元の家主にお金を払った?シンドラーの気前のよさ
前回までの話で、オスカー・シンドラーはポーランドのクラクフで事業を始め、多くのユダヤ人を雇い始めていました。今回はその続きから始まります。
深井さんによると、シンドラーはドイツ当局からアパートをあてがわれていました。このアパートはもともとユダヤ人家族の持ち物で、取り上げられてドイツ人に渡されたものです。
取り上げられた側は何の補償も受けられない状況でした。それでもシンドラーは元の家主を探し当て、お金を渡したらしいと深井さんは紹介します。
なんか良くないと思ったんだろうね。俺(その家に)住まわせてもらってるからお金払わなきゃと思ったんでしょうね。
ズルしようと思ったらできんだけど、なんかズルとかしないよね。なんかせこいことをしないって感じかな。
樋口さんはシンドラーの人柄を「田川の建築やってる人」にたとえ、楊さんは「土建屋のおいちゃん」と表現します。素行は悪くても、陰湿ではなくスカッとしている人物像が3人の共通認識として浮かびます。
陰湿ではないもんね。
愛人、パーティー、賄賂。ウハウハ時代のシンドラー
ポーランドではナチスの活動がどんどんひどくなっていきました。シンドラーもイザーク・シュテルンも、こうした暴虐は2、3ヶ月で落ち着くと思っていましたが、実際はそうなりませんでした。
この時期、ナチスの指示でユダヤ人評議会 ── ナチス占領下でユダヤ人社会ごとに設置させられた自治組織。ナチスの命令を伝え実行させる役目を負わされ、苦しい立場に置かれましたが作られます。ユダヤ人を統治するために選ばれたユダヤ人たちで構成され、ゲットーへの移送などの際に機能したと深井さんは説明します。
一方でシンドラー自身は、深井さんいわく「めちゃくちゃウハウハな楽しい時期」でした。ポーランド人やドイツ人の愛人が何人もいて、愛人同士もお互いの存在を知っているという、あけっぴろげな付き合い方だったそうです。
シンドラーは毎日友人を集めてパーティーを開いていました。集まったのは測量技師、警官、治安警察、軍需工場を選ぶ軍需査察局の人、そして自身も属していたスパイ機関の仲間たちです。
酒を振る舞い、賄賂を渡して、自分のエマリア工場に便宜を図ってもらえるよう普段から恩を売り続けていたといいます。コネと賄賂で事業を広げるのが、この時期のシンドラーのやり方でした。
軍需査察局とのコネクションが実を結び、兵器の製造部門が新設されたときには、対戦車用砲弾の外殻の製造も請け負うようになります。
ホーローの調理器具を作るだけの工場
軍需査察局とのコネで、対戦車用砲弾の外殻も製造。安定した軍需の受注を得る
だから(兵器の仕事は)結構硬い受注なんですよ。
この羽振りのよさを、妻のエミーリエはどう見ていたのか。楊さんによると、ナチスのポーランド侵攻のころ、エミーリエはクラクフに来て夫の変貌ぶりにひどく驚いたそうです。
シンドラーはユダヤ人から接収した豪華なアパートに住み、湯水のように金を使い、相変わらず複数の愛人を連れていました。本の著者は、妻として居心地のよい場所などなかったと推測しています。エミーリエは1年もたたずに故郷へ帰ってしまいました。
ゲットーとは何か。レオン少年一家を襲った飢え
シンドラーがこうした暮らしを送る中、ユダヤ人への迫害は次の段階に入ります。それがゲットーへの強制移住です。
楊さんの説明では、ゲットーとは第二次世界大戦中にユダヤ人を隔離するために作られた、壁で囲まれたエリアです。ナチスがユダヤ人問題の「最終的な解決」を検討する間、ユダヤ人を管理しておく場所として建設されたと書かれているそうです。
ゲットー自体は近代の発明ではありません。楊さんによると、最初に作られたのはベネチアで、16世紀にローマ教皇の勅令を受けてユダヤ人を隔離したのが始まりとされます。
深井さんは、ゲットーが収容所の手前の段階だったことを強調します。普通に暮らしていた人々が段階的に追い詰められていく流れは、次のように整理できます。
普通の暮らし
家族ごとに家を持って生活している
権利の剥奪
財産権や人権が奪われる
ゲットーへ
強制移住させられ、狭い地区に押し込められる
収容所へ
ゲットーからさらに収容所へ送られる
ここで話は、シンドラーの工場で働く父を持つレオン少年の一家に戻ります。一家が入れられたゲットーでは、1つの部屋に2つの家族が住まなければなりませんでした。
部屋にはすでにルフティシュルフティシュ夫妻という老夫婦が暮らしていました。レオン一家は本来7人ですが、長男が故郷の村の様子を見に行っていたため6人で、合わせて8人ほどが一部屋で暮らし、毛布で空間を仕切って生活したといいます。
移り住んで数日後、ナチスはゲットーの門を閉じました。レオン少年の本によると、最大でも5000人が暮らすのがやっとの地区に1万5000人ほどが詰め込まれ、衛生状態は極めて劣悪でした。
屋外トイレには長い列ができ、冬には用を足し終えるころには足が凍えるほどでした。人の多さと栄養失調から、精神を病む人も病気になる人も大勢いたそうです。
食べ物は完全に配給制になり、レオン少年はほとんどの時間を食べ物探しに費やしていました。パンの切れ端でも落ちていないか、歩道や路地をくまなく歩き回っていたといいます。
母親が工夫してスープを作っても、食材がほとんどないため、中身はほぼ水でした。
シンドラーの工場で働く父親は、働いている証明書があったためゲットーの外へ出られました。工場で配られるじゃがいも1個とパンのひとかけらを食べずに持ち帰り、家族で分けていたそうです。
レオン少年は、父親が食べ物を取り出す瞬間をずっと見つめていたことを今でも覚えていると書いています。闇市場で食べ物を手に入れるには交換する品物が必要で、それも次第に尽きていきました。
あるとき、上の階に住む比較的裕福な女性が、お駄賃にバターを塗ったパンをくれました。レオン少年はそれを一人で食べられず、家族のもとへ持ち帰ります。
レオン少年の母親はまずパンからバターをそぎ落とし、パンを薄く切り分けて、1枚ずつバターを塗り直しました。家族はそれを大事に分け合って食べたといいます。
えげつないな、想像しただけで。
楊さんは、この頃には生き残れるかどうかが運次第になっていたと話します。病気で死ぬ人もいれば、ゲシュタポに突然銃殺される人もいました。
今日有利に働いたことが明日どうなるか全くわからない。1時間後、あるいは1秒後にどうなるかさえわからないっていう状況だったって述懐されてましたね。
ユダヤ人の管轄は、ドイツから送られた総督からゲシュタポへ移っていました。ゲシュタポが善悪を勝手に決められるため、担当者の機嫌しだいで殺されることも、なぜか助かることもあったといいます。管轄が移るとすぐ、シンドラーは賄賂としてコニャックを使ったらしいと楊さんは紹介しています。
誕生日のキスで逮捕。17本の電話で釈放されたシンドラー
楊さんによると、シンドラーは34歳の誕生日を、ユダヤ人の従業員と一緒に祝っていました。反ユダヤ主義を持たないシンドラーにとっては自然なことでしたが、それが告発につながり、ゲシュタポに逮捕されます。
きっかけは、みんなの前でシンドラーが女性労働者にキスしたことでした。映画にも描かれる場面で、本によっては女性の側からキスしたという記述もあるそうです。ユダヤ人と親密に付き合うことは、ナチスにとって許されない行為でした。
逮捕の瞬間の様子も残っています。工場の中庭を歩いていたシンドラーに声をかけたのはゲシュタポの捜査員で、バッジを見せて「ちょっとドライブに付き合って」と連れ出そうとしました。
逮捕命令は出ているのかとシンドラーが尋ねると、捜査員は「そんなことは後で考えればいい」と答えたといいます。
後で考えればいいの時点で、もう絶対逮捕されるじゃんってなるけど。
ここからシンドラーはコネを使って釈放されます。その手口は、楊さんいわく漫画のような展開でした。
親衛隊のトップは、17人から自由にしてやってくれと頼まれたことに驚き、そんなに友人がいるとは何か重要な役目をしているのかと尋ねました。シンドラーは誰にも答えられないとかわします。
帰っていいと言われたシンドラーは、さらに一言付け加えました。自分を連れてきたのはそちらだから、同じように連れて帰ってほしいというのです。
うわ、かますね。
結局、シンドラーは連行したのと同じゲシュタポ捜査員の車で工場まで送り返されました。
シンドラーはこの後も何度かゲシュタポに逮捕されています。本の著者は、突然しょっぴかれてプレッシャーをかけられた経験が、ゲシュタポやナチスへの嫌悪感を抱くきっかけになったのかもしれないと推測しているそうです。
従業員を匿い始めたシンドラーと人間の善性
ユダヤ人の状況が悪化する中で、シンドラーはオフィスと工場に宿泊所を作り、ユダヤ人従業員が避難できるようにしました。ゲットーへ戻ること自体にリスクがあり、それを減らそうとする動きがこの頃から増えていきます。
強制労働の収容所もすでに並行して存在していました。シンドラーは、自分の役に立ってくれていたユダヤ人のバンキールが連れて行かれそうになったとき、直前で頼み込んで連れ戻したといいます。映画ではイザーク・シュテルンが連れて行かれる描写に変わっていますが、実際はバンキールだったそうです。
こうしたシンドラーの動きを、シオニスト ── ユダヤ人国家の建設を目指すシオニズム運動の活動家。この運動は後の1948年のイスラエル建国につながりましたの組織が察知します。彼らはシンドラーに協力金を渡しました。
深井さんによると、そのお金は横領しても誰にもわからなかったはずですが、シンドラーはゲットーの人々に渡すなどして、すべてユダヤ人のために使ったそうです。元の家主にお金を払った話と同じく、せこいことをしない筋の通し方がシンドラーにはありました。
次回はゲットーが解体され、収容所への移送が始まる段階に入ります。深井さんは、それまで儲けるために動いていたシンドラーが、ここから大きく変わっていくと予告します。
樋口さんがユダヤ人とシンドラーの関係の深さを指摘すると、楊さんは、シンドラーがユダヤとそうでない世界の境界を行き来する立場だったことを挙げました。普通のドイツ人の視界からは、ユダヤ人はすでに完全に消えていたといいます。
一方で深井さんは、関わりがあることがそのまま救済につながるわけではないと付け加えます。関わっていても迫害する人、見て見ぬふりをする人がいた一方で、関わりがなくても助ける人もいたそうです。
ユダヤ人と人間関係ができてるからって、それが救済につながる時もあればつながらない時もある。
まとめ
今回は、コネと賄賂で兵器製造にまで食い込むシンドラーの派手な日々と、ゲットーで飢えに苦しむレオン少年一家の生活が対照的に描かれました。逮捕と釈放を経たシンドラーは、従業員を匿い、託された資金をユダヤ人のために使うなど、少しずつ救う側へ動き始めています。
- シンドラーは愛人やパーティー、賄賂で人脈を広げ、対戦車砲弾の外殻製造まで受注した
- ゲットーでは5000人規模の地区に1万5000人ほどが詰め込まれ、生死が運次第になっていた
- ユダヤ人従業員との誕生日祝いで逮捕されたシンドラーは、17人からの電話で釈放された
- シオニスト組織からの資金を横領せず、ユダヤ人のために使うなど筋を通す面があった
- 関わりがあれば助けるとは限らず、人間の善性の現れ方は多様だと語られた



