物の関心がその目にあったと書いています。深井さんは、命を救われた側の証言なので多少美化されているかもしれないとも添えています。
背が低かったレオン少年は、機械の操作盤に手が届かず、木箱をひっくり返して上に立って作業していました。シンドラーはそれをとても面白がり、レオン少年の名前も覚えてくれたそうです。
ナチスで強い力を持つ人物。目を付けられて嫌われたら殺されるかもしれないと怖かった
毎日挨拶を交わすうちに怖くなくなり、来てくれるとうれしく、話しかけられると誇らしく感じた
ただ、視察の人にシンドラーから「よく働くユダヤ人の見本」として紹介されるのは、レオン少年にとって怖いことでした。シンドラーに注目されるのはよくても、ほかのナチスの目に留まれば何をされるかわからなかったからです。
「今日は12個できました」と答えると、シンドラーは笑って冗談を言い合い、父にも冗談を言いました。今思えば12個は多くなかったとレオン少年は振り返ります。理由もなく人を殺すアーモン・ゲートとの対比として、この例が書かれていると深井さんは説明します。
あるときレオン少年は、改造中の複雑な機械に見とれて作業を止めていました。シンドラーの香水の匂いがして罰を覚悟しましたが、シンドラーは何も言わずに通り過ぎます。数日後、レオン少年はその機械の担当に配置換えされていました。
深井さんがこのエピソードで強調するのは、ほかのナチスの多くがユダヤ人を人格のないものとして扱うなかで、シンドラーはレオン少年を人格のある人間として見ていたという点です。
人格の捨象は、なぜ人間の脳で起こるのか
楊さんはここで、シンドラーの話から少し離れ、「人格の捨象」という考え方を紹介します。人格があるのに人格がないものとして扱ってしまうことで、人間の脳の特性に根ざしたものだといいます。
楊さんの説明では、人は見慣れない集団や自分が属さない集団の人々を、みんな同じに見てしまいます。白人社会で暮らす人が日本人・中国人・韓国人を区別しにくく、日本でずっと暮らしてきた人がフランス人・ドイツ人・イギリス人を見分けにくいのも、その例として挙げられました。
集団を形成する
人間は集団を作り、維持することで生存率や創造性を高めてきた
外の集団をまとめて見る
外見・服装・宗教・人種・言語などでひとまとまりのカテゴリとして捉える
人格が捨象される
一人ひとりではなく「ああいう人たち」として見る
排除につながる
警戒、差別、排除、共感できない状態が起こりうる
楊さんは、ドイツ人とユダヤ人の関係で、この脳の特性が悪い方向に働いてしまったのではないかと話します。そのうえで、この機能自体を責めることはできないとも考えています。
人間は人間として知性を持って世界を捉えていく上で仕方ないんだけれども、この危険性は自覚してもいいのかなというふうに思いますよね。
樋口さんは、パターンで認識すると実際にある程度当たってしまうため、かえってその見方が強まるのではないかと付け加えます。深井さんも、人格が捨象された存在は「どうせこう動く」と決めつけられるため、脳にとって処理しやすいのだと応じました。
深井さんは、シンドラー編でレオン少年の人生を詳しく追ってきた理由もここにあると明かします。「迫害されたユダヤ人」とひとくくりにせず、一人の少年の具体的な人生を知ることで、人格が捨象されない見方に入れるからです。
そのシンドラーは自分の身の回りにいるユダヤ人に対して人格を捨象しなかったわけだよね。
シンドラーは従業員を名前で呼び、同情し、助けていきました。戦後はユダヤ人の労働者たちと一緒にビジネスをしたいと考えていたともいわれ、深井さんは、同じ会社の仲間だと思っていたのだろうと話します。楊さんは、シンドラーがユダヤ人を身内の集団として見るようになった、人格の捨象とは逆のパターンだと指摘しました。
賄賂、脅し、はったり。シンドラーの従業員の守り方
ここから、シンドラーがユダヤ人を助ける行為にはアクセルがかかっていきます。深井さんは、細かいものから順にいくつかの例を紹介しました。
作業が遅かった従業員のラムスさんが、アーモン・ゲートの部下に処刑されそうになったとき、シンドラーは「ここで処刑などしたら作業に差し支える。私は最優先の軍需契約を結んでいる」と止めました。自分はナチスの上層部と知り合いだとほのめかし、逆に相手を脅して手出しできなくさせたのです。
ゲシュタポ ── ナチス・ドイツの秘密国家警察。反体制派やユダヤ人の摘発を担い、裁判抜きの逮捕や拷問で恐れられましたが身分証の偽造屋のアパートを襲撃した際、シンドラーの従業員の偽造身分証が見つかったこともありました。このときシンドラーは、ゲシュタポに賄賂を贈って事件をなかったことにしたといいます。
シンドラーが不在のときにプレス機を壊してしまったダンツィガー兄弟は、プワシュフ収容所に連行され、絞首刑が決まってしまいます。戻ったシンドラーは机の書き置きでそれを知り、すぐにゲートのもとへ向かいました。具体的な取引はわかっていませんが、賄賂などで救ったと考えられています。
プワシュフ収容所の存続を判断する視察に、ユリウス・シンドラー将軍がやって来たこともあります。血縁はまったくありませんが、シンドラーは下っ端のSSに対し、将軍の親戚であるかのように匂わせて牽制していました。そのはったりの相手が本当に来てしまったのです。
ペテン師やん。
この視察のときには、イザーク・シュテルンの友人たちが発電機の回線を切断し、視察ができないようにしたといいます。
| 場面 | 使った手段 | 結果 |
|---|---|---|
| ラムスさんの処刑 | 軍需契約と上層部とのつながりを盾に脅す | 処刑を止める |
| 偽造身分証の発覚 | ゲシュタポに賄賂を贈る | なかったことにする |
| ダンツィガー兄弟の絞首刑 | ゲートと取引(賄賂などとみられる) | 救い出す |
| 下っ端SSへの牽制 | シンドラー将軍の親戚だと匂わせる | 逆らいにくくさせる |
プワシュフ収容所の解体で、守りはどうなるのか
戦争が終盤に入ると、ついにプワシュフ収容所そのものが解体されることになります。シンドラーはサブキャンプを作り、アーモン・ゲートの目の届かない場所で従業員を守ってきましたが、収容所がなくなれば、中にある工場も存続できません。
樋口さんの確認に対し、深井さんは、解体とはアウシュビッツなどへ移送されること、つまり死ぬことを意味すると答えます。この頃には、送られた先で殺されるという噂も広まっていました。
プワシュフ収容所の解体
戦争終盤、収容所自体がなくなることになる
工場の存続が困難に
労働者が全員どこかへ移され、シンドラーの工場も続けられない
庇護が外れる
犬に殺されず、2000キロカロリーをもらえる環境を失う
移送と死
アウシュビッツなどへ送られ、殺される恐れがある
犬に食い殺されることもなく、食事も一応もらえるシンドラーの工場の庇護が外れる。レオン少年たちにとって、それは絶望的な知らせでした。シンドラーがここからどんな決断をするのかは、シンドラー編最終回となる#7で語られます。
まとめ
シンドラー編第6回は、プワシュフ強制収容所でのレオン少年の体験を通して、理由なく人を殺す所長アーモン・ゲートと、そのゲートに取り入りながら従業員を人間として扱い、守ったシンドラーの対比を描いた回でした。
- プワシュフ収容所は殺すための施設の前段階だったが、死者の多くは栄養失調ではなく暴力で殺されていた
- シンドラーはアーモン・ゲートと対立せず、賄賂と交渉で収容所内に工場とサブキャンプを作り、従業員を守った
- シンドラーの工場は食事や扱いで収容所と大きく違い、レオン少年は名前で呼ばれ、人格ある人間として見られた
- 楊さんは、外の集団を一括りにする「人格の捨象」は脳の特性であり、善悪はないがその危険性は自覚してよいと語った
- 戦争終盤にプワシュフ収容所の解体が決まり、シンドラーの決断は次回に持ち越された





