農業はいつ始まった?世界7か所で同時多発した栽培の謎
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人類が動物の家畜化や植物の栽培を始めたのは、かなり昔にさかのぼります。深井さんによれば、動物の家畜化は1万5000年以上前で、犬とはめちゃくちゃ初期から一緒に暮らしていたといいます。
植物の栽培が始まったのは、1万3000年前ぐらいとされています。深井さんが驚くのは、現在の研究ではこの栽培が世界の少なくとも7つの地域で独立して起こった、という点です。
え、シンクロニシティや。
シンクロニシティです。
栽培された植物は土地によって全然違い、小麦、大麦、アワ、キビ、米、豆、トウモロコシ、ジャガイモ、コーヒーなど、実にさまざまでした。それぞれの地域が、ほぼ同じ1万3000年前ごろに同時多発的に栽培を始めたことになります。
なぜ同時期だったのかについては、地球の気温が上がったからという説や、逆に食糧難が促進したという説などがあるものの、深井さんは「わかんないです」と話します。文字も残っていないほど昔の話だからです。
農業=豊か、は本当か?狩猟採集と農耕の自由な境界
農業が始まって定住し、社会階層ができあがった、という説明は歴史でよくされます。深井さんはこれを「間違ってはない」としつつ、実態はもっと自由だったと補足します。農業をしていてもフラットな社会もあれば、隣の村では農業をしているがこっちではしていない、といった状態もあったといいます。
楊さんは、読んだ本の中では狩猟採集と栽培の境界線は硬く引かれておらず、その時々のケースバイケースで食べ物の確保方法を組み合わせていた、という説を紹介します。
今日この日は天気がいいから狩猟に行こうとか、果物取れなさそうだなと思ったら、種をまいて植物を育てるとか、その時々の状況によっていろいろ組み合わさって人間はずっと生きてきた。
樋口さんは、当時は職業という概念もそんなになかったはずだから、その日にやりたいことをやる、という発想に納得します。トルコのゴベクリテペ遺跡では、千年以上にわたって農業と狩猟採集の両方が行われていたことがわかっているといいます。
楊さんは、遊牧民でありながら農耕もしていた人がいた例にも触れ、どちらか一方に固定されない自由な時代があったことを確認します。
7000年前に固定された格差と、農民の平均寿命19歳
そうした自由な時代を経て、今から7000年ぐらい前に、大体全員が農業へ移行していきます。深井さんによれば、その後に明確な社会的階層が出現し、頂点のエリートが富を集める一方で、他の人たちは貧しい状態に置かれる社会が確定します。特にメソポタミア文明などでこうした構造が現れました。
農業=豊か、というイメージに反し、初期の農業は決して楽ではありませんでした。狩猟採集ではかからない寄生虫や結核などの病気にかかりやすく、労働も過酷だったといいます。
1日の労働は5時間ほど。すでにある食べ物を取る。高タンパクで多様な植物も摂取できた可能性
1日10時間ほど働く。年貢や税で生産物を取られ、生活水準がむしろ下がることも
深井さんは、社会がでかくなった以上、農業をやらないと支えきれないから農業をやらざるを得なかった、と整理します。一方で社会の一部の人だけを見れば、本当は狩猟採集をしていた方がマシだった可能性が高いといいます。
それでも狩猟採集に戻らなかった理由について、深井さんは、生まれてからずっと農業をしていればスキルも慣れも違い、新天地に飛び込む方がコストが高い、と説明します。食料の生産性と安定性は農業の方が高かったからです。
穀類が作物になったことで、大都市も出現しました。5000年ほど前まで住民8000人以上の街はほぼなかったのに、4000年前にはウルクに4万5000人、その後ウルは6万人、テーベは8万人、2500年前のバビロンは15万人にまで達したといいます。
15万人一箇所に集めた時に狩猟採取やったら、もう周りのやつ全部取り尽くしても足りないとかなる。
だけど穀類だったら運べるからできる。
この時代、農民の平均寿命は19歳前後だったと言われます。乳児死亡率の高さもありますが、一方の狩猟採集社会では平均寿命が21〜37歳で、45歳や50歳まで生きる人も普通にいたといいます。
さらに農業をしている人は、狩猟採集に比べて身長が平均10〜13センチほど低く、歯の状態も悪く、感染症にかかる率も高かったといいます。楊さんは、穀物ばかりで栄養バランスが悪かったのではと推測します。一方でエリートは、狩猟採集では絶対できないほどいい暮らしをしていました。
農業とは何か?太陽エネルギーを食物に変える技術
ここで深井さんは、そもそも農業技術とは何かという話に入ります。定住生活は一つの土地に留まることなので、その土地の生産力が人口を左右します。作物を収奪すると土壌から養分が失われるため、いかに養分を土地に還元するかが実はとても重要になります。
その土地が持つ養分やエネルギーの大本は、太陽エネルギーです。深井さんは、農業技術とは太陽エネルギーを食物に変えるという技術だと説明します。これがどれだけ効率的にできるかで、賄える人口が決まります。
楊さんは、採取も狩猟も、もとをたどれば太陽エネルギーで育った植物や動物を利用している点を確認します。農耕は、それを人間の都合で効率よく生産することに特化した営みだと整理します。
人間は植物と違って太陽エネルギーで直接生きられないため、カロリーや栄養素へ転換する必要があります。深井さんは、太陽エネルギー自体は不足していないが、それを変換できずに困る状態がある、と指摘します。
太陽エネルギー
降り注ぐ光。それ自体は不足していない
植物・細菌の働き
植物が育ち、細菌が分解し、養分が土壌に満ちる
食物への変換
人間が口にできるカロリー・栄養素に変える
深井さんは、動物に土地を耕させることの意味も、この文脈で説明します。人間は消費するより多くのカロリーを取らないと赤字で死んでしまうため、いかに小さいカロリーで大きいカロリーを取るかが農業で大事になります。動物を使うのは、人間の消費カロリーを下げる技術だというわけです。
今だともうカロリー過多だから、いかにカロリーを抑えるかって発想しないですもんね。
深井さんは、カロリー消費をどう節約するか、つまり労働力をどう節約するかも農業技術なのだと強調します。労働の節約そのものが技術だ、という視点です。
窒素とマメの魔法〜植物が空気を養分に変える仕組み
農業技術を理解するために、深井さんは窒素やリンの話に入ります。肥料として糞尿や死骸を撒くのは、それらが分解されるときに発生する窒素やリンを土壌に供給するためだといいます。
ここで重要な事実として、植物は窒素を根から直接吸収できますが、人間は空気中の窒素を直接吸収できません。空気の約8割が窒素であるにもかかわらず、人間はタンパク質など窒素を含む化合物を食べて分解し、吸収するしかないのです。
こんなに空気中にあるのに。
植物も土壌からは窒素を吸収できますが、大気中からは基本的に吸収できません。ところが例外がいます。クローバーやマメ科の植物です。
マメ科の植物は根の中に根粒菌(リゾビウム)という微生物をたくさん持っており、この菌が大気中の窒素をアンモニアに変換します。厳密には植物単独ではなく、根粒菌とセットでそれを可能にしているのです。
マジ特殊能力やな。
楊さんは、今でも地力を回復するためにマメ科の植物を農地に植えると補足します。深井さんは、三圃制や四圃制で必ず豆を挟むのは、窒素を土壌に戻して土地が痩せるのを防ぐためだと説明します。
100万年かけて巡るリンと、焼畑という「近道」
窒素だけでなくリンも植物に必須です。深井さんによれば、リンは独自の仕組みで自然界を循環しています。生き物の中に含まれるリンは、植物が枯れ動物が死ぬと死骸として土壌に戻り、動植物の寿命の分だけループしています。
さらに大きなサイクルもあります。雨がリンを川へ運び、海へ行き着き、海底に堆積したリンが地殻変動で隆起して山となり、風でまた少しずつ撒かれる。深井さんは、これが100万年単位のサイクルとしても回っていると話します。
ところが農作業は1年単位で回さねばならないため、このサイクルを早める工夫が必要になります。窒素と同じ発想です。その一例が焼畑農法です。
焼畑農法では、生えている草や木を燃やして灰にします。生きている植物のリンは土壌に吸収されませんが、灰になると土壌に浸透できるようになります。死骸や枯死を待たず、その場で殺してリンを吸収させているわけです。
人間わりい。
(地球本来のメカニズムだと)木が生えて枯れて、また養分として土に戻るまでを待てないから燃やしてる。
樋口さんは、科学が生まれる前にこれに気づいた人類のすごさに驚きます。深井さんは、灰があるところやトイレの近くでよく育つ、糞から出た種が芽を出す、といったパターンを何千年ものサイクルで経験的に把握してきたのだろうと語ります。
世界一と評された古代中国の農業と中央集権
この農業技術を最高レベルで持っていたのが古代中国でした。深井さんは、中国が昔から人口が多いのは農業技術がやばいからだと言い切ります。ヨーロッパより農業技術が進んでいたのです。
後に登場する化学農法の走りユストゥス・フォン・リービヒも、中国の古来の農法を「世界一の完璧な農業」と評し、最適な肥料の準備と与え方を熟知した一流の園芸家たちだと称えたといいます。
実際、中国では古くからマメ科の根粒菌の働きこそ知らずとも、豆を植えた後はよく育つとわかっていました。漢帝国の段階ですでに輪作を行い、アワやキビの後に大豆、その後にゴマ、というように豆を挟んで土地を育て続けていたといいます。
さらに糞尿を集めて畑に戻し、リンも供給していました。水牛、牛、豚、山羊などの排泄物を撒くシステムを作り、住民の糞尿や生ゴミ、運河のヘドロまでリサイクルしていたといいます。
マジでまともに考えたら糞尿食いものにかけたくないけどね。ようそれをいいと気づいたな。
深井さんは、高度な農業には灌漑設備が必要になり、それを作るために大人数を動かす社会制度や政治組織、土木技術も発達させる必要があった、と指摘します。中国が中央集権的で人口が多いのは、農業技術が発達していたからのようだ、というわけです。
肉はカロパが悪い?家畜を食べなかった理由
深井さんは、中国や日本があまり肉を食べなかった理由にも触れます。家畜を育てて肉を食べるのは栄養効率が悪いというのです。たくさんの餌を与えて食べさせる割に、肉から取れるエネルギーはコスパが悪いといいます。
カロパね、カロパ。
カロパが悪いから。
深井さんは、飢餓と戦っていた時代の人々はカロパの悪い肉をあまり食べなかったと説明します。現代ではむしろコスパの悪い食物が喜ばれるほどで、皮肉な対比だといいます。樋口さんは、家畜は食べずに動力として使う資産だったのではと推測します。
科学が解き明かした「なぜよく育つのか」〜リービヒの窒素・リン・カリウム
ヨーロッパの輪作は遅く、本格的な農法が浸透するのは中世以降でした。深井さんによれば、中国から大きく遅れています。それでも世界最大の都市は歴史上ずっと中国にあり、農業技術の影響が人口と都市の規模に表れていたといいます。
転機は科学革命でした。四圃式などで植物がよく育つことは経験でわかっていましたが、なぜかは不明でした。糞尿や死骸、焼畑の灰を撒くとよく育つ理由を突き止めたのがリービヒです。
リービヒは、植物の成長に必要なのは腐葉土だという通説に対し、腐葉土そのものではなく、その中にある窒素・リン・カリウムの3元素が効いているのだと示しました。
植物の成長に必要なのは腐葉土だと考えられていた
必要なのは腐葉土内の窒素・リン・カリウムの3元素。それを含めば何でもよいとわかった
これは革命的でした。3元素を含めば何でも肥料になるとわかり、鉱石を原料とする無機肥料が普及します。深井さんは、科学によってヨーロッパの農業がブーストし、中国の農業レベルを超えていったと語ります。
グアノと硝石の争奪戦〜都市が生んだ肥料危機
リービヒの発見だけで問題が解決したわけではありません。産業革命で人口が増え、大都市に人が集中すると、人糞を肥料として畑に戻すリサイクルの循環が崩れていきます。人糞の回収も畑への散布も追いつかなくなったのです。
その結果、都市が巨大化する一方で畑の土はどんどん痩せ、窒素とリンの循環がうまくいかなくなりました。食料生産が追いつかず、人類が滅亡するのではと考える人も多かったといいます。
当座の解決策となったのがグアノでした。海鳥やコウモリ、アザラシの糞が化石化したもので、新大陸アメリカで見つかりました。リンやカリウム、窒素分を含むと化学的にわかっていたため、大量に輸入されます。
楊さんは、これを石炭と同じパターンだと指摘します。石炭が大地の貯金であるように、グアノはその肥料版だというのです。食料問題は石油の枯渇より深刻だったため、各国が必死に取引し、戦争まで起こりました。イギリスは大量に輸入していたといいます。
うんこの取り合いですよね。
うんこの化石の取り合いです。
しかしグアノは取り続けたことでほぼ枯渇します。次に見つかったのが、アンデス山脈の沈殿物に含まれる硝石でした。硝石は火薬の材料にも肥料にもなり、これをめぐってもまた戦争が起こります。深井さんは、当時の科学者は常に資源を取り尽くす時間との戦いを強いられていたと語ります。
大気から肥料を作る〜ハーバー・ボッシュ法という到達点
資源に頼る限界の中で、科学者たちが目指したのが、大気中に豊富にある窒素を土壌に還元することでした。深井さんによれば、20世紀に入って世界中の科学者が挑み、ついにその方法が見つかります。
それがハーバー・ボッシュ法です。ドイツのカールスルーエ工科大学のフリッツ・ハーバーと、BASF社のエンジニア、カール・ボッシュが共同研究し、大気中の窒素をアンモニアに変えることを可能にしました。
深井さんは、この技術のすごさを強調します。これがなかったら地球上50億人ぐらい生きていけないというのです。人口増加への貢献は、億人レベルだったと語られます。
深井さんは、人口増加の背景には上下水道の整備や医療技術の向上など他の要因もあると断りつつ、読んだ論文ではハーバー・ボッシュ反応が億人レベルで人口増加に貢献したとまとめられていた、と紹介します。
仕組みとしては、根粒菌が空気中から作れるアンモニアを、人間は非常に高圧の状態を作らねば合成できません。その高圧をかける技術は産業革命や製鉄技術の発達に支えられており、ハーバーが方法を見つけ、ボッシュが実現しました。
この技術により、当初は1日30トンのアンモニアが作れるようになりました。灰や死骸、糞尿で集めていた時代とは桁違いで、現代では一つの工場で1日1000トンを生産できるといいます。
これちょっと感謝した方がいい。僕生まれてないかもしれんもん。
人口を救い、毒ガスも生んだ科学〜ハーバーという皮肉
一方で、ハーバー・ボッシュ法には暗い側面もありました。アンモニアは火薬の原料ルートにもつながります。さらにハーバー本人は化学兵器の父とも呼ばれ、ナチスドイツが使った毒ガスの開発にも関わっていました。
深井さんは、この皮肉を強調します。ハーバーは人口を増やす技術を生みながら、毒ガスも作った人物なのです。
ハーバーの妻クララ・イマバールは、ポーランドで女性初の博士号を取った人物でしたが、夫が毒ガス開発に関わることに猛反発しました。ハーバーは聞き入れず、夫の指揮で毒ガスが使われた際、クララは拳銃自殺しています。
ハーバーが作った毒性の強いジクロンガスは、後にアウシュビッツなどの強制収容所でユダヤ人の抹殺に使われます。ところがハーバー自身はユダヤ人であり、キリスト教に改宗していたにもかかわらず、ナチス政権下でドイツを追放され、連合国へ亡命することになりました。
物理学者マックス・プランクは、ハーバーのような優秀な科学者を失えばドイツの物理学と化学が大きな損失を被ると、ヒトラーに翻意を求めました。しかしヒトラーは、それなら今後100年間物理学も化学もなしでいいと言い放って追放したといいます。
人類全体に対する貢献度はもうえげつないんやけど、妻自殺してるんや。
化学肥料の光と影、そして次回・原子力へ
ハーバーが可能にしたのは、いわゆる合成肥料、化学肥料です。今では化学肥料は世界中に広まっており、深井さんは、現在の人口を支えるには化学肥料が必須だと語ります。
一方で歪みもあります。楊さんは、化学肥料は食料増産を可能にしたが環境汚染を引き起こすと指摘します。撒いた窒素物質などがすべて植物に吸収されず土に残り、環境汚染や健康被害を招くのです。
深井さんは、どの技術も一筋縄ではいかないとまとめます。樋口さんが「完璧なやつはないんか」と問うと、汎用技術をめぐる冗談を交わしつつ、光と影の両面が常にあることを確認します。
そして次回のテーマは原子力です。深井さんも樋口さんも、いい面も悪い面もあり、これまでの技術とはまた違うムーブになる、と予告しました。
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まとめ
農業は単なる食料生産ではなく、太陽エネルギーを食物に変え、窒素やリンの循環をいかに早めるかという技術でした。その循環を科学で解き明かし、ついに大気から肥料を生み出したハーバー・ボッシュ法は人類の人口を大きく支えた一方、毒ガスという影も落としています。
- 植物栽培は1万3000年ほど前に世界7か所で独立して始まり、狩猟採集と農耕の境界は当初とても自由だった
- 農業=豊かとは限らず、初期の農民の平均寿命は19歳前後で、狩猟採集より労働も過酷だった
- 農業の本質は太陽エネルギーを食物に変換すること。窒素とリンをいかに土壌へ還元するかが鍵となる
- マメ科植物と根粒菌は空気中の窒素をアンモニアに変えるため、輪作で豆を挟むことで土地の痩せを防げる
- ハーバー・ボッシュ法は大気の窒素から肥料を生み50億人規模の人口を支えたが、火薬・毒ガスという暗い側面も伴った







