始皇帝だけではない、秦の最初の転機とは?
樋口さんは、漫画『キングダム』を毎週読んでいるファンです。その樋口さんが、戦国時代の秦がなぜあそこまで強くなったのかを深井さんに尋ねるところから、この回は始まります。
始皇帝だけのおかげじゃないんでしょ?
全然違う。始皇帝はもう最後のゴールの直前まで持ってこられたサッカーボールをゴールに入れるぐらいの役目の人だから。
深井さんによれば、秦の強国化にはいくつかのターニングポイントがあります。その一番最初の転機をつくったのが、百里奚 ── 春秋時代の秦の宰相。秦の穆公に仕えたとされ、晩年に登用された人物として知られますという家臣です。
当時の秦の西側、つまり山の方には異民族がたくさんいました。秦は異民族を抑えるのに手一杯で、東の中央へ進出することができなかったと深井さんは説明します。
宰相になった百里奚は、この西の異民族を次々と恭順させていきます。7つか9つほどの異民族が「百里奚が宰相なら秦の臣下になります」と従ったといいます。
異民族の恭順
西の7〜9ほどの異民族が百里奚を慕って秦に従う
国土の拡大
従った地域を国土として数えられ、領土が一気に広がる
東への進出
西の脅威が消え、ようやく中国の中央へ軍を向けられる
異民族が戦わずに従った理由について、深井さんは百里奚の評判の高さを挙げます。いわゆる徳が高い人物で、「この人がいる会社なら入ります」というような人望があったと話しています。
40歳まで仕官できず、60代で奴隷に落ちた男
百里奚の経歴について、深井さんは「相当すごい」と強調します。百里奚は40歳まで仕官できず、面接を受けても全部落ちていたといいます。
40歳ごろ、百里奚はようやく小さな国の役人になります。秦の始皇帝より300年ほど前の人物で、当時は秦もまだ小さな国でした。そこから60歳ごろまでに少しずつ出世し、その小国の大臣にまで上ります。
ところが60歳ごろにその国が滅び、百里奚は62歳で奴隷になって農作業などをさせられます。深井さんはこの落差を、現代の起業家にたとえています。
スティーブジョブズより振れ幅でかいだから。社長から無職よりも振れ幅でかい。大臣から奴隷だから。
奴隷として働いていた家の人は、百里奚が普通の奴隷と違うことに気づきます。話してみると非常に頭がよく、大臣だった百里奚なら当然だと深井さんは笑います。
当時の秦は「超中小企業」のような小国で、望んで行く人が少なかったため、人材を強く求めていました。秦の重職の人たちも、いい人材がいたら紹介してほしいと声をかけていたといいます。
金持ちの家の人の紹介で秦の重職と会った百里奚は、すぐに評価されて60歳で役人になります。そこから30年ほどかけて宰相まで上り詰め、90歳で領土を一気に広げたと深井さんは話しています。
なぜ引退せずに最前線へ戻れたのか
深井さんが百里奚に最も驚いたのは、60歳で奴隷になっても人生を終わらせなかった点です。世の中では一度ビジネスに成功すると、何歳であれ引退して後続を育てる側に回る人が多いと深井さんは話します。
百里奚はさ、奴隷になったのにまた最前線に戻ってくるわけよ。
(百里奚は)一時自暴自棄になったらしいけど、それはそうだなって思うけどね。
深井さんは、後続を育てることも大事だとしたうえで、百里奚のような人が前線にいること自体に意味があると考えています。高齢でも第一線で働く姿が、周りの人を奮い立たせるからです。
楊さんが「サッカーのカズみたい」と応じると、深井さんは「カズの最上位」だと返します。70歳でリーグ戦に出ているうえに、宰相はJ1優勝レベルの立場だというたとえです。
深井さんはさらに、百里奚の再起を現代の日本人に置き換えます。日本の大企業の役員がいきなりフィリピンで奴隷になり、フィリピンで総理大臣まで上り詰めるような感覚だといいます。
日本で上がるの簡単だよ。簡単じゃないけど、まあ再現性あるじゃん。フィリピンとかでやるのむずいじゃん。
羊の皮5枚で買われた宰相「五羖大夫」
楊さんが百里奚は『キングダム』に登場するのかと尋ねると、深井さんは一コマだけ出てくると答えます。百里奚は「五羖大夫 ── 百里奚の異名。羖は黒い雄羊を指し、羊の皮5枚で身柄を買い取られた逸話に由来するとされます」と呼ばれていたそうです。
(五羖大夫の)五は数字の五。穀は羊の皮っていう意味の漢字。で、この人羊の皮5枚で買われたから。
奴隷として買われたときの値段が羊の皮5枚で、その人物が宰相にまでなったため、この名がついたといいます。深井さんは「安い買い物だったな」となった、と語ります。
楊さんは、本人にとってもちょっとした武勇伝だったかもしれないと想像します。深井さんは、給料ではなく人間としての価値が羊の皮5枚とされていたのだと補足しています。
百里奚の次に秦を押し上げた人物として、深井さんは昭という人物の名前を挙げ、その話は次回に回すと締めくくりました。
まとめ
秦の強国化の出発点には、始皇帝より約300年前に、西の異民族を人望で従わせた百里奚がいました。40歳まで仕官できず、62歳で奴隷に落ちても、百里奚は再び最前線へ戻り、90歳で秦の領土を一気に広げたと語られています。
- 秦の最初の転機は、宰相・百里奚が西の異民族を恭順させ、東へ進出できる状況をつくったこと
- 百里奚は40歳まで仕官できず、60代で奴隷となった後、秦に見いだされて宰相まで上り詰めた
- 深井さんは、高齢でも前線に立つ姿こそが周囲にとって「最強の教育」になると語った
- 羊の皮5枚で買われた逸話から、百里奚は「五羖大夫」と呼ばれた

